勇者が救世主って誰が決めた

えう

83_少女の思惑と勇者の悪寒

 ノートの現在の行動基準は、ただただ『勇者ヴァルターの名前を売る』の一点である。そのためなら努力も(あまり)惜しまないし、(面倒では無い範囲で)なんでもするつもりでいる。

 そもそも自分は本来ならば、この時代に存在しない筈の異分子である。当初は人々とも世界とも関わらず、ただただ自由気ままに生きていこうとさえ考えていた。

 しかしながらついに人恋しさに耐えられず、人とのかかわりを求め旅立った先で出会った……この時代、この世界の『勇者』。

 他者を尊重し、弱きを助け、人々に慕われ、また民に尽くすことを善しとする。
 その人柄その有様は遠い昔――自分が一時とはいえ憧れていた……正しい勇者。


 ヴァルター・アーラースの姿はノートにとって……ある種の憧れであった。

 そして彼を勇者として大成させることは、今やノートの夢となっていた。





 そのためノートは現在、各方面――といっても彼女の交遊範囲などたかが知れているが――とりあえず手当たり次第に勇者の売り込みを掛けていた。
 いかに勇者が強いのか。いかに勇者の人柄がすばらしいのか。拙い言葉で、執拗に吹聴する。


 勇者ヴァルターの素晴らしさが、広く知られるように。

 勇者ヴァルターの好感度が、もっと上がるように。



 ノートにとって今回の遠征は、まさに渡りに船だった。
 依頼人が隣国の民であるとか、国家間における勇者の扱いだとか……そういった小難しく色々と面倒な葛藤は、最初っからノートの頭には無かった。
 ノートが理解していたのはあくまで『魔物の被害によりアイネスたちが困っている』という点だけであり、アーロンソ達特殊部隊も『遠くからわざわざ勇者を頼って来た人たち』という認識でしかなかったのだ。

 そして……現在。
 可愛い女の子とお近づきになれたこの機を幸いと……ノートは早速ヴァルターの売り込みに掛かった。
 拙い言葉と貧相な記憶を総動員して……『あるたーのすごいところ』を並べていったのだった。


 「あるたー、つよい。………むし、まもの。かって、した」
 「(蟲の魔物……かって………勝った?)」
 「あるた、ひん、ちょう? ちん、しょう? ながい」
 「(………背が高い、って言いたいのかな……?)」
 「あと、あと……きんにく。ふとい、ごつごつ」
 「(意外と筋肉質なのかな……?)」
 「あと……あと………ちんちん、おおきい」
 「(ちんち………………? ??)えっ?」



 懸命に語る小さな少女をどこか微笑ましく思いながら、にこにこ顔で説明を聞いていたアイネスの、ヒトのものよりも鋭敏な聴覚。そこに聞き捨てならない単語を拾った気がして……思わず聞き返してしまった。


 「あるたー、ちんちん、おおきい」
 「ち、ち、………ち!?」


 残念なことに、聞き間違いでは無かった。自分よりも一回り幼い少女の、小さく可愛らしい唇。そこから紡がれるには似つかわしくない単語………よりにもよって、男性器ちんちん


 もし今この場に、ノートにその単語を教えてしまった張本人にしてお目付け役が居れば、その後の被害は抑えられたであろう。
 しかしながらそのお目付け役は……小屋コテージの外で見張り番の真っ最中。いくら長耳族エルフの聴覚が優れているとはいえ、距離もあり扉も隔てた室内の……それも内緒話を聞き取れる筈もなく。


 残念なことに、今この場においてノートの暴走を止められる者は……誰も居なかった。






 「………の……ノート、ちゃんは……」
 「んい……?」

 数秒だったか。はたまた数分だったか。予想外の衝撃による硬直から復帰したアイネスは、震える声でノートに問いかけた。
 予想外すぎた。衝撃が大きすぎた。
 ……理解できないことが、多すぎた。


 「………ノートちゃんは、その………勇者さまと、…………そういう関係……なの?」
 「? ?? そう、いう? かんけ?」
 「えっと………………………ち、……ちん、ちん、を………その……見る、ような」
 「んい、んい。……やうす、ちんちん、みる、おふろ」
 「お風呂!?」
 「んい、おふろ。あるたー、みた」



 ――お風呂で。ヴァルターのソレを。見た。

 『そういう関係』なのだと、ノートは言った。




 「の……ノートちゃん………」
 「んい?」


 驚きに目を見開き、眼前の幼子を見つめるアイネス。信じがたいことに、この幼さであの勇者さまと裸のお付き合いをするような『そういう関係』だという。

 つまりこんな小さく未成熟な身体で勇者さまとそういう行為つまり床を共にして愛を確かめ合うようなつまり棒と穴がワンツーワンツーするようなつまりしべとしべがコンパコンパしてしまうような、

 そういうことを……しているという。





 ………と、彼女は受け取ってしまった。



 まじめ一辺倒な年頃の生娘であり、しかしながら……行く先々で女性関係のトラブルを引き起こす兄を持ち。
 兄テオドラを反面教師として培った『わたしがしっかりしなければ』という清廉な心構えに反し、主に兄のせいで豊富なソッチ系の知識を持つに至ってしまった……アイネス・シェルバ。


 未だ色恋沙汰に出逢ったこともない、恋に恋する少女は……

 思い込みもまた、激しかった。



 そして知的好奇心もまた……旺盛だった。





 「…………ノートちゃん。……あの、ね?」
 「んい……?」
 「あの……その………勇者さまの……ち、……………その……ちん、………えっと」
 「んい………あるたー、ちんちん?」
 「………………えっと………うん……」


 アイネスはごくり、と生唾を飲み込み――真っ赤な顔で身をぷるぷると震わせながら――おっかなびっくり切り出した。


 「えっと、あの、……………その……入るの? ノートちゃん……入ったの?」
 「? ? はい、った? ………んい。はいった」
 「…………わあああ……」


 ――入った。
 確かにそうだ。ヴァルターと風呂に入った。
 厳密に言うと『ノートがメアを巻き込み不法占拠した浴室でヴァルターと鉢合わせした』というのが正しいのだが……それを事細かに説明できる気がしないノートは説明を投げた。

 そして……事実の一部を不完全な情報として与えられたアイネスは大いに赤面し、高鳴る鼓動を感じながら……自身の知的好奇心を満たすため更なる質問を繰り出した。


 「………ノート、ちゃん…………あの、ね?」
 「んい? ……あーね、なあに」


 明らかに上がる吐息、早鐘を打つ胸、そして俄に熱を帯びる下腹部の疼きを自覚しながら………アイネスは続けた。



 「……その………………気持ち……良かった?」
 「………んぃ。きもち、い。……あったか、んい」
 「………………ひゃあああ……」
 「わたし、きもちい、あったかい、………いっぱい、すき」
 「…………………はわああああ……」


 ―――気持ち良かった。
 確かにその通りだ。ぽかぽか暖かくて気持ち良かった。
 そのとき――つまりヴァルターのちんちんを目撃したときはお風呂に入っていたので、確かに暖かくて気持ち良かった。
 お風呂で温まるのは好きなので、何もおかしなことは無い。雄しべ雌しべなど一切関係なく、至って健全である。


 そして………色々と足りていない情報から斜め上に認識を飛躍させてしまった、耳年増な獣人少女アイネスは。

 「あーね、あーね。……きもちいい、したい?」
 「ひぇあ!!?」
 「………いっしよ、きもちい、する?」

 ノートから掛けられた言葉――『気持ちいいお風呂に一緒に入らないか』という誘いの言葉を――雄しべと雌しべの『そういうこと』のお誘いと誤認してしまい………


 せわしなく視線をさ迷わせ……大いに狼狽えた。





 「えっと、えっと、えっと、えっと」
 「あ、あーね……? だいじょぶ?」
 「へあ………へは…………はぃぃ………」
 「………あ、あーね?」

 顔を真っ赤にしてもじもじと身をよじるアイネスを目にし、さすがに少し心配になってきたノート。
 考えても見れば……昨日今日会ったばかりの人物から『裸の付き合いをしよう』と持ちかけられたのだ。普通の人ならばまず警戒するであろう。


 「………や、やっぱ、ちがう。……んい、ちが、……ごめ、なさい」
 「は………はぃ……」

 そうだ、そもそもの目的を忘れてはいけない。わたしはアイネスの裸が拝みたいわけでは…………無いわけでは無いが、今の目的は違う。
 可愛らしいいぬみみ少女の裸身に興味はあるが、今の目的はそれ・・ではない。
 ヴァルターの好感度上げこそ、最重要任務なのだ。
 焦ってはいけない。大丈夫、まだ初日。チャンスはまだある。


 そう自分に言い聞かせ………先程目に焼き付けたアイネスの下着姿を思い起こし、心を落ち着かせようとするノート。
 当然のように鼓動は高鳴り心落ち着く筈もなく、眼前で顔を赤らめ内股を擦り合わせ熱い息を吐く少女を……アイネスを意識せざるを得なかった。

 そして対するアイネスもまた………眼前の幼い少女が逞しい青年に組み敷かれ甘い嬌声を上げる様子を想像してしまい、下腹部の奥底に燻る熱を鎮めることが出来ずにいた。
 その想像が全く見当外れだということを知る由もなく、誰一人として指摘できる者は居なかった。



 そうして少女二人がそれぞれ悶々とする中、無情にも夜は更けていき………

 やがてネリーが見張り番を終え戻ってきても、悶々とした二人はどこか言葉少なく………



 そして翌朝。二人は盛大に寝過ごした。

 頭の中が桃色の二人は、見事に寝不足だった。

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