勇者が救世主って誰が決めた
77_彼等と少女と羽毛の誘い
「めあー、めあー。……わたし、ようじ」
「えっ? の、ノート、様……?」
「めあー、おうち、かえる。…いい?」
「あ、あの………どう、なさったん、です…か?」
完全に日が沈み、街灯と軒先の明かりで照らされた大通り。
多くの人々が思い思いに食事を摂っているであろう、この時間。西地区の詰所で一仕事を終えた幼女給仕二人組は――現在周囲の注目を浴びながら――東地区の宿へと向かう帰路に就いていた。
その、最中。
不意にノートが空を仰ぎ……呟いた。
「…………めあ。………めいれい。ひとりで、かえる」
「……っ!! ………………わかり、ました」
「んい。いいこ」
「…………ノート、様…」
――『命令』。
滅多に発されることのない、その言葉。
有無を言わさぬ様子のノートに、俄に緊張するメア。
普段のぽやーんとした様子とはどこか違う、珍しく反論しがたい雰囲気を纏った……彼の『ご主人様』。
彼は今まで……様々な『ご主人様』の間を転々として来た。今回のご主人様は、会ってからまだ間もない。ほんの数日間、たった数日間の付き合いしかない。
だが既に、過去のご主人様に受けたものと同等レベルの――しかしながら不思議と嫌悪感は湧かなかった――辱しめと………過去のご主人様に感じたものとは数桁違いの…感謝と、安らぎを感じていた。
多少、…………多少、突拍子もない言動に困惑するところもあるものの。威を振り翳すことなく常にどこか眠たそうで、緩やかに日々を過ごしていそうなノートは……メアにとって過去最高の『ご主人様』であった。
そんな、敬愛するご主人様が。
普段は『主人』としての権限を振り翳すことなど無い……安らぎの象徴である少女が。
珍しく、冗談やイタズラではなく用いた……『命令』。
そして……(ほんの少しだけ)険しい表情。
彼女の命令に反駁したくない、……彼女との関係を崩したくないメアにとって、『聞かない』という選択肢は無かった。
「ノート、様……」
「ん……んい?」
「お帰り、を………お待ちして、……います」
「…………………んい」
目をまんまるく、それから弓なりに。
寵愛する従者の聞き分けの良さ、出来の良さに満足げに頷き……
「いって、きなす。……んいっ」
白い幼女給は一挙動で屋根へと飛び乗った。
……………
彼は――アイナリー中央通り沿い……一等地に建つ建物のとある一室で――机に向かいながら大通を見下ろしていた。
三つの視点、六つの目から入ってくる情報を同時に処理し、対象の情報を事細かに観察していく。人間などとは比べ物にならない、桁違いに高性能な六つの目。そこから得た情報をもとに……記録すべき事項、重要な事項を書き留めていく。
容姿、能力、行動範囲、交友関係、戦闘力、生活パターン、同行者の詳細……等々。
ここ数日……日によって得られる情報量に差はあったが、彼が纏めた情報は決して少なくなかった。
この日も彼は任務を遂行すべく、己の持つ視界を最大限活用して………対象の観察を遂行していた。
対象は現在二人連れ立って移動中。西区の用兵施設から東区の……恐らくは対象が滞在している宿屋へ向けて。
ふと…対象に動きが見られた。
立ち止まり従者を呼び止めたかと思うと……何事か話始める。
いかに優れた視界といえども……音を拾うことまでは出来ない。唇の動きを読み取ることも、この角度からでは難しい。
……見たところでは深刻そうな雰囲気ではあったのだが、一体何事なのだろうか。
そう思っていた、矢先。
観察対象が……翔んだ。
……そして、今。
彼は、あからさまに狼狽していた。
彼の視界のひとつ――間借りしている眷族の猛禽……その視界に。
夜の闇に覆われているにも関わらず……真正面からこちらを見つめる観察対象が映っていたのだ。
先程まで歩いていた大通りに程近い、どこかの建物の屋根上。距離にして一キロは下らない遠距離からこっそりと観察していた猛禽の使い魔。……それを真っ向から見つめている、女給服に身を包んだ少女。
……間違いなく、バレている。
火を見るよりも明らかだった。
ノートが注視していた一羽の猛禽。付かず離れずの位置から彼女をじっと観察していたそいつの視界を間借りしていた彼は………もはや隠れる意味が消失したことを悟ったのか、大胆な行動に出た。
ノートを観察していた猛禽たちは全部で三羽。それらを一箇所に集め……そして彼自身は立ち上がり部屋の窓を開けると、更に追加でもう一羽の眷族――脚に手紙を括り付けた白い鳩を、彼女に向けて放った。
……同時に別方向、アイナリー各地に潜伏している同志達に向けて………招集の便りを持たせた鳩を一度に放つ。
準備はまだ完璧とは言い難いが……これ以上隠れながら観察することは難しいだろう。対象を刺激しないためにも、速やかに次の段階へと移行する必要があった。
………………
「……ん、んいい」
屋根の上、ノートが見つめる先――明らかに野生のものとは異なる視線でこちらを観察している――一羽の鳥。
それがあれよあれよと言う間に……三羽に増えた。
襲いかかってくるような気配は感じない。逃げる素振りも見られない。一体どうするつもりなのかと思案するノートのもとへ……更に一羽。
近付く小さな羽音に振り向いてみれば……珍しい、真っ白な鳩が飛んできていた。
「わ、わ、あわ」
すごい。しろい。めずらしい。……そう思いながらつい手を伸ばした……ノートの腕。そこになんと、ちょこんと着地する白い鳩。
……先程の――ここ数日付かず離れずこちらを見ていた、三羽の鳥。恐らくその子たちと使役者は同じなのだろう、どうやらこちらを『敵対対象』としては見ていないようだ。
……いや、それどころか。
ノートの手に停まり、首をかしげながらつぶらな瞳で見上げてくる…可愛らしい姿。
大好きなシアと同じくふわふわの羽毛に包まれた……温かそうなその姿は。
「かわいい……とり、かわいい」
右手の上の白鳩、その頭やあご下を左人差し指でこしょこしょしながら…状況を忘れてデレッデレの笑みを浮かべるノート。
手紙を届けるべく遣わされた白鳩は……手紙を見ようともせず一心不乱に注がれる熱視線と執拗に撫で擽られる感触に、どこか困惑した様子であった。
………………
………どういう状況なのだろう。
彼は、混乱していた。
遠巻きに観察し、情報収集を行いつつ機を窺う……当初の計画は今や頓挫していた。今やこちらの存在は完全に露見しており、このままでは遠くないうちに敵対してしまう恐れもある。対象の戦闘能力を鑑みるに『敵』と認められてしまえば、勝ち目は無い。
敗北、全滅、……そして作戦の失敗。それだけは…避けなければならない。
だからこその、伝書鳩。
現段階で当方に敵対の意思は無く、今までの無礼と一連の顛末の理由を述べ……そして、面会の要請。
この国の勇者である彼女に対して失礼のないよう認めた筈のその手紙に………目を通して貰えない。
それどころか彼女の視線は伝書の白鳩……彼の眷属、その一羽に釘付けであり。
眦の下がった、それでいて熱の籠った視線が…白鳩越しの彼の視界に映し出されていた。
直接相対しているわけではないのに……彼の顔に朱が差し始める。
なるほど、あの町中で噂になる程のことはある。確かに幼いながらに美しい……可愛らしい少女であることは間違いない。
じっとこちらを見つめる視線に心拍数が上がるのを感じながら……この膠着状態の打開に向け、彼は戸惑いながらも動き出した。
………………
「んい……?」
手の上の白い鳩……何者かが放った眷属が動き出す。
一方向――先ほどの三羽の猛禽が集まっていた方向を見つめ、くるるくるると小さく鳴く、眷属の白鳩。
その鳴き声に呼ばれるかのように……翼間長二メートルは下らない、陸上哺乳類さえも補食する大型猛禽たちがノートの足下に集い……
彼女を見上げてきゅいきゅいと囀り出した。
「ふわああああ……」
ここ数日で鳥類に対する愛着がうなぎ登りのノートにとって……それはとても堪えられるような威力ではなかった。きゅいきゅいくるる、きゅいきゅいくるると…暫し愛嬌を振り撒かれるがまま、すっかり骨抜きにされていたノートだったが……
「やっ、……やぁぁぁー」
唐突に、くるるると鳴きつつ飛び立った白鳩によって……幸せな時間は終わりを告げた。
更にそれに同調するように三羽の猛禽たちも立て続けに飛び立ち………まるで何かを待つかのように、ノートの周囲を優雅に旋回する……四羽。
飛び立ちはしたものの……飛び去るそぶりは見せない、彼ら。
何かを待つように……何かを伝えようとするように、不自然な軌道を翔ぶ。
「………ついて、いく?」
その言葉が聞こえたのか、ノートの言葉が理解できたのかは定かでないが……彼ら四羽は不意に旋回を止め、とある方角へ向かい羽ばたいていった。
背後を窺うように……蛇行したり度々羽を休めたりしながら、ゆっくりと進む彼ら四羽。
ノートは一羽の白鳩と三羽の猛禽に案内されるかのように、どっぷり日の暮れたアイナリー市街……その屋根上をひょいひょい進んでいった。
「えっ? の、ノート、様……?」
「めあー、おうち、かえる。…いい?」
「あ、あの………どう、なさったん、です…か?」
完全に日が沈み、街灯と軒先の明かりで照らされた大通り。
多くの人々が思い思いに食事を摂っているであろう、この時間。西地区の詰所で一仕事を終えた幼女給仕二人組は――現在周囲の注目を浴びながら――東地区の宿へと向かう帰路に就いていた。
その、最中。
不意にノートが空を仰ぎ……呟いた。
「…………めあ。………めいれい。ひとりで、かえる」
「……っ!! ………………わかり、ました」
「んい。いいこ」
「…………ノート、様…」
――『命令』。
滅多に発されることのない、その言葉。
有無を言わさぬ様子のノートに、俄に緊張するメア。
普段のぽやーんとした様子とはどこか違う、珍しく反論しがたい雰囲気を纏った……彼の『ご主人様』。
彼は今まで……様々な『ご主人様』の間を転々として来た。今回のご主人様は、会ってからまだ間もない。ほんの数日間、たった数日間の付き合いしかない。
だが既に、過去のご主人様に受けたものと同等レベルの――しかしながら不思議と嫌悪感は湧かなかった――辱しめと………過去のご主人様に感じたものとは数桁違いの…感謝と、安らぎを感じていた。
多少、…………多少、突拍子もない言動に困惑するところもあるものの。威を振り翳すことなく常にどこか眠たそうで、緩やかに日々を過ごしていそうなノートは……メアにとって過去最高の『ご主人様』であった。
そんな、敬愛するご主人様が。
普段は『主人』としての権限を振り翳すことなど無い……安らぎの象徴である少女が。
珍しく、冗談やイタズラではなく用いた……『命令』。
そして……(ほんの少しだけ)険しい表情。
彼女の命令に反駁したくない、……彼女との関係を崩したくないメアにとって、『聞かない』という選択肢は無かった。
「ノート、様……」
「ん……んい?」
「お帰り、を………お待ちして、……います」
「…………………んい」
目をまんまるく、それから弓なりに。
寵愛する従者の聞き分けの良さ、出来の良さに満足げに頷き……
「いって、きなす。……んいっ」
白い幼女給は一挙動で屋根へと飛び乗った。
……………
彼は――アイナリー中央通り沿い……一等地に建つ建物のとある一室で――机に向かいながら大通を見下ろしていた。
三つの視点、六つの目から入ってくる情報を同時に処理し、対象の情報を事細かに観察していく。人間などとは比べ物にならない、桁違いに高性能な六つの目。そこから得た情報をもとに……記録すべき事項、重要な事項を書き留めていく。
容姿、能力、行動範囲、交友関係、戦闘力、生活パターン、同行者の詳細……等々。
ここ数日……日によって得られる情報量に差はあったが、彼が纏めた情報は決して少なくなかった。
この日も彼は任務を遂行すべく、己の持つ視界を最大限活用して………対象の観察を遂行していた。
対象は現在二人連れ立って移動中。西区の用兵施設から東区の……恐らくは対象が滞在している宿屋へ向けて。
ふと…対象に動きが見られた。
立ち止まり従者を呼び止めたかと思うと……何事か話始める。
いかに優れた視界といえども……音を拾うことまでは出来ない。唇の動きを読み取ることも、この角度からでは難しい。
……見たところでは深刻そうな雰囲気ではあったのだが、一体何事なのだろうか。
そう思っていた、矢先。
観察対象が……翔んだ。
……そして、今。
彼は、あからさまに狼狽していた。
彼の視界のひとつ――間借りしている眷族の猛禽……その視界に。
夜の闇に覆われているにも関わらず……真正面からこちらを見つめる観察対象が映っていたのだ。
先程まで歩いていた大通りに程近い、どこかの建物の屋根上。距離にして一キロは下らない遠距離からこっそりと観察していた猛禽の使い魔。……それを真っ向から見つめている、女給服に身を包んだ少女。
……間違いなく、バレている。
火を見るよりも明らかだった。
ノートが注視していた一羽の猛禽。付かず離れずの位置から彼女をじっと観察していたそいつの視界を間借りしていた彼は………もはや隠れる意味が消失したことを悟ったのか、大胆な行動に出た。
ノートを観察していた猛禽たちは全部で三羽。それらを一箇所に集め……そして彼自身は立ち上がり部屋の窓を開けると、更に追加でもう一羽の眷族――脚に手紙を括り付けた白い鳩を、彼女に向けて放った。
……同時に別方向、アイナリー各地に潜伏している同志達に向けて………招集の便りを持たせた鳩を一度に放つ。
準備はまだ完璧とは言い難いが……これ以上隠れながら観察することは難しいだろう。対象を刺激しないためにも、速やかに次の段階へと移行する必要があった。
………………
「……ん、んいい」
屋根の上、ノートが見つめる先――明らかに野生のものとは異なる視線でこちらを観察している――一羽の鳥。
それがあれよあれよと言う間に……三羽に増えた。
襲いかかってくるような気配は感じない。逃げる素振りも見られない。一体どうするつもりなのかと思案するノートのもとへ……更に一羽。
近付く小さな羽音に振り向いてみれば……珍しい、真っ白な鳩が飛んできていた。
「わ、わ、あわ」
すごい。しろい。めずらしい。……そう思いながらつい手を伸ばした……ノートの腕。そこになんと、ちょこんと着地する白い鳩。
……先程の――ここ数日付かず離れずこちらを見ていた、三羽の鳥。恐らくその子たちと使役者は同じなのだろう、どうやらこちらを『敵対対象』としては見ていないようだ。
……いや、それどころか。
ノートの手に停まり、首をかしげながらつぶらな瞳で見上げてくる…可愛らしい姿。
大好きなシアと同じくふわふわの羽毛に包まれた……温かそうなその姿は。
「かわいい……とり、かわいい」
右手の上の白鳩、その頭やあご下を左人差し指でこしょこしょしながら…状況を忘れてデレッデレの笑みを浮かべるノート。
手紙を届けるべく遣わされた白鳩は……手紙を見ようともせず一心不乱に注がれる熱視線と執拗に撫で擽られる感触に、どこか困惑した様子であった。
………………
………どういう状況なのだろう。
彼は、混乱していた。
遠巻きに観察し、情報収集を行いつつ機を窺う……当初の計画は今や頓挫していた。今やこちらの存在は完全に露見しており、このままでは遠くないうちに敵対してしまう恐れもある。対象の戦闘能力を鑑みるに『敵』と認められてしまえば、勝ち目は無い。
敗北、全滅、……そして作戦の失敗。それだけは…避けなければならない。
だからこその、伝書鳩。
現段階で当方に敵対の意思は無く、今までの無礼と一連の顛末の理由を述べ……そして、面会の要請。
この国の勇者である彼女に対して失礼のないよう認めた筈のその手紙に………目を通して貰えない。
それどころか彼女の視線は伝書の白鳩……彼の眷属、その一羽に釘付けであり。
眦の下がった、それでいて熱の籠った視線が…白鳩越しの彼の視界に映し出されていた。
直接相対しているわけではないのに……彼の顔に朱が差し始める。
なるほど、あの町中で噂になる程のことはある。確かに幼いながらに美しい……可愛らしい少女であることは間違いない。
じっとこちらを見つめる視線に心拍数が上がるのを感じながら……この膠着状態の打開に向け、彼は戸惑いながらも動き出した。
………………
「んい……?」
手の上の白い鳩……何者かが放った眷属が動き出す。
一方向――先ほどの三羽の猛禽が集まっていた方向を見つめ、くるるくるると小さく鳴く、眷属の白鳩。
その鳴き声に呼ばれるかのように……翼間長二メートルは下らない、陸上哺乳類さえも補食する大型猛禽たちがノートの足下に集い……
彼女を見上げてきゅいきゅいと囀り出した。
「ふわああああ……」
ここ数日で鳥類に対する愛着がうなぎ登りのノートにとって……それはとても堪えられるような威力ではなかった。きゅいきゅいくるる、きゅいきゅいくるると…暫し愛嬌を振り撒かれるがまま、すっかり骨抜きにされていたノートだったが……
「やっ、……やぁぁぁー」
唐突に、くるるると鳴きつつ飛び立った白鳩によって……幸せな時間は終わりを告げた。
更にそれに同調するように三羽の猛禽たちも立て続けに飛び立ち………まるで何かを待つかのように、ノートの周囲を優雅に旋回する……四羽。
飛び立ちはしたものの……飛び去るそぶりは見せない、彼ら。
何かを待つように……何かを伝えようとするように、不自然な軌道を翔ぶ。
「………ついて、いく?」
その言葉が聞こえたのか、ノートの言葉が理解できたのかは定かでないが……彼ら四羽は不意に旋回を止め、とある方角へ向かい羽ばたいていった。
背後を窺うように……蛇行したり度々羽を休めたりしながら、ゆっくりと進む彼ら四羽。
ノートは一羽の白鳩と三羽の猛禽に案内されるかのように、どっぷり日の暮れたアイナリー市街……その屋根上をひょいひょい進んでいった。
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