勇者が救世主って誰が決めた

えう

68_無遠慮な少女と従者の悲劇

 ――目が覚めた。


 久し振りの快眠、久し振りの寝台だ。
 カリアパカでの宿も観光地というだけあってか、なかなかに快適だったのだが……怒濤の事態と周囲の視線もあって、思っていたよりも気が休まらなかった。最後には逃げるように宿を後にしたのだ。


 「折角の高級宿だったんだがなぁ…」

 嘆いたところで仕方がない。確かに心労も多かったが、その分得るものも多かった。
 古大蛇ティタノボアの駆除による報酬と、素材の売却による収入。
 そして……ノートあの子の従者。


 ネリーの使い魔シアのことで耐性は付いていると思っていたのだが……正直なところ未だに信じ難い。
 自分とネリーが全く抵抗できずに抑え込まれた、あれ程に魔力チカラの強い…原種に近い魔族と遭遇するとは。
 しかもそんな子が奴隷として扱われており……どういうことかノートに懐き、付き従うなど。

 あの精神干渉魔法に抗える者など、そうそう居ない筈なのに、……恐らくあの子――メアは、物心付かない頃から躾けられていたのだろう。
 主人にあたる人物には逆らわないように。
 そもそも抵抗するという選択肢さえ浮かばないように。


 そんなにも従順だった奴隷の幼子が……今までの人生で常に支配者であった者をあっさりと裏切ってまで、恭順を示した相手。

 子どもとはいえ、あれ程までに力を持つ『魔族』が、全てをなげうって無条件で恭順を示す相手。



 それは、まるで…




 「…………まさか、な……」


 つい最近、行動を共にすることとなった……とある一人の少女。
 自ら名乗ったという『無』を示す名の通り、頭の先から足の爪先まで色らしい色を持たない……真っ白な少女。

 出自も血縁も一切合切が謎。
 高熱魔法を操った、魔境からやってきた、竜と会話した、等々……俄には信じがたい話も耳にする。
 桁違いの戦力と人外じみた容姿を持ち、魔族を従える・・・・・・…謎多き人物。



 それは……まるで…………










 「んなわけないか」


 無いな。ないない。考え過ぎだ。
 『諸悪の根元』『恐怖の代名詞』『殺戮と破壊の権化』等々……小さな子どもでさえ話聞かされ知っている、悪名高い『魔王』。
 それらの肩書きは何一つとして、あの子に微塵も当て嵌まらない。

 色々と…まぁ、色々と……変わっているところは多いものの。
 あらゆるものに興味を示し、あらゆることに一喜一憂し、素直な心を持ち、裏表のないこの子は……ただの世間知らずの女の子にしか見えない。


 少なくとも…現状自分含めた誰一人として、あの子に危機感を抱いていないのだ。抱く気すら浮かんで来ない。
 まるで本能が『害意のある者では無い』とでも告げているかのように。
 ならば……きっとそうなのだろう。



 「考え過ぎだな……やっぱ疲れてるのか……」

 古大蛇ティタノボアの駆除と、湖賊の殲滅。行程自体はそれ程でもない遠征だったが……心労は決して少なく無かったのだろう。昨晩は見事な爆睡だった。

 疲労回復の常套手段といえば、充分な睡眠。そして……風呂だ。
 思えば野営の間は入浴など出来る筈もなく、絞った布で肌を拭う程度しか出来なかった。折角浴室のある宿に戻ってきたのだ、それを使わない手は無い。
 窓の外はまだ陽が昇りきっておらず、朝食までは時間がある。優雅に朝風呂と洒落込もうじゃないか。


 拭布タオルと替えの肌着を纏め、音を立てないように……隣室の住人を起こさないように部屋から出る。
 宿の主人の計らいで、このフロアは自分達の貸切状態となっている。ありがたいのは間違いないのだが、正直なところ申し訳なさが勝ってしまう。……土産物でも買ってくれば良かったか。

 せめて心付けチップで少しでも報いよう……などと考えながら一階まで下り、男性用脱衣室の扉を開ける。狭い脱衣室は灯りもなく薄暗く、棚に収まった籠は空っぽ。どうやら空いているらしい。
 これ幸いと入口を施錠し、服を脱ぎ籠に放り込む。久方ぶりの風呂に心を踊らせながら浴室へと続く扉を開き、










 「んい?」

 「えっ……?」

 「……は?」









 目の前の光景が……理解出来なかった。


 頭が、意識が理解を拒んでいた。





 ………………………………… 



 誰も居ないと思っていた男性用浴室には既に湯が張られており、二つの人影が湯に浸かっていた。そして男性用浴室には似つかわしくない二つの視線が、こちらを向いていた。


 驚きに目をまん丸く見開いているのは、宵藍色の癖っ毛を持つ少年。……とはいえつい先日までは少年であることさえ知らなかったのだが。
 我々一同が性別を見誤るほどに華奢な身体と整った顔は……湯による火照りとは恐らく別の要因から、見るからに朱に染まっている。

 その小さな身体を抱きすくめるように背後から密着するのは、どこか眠たそうな目付きの白銀色の少女。
 少年の肩に顎を乗せ、脇下から手を差し入れ……臍の辺りを抱き寄せている…………ように見える。


 ノートと、その従者……メアだった。



 「………………おま…」
 「んい……あるたー? おはよう、あるたー」
 「あっ、あのっ、あのっ、あのっ、あのっ、」


 俺が寝惚けている……というわけでは無さそうだった。
 ここは男性用の筈だとか、脱衣籠は空っぽだった筈だとか、こんな場所で何をしているんだとか、そもそも何故ここにいるんだとか、問い質したいことも言い聞かせたいことも次々湧いて出てくるのだが、

 メアの………助けを求めるかのような、今にも泣きそうな視線を感じ…………嫌な予感が脳裏を過った。


 「ある、たー? あるたー、おふろ。…はいる?」
 「……ノート」
 「んい」
 「メアを離してやれ」
 「…………えー」
 「ひうぅぅ!!?」

 潤みを増した瞳と悲鳴のような声から……の身に起きている事態をなんとなく察してしまう。
 冗談だろうと思いたいが……先日の狼藉を思い起こすに至り、苦い顔になってしまう。

 「…メアを、離して、やれ」
 「…………んい」


 渋々、といった表情を隠そうともせずに……ノートは腕の中の従者を解放した。その瞬間のメアの表情変化を観察した限りでは、自分の想像は正しかったようだ。
 ……合っていて欲しくは無かったのだが。


 「……ぅぅうぅ……ヴァルター…様ぁぁ……」
 「よしよし……怖かったな。もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
 「……ぅぅ………ひぅぅ……っ」
 「…………あ、あの………めあー?」

 雲行きの怪しさにようやく気づいたのか……不安そうな声を上げる少女。
 ネリーの見立てでは、彼女は齢十の頃だとか。そろそろ男女のからだの違いを認識する頃だとか。昨晩『同じ部屋で眠らせるの…どうなんだろうな……』と相談を持ち掛けられた際に真面目に応じておくべきだったか。疲労を言い訳にするべきでは無かった。


 「…………ノート」
 「は、はい」

 意図せず、低い声が出る。

 「風呂から上がったら、話がある。……良いな?」
 「…………」
 「良 い な」
 「…………」


 ……返事が返って来ない。
 何やら視線を下げ、いきなり黙り込んでしまった。……少し怖がらせてしまったのだろうか。少し不安が過るが……


 「…………あるたー」

 そこで、気づいた。
 気づいてしまった。

 俯いているノートが、ある一点を注視していることに。


 「…………何だ」
 「あるたーの。めあー、より……おおき」





 早朝の浴室に、いい音が響き渡った。

「勇者が救世主って誰が決めた」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く