勇者が救世主って誰が決めた

えう

75_勇者と従者と散策採集

 先程まで響き渡っていた物音――獣の唸り声や呻き声がぱったりと止み、若干の異臭こそ残るものの平和を取り戻した林の中。
 程よく陽の光の遮られた木陰に……そこにはもぞもぞと動き回る一団の影があった。

 「咱夫藍サフランは…アイナリーじゃ需要高いだろな。採ってくか」
 「こんな処にも生えてるんだな…」
 「このモコモコは日陰蔓カゲカズラ。胞子は血止めになるし丸薬の衣にも使う。胞子嚢を採ってく」
 「植物なのに胞子なのか…」
 「毘蘭樹バクチの葉は咳止めと沈静薬。この辺はあっても困らないだろ。採ってくか」
 「……ヤバそうな名前だけど大丈夫なんだよな?」


 優先事項であった魔狼狗ハウンドの駆除が終わり、引き続き薬用となる植物素材の収集依頼に臨む三人。魔物被害を恐れたからか、久しく立ち入る人が居なかったらしく…豊富な植物資源が青々と茂っていた。
 この段階になると依頼の品を一つ一つ探すよりも『とりあえず需要の高そうな植物素材を一通り集め、持ち帰ったそれらを納品できる依頼を探す』作戦のほうが効率が良いだろう。納品依頼が無かったとしても、有用素材ならば引き取り手は数多である。
 長年培ったネリーの目利きによって…使えそうな素材が次々と摘み取られていく。シアはしっかり周囲に目を光らせながらも、のんきに愛らしくぴゅいぴゅい歌っている。ヴァルターは袋を広げて荷物持ちの姿勢。


 「あ、その黒い実なんか甘くて美味いぞ。狼茄子ベラドンナ。……猛毒」
 「うォああああ!!?」
 「狐手袋ジギタリスは切り傷の薬になる他にも不整脈や動悸、眩暈、嘔吐、視覚異常なんかをも引き起こす」
 「引き起こすのかよ!??」
 「菲沃斯ヒヨスの葉は鎮痛薬の材料になる。摂り過ぎると中毒起こして死ぬけどな」
 「毒ばっかじゃねえか!!!」


 薬草の類だけではなく…いわゆる毒草の類まで集め出したネリーに対し、思わず声を上げるヴァルター。そんな彼を一瞥し……やれやれとばかりに首を振るネリー。シアは相変わらずご機嫌にぴよぴよと歌っている。

 「あのな、ヴァル。薬ってのは大抵のもんが…飲み過ぎると毒なんだぞ」
 「……マジか。ていうか本当詳しいんだな…」
 「ったりめーだろ? 何年かわいい長耳族エルフちゃんやってると思ってんだ?」
 「へ? 少なく見てもざっと五十ねア゛痛ァァァ!!!」
 「……血を補うための薬は量が過ぎれば結晶化して内臓を壊す。痛みを和らげる鎮痛剤や麻酔は早い話が薄まった神経マヒ毒だ。お前さん達が愛用してる霊薬ポーションは上手いこと危険性を薄めちゃいるが…それでも飲み過ぎりゃあ中毒症状を引き起こすだろうな」
 「はー………」

 だからあんまりケガすんじゃねえぞ、と苦笑して話を切り上げ、再び採集に没頭し始めるネリー。ぽかんとした顔で説明を聞きながら…今しがた怪我を負わされたヴァルターはどこか釈然としない面持ちで……それでも頷かざるを得なかった。


 ヴァルターはもとより…剣や斧を主に用いる狩人や兵士達にとって、負傷はなかなか切っても切り離せない問題である。
 負傷すれば当然、戦えない。ゆっくり療養できる環境ならばそれで良いが、そうも言っていられないケースのほうが圧倒的に多い。可及的速やかに戦線に復帰するためには、何らかの手段で治療を施さねばならないのだ。

 神の奇跡とも言われる治癒魔法、その使い手は極めて少ない。大抵は国ぐるみで抱き込まれ、その身の自由と引き換えに絶大な保護を強制的に与えられる。治癒術の使い手は国にとって大きな財産であると同時に、きわめて重要な外交カードでもある。…そんな重要人物が、危険とされる前線に出てくる筈が……危険を冒して前線の負傷者を治療してくれる筈が無い。

 であれば、それ以外の手段……つまりは薬。あるいは霊薬ポーションの類に頼るしか…選択肢は存在しないのだ。



 「ちなみにバ……ネリー。霊薬ポーション中毒ってどんな感じなんだ?」
 「テメェ今なんつった? 私はピチピチのかわいい長耳族エルフちゃんだっつってんだろ? あ?」
 「かわいい長耳族エルフのネリーちゃん。霊薬ポーションの中毒症状について教えて下さい」
 「やめろキモチ悪い」
 「理不尽が過ぎるだろ!!」

 口めがけて飛んできた狼茄子ベラドンナの実をすんでのところで避けながら、ヴァルターは異議を申し立てる。それを横目で眺め、これみよがしに舌打ちして見せながらも…

 「つっても私が体験したわけじゃないからな。あくまで聞いた限りだが……」

 そう前置きをして…ネリーは語り出した。



 一般的に…負傷した際の傷を塞いだり、喪失した体力を補填するために用いる…疵癒霊薬ライフポーション。近接戦闘職とは切っても切れない霊薬ポーションではあるが、服用し過ぎると神経系の伝達に齟齬が生じたり、急激な組織の復旧によって体力を消耗してしまったり、……眉唾ものだが、筋繊維や肉体組織の劣化、壊死などといった症状も報告されている。
 要は…武器を振るった際に思った通りの剣筋を辿れなかったり、いつもよりも疲れやすくなったり、あるいは筋力や身体機能の低下の恐れがある……ということらしい。

 一方の充魔霊薬マナポーション。魔術師でもない限り多用する機会は殆ど無いが、それでも身体強化魔法の酷使によってお世話になる人族も多いとか。かくいうヴァルターも度々服用しており、疵癒霊薬ライフポーション共々欠かせない基本装備となっている。
 ともあれその中毒症状は……同様に深刻。服用が過ぎればやがて激しい頭痛を発し、思考能力や集中力が低下。症状が進むと幻聴や幻覚などと精神に異常を来し始めたり、深刻なケースでは記憶障害や精神退行に陥ったというケースもあるという。



 「………ヤベーじゃん霊薬ポーション
 「飲み過ぎりゃあ、な。精製技術も上がってきてるし、毒素少なく効能高くな高級ハイクオリティ品も出回ってきてるだろ。五本や六本飲むくらいじゃ全然大したこと無ぇよ。……一日に百や二百も飲んだら知らねぇけどな」
 「百や二百って…さすがにそんな飲む事無ぇだろ……」
 「まぁ平和だったからな。………今までは」




 ……今まで、



 なんの気は無しに発せられたネリーの言葉。
 そこに込められた意図を察してしまい…ヴァルターの表情が明らかに強張る。



 先日観測された『魔王の目醒め』。全世界規模の、尋常ではない濃度の魔力波動。
 伝承に聞く人類の敵『魔王』の復活と噂され、人々に俄に広がりつつある……恐怖と絶望。

 それら負の感情を払拭するため、…そして『魔王』に抗うため擁された『勇者』ヴァルター。過酷な訓練の末、晴れて勇者の名こそ戴いたものの、実践経験は言う程多くない。
 勇者としての戦いが、果たしてどれ程過酷なものになるのか…彼はまだ知る由もない。


 「ババァどもの与太話だがな。……遠い遠い昔には文字通り霊薬ポーション漬けにされてでも戦いを強いられた奴が居たそうだぞ」
 「……まさか、そのって」
 「………………察しがいいな」



 作業の手を止め、ヴァルターに視線を合せたネリーは
 心底意地悪く嘲笑わらい……


 そして……あっさりと告げた。



 「大昔の勇者・・、な。……霊薬ヤク漬けでボロッボロになるまで……酷使されつかわれてたってぇ話だ」
 「な………」




 ……霊薬ヤク漬け。


 曰く……霊薬ポーションによって低下した身体機能を別の薬剤や精神操作系魔法で補填し、更には魔道具などの外的補助によって無理やり性能・・を維持して、過酷な戦線に投じ続けたという。
 最終的には自我の存続すら危ぶまれる程に壊れたそいつ・・・を――まるで魔人形ゴーレムのように――使役術や死霊術かの如く操って戦わせた国もあったとか。



 人を人とも思わぬ、まるで悪魔のような所業。
 そんなことが……そんなことを平気で行うが、本当に存在したのだろうか。
 ………自らを送り出した国王が、リーベルタ王国という国が、そんなことに加担していたとは……さすがに思いたくない。

 正直な話…現実味が薄すぎる。常識外も甚だしい、真実であるとはとても考え難い。どこまで真実かすら定かではない……老人の世間話程度の信憑性だと思う。


 ……だが。

 あまりにも饒舌なネリーの語りに…ヴァルターは妙な引っかかりを感じざるを得なかった。
 疑問を抱かずには、いられなかった。




 「………ネリー」
 「どうした? 怖気づいたか? 勇者様」



 己の引っかかりを解消するため、……抱いてしまった疑問を解決するため、
 ヴァルターはネリーに……問うてしまった。



 「ネリーお前何歳なんだ? その大昔の話ってネリーが実際に見た話じゃな痛ア゛刺さったア゛ア゛ア゛ア゛!!」




 よく晴れた昼下がり。
 森に響く人鳥ハルピュイアの呑気な歌声に……断末魔と罵声が添えられた。

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