勇者が救世主って誰が決めた

えう

74_勇者と従者と駆除依頼

 抵抗らしい抵抗が出来ぬまま、あっさりと首が斬り落とされる。それ・・が倒れ伏す湿った音を最後に、周囲に静寂が訪れる。
 ほんの数瞬前まで忌々しいほど元気よく動き回っていた……そしてもう二度と動くことのないモノどもが、周囲に散らばる。

 常に十数体…多いときには数十体の群で動き、熟練の狩人も手を焼かされる程の連携で狩りを行う。近くを通る行商人や採集に分け入った女子供が年に数回は襲われ、少なくない人々が犠牲となっている。
 度々討伐が差し向けられるも、安全はなかなか長続きしない。一組でもつがいを逃せば……半年後には数を回復して活動を再開する。


 アイナリー北門から馬に跨がり、およそ四刻ほどの距離。
 眼前に連山を望む林の中では……今や夥しい数の屍が散乱していた。

 魔狼狗ハウンド――環境適応力と繁殖力、そして若干の知能が特徴の…『面倒くさい』魔物の群れ。そのなれの果てである。





 ………………



 昨日。早朝からノートと浴室で対面し、昼前にノートに投げ飛ばされ、昼にノートに辱めを受けた……その後。身体と心の傷が未だ癒えないままアイナリ―庁舎に赴き、不人気であった依頼を片っ端からかき集めてきた。
 そして…その翌日、今日。
 未だ寝ぼけまなこの幼子ふたりに『出掛けてくる』と言い残し――『んいー』やら『うぇー』やらといった要領を得ない返事に若干の不安を抱えながらも――ヴァルターとネリーはシアを伴って、受注した依頼を片付けるため出立した。

 昨日纏めて受注した依頼――駆除や採集・収集をこなすため、アイナリ―の北側……平原の先に広がる森林地帯を目的地と定めた。目的は繁殖し勢力を増していた魔狼狗ハウンドの駆除依頼と、人々の足が遠のいたことにより品薄となった植物系素材の収集依頼。それらを一括で片付けてしまおうという魂胆であった。



 ………………


 「……なんだ。呆気ないもんだな」
 「長耳族エルフ様々だっての。普通はこんなアッサリいかねぇよ…」


 木々が繁茂する森林地帯――縄張りに足を踏み入れるや否や……徒党を組んで襲い掛かってくる魔狼狗ハウンドの群れ。獲物はヒトが二匹、絶好の機会と思ったのだろう。一方的に仕留められると判断し仕掛けてきたのだろうが……まさに相手が悪かったとしか言いようがなかった。

 いや……『一方的』というのは、あながち間違いではなかった。
 ただ狩る側と狩られる側が、逆であっただけ。


 「勇者様こそ結構なお手前で。とても幼女に投げ飛ばされまたがられていた殿方とは思えません」
 「おいやめろ馬鹿」

 魔狼狗ハウンドが飛び出してからの…一方的・・・な展開。
 常人相手では入れ替わり立ち替わり、立て続けに牙や爪が襲い掛かり、息つく間も無く餌となるのが常であったが…常人とは桁違いの速度で縦横無尽に振り抜かれ、常人とは桁違いの破壊力を誇る白剣によって……飛び掛かる端から順番順番に斬り捨てられていった。
 尋常ではない事態に慄き、逃走を図る生き残りさえも…甲高い唸りを上げ飛来した風の刃で足の腱を断たれ、片っ端から転がっていく。
 同胞が斃された不可視の刃に怖れ戦き、動きを止めたが最後。狙い澄ました風の魔法は的確に魔狼狗ハウンドどもの生命力を削り落とし…そして機動力を失った手負いの獣を、白剣を提げた青年が確実に仕留めていく。

 雌雄つがいの一組……ともすると一匹でも取り逃せば、いずれは勢力を回復する魔狼狗ハウンドの群れ。遮蔽物だらけで見通しも悪く馬も駆けられぬ森林の中で一匹残らず全てを駆逐するのは…通常であれば至難の業。一度間引きすればしばらくの間は大人しくなるものの……今まで担当してきた狩人では、せいぜいその場凌ぎにしかならなかったのだろう。

 だが……今回に至ってはまさに『相手が悪かった』。


 「ぴっぴょ」
 「お疲れシア。強くなったな」
 「ぴぴぴ」

 魔物でありながら人々に与し、更には魔法をも使いこなす人鳥ハルピュイアと、彼女の鋭敏な感覚を共有するネリー。木々の林立する自然豊かな環境は彼女らの独壇場であった。
 大気を支配下に置く魔法を纏い、立ち並ぶ木々の合間を機敏に飛び回りながら、魔狼狗ハウンドの位置すべてを探り当てるシア。周囲で渦巻く風を放ち群れの外周を牽制しながら、鋭利な風の刃でもって的確に削っていった。
 風を纏う人鳥を眷属ともに持つネリーは、もとより深い森での狩猟を得意とする種族である。彼女ら長耳族エルフにとってこの程度の繁茂など障害物にもならない。特徴的な長い耳は風の流れや空気の振動をも機敏に感じ取り、見通しが悪くとも獲物の方向は手に取るように解る。そうして放たれる風の刃や土礫の槍もさることながら…攻撃魔法の合間を縫うように投擲された鋼杭が魔狼狗ハウンドの脇腹を貫き、切創などとは比較にならない出血を強制し死に追い遣る。

 魔狼狗ハウンドの群れを挟んで陣取っていた二人によって、形勢不利を悟るも逃走すること適わず……
 群れの只中で無双の立ち回りを見せるヴァルターの働きと共に、程無く全ての個体が屍と化した。






 「あるたーあるたー、どうするよ? 毛皮剥いでく?」
 「その呼び方やめろ馬鹿!!」

 ものの数分で魔狼狗ハウンドの群れを壊滅させ、いそいそと討伐証明部位の回収に臨む一行。手先が器用ではないシアを周辺の警戒に充て、二人は小振りなナイフを取り出した。
 魔物の一部――殆どの場合において牙や爪、あるいは毛皮など――を提示することで討伐依頼の達成となり、報酬が支払われる。また証明部位の納品が指定されていないケースにおいては、それらは一通りの手続きおよび確認の後に返還される。そのためそれらを商館へと持ち込み売却することで小銭稼ぎをする狩人も居り、『売れそうな部位は持ち帰れるだけ持ち帰る』というのがある種の鉄則でもあった。

 しかしながら…今回は量が量である。今回駆除した魔狼狗ハウンドの群れは…大小合わせて三十二体。なかなかの規模の群れだったようだ。常識的に考えれば大猟といえる戦果なのだが、たとえ馬の背に積むとしても全てを載せられるかは疑問が残る。
 そもそもこの数の獲物全ての毛皮を剝ぐのは正直骨が折れる。というか面倒くさい。

 「とりあえず牙と……爪もいくらか取ってくか。俺が牙やる」
 「オッケー頼むわ。んじゃ私爪な。……ああ、毛並みいいやつ数匹分だけ持ってこうぜ。商会ライアにカワイイ衣装作らせてお嬢に着せるんだ」 
 「……まぁ好きにしてくれ」

 気に入った未来予想図が描けたのか、うきうきと作業に取り掛かるネリーを流し見つつ…ヴァルターも自分の作業――牙の回収に臨む。


 既に息絶えた魔狼狗ハウンドの口をこじ開けると、上下にずらりと並ぶ鋭い牙。中でもひときわ大ぶりな犬歯を、ぐりぐりと捻って根元から引き抜く。拉げられた歯茎から更に獣の血が流れて血生臭さが増すが……こればっかりは仕方無い。
 鋭さと頑丈さを備える魔物の『歯』、その中でも長さ・大きさに余裕があり、加工の幅が広い犬歯――『牙』は、加工業者にとっては魅力的な商品となる。一体の魔狼狗ハウンドから上下合わせて四本、ここ一帯に転がる死骸の数だけ回収できるので………あっさりと百本に届く。犬歯以外の小ぶりな歯に至っては…もはや数を考えることすら面倒だ。

 爪担当の相方はと見てみると……やはりいつも通り、慣れた手つきでてきぱきと解体している。周辺に幾つも浮かび漂う水球から、細い糸のような水流が伸びている。それらを用いて鉤爪の根元、魔狼狗の指を切断・解体、そして洗浄し、非常にスムーズに作業を進めている。
 以前聞いた話によれば……長耳族エルフの大半は狩猟の技術とともに、解体を効率的に行うための魔法の扱いも学ぶのだという。


 「本当便利そうだなぁ…それ」
 「んー? ああ、これか。凄ぇだろ」
 「そうだな…正直羨ましい」

 自分の指を魔狼狗ハウンドの鮮血でべったりと汚しながら…白く奇麗なままのネリーの指を見遣る。本人いわく『長耳族エルフの中でも器用なほうなんだぜ』と語る彼女は…なるほど確かに無駄な動きが見られない。
 骨の繋ぎ目に沿って流水の刃で切り分け、爪の根元に付着する肉を削ぎ落し、そして血や細かな肉片を水流で洗い流す。足の一本分…爪五本を仕上げるのに、ものの三分も要さなかった。
 放出系の魔法が使えない、ただの『人族』ヴァルターから見ても…その魔力操作技術がきわめて高いものであるとよく解る。


 「牙採ったやつ、そのへんに置いとけ。後で纏めて洗浄しとくわ。…ついでにお前も洗ってやるから我慢しろ」
 「悪ぃな。助かる」
 「おう。お安い御用だ」




 よく晴れた昼下がり。爽やかな風が吹き抜ける林。
 肉を削ぐ音と腱が千切れる音、そして水が爆ぜ、流れる音が小さく響く……俄かに血生臭い一角。

 枝の上に佇む人鳥ハルピュイアのご機嫌な歌声を聞きながら…二人は作業に没頭するのだった。

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