連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第1話:春秋巡った先の涙
アキュー、私は変わったわ――。
長い長い年を取り、私は神に近しい力を経た。
元はと言えば、貴方といた半分の世界で悪霊になり、復讐するために知恵を身につけたのだけれど――それは余談に過ぎない。
貴方が大神に昇格して、私は1人になった。
霊体のまま、1人になった。
私はそれでも地上で物事を考え続けた。
誰にも見られることなく、1人で、何百年という時を無為に過ごした。
そうして漸く実体を作り上げ、生き返ることができた。
そして、愛と世話という私の性質も消した。
だって、必要なかったのだから。
その頃の私は既に、世界を意のままに操るほどの力を持っていた。
それでも律司神の庇護下にある貴方に勝てないのはわかっている。
だから、嫌がらせばかりしてきた。
ずっと、ずっと、貴方を恨み続けて生きてきた。
飽きるほどの年月は恨みを持つぐらいしか、生きている理由がなかったんだもの――。
でも、もうそれも飽きてきた。
小さなものを苛めて嬲って、それが何にもならないのはわかってるもの。
だから、決着をつけましょう――。
貴方のいる、この世界で――。
◇
「ハァイ、調子はいかがかしら? まぁ、私の顔なんて見たくなかっただろうし……ねぇ? いい気分じゃないとは思うけどっ、クスクス」
挑発するように嫌みたらしく笑う死神。
しかし、怒りは湧いてこなかった。
「……どうだろう。いろいろ知れたし、僕も成長した。僕は愛の後世だし、小さなことでは怒らないよ」
「ああ、アレは意外な真実だったわよね。まさか愛律司神がこんな身近に居たとは思わなかったわ。かと言って、彼女は私を捕らえる気ないみたいだから私も気にしないけど」
「…………」
そうだ、愛ちゃんはここまでの事で1回もアキューたちのことで関わってこなかった。
なんで一番凄い力を持つだろう愛ちゃんが干渉してこないのはわからない。
だけど、あの人のことだから、どんな事が起きても悪い方向にはいかないだろう。
たとえ僕が死のうとも――。
「ま、いいじゃない。悪くない人生だったんでしょ?」
「……見てたんだね」
「そりゃそうよ。でも四六時中見てたわけじゃないから心配しないでね? アキューの作った世界だし、いろいろ見て回ってたもの」
「…………」
そう、目の前にいる彼女は自由律司神の元恋人だ。
アキューの作ったヤプタレアを気にしないはずがないだろう。
「ちなみに、ここはまだアキューの世界の中よ。アキューの作った世界と世界の間に気づかれないように次元を開いて作った空間……誰かがやってくることは無いわね」
「……そうかな?」
「虚無が来るのを期待してる? 残念ながら、彼女はこないわ。元愛律司神がちょっかい出して、その隙に貴方を運び込んだもの」
「……そう」
「クスクス、まぁ誰が来ても貴方の処遇は変わらないけどね」
彼女の言葉を聞いて目を丸くする。
そうだ、ここに連れてこられたからにはまた何かされるんだ。
なんだろう――また酷いことを、するんだろうか。
「そう怯えた目をしないで。もっと酷いことをしたくなっちゃうでしょう、ねぇ?」
「もっとって、酷いことをする前提で話すのはやめてよ」
「あら、私が善行をするような気のいい人間に見えるのかしら? 嫌なことしかしないに決まってるじゃない」
「…………」
くつくつと笑う彼女を僕は嫌とも思わず、怒ることもなく、ただ、悲しく思えた。
アキューの過去を見たのは断片的な部分にすぎないし、セイという人物のことはよくわからない。
だけどこの人は、ただ泣きたいだけなんじゃないだろうか。
お腹の子を失う辛いことがあったかもしれない。
その怒りをアキューに向けて、悲しみを抑えてるんじゃないだろうか。
「……ねぇ、死神」
「なにかしら?」
「……辛くないの?」
「……なにがよ?」
怪訝そうな顔で尋ねてくる。
その言葉には少しの怒気が含まれていた。
しかし屈することはない。
なんたって僕は、愛の後世だもの……。
「死神はさ、こんなことをして、結局どうしたいの? 目的はなに?」
「そんなの、アキューを困らせることに決まってるわ。それだけが……それだけが、私の生きる道標ですもの!」
「……アキューのこと、好きだったんじゃないの?」
「…………」
死神が閉口する。
興奮した口ぶりは一瞬にして冷め、彼女の表情は悲しみに変わった。
黙る彼女の代わりに、僕は続ける。
「君たちの生きてきた年数と比べるのはおこがましいけどさ、僕と霧代は死神達に似ていたよね。もしかしたら死ななかったかもしれない。ちょっとした不注意のせいで、悲しい目に合う。ここまでは、同じだった」
一度言葉を切る。
思い起こすのは、最後に見た霧代の笑顔。
僕のせいで、死ななくても良かったのに死んでしまった少女。
彼女はこの世界に幽霊として来て、最後まで僕の事を……。
…………。
「……ねぇ、死神。アキューは確かに君を助けられたかもしれない。けど、助けられなかったからって、君が死んだのはアキューのせいじゃない。それで彼を恨むのは――」
「そんなのわかってんのよ!!!」
「――ッ!」
「わかったような口を利くな!!」
一瞬にして距離を詰められ、胸を殴られて体が吹っ飛ぶ。
ゴロゴロと体が転がり、お腹から何か液体が逆流して吐き出した。
痛い、こんなに自分の体が脆いとは情けない。
しかし、まだ言う事を言い終わってないから――言わなくては。
立ち上がる。
荒い息の死神を正面に、堂々と。
「怒りのはけ口が無いからアキューを困らせてるのは、私自身よくわかってるわよ! でもアキューが悪いんじゃない! だって……だって、助けに来なかったじゃない! ずっと信じてたのに……3人で暮らすって、約束したのに!!」
「……そうだよね。君がアキューを許せないのは百も承知だよ」
「……なによ、何が言いたいのよ!」
狂気の瞳を僕に向け、発狂するように問い詰めるセイ。
彼女は、ずっと1人で居て狂ってしまったんだ。
子供を失い、傷心し、それを癒す手立てもなく、ただ感情を振り回して被害を出してきた。
そうだとしても……。
「……ねぇ、セイ」
「ッ……その名で!」
「僕はアキューと声が違うし、性格も全然違う。だけど……同じ顔で、同じ体を持っているクローンとして、君に伝えたいことがある」
彼と同じ顔を持つ僕にしかできないことを伝えよう。
その言葉は、アキューならこう言うと思う。
長年の申し訳なさを込め、優しい口調で、頭を下げながら――
「済まなかった、セイ。僕がもっと君に配慮していれば……あんなことにはならなかったんだ。長い間……お前を1人にして、悪かった……」
アキューになりきって謝罪をした。
僕に彼の声は出せなくとも、目の前の女性には僕がアキューに重ねて見えただろう。
だって、その顔は驚きに満ち溢れ、ほろりと流れる涙が見えたから。
「……くっ……ツッ……!」
嗚咽を精一杯抑え、声を押し殺してセイは泣き崩れた。
儚く、寂しい背中を向けて、少女は泣いていた。
きっと、泣くことがずっとなかったのだろう。
長い長い春秋を巡った先に漸く流せた涙は.止まる由がなかった。
僕はただ見ていた。
彼女の弱い姿を、哀れみの目をもって。
そして考えた。
これで良かったのかと。
僕のできることは、これで全てだと。
あとはアキューがなんとかしてくれる、と思う。
彼も恋人への愛情を思い出していたから。
生き返れば、だけど……。
「……響川、瑞揶」
「…………」
不意にセイは顔を上げた。
赤くなり、目元には涙の跡がある。
しかし、涙は止まっていた。
「ありがと、いい夢見られたわ。確かに、アキューにあなたの言った事を言われたら、私はまともに戻ってアキューに泣きついたかもしれない。だけど、貴方とアキューは違うもの。貴方の言葉に、誑かされたりなんかしないわ!」
「……別に、誑かすつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、アキューはこう思ってると僕は思って、それを口にしたまでだよ……」
「フフ、余計な心配アリガト。お礼に貴方には――絶望をプレゼントしてあげるわ」
赤い顔でにたりと笑い、死神はそう宣言した――。
長い長い年を取り、私は神に近しい力を経た。
元はと言えば、貴方といた半分の世界で悪霊になり、復讐するために知恵を身につけたのだけれど――それは余談に過ぎない。
貴方が大神に昇格して、私は1人になった。
霊体のまま、1人になった。
私はそれでも地上で物事を考え続けた。
誰にも見られることなく、1人で、何百年という時を無為に過ごした。
そうして漸く実体を作り上げ、生き返ることができた。
そして、愛と世話という私の性質も消した。
だって、必要なかったのだから。
その頃の私は既に、世界を意のままに操るほどの力を持っていた。
それでも律司神の庇護下にある貴方に勝てないのはわかっている。
だから、嫌がらせばかりしてきた。
ずっと、ずっと、貴方を恨み続けて生きてきた。
飽きるほどの年月は恨みを持つぐらいしか、生きている理由がなかったんだもの――。
でも、もうそれも飽きてきた。
小さなものを苛めて嬲って、それが何にもならないのはわかってるもの。
だから、決着をつけましょう――。
貴方のいる、この世界で――。
◇
「ハァイ、調子はいかがかしら? まぁ、私の顔なんて見たくなかっただろうし……ねぇ? いい気分じゃないとは思うけどっ、クスクス」
挑発するように嫌みたらしく笑う死神。
しかし、怒りは湧いてこなかった。
「……どうだろう。いろいろ知れたし、僕も成長した。僕は愛の後世だし、小さなことでは怒らないよ」
「ああ、アレは意外な真実だったわよね。まさか愛律司神がこんな身近に居たとは思わなかったわ。かと言って、彼女は私を捕らえる気ないみたいだから私も気にしないけど」
「…………」
そうだ、愛ちゃんはここまでの事で1回もアキューたちのことで関わってこなかった。
なんで一番凄い力を持つだろう愛ちゃんが干渉してこないのはわからない。
だけど、あの人のことだから、どんな事が起きても悪い方向にはいかないだろう。
たとえ僕が死のうとも――。
「ま、いいじゃない。悪くない人生だったんでしょ?」
「……見てたんだね」
「そりゃそうよ。でも四六時中見てたわけじゃないから心配しないでね? アキューの作った世界だし、いろいろ見て回ってたもの」
「…………」
そう、目の前にいる彼女は自由律司神の元恋人だ。
アキューの作ったヤプタレアを気にしないはずがないだろう。
「ちなみに、ここはまだアキューの世界の中よ。アキューの作った世界と世界の間に気づかれないように次元を開いて作った空間……誰かがやってくることは無いわね」
「……そうかな?」
「虚無が来るのを期待してる? 残念ながら、彼女はこないわ。元愛律司神がちょっかい出して、その隙に貴方を運び込んだもの」
「……そう」
「クスクス、まぁ誰が来ても貴方の処遇は変わらないけどね」
彼女の言葉を聞いて目を丸くする。
そうだ、ここに連れてこられたからにはまた何かされるんだ。
なんだろう――また酷いことを、するんだろうか。
「そう怯えた目をしないで。もっと酷いことをしたくなっちゃうでしょう、ねぇ?」
「もっとって、酷いことをする前提で話すのはやめてよ」
「あら、私が善行をするような気のいい人間に見えるのかしら? 嫌なことしかしないに決まってるじゃない」
「…………」
くつくつと笑う彼女を僕は嫌とも思わず、怒ることもなく、ただ、悲しく思えた。
アキューの過去を見たのは断片的な部分にすぎないし、セイという人物のことはよくわからない。
だけどこの人は、ただ泣きたいだけなんじゃないだろうか。
お腹の子を失う辛いことがあったかもしれない。
その怒りをアキューに向けて、悲しみを抑えてるんじゃないだろうか。
「……ねぇ、死神」
「なにかしら?」
「……辛くないの?」
「……なにがよ?」
怪訝そうな顔で尋ねてくる。
その言葉には少しの怒気が含まれていた。
しかし屈することはない。
なんたって僕は、愛の後世だもの……。
「死神はさ、こんなことをして、結局どうしたいの? 目的はなに?」
「そんなの、アキューを困らせることに決まってるわ。それだけが……それだけが、私の生きる道標ですもの!」
「……アキューのこと、好きだったんじゃないの?」
「…………」
死神が閉口する。
興奮した口ぶりは一瞬にして冷め、彼女の表情は悲しみに変わった。
黙る彼女の代わりに、僕は続ける。
「君たちの生きてきた年数と比べるのはおこがましいけどさ、僕と霧代は死神達に似ていたよね。もしかしたら死ななかったかもしれない。ちょっとした不注意のせいで、悲しい目に合う。ここまでは、同じだった」
一度言葉を切る。
思い起こすのは、最後に見た霧代の笑顔。
僕のせいで、死ななくても良かったのに死んでしまった少女。
彼女はこの世界に幽霊として来て、最後まで僕の事を……。
…………。
「……ねぇ、死神。アキューは確かに君を助けられたかもしれない。けど、助けられなかったからって、君が死んだのはアキューのせいじゃない。それで彼を恨むのは――」
「そんなのわかってんのよ!!!」
「――ッ!」
「わかったような口を利くな!!」
一瞬にして距離を詰められ、胸を殴られて体が吹っ飛ぶ。
ゴロゴロと体が転がり、お腹から何か液体が逆流して吐き出した。
痛い、こんなに自分の体が脆いとは情けない。
しかし、まだ言う事を言い終わってないから――言わなくては。
立ち上がる。
荒い息の死神を正面に、堂々と。
「怒りのはけ口が無いからアキューを困らせてるのは、私自身よくわかってるわよ! でもアキューが悪いんじゃない! だって……だって、助けに来なかったじゃない! ずっと信じてたのに……3人で暮らすって、約束したのに!!」
「……そうだよね。君がアキューを許せないのは百も承知だよ」
「……なによ、何が言いたいのよ!」
狂気の瞳を僕に向け、発狂するように問い詰めるセイ。
彼女は、ずっと1人で居て狂ってしまったんだ。
子供を失い、傷心し、それを癒す手立てもなく、ただ感情を振り回して被害を出してきた。
そうだとしても……。
「……ねぇ、セイ」
「ッ……その名で!」
「僕はアキューと声が違うし、性格も全然違う。だけど……同じ顔で、同じ体を持っているクローンとして、君に伝えたいことがある」
彼と同じ顔を持つ僕にしかできないことを伝えよう。
その言葉は、アキューならこう言うと思う。
長年の申し訳なさを込め、優しい口調で、頭を下げながら――
「済まなかった、セイ。僕がもっと君に配慮していれば……あんなことにはならなかったんだ。長い間……お前を1人にして、悪かった……」
アキューになりきって謝罪をした。
僕に彼の声は出せなくとも、目の前の女性には僕がアキューに重ねて見えただろう。
だって、その顔は驚きに満ち溢れ、ほろりと流れる涙が見えたから。
「……くっ……ツッ……!」
嗚咽を精一杯抑え、声を押し殺してセイは泣き崩れた。
儚く、寂しい背中を向けて、少女は泣いていた。
きっと、泣くことがずっとなかったのだろう。
長い長い春秋を巡った先に漸く流せた涙は.止まる由がなかった。
僕はただ見ていた。
彼女の弱い姿を、哀れみの目をもって。
そして考えた。
これで良かったのかと。
僕のできることは、これで全てだと。
あとはアキューがなんとかしてくれる、と思う。
彼も恋人への愛情を思い出していたから。
生き返れば、だけど……。
「……響川、瑞揶」
「…………」
不意にセイは顔を上げた。
赤くなり、目元には涙の跡がある。
しかし、涙は止まっていた。
「ありがと、いい夢見られたわ。確かに、アキューにあなたの言った事を言われたら、私はまともに戻ってアキューに泣きついたかもしれない。だけど、貴方とアキューは違うもの。貴方の言葉に、誑かされたりなんかしないわ!」
「……別に、誑かすつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、アキューはこう思ってると僕は思って、それを口にしたまでだよ……」
「フフ、余計な心配アリガト。お礼に貴方には――絶望をプレゼントしてあげるわ」
赤い顔でにたりと笑い、死神はそう宣言した――。
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