勇者が救世主って誰が決めた

えう

67_無慈悲な少女と従者の真実

 ――目がさめた。


 ほおに感じるここちよい風とともに、まぶたを閉じて、開く。

 視界に入ったのは雲ひとつない空と、微風にそよぐ瑞々しい枝葉。
 木々の向こうには星空が広がり、空の色は濃紺から群青へと……夜明けの様相を呈している。



 ころんと転がり隣に目をやると、すうすうと寝息を立てる愛らしい寝顔。夜明けの空とよく似た昏い色の、ふわふわの癖っ毛が可愛い………わたしの『従者』。

 夢魔――メアの姿。



 わたしのことを『魔王』と呼び、無条件での恭順を示した……魔族の子ども。



 わたしの気まぐれでたまたま出会い、そのせいで人生を狂わされてしまった、この子。
 この子が今まで置かれていた環境は決して良いとは言えないのだろうが……たとえ奴隷として扱われていたとはいえ、わたしがこの子の居場所を壊してしまったことは確かなのだ。



 この子は……一人きりでは生きていけない。
 か弱い魔族の子どもが一人ぼっちだなんて……その結末は想像に難くない。

 だからわたしは、この子の居場所とならなければ。

 魔王と魔族の関係を抜きにしても、この子はわたしが面倒を見なければ。





 ……というのが建前。




 「………んん、………………ぅん……」

 口もとをむにゅむにゅしながら、身じろぎする幼子おさなご。魔族やらなんやら、義理やら何やらはとりあえずまとめて捨てておく。もえないごみ。
 愛らしいこの子のためになるのなら、出来る限りのことはしてあげたい。こんな可愛い子が、自分なんかを慕ってくれるのだ。その想いに応えてあげたいし、正直いってたまらない。ネリーの気持ちがとてもよくわかる。

 わたしにこの子の親代わりが勤まるかはわからないが、やるだけやってみよう。かわいい子は大好きだ。




 「んいー………」


 のそりと起き上がり、背筋を伸ばす。毛布にくるまっていたおかげで寒くはなかったが、やはり地べたに寝そべる野営では節々がこわばってしまう。やわらかい寝台ベッドが恋しい。


 「起きたか? お早う、ノート」
 「……んい。おはよ、あるたー」


 しかしながら、そんな贅沢は言ってられない。わたしはちゃんと眠らせてもらえている。充分な睡眠を取らせてもらえるだけありがたいのだ。
 ヴァルターとネリーは二人交互に、夜通し見張りをしてくれていた。何気なく挨拶を寄越したヴァルターも、なんだか眠そうだ。
 ………やっぱり無理矢理にでも手伝えばよかっただろうか。わたしも手伝うとは言ったのだが、二人して大反対され押しきられてしまった。げせぬ。


 「あるたー、みはり。……あい、がと。…だいじょぶ?」
 「まあ……大丈夫だ。街まであと一息だしな」
 「むり、しないで。……あるたーは、だいじ、だから」
 「……………ああ。ありがとな、ノート」
 「んい」


 何か言いたげだったが、結局言葉を飲み込んだ様子のヴァルター。あえて気づかないふりをする。……彼が言い出してこないのなら、わざわざ掘り返す必要はない。




 ……先日、わたしが勇者として相応しくないと……『勇者』と呼ばれることを頑なに否定したことを、どうやらまだ引きずっているようだ。



 何度言われようと、わたしは勇者を名乗るつもりはない。わたしはこの時代、この世界にとってはあくまでも異分子である。

 『勇者』の誉れは、ヴァルターが賜るべきなのだ。

 一度徹底的に否定してから、表立って訴求されることは無いものの……先程ふと見せた表情を鑑みるに、どうやら彼はまだ諦めていないようだった。ぐぬぬ。

 「んいい………おうじょぎわ、わるい」
 「………何だ? いきなり……」
 「なんでも、ない。んん。………みず、かわ。いってくる」
 「あ、……ああ。気を付けてな」


 まだ完全に陽は昇りきっていない。わたしが眠っていた場所のすぐ横、空色の羽毛のかたまりと、それに抱きつき眠る少女を見やる。ネリーたちとメアが起きてくるまで、まだ時間はあるだろう。
 もやもやした気分を紛らわせるためにも、軽く水浴びをしてこようとおもう。



 カリアパカで着付けられた、なんかよくわからない構造の脆そうなドレスとは違い……今着ているのは、わたしにとって慣れ親しんだいつもの服。やっぱりおちつくなぁと思いながら……脱ぎ着しやすいチュニックの腰ひもを解く。
 動きやすいショートパンツを下着ごと脚から引き抜き、上着を脱ぎ去って一緒くたに置いておく。

 素肌を撫でる夜明けの風はひんやりとしているものの、決して不快な感触ではない。
 頭をぷるぷる振ると、髪がぱさぱさとこそばゆい。
 身体を捻り、伸ばし、いちにーいちにーと軽くほぐしてから……

 「んい。いってくる」

 ヴァルターに一言告げ、夜営地の傍を流れる小川へ向かう。





 「……何でここで脱いだ!?」


 背後から悲鳴のような叫び声が聞こえた気がするのは、きっと気のせい。
 澄んだ空気に満ちた朝の川辺は……とても静かだ。






 川にいく、といっても……もともと焚き火を起こした場所がすでに川辺だ。たいして離れてはいない。
 今もこうして……なんでか顔を赤らめながらもこちらの様子を伺うヴァルターが見てとれる。…………これくらいの距離なら、恐らくヴァルターも気付いているのだろう。

 ざばざばと水を分け入るように川に踏み込む。弧を描き大きく曲がった川の流れ、その内側は流れも緩やかで、川岸にはきめ細かな砂地が広がっている。ところどころ人為的に掘り返した跡や焦げたような跡が目に付くのは、やはりここで夜を明かす旅人が多いからだろうか。
 ばしゃばしゃと歩を進め、わたしの股のあたりの深さまでやってきた。…やはり水は冷たく、若干背筋がぶるっとする。でもめげない。もんだいない。ゆっくりと視界をめぐらせる。

 穏やかな流れの水のなかには、悠々と泳ぐ幾つもの影。これくらいの視界なら、剣の能動探知ソナーを使うまでもない。わたしの目で充分に捉えられる。充分に追える。

 「んい」

 一念。ぱぱっと身体全強化リィンフォースを呼び起こし、途端に周囲の水がはじけ飛ぶ。まとわりつく水の抵抗を一切無視して目標まで一直線に走る・・。水が押しのけられる音と振動に気付いたらしいが、もう遅い。逃げようと動きだしたときには、既にわたしの手がその尾を掴み、

 「んいっ」

 ぽーんと、川岸の方向へと放り投げていた。


 とりあえず一匹。ちょろい。あと四匹……いや、一人二匹…もう九匹とってこう。…はいあと八匹。
 思考の間もからだは動き、二匹目が川岸へと投げ飛ばされる。三匹、四匹と放ったあたりで、やっと最初の一匹が着弾したらしい。拡げられた感覚の隅っこ、引き伸ばされた感覚の中、ヴァルターがおもしろい悲鳴を上げている。

 ……狙いたくなるじゃないか。

 つづけざまにあと六匹、ぜんぶで十匹。たてつづけに尾を掴み、今度はちゃんとヴァルターを狙って放り投げ……こっそりほくそ笑みながらまとっていた身体強化を解除する。が。


 「んやあああ」

 ……ちょっとあぶなかった。生身で受ける水の抵抗に思わずバランスを崩しかけ、すんでのところで踏みとどまる。すでに水深が胸のあたりのところまで来ていたようだ。つめたい。
 どうやらお魚はちゃんとヴァルター目掛けて飛んで行ったらしく、お魚の襲撃を受けたヴァルターはというと…まるで珍獣でも見つけたかのような目でこっちを見ていた。

 「んひひ」

 やってやったぜ。
 ざぶざぶと水をかき分け泳ぎ、岸へと向かう。水からざばっと上がってぺたぺたと歩を進め、ヴァルターのもとへと戻る。水を含んでぺったりと肌にはりつく髪から、ぽたぽたと滴が落ちていく。

 「おま……ノート…おま………」
 「んい。あさ、ごはん」
 「……ああ、そうか。…ありがとう」
 「んい。んひひ」


 素直にお礼を言ってくれるヴァルターは良い子だ。たんとお食べ。おおきくなれ。わたしは身内にはとてもやさしいのだ。

 近くの林に足を運び、まっすぐな枝をてきとうに拾い集め、てきとうに魚に刺す。てきとうに火のまわりに立てて、準備はととのった。………それにしても、いっこうに動かないな。あんなに近づいてあげたのに。
 ともあれあとは焼きあがるのを待つだけ。ヴァルターのななめ向かいにどっかりと腰を落としてあぐらをかく。するとヴァルターがキレた。


 「お前は!! 本当に!! 汚れてるから! 洗って来い!」
 「ひえ」
 「……いやそれ以前に! 服を! 着ろ!! はしたない!!」
 「え、えあ……」
 「本当に!! 自分のしてる事が解ってないのか!? お前は!!」
 「お、おさ、おさ、おさかな……」
 「焼いとくから! 俺が見てるから! だから身体洗って服着て来い!!」
 「は、はい」

 きれた。こわい。最近の子はキレやすいっていうのはほんとだったのか。
 しかしながらじぶんの身体を見下ろして……納得した。枝を集めるのに林に足を踏み入れたおかげで、わたしの足…腰から下は、土やら落ち葉やらが貼りついてちょっといやなかんじになっていた。
 …なるほど。今からごはんを食べようというときにこんな土まみれだったら…気を害するのもしかたない。それはさすがに失礼だった。ちゃんと洗い落としてきれいにしないと。




 再びすごすごと川岸に戻ってきたものの、ただ水浴びするだけじゃおもしろくない。……そうだ。

 「表層硬化りじっと在れいる

 砂地に手を突いて、両手に表層硬化リジットを纏わせる。すると手を突いていた砂地が小さく爆ぜ、わずかにくぼんだ。…やっぱり。

 「んひひ…」

 作戦の成功を確信し、にやりと笑みがこぼれる。そのままざっくざっくと砂をかき分け、かき出していく。手のひらに、指に、触れた端から砂は削り取られ、抵抗らしい抵抗も無く穴はどんどん広がっていく。
 ついには四つんばいになって、上半身を突っ込むようにして、穴はなかなかの大きさになった。背後からヴァルターの呆れたような視線を感じる気がするが、きっと気のせいだろう。……そういえばおしりを向けていたのか。失礼なことをした。


 そろそろいいだろう、身体を起こして肩や腰をほぐす。
 作戦はつぎの段階へと進むのだ。

 表層硬化リジット。刃や魔法すら弾き飛ばす、斥力場の鎧。それを手に纏わせたまま、今しがた掘り空けた大穴から川へと向かって、手で溝を掘っていく。
 幅も深さもちょうどいい感じ。わたしの手のひらが通ったとおりに砂地が割れ、溝ができていく。
 そして溝が川の水面へと達するや否や……川の流れが溝へと引き込まれ、そのまま大穴へと流れ込んでいった。

 「んい。…んひひ」

 じゅんちょうだ。かんぺきだ。これは決して土遊びではないし、水遊び……であることは否定しないが、これはれっきとした作戦なのだ。
 掘った穴は深さこそ控えめ、いちばん深いところでもわたしの股下くらい。しかしながら、つまりはそこに水が溜まることによって…小さな池ができるのだ。



 そしてわたしは、その池の水をあたためることが……

 おふろにすることができるのだ!



 やがて水の満ちた穴……池に、足から入る。ちょっとつめたいが我慢する。そのまま身をかがめ、両手を底に突いて、両腕に魔力を巡らせる。
 イメージするのは、『熱』そのもの。残量など気にする気にもならないほどに余裕のある魔力をふんだんに注ぎ込み、わたしの腕へ、そしてその周囲の水へと、熱を生み出し、伝えていくイメージを強く描く。


 ……というとそれっぽいが、ようは『温かいお湯につかりたい』と思い浮かべながら、がむしゃらに魔力を放出しているだけだ。

 …………自慢ではないが、わたしには放出系魔法なんてちっともわからない。それっぽいことを言ったところで、わたしにはせいぜい『水をぽかぽかにする』くらいしかできないのだ。

 でも不便してないし。べつに良いし。くやしくないし。
 現に、こうしてちゃんとおふろが出来たし。どや。




 「んいいいい………」

 できたてほかほかのおふろに、肩までつかる。すりばち状の浴槽に寝そべるように横になって空を仰ぐ。自然と目が細まり、きもちが安らぐ。…ごくらく。

 大自然に囲まれて悠々と入浴できるなんて、自我すらおぼろげなまま戦い続けていたあの頃のわたしには、とうてい想像も出来なかっただろう。
 生まれ変わってほんとうに良かった。魔王せんせいさまさまだ。


 いいゆだな、あははん…と口ずさみながら、完全にまぶたを閉じる。からだはぽかぽかのお湯にたゆたい、ふわふわと浮かぶようだ。
 お湯加減は完全にわたしの思うがまま。わたし自身が湯わかし機器の役割なのだ。気持ちよい温度を見逃すはずがない。

 きもちいい。

 ……とても、きもちいい。




 「お……お嬢? 何やってんだ?」
 「……んえ?」

 まどろみながらのんびりしていたところ、頭上より掛けられた声に目を開ける。
 そこにいたのは…澄みきった空とよく似た色を持つ美少女と、その傍らに寄りそうように立っているふわふわもこもこの美幼女。

 「おはよう、ねりー、しあー。おふろ、はいる?」
 「は……風呂!?」
 「ぴー?」

 とたんに、ネリーが目をまん丸に見開いた。わたしが浸かっている水面……お湯からあがる湯気に気づいたようだ。
 かわいらしいおくちをかわいらしくあんぐりと開けて、みごとに硬直してしまっている。腕をくいくい引っ張っているかわいらしいシアのかわいらしいアピールにも反応せず、おくちをあんぐりしたままこっちをじっと見ている。かわいい。

 ……それにしても、ネリーが動かない。だいじょうぶかな。


 「んい…? ねりー? おはよう?」
 「…お嬢……おま……」

 あ、うごいた。
 よかった、と…ほっとしたのも束の間。ネリーはなんでか突然俯き、眉間を揉みほぐすように指でぐいぐいして、大きく息を吸って吐いたかと思うと……


 「……お嬢。朝メシ。…魚、焦げるぞ」
 「あっ」


 ……ごはんは、とてもだいじだ。




…………………………………………



 とれたてのお魚は、やはりとてもおいしかった。

 先ほどひっ掴んで捕った魚は、いい具合に脂が乗っていた。手頃な石に腰かけてかぶりついていたら、むき出しのふとももが脂でよごれてしまった。

 しかしながら、わたしはいっぱい感謝されてもいいはずなのに……たべている間、シア以外だれも目を合わせようとしない。
 ネリーはちらちらとこっちを見ているが、すぐに目をそらしてしまう。ヴァルターとメアに至っては、わたしのほうを見ようともしない。


 ……もしかして怒らせてしまったのだろうか。お魚苦手だったのだろうか。
 ヴァルターはべつにかまわないが、メアに嫌われるのは避けたい。

 …………よし。


 「めあー、めあー」
 「ふあっ!? は、はい! なんでしょう」
 「おふろ、いく」
 「…………えっ?」
 「は? ノートお前何言って……」

 ヴァルターは置いておく。ぽかんとした顔のメアをぐいぐい引っ張り、さっきつくったばかりの特製露天風呂へと連れていき…………剥く。

 「!?? やっ……!? やめっ! お、お止めください! ノート様!」
 「んひひ。よいではないか、よいではないか」
 「だ、ダメです! やめ、やめっ、今は!」

 腰ひもをほどき、上着をすぽんと引っこ抜き、メアの平らな胸が露になる。……ちょっと優越感を感じたのは気のせいだとおもう。
 言葉とは裏腹に抵抗らしい抵抗が出来ないメアが、どんどんわたしと同じ格好に近づいていく。かわいらしい顔を真っ赤に染め、身をこわばらせるその姿は……正直とてもそそる。

 さぁこれでとどめだ、とばかりに下ばきをすとんと下ろし…………






 それ・・を見た。





 ところどころに残る傷跡が痛々しい、一糸まとわぬメアの小さな身体。



 わたしとおそろいの格好でありながら、

 しかし致命的に異なるその一部分。



 かつてのわたしの身体にはあって……


 今のわたしの身体には無い、それ・・




 わたしの視線の先、元気に立ち上がっているそれ・・は、




 「…………あえ、……あえ」
 「……の、 ノート…………さまぁ……」









 目の前の光景が理解できなかった。

 これはゆめか、まぼろしかと……確かめようとそれ・・に手を伸ばした。

 にぎった。

 つかんだ。


 「っっっ!!? っひぁぁぁぁああああああああああ!!!??」

 伸ばした右手が捉えた、確かな感触。やはりこれ・・はまぼろしじゃ無









 ………………………………



 「なんだ……この情況……」
 「私が聞きたいわ……」



 メアの……絹を裂くような悲鳴。
 何事かと駆け付けた二人の目に映ったのは……


 顎を蹴り抜かれ、仰向け大の字に伸びた全裸のノートと

 同じく全裸で股間部を抑えるようにうずくまり、真っ赤な顔でしくしくと涙を溢す……可愛らしい少年・・メアの、あられもない姿だった。

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