勇者が救世主って誰が決めた

えう

78_彼等と少女と隣人の願い

 床に敷かれた絨毯はふかふか、小規模ながら備え付けられた暖炉にはともり、ゆらゆらと温かい明かりを発している。
 今しがた入ってきたの対面には、恐らく廊下へと通じる扉。左右の壁にもそれぞれ幾つか扉が備わり、この部屋以外にも三つの小部屋があることを伺わせる。

 向かって右側、扉のうち一つは開かれており、立派な寝台ベッドが見て取れる。どうやらあちらは寝室のようだ。そしてその隣にももう一部屋、造りからしてそちらも寝室なのだろうが…その扉は閉ざされており、その向こうには数人分の・・・・息遣い・・・を感じる。

 左手側の壁は水廻りだろうか。わずかに温度が低い気がするそちらの扉も閉ざされており、同じく数人分の・・・・息遣い・・・



 (ぜんぶで、…………ろく、にん?)

 この周囲に存在する、自分以外の人の数を……ノートはそう推測した。




 つい先程。市街地の屋根上にて鳥たちに歓待を受け、そして率いられるままに歩みを進めた……その先。

 四羽はぞろぞろと……とある大きな建物の一室、開け放たれた窓から入って行った。
 なのでノートもそのあとに続いた。



 「おじゃま、します。んい」
 「「えっ?」」
 「んえ?」

 室内に入ると……そこには可愛らしい鳥たちがたくさん。加えて…珍しい姿恰好をした男のひとが、二人いた。
 お行儀悪く窓枠に足を掛け、はしたなく窓から入ってきたノートを見て…一瞬呆気にとられたように静止する彼ら。だが即座に再起動し、なにやら目配せをしたかと思うと……一人は急いだ様子で部屋から出て行ってしまった。




 そして現在この部屋には……ノートと、妙な姿の男性が一人。
 先程立ち去った男性が、一人。
 加えて……隠れているつもりなのだろうが、隣室にそれぞれ二人ずつ。
 更に言うと階下にはそれなりの人数が居るようだが……今はあまり関係無いと判断した。



 さて、彼らは一体何者なのだろうか。あんな回りくどい手段でわたしたちを見ていたのは、一体どんな意図があったのだろうか。
 ノートが無い知恵しぼって考えようとした矢先。小さく咳払いをして…目の前の男性が話し始めた。


 「……ええ、と。…失礼しました。………まさかこちらからお越しになられるとは思いませんでしたので…」
 「? ? んえ……しつめい、すまた?」
 「……………ご足労頂きまして、感謝申し上げます。……先ずは自己紹介を」


 表面上は冷静さを取り繕った様子で、静かに話し始めた男性。
 室内の明かりに照らし出された彼の姿は……かなり特徴的だった。


 筋骨隆々…というよりは、どちらかというとすらっとした……洗練された体躯。首や腰、太腿などはがっしりと筋肉を纏っているものの、全体として細身な印象を受ける。…恐らくだが、かなり敏捷性が高すばしっこいと思う。
 また目つきは鋭く、――眷属の視界を用い過ぎていたためであろうが――眉根に皺が寄っており、若干気難しそうな表情。


 そして……彼の瞳。その虹彩は特徴的な形状であり、瞳孔は縦に長く伸びている。

 更に薄茶色の頭髪の上に伸びるのは………短い毛で覆われた、ぴくぴくと動く三角形の聴覚器官。



 「ここからは……遥か北。大山脈の『向こう側』。フェブル・アリア公国より参りました、アーロンソ・デ・ルーカスと申します。……御覧の通り『獣人族セリアンスロープ』です」
 「…? ……?? …? …あい」




 ノートが……たいへん無礼にも窓からこんにちわした、豪華な内装で立派なつくりの建物。

 そこは隣国『フェブル・アリア公国』資本の商館、その出張所にして出島であり、公国のやんごとなき方々もたびたび利用する……たいへん格式高い建物だった。


 そこで待ち構えていたのは……湖畔の町カリアパカでの『少女勇者ノート』の活躍を目にし、道中付かず離れず彼女を観察し続け、アイナリーに帰還してからも嗅ぎ回っていた……隣国の諜報員『鳥遣い』アーロンソと、その一行であった。




 ………………



 「勇者様・・・に於かれましては、ご多忙の折大変恐縮ではございますが……この度は僭越ながら、我が国を代表して御願に参りました次第で御座います」
 「?? ……??? ……んい。…おひさし、ぶりです。……ふつか? まえ?」
 「……ッ」


 ――お久しぶり・・・・・

 アーロンソの挨拶を殆ど無視する形で発せられた………ノートの知能では残念なことに口上の殆どが理解出来なかったため、苦し紛れに放たれた何気ないその言葉に。
 彼を始め、周囲に潜む獣人族セリアンスロープ一行は……僅かに息を呑んだ。


 「……お久し振り、とは?」
 「んん……? みい、か? ふつか? んい……すこし、まえ。あいなり、ちかく……かわ・・の、とこ」
 「………ええ、左様でございますね」


 アーロンソ一行とて、決して勇者を侮っていた訳では無かったのだが。
 隠行スルース追跡チェイスを得意とする身の上としては……俄に自信を喪わざるを得なかった。

 「とり、たくさん。ずっと、みてる……あなた?」
 「……………ええ。……ちなみに、いつ頃からお気付きで?」
 「い、つ……? ……んい、かりあたた、にげる? とき?」


 ノートとしても記憶に新しい、カリアパカでの逃走劇の際。上空を哨戒するシアと併せて能動探知ソナーによる索敵を行っていたのだが……野生生物としてはあり得ない――天敵ハルピュイアの行動域内を執拗に飛ぶ猛禽の姿が、どこか引っかかっていた。
 その後しばらく。定期的に能動探知ソナー追跡・・を掛け……その小さな反応の動向を密かに探っていたのだが。

 その結果……不審な行動を取る猛禽ならびにその飼い主一行が、自分達の後を追うように移動していることを掴んだ。


 川岸での野営の際。薪を拾う口実のもとヴァルター達と離れ、彼等に少しだけ近付いてもみたのだが……特に行動を起こされなかったので、見なかったことにしてそのまま置いてきた。

 だが……しかし。自分達がアイナリーに帰還し、彼らも続いてこの街に入っていったのを確認た。さらに鳥たちによる偵察も引き続き行われているらしく……ノートにとって安住の地でちょっかいを出されるのはさすがに嫌だなと、いったい何を考えているのだろうかと、ここ数日間にわたる視姦の動機を聴き出しに……こうして窓から乗り込んだのだった。



 「そこから……既にお気付きでしたか……」
 「んい。 ふつうの、とり。しあ……はるぴいあ、ちかづく、いや」
 「…………ご指摘、有り難く頂戴します」

 得意げなどや顔で薄い胸を張る、女給服姿の白い少女。
 そんなふざけた格好とも取れる相手に……ほとんど最初から行動を把握されていたことを――彼らの穏行スルースはまるで意味を成していなかった知り、アーロンソは目に見えて落胆した様子だった。


 ……ならばもはや取り繕う必要もない。むしろ下手に出てお伺いを立てるしかない。

 「……重ねてのご無礼、何卒お許し下さい。…参れ」
 「んい?」

 アーロンソの号令のもと、隣室に陣取っていた四名がぞろぞろと入出し……彼ら彼女らは一様に片膝を付いた。見た感じはごくごく普通の旅人といった装いだが……纏う雰囲気は明らかに訓練を施された者。
 フェブル・アリア公国の近隣国間行動部隊――全員が調査や追跡に高い適性を持つ獣人セリアンスロープで構成された――一種の特殊部隊員達だった。




 「……? …んん……あの??」

 困惑するノートの前に並び…傅く獣人セリアンスロープ四名。
 そしてダメ押しをするかのように、頭目であるアーロンソまでもがノートの前に片膝を尽き……




 「……ご無礼を承知で、畏れながら申し上げます」

 恭しく、そして嘆願するかのように……彼等がここへ来た理由を述べた。


 「リーベルタの勇者様、何卒我らに……フェブル・アリアに、貴殿の力をお貸し頂きたく存じます」
 「………………………んえ?」





 隣国の重要人物『勇者』に、非公式ではありながら力添えを望む…アーロンソの嘆願であったが。


 へりくだった、殊更に難しい格式ばった言い回しは……ノートにほとんどまったく通じていなかった。

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