勇者が救世主って誰が決めた

えう

71_少女と詰所と兵士の受難

 お得意の身体強化はよく身体に馴染んでいる。手足は水を得た魚のように自由自在機敏に動き、拡張された感覚は対象をしっかりと捕捉している。

 角を曲がり、また曲がり、直線を駆け抜け、人波をすり抜け、ついに対象を直接目視できる位置にまで辿り着いた。


 …さっきまで、『行って良いぞ』の号令が下されるまで……ちゃんと待っていたのだ。
 すぐにでも、一直線にでも駆け出したいのを……ちゃんと我慢した。


 だが…………もう限界だ。


 こんな近くまで来て。それこそ一瞬で飛び掛かれる距離に来て。歓喜に思わず身体が震える。口の端が自然と吊り上がる。


 「ああ……! ああああ…………!!」


 沸き上がる衝動のまま声を上げる。
 高速疾走の姿勢そのまま……更に身を屈め、腕を広げ……




 飛び掛かる。






 …………………




 「ぐっフォぁあォ!!?!?」

 突如として脇腹を襲った衝撃に、リカルドは思わず苦悶の声を漏らした。
 成人男性すら軽々と吹き飛ばしてしまいそうな衝撃。しかしながらすんでのところで踏ん張りを効かせ……転倒とそれにより隙を晒すのを避けることには、成功した。

 脇腹に重い一撃を加えた何者かは、どうやらがっしりと組み付いているようだ。更なる追撃を避けるべく、振り返り状況を確認しようとして……



 「りかるの! りかるの!? りかるの!!」

 澄んだ硝子の鈴を鳴らすかのような、心地のよい声が耳朶を打った。



 呆気に取られる周囲の兵士達の視線もなんのその。リカルドの腰にしがみつき、喜色満面といった顔を振り撒くその子は……

 「……ノート。帰ってきたのか。……おかえり」
 「かってきた! りかるの、ありがとう!」


 この街の救世主にして、街の人々からは『天使』とすら呼ばれ…
 詰所の兵士達が『お姫』と呼び可愛がる、真っ白な少女……ノートだった。




 ……………………


 「痛だだだた……!」
 「た…タイチョー………大丈夫っすか……?」
 「……えあ、……えあ…………ごめ、なさい」
 「身体強化の乗った体当たりですもの……防具着けてて良かったですね………」
 「全くだ……」

 かつて、白い少女が寝起きしていた部屋……医務室。
 兵士達の手によって担ぎ込まれたリカルドは、衛生兵の手による処置を受けていた。
 踏ん張りを効かせ、倒れることこそ免れたものの……尋常ではない勢いで突っ込んできたノートの破壊力(物理)は決して小さくなかった。
 少なくとも……腰骨に宜しくない衝撃が加わったのだろう。お世辞にも『若い』とは言えない年齢のリカルドの腰は、非常に危うい状態であった。

 模擬戦演習として身に付けていた、金属製の草摺タセットが無ければ危なかった。
 ちなみに金属製のはずの防具はべっこり凹んでいた。

 「安静にしていれば、悪化はしないでしょう。……ただ」
 「解っている。……模擬戦どころでは無いな」
 「んい…………もめんやさい」
 「じゃあタイチョー、訓練はお休みっすか?」
 「私は、な。お前達はサボるなよ」
 「ええー…………ズルイっすよ」
 「……ノート。こいつの腰やっていいぞ」


 リカルドの腰は大事にはならないだろうと、苦笑混じりに冗談を飛ばし合う面々。



 ……しかしながら、約一名。
 冗談とは受け取らず、更にはよりによって……斜め上の受け取り方をしてしまった者がいた。




 「んい、……んい。わたった。……まかせて」

 突如、響いた声に……一同の動きが止まる。嫌な予感が脳裏をよぎる。医務室の空気が緊張感を帯びる。

 「……待てノート。解ってないだろう落ち着け」
 「わたし、くんれん。さぼるな、みんな、する。……んい、もみせん、まかせて」
 「待て。待て。何をしようとしている」

 訓練されたリカルドの第六感が……警鐘を鳴らしていた。
 ノートが口を結び、気を引き締めたような、何かを決心したような、深刻そうな顔で気合いをいれたときは……大抵盛大に空回りしているということを長年・・の経験が告げていた。


 「んい。……いってみます」
 「行くな! ああもう……ウィル! ノートを止めろ!」
 「りょ、了解っす……!」

 言うが早いか……お得意の身体強化魔法を纏い、駆け出す彼女、……恐らくはリカルドの代わりに兵士の訓練をするつもりなのだろう。
 どうやって、などと訊くまでもない。失礼だとは思うが彼女の知能で指導ができるとは思えない。それに彼女が残した…もみせん、もとい模擬戦という単語。
 ……ノートは、兵士達と模擬戦をおっ始めるつもりだ。
 部下の兵士――ウィルに制止を任せてみたものの……その程度であの子が止められないであろうことは充分に解っていた。


 「……医療器具の用意……しておきますね」
 「…………頼む。苦労を掛ける」
 「いえ。これが仕事ですから」

 諦めとも苦笑ともつかない表情で……大人二人は溜息を溢した。




 ……………………



 雄叫びを上げつつ正面から突っ込んできた兵士。訓練用とはいえリーチの長い木棍、その横薙ぎの打撃を身を屈めて躱し、地に左手を突いた勢いで身体を捻って脚を振り抜き……懐に飛び込まれ為す術のない槍兵の足を払い転倒させる。

 続いて背後。大上段から降り下ろされる木剣に合わせてかかとを振り上げ、剣を握る指を蹴り抜き木剣を吹き飛ばす。逆立ちのような姿勢から身を翻して跳ね起き、得物を失い呆然とする兵士の袖を掴み……引き寄せると同時に膝裏へと蹴りを入れ、仰向けに引き倒す。

 一瞬で二人の兵士が倒されたことに呆然とする三人目の兵士。まだまだ未熟、その隙はあまりにも大きすぎる。瞬間強化マーダーを禁じられているとはいえ、これだけあからさまな隙ならばものの数秒で詰められる。
 兵士も慌てて弓を射るが……平静を欠いた呼吸と指先では、ちょこまかと動く小さな的に当てられる筈もなく。鏃に厚布を巻いた訓練用の矢は見当違いの方向に飛んでいき、二の矢が放たれたときには既に目前。僅かに身を反らして難なく避けると右手に握った木剣を振り抜き…………弓を握る手首を打ち据えられ、弓兵は呆気なく武器を取り落とした。



 僅かに、十秒足らず。

 身体全強化リィンフォースならびに瞬間強化マーダーの使用禁止というハンデをものともせず、一小隊三人を瞬く間に無効化してのけたノート。
 手足をぷるぷると振るい、身体をほぐすと……周囲で行く末を見守っていた兵士達に声を掛けた。

 「わたし、つぎのひと、する。……んい、もみせん、つづき」

 言うが早いか、次の兵士小隊が名乗り出た。
 各々訓練用の武器を構え、審判員の号令を待つ彼らの後ろには……リカルド隊の他にも噂を聞き付けた兵士達が、長蛇の列を組んでいた。



 列に並ぶ彼らの目的は勿論……
 彼らが敬愛…いや、崇拝する『お姫』直々の模擬戦である。


 ハンデとして……彼女お得意の人間離れした強化魔法――瞬間強化マーダーの封印。そして王者ノートひとりに対し、挑戦者兵士は通常行動単位である三人編成。
 卑怯だなどと思うなかれ。その程度のハンデでは到底埋まらぬ実力差であることは、彼らも承知の上。

 そして何より兵士達の闘争心に火をつけたのは……勝者へのご褒美。



 『かったひと。わたし、ごほうび。……んい。わたし、なんでも、する』



 …今、なんでもするって言ったよね?


 思ってもみなかった、憧れの少女とお近づきになれる(どころかあわよくばムフフなことが出来るかもしれない)チャンスに……ほぼ全ての兵士が雄叫びを上げたのだった。

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