勇者が救世主って誰が決めた

えう

64_勇者とわたしと嘆きのはじまり

 ………きのうは、ひどい一日だった。
 わたしはつかれた。とてもつかれた。
 もうやだ。シア抱っこして寝てたい。



 …………………


 昨日は、得るものも喪うものも多い一日だった。

 あらくれもののすみかを踏破したのは……べつにいい。ヴァルター達にとってはどうか知らないけど、敵兵ザコ隊長ボスもほぼ素っ裸だったこともあり、非常に呆気なかった。
 わたしにとってはあの程度、苦労のうちに入らない。よゆう。
 預けっぱなしだったわたしの剣が……能動探知ソナーがあれば、もっと手っ取り早く片付けられただろうが、しかしその差違はおそらく微々たるものだろう。九十五点が九十七点になる程度の違いにしかならない。

 人員損失は無し。敵はすべて無力化。人質も救出。客観的に見ても、ほぼ百点だとおもう。
 ……間に合わなかった人のことを思うとすこし気が滅入るが、仕方ない。聞いた限りでは数日前の出来事だったらしく、少なくともカリアパカには居なかったのだ。
 そこまで時間を詰めるのは、わたしたちには無理だった。


 ともあれ用事は済んだので、あとはカリアパカに帰るだけ。
 わたしたちの帰る手段は良いとして、他にも輸送手段を確保しなければならない。
 ククルルたちはそんなに大量には運べないし、転落の危険もある。どうしようかと考えていたのだが、思いのほかあっさりと解決できた。

 あらくれの頭領の部屋でヴァルターの剣を取り返してから、ちょうどわたしの剣に触っていたらしいライアの思考が伝わってきたのだ。通信魔法が繋がったままだということを思いだし、これ幸いとばかりに輸送船を手配させた。
 とつぜんのわたしの声に驚いた様子だったが、ほとんどなにも説明しなかったのにすぐさま理解し、行動してくれた。さすが長耳族エルフ、とてもかしこい。
 むしろこれをも見越してライアに剣を預けていたわたしも、とてもかしこい。ほめられてもいいと思う。……たまたまだけど。


 そもそも、なぜ輸送手段が必要だったのか。それは攻略中にわたしが目にした光景に起因する。

 あらくれのアジトには、捕まっているひとが大勢いた。男の人は大丈夫そうなひとが多かったが、女の子たちは相当消耗しているように見えた。ぶん殴って無力化させたあらくれどもは放置して置き去りにすればいいが、連れてこられた被害者たちは一刻も早くおかへ戻してあげたい。
 ライアに船を手配させ、ククルルの子たちに洞窟遺跡あじとまで先導させるよう言いつけ、手配する。これで被害者たちの復路は安泰だろう。
 ……ずいぶんと好き勝手にやってしまった気もするが、費用の請求とか小言とかは色々とめんどうくさそうだ。全部ヴァルターに任せることにする。あとでおねがいしよう。



 我ながらてきぱきと手を回し、あとは船の到着を待つばかり。あとは自分たちのことに専念すればよかった。
 ヴァルターの持ち物袋を勝手に開け、体力魔力が両方回復しそうな霊薬ポーションを拝借する。
 牢獄に戻り、未だ性器を露出したまま意識を失った男たちを掻き分け、蹴飛ばし、隅っこで壁にもたれ掛かるメアの口に霊薬ポーションを流し込む。
 ヴァルターの霊薬ポーションは高品質なものらしく、効果のほども劇的だった。みるみるうちにメアの顔色が良くなり、程なくして無事に意識を取り戻した。
 ……もしかしなくてもこれ、とても高いやつなのだろうか。怒られやしないだろうか。弁償しろとか言われたら……身体で稼いで返すしかない。



 「めあ。めあー、……おはよう」
 「……えっ、……あ……おはよう、ございます……」


 心なしか血色の良くなった……かわいらしい顔が、しっかりとわたしを見据える。どうやら問題はなさそう。大丈夫そうだ。


 「まりょく。たりる? ふたり、おこす、できる?」
 「………はい。大丈夫………です」
 「んい、おねまい、します」
 「………わかり、ました。魔王、さま」
 「やー! ちがう。まおう、ちがう! んいい!」


 それは、その呼ばれかただけは、許容できない。

 魔王。それは人にとって……恐怖の象徴そのもの。
 その名で呼ばれた者が人里に居ることが知られれば、それはきっとよくないことになる。

 人々がわたしを殺そうとするだけなら良いのだが……わたしと関わりがあったネリーやシア、ついでにヴァルターが『魔王の一味』と見なされるのは………だめだ。それはとても耐えられない。
 それに………魔王の名が相応しいのは……先生あのひとだけだ。



 「めあー、めあー。めいれ……やー。……わたし、おねがい」


 とにもかくにもこの子には、わたしを魔王だと明かさないよう厳命しなければならない。物騒な口封じなど出来るはずもないので、箝口令を敷く言って聞かせるしかない。
 出来ることなら……魔王の権能による強制はしたくない。独り善がりの自己満足だが、この子には真っ当な人生を歩んでほしい。
 魔王に縛られた魔族としてではなく、人として。


 「わたし、のーと。………まおう、だめ。ぜったい。………おねがい」
 「…………はい。………わかり、ました」


 ……だから、お願い。

 当然、強制力は働かない。良い子だとは思うが、万が一ということは常にあり得る。……考えたくはないが、わたしの目の届かないところで吹聴するかもしれない。
 それも……自らの意思とは限らない。この子の魔力は豊富だ。何かの拍子に出自がばれ、拷問やら尋問やらされるかもしれない。

 それでも……せっかく支配から逃れられるのだ。呪いで再び縛られるのは、かわいそう過ぎる。


 そでふりあうもなんとやら。わたしはメアを縛る隷属契約を破棄させるつもりでいる。
 現在の所有者は湖族あらくれ共だが、奴らはもはや裁きは逃れられない。であれば奴らの持ち物・・・であるメアは、本来ならば兵団に回収される。
 しかしながら、奴らの持ち物の一覧表などがあるわけでもない。奴隷ひとり居なくなったとしても、兵団が気づくはずはない。
 尤も首輪を見られて持ち主確認などされれば………ほんのすこしだけ面倒なことにはなるだろうが、バレる前に偽装工作を済ませてしまえばいいだけだ。

 複雑な魔術紋様に彩られた首輪とはいえ、その仕組みはたいして複雑じゃない。じつは魔力で焼き切れば壊せるのだ。とてもかんたん。
 ……そもそもそんな精密な魔力の刃なんて、一般には存在しない。このような破壊方法は普及していないので、まずバレない。
 普通に首輪を破壊できるほどの魔力で、首輪を直接破壊しようとすれば……魔力の余波で先に奴隷本人が死ぬだろう。
 だからこその盲点。つまりは、よゆう。


 少ししかふれ合っていないが、メアは間違いなくいい子だ。縛らなくても、わたしたちに不利益になることはしない。きっと大丈夫だろう。
 期待をもって見守るわたしの眼前、メアの能力によって昏睡状態が解除され……ヴァルターたちがやっと目を覚ました。
 解呪の動作からも、被術者への労りからも、メアの人柄が如実に表れていた。



 そしてヴァルターが、ネリーが、がばっと起き上がる。

 あたりを見回し、現状を把握し、………悪夢を思い出したのか、顔が一気に青ざめている。


 「………ノー、ト……? 大丈夫か!? ノート!!」
 「お嬢!! 身体は!? 何か変なことされてないか!?」
 「えあ……えあ…………」


 起き上がり周囲を確認するや否や、真っ先にしたことが………わたしの心配。
 二人が二人とも、死人のような顔色で涙さえ浮かべながら…掴みかかるように捲し立てる。その剣幕には必死さがこれでもかと滲み出ている。

 彼らがどんな悪夢を見せられていたのか。メアにこっそり聞いていたわたしは、その内容を知っている。
 そして彼らが何故、そんな悪夢を見るに至ったのか。それはひとえに………わたしの身を案じてくれていたからに他ならない。


 わたしを心配するあまり……わたしが乱暴されることを恐れるあまり………恐れていた事態そのものを映した悪夢を、見せられていた。
 彼らの見た、彼らの心を蝕んだ悪夢はつまり………元はといえばわたしのせいなのだ。


 「んい……わたし、だいじょぶ。………あるたー、ねりー、…だい、じょう……ぶ?」
 「俺は大丈夫だ。……何も、問題ない」
 「私もだ。……安心しろお嬢。絶対守ってやる」

 どう見ても大丈夫ではない顔で……生気が失せたかのように青白い、目許には涙すら浮かべた顔で………痛々しい嘘をつく。
 心配されてばかり。迷惑かけてばかり。
 ……わたしはこの二人に……これ以上心配をかけたくない。


 「んい。………んいいい」

 自責の念が顔を出そうとするが………首を振ってそれを否定する。それは違う。この場において、その感情は……違う。
 こういうときに言うべき言葉。わたしはそれを、ちゃんと知っている。

 謝罪ではない。悲嘆でもない。
 それは……わたしが最初に学んだことばだ。



 「………あり、あとう。あるたー。ねりー。……ありがとう」


 心配かけまいと、わたしは大丈夫だと、意識して笑顔を浮かべる。


 ……よかった。やっと、笑ってくれた。





 ……………しかしながら。

 なぜかそこだけ剥き出しの右足を見咎められたときは。

 わたしが一人で牢から出て、ごろつきどもと頭領ぼすを倒してきたのだと、ついうっかりぽろっと溢してしまったときは。



 ………二人から同時に、とても怒られた。


 こわかった。メアが止めに入ってくれてなければ……たぶん死んでた。

 おかげでメアの紹介が……わたしを助けてくれた子だということが、説明できた。今しがたもわたしを助けてくれたことといい、割とすんなり納得してもらうことができた。


 それにしても、こわかった。

 勇者師弟のコンビネーションは、ばつぐんだった。





 …………………



 洞窟遺跡の入口……隠れた入り江に浮かぶ桟橋に接岸した、小型のボート。
 ライアが用意してくれた船はかなり大きく、狭く入り組んだ入り江に直接接岸するのは危険が伴うらしかった。

 忙がしいだろうに、なんと直接船を回してきてくれたライア。小舟ボートで洞窟遺跡に上陸した彼は、続々と接岸する作業員達にあれこれ指示を出していった。
 ヴァルターも嬉々として、ここぞとばかりに荷運びを手伝っている。

 ネリーはわたしの傍でライアと話し込んでおり、メアは落ち着かないのかそわそわした様子で、わたしの袖をきゅっと握りしめている。……かわいい。



 「……人々の移送も、恙無つつがなく完了するでシょう。あの船ならば充分運べまス」
 「んい。……ありが、とう」
 「…悪いな。無理言って」
 「いえいえ、この程度。………宜シければ……聞かセて頂けまスか? 何があったのか」 

 指示が一段落ついたところで………わたしはライアに、ことの顛末を話した。ただしメアのこととその周辺は伏せ、単純にヴァルターとネリーとで片っ端から奴らを無力化していった体で。
 一連の説明を聞いて、彼は驚き、黙り込み、考え込み………そしなんと、わたしの意図をほぼ理解してくれた。


 「幸いなことにわたくシども、各方面の知人に恵まれておりまシて。行方不明者の情報なども近いうちにご用意出来るかと思われまスが………やはり今後は、然るべき処に任セた方が?」
 「んい………おまかせ、おねがい。……いい?」
 「勿論。勇者様達の御活躍……決シて無駄には致シまセん。我等ヒメル・ウィーバの名のもとに、ただ人々の為……最善を尽くスことを誓いまシょう」
 「んい……あり、がと。………ん、わたし、わからない、から。……たす、かる。とても」
 「助け出したはいいけど、その後は知りません……だとな。さすがに後味悪いし。……助かるわ」


 今回救出された、被害者。彼らは違法な手段で捕らえられ、拉致されて来た者たちだろう。彼らの今後に対する支援………出身地の特定や仮住まい、衣食……場合によっては職の提供。それらはわたしには手に負えない。
 商人でもあり、顔が広く、交渉ごとにも長けている彼が引き受けてくれるのなら、とても心強い。

 ………だが、それだけに。


 「らいあ、らいあ。……もめん、なさい」
 「…おや? どうかなサいまシた?」
 「……おかね。わたし、もってない。……おれい、できない、わたし。………ごめん、あさい」

 商会のトップ……決して暇な人物ではないだろう、多忙な人物に……知人であることを笠に、新たに面倒ごとを押し付けてしまったことに対して。
 申し訳なく思うと共に、やはりお金を稼ぐべきであると……強く実感した。
 ………だが。

 「………先日も申し上げまシたが……」

 それに異を唱えるように………勿体つけるように、胡散臭い装いの長耳族エルフは口を開く。


 「勇者様ご一行は、ソの存在自体が、もはや人々の注目の的でス。……であれば、ソんな勇者様の御贔屓であるという、事実。これ自体が、当商会にとってこの上ない宣伝であるとともに……この上ない絶好の信用材料と成り得る訳でス」
 「………勇者がヒメル・ウィーバを贔屓にすれば、それがお前にとってプラスになるのか?」
 「ええ。ソれはもう。……加えて、今回の皆様の御活躍。これは誰がどう見ても『善』でス。奇跡的とも言える救出劇。紛れもない美談。………ソこに我等が関われた。これはもう当商会の評価高騰待ったなシでスよ!」
 「……意外と打算的なのな」
 「…………んい?」


 むずかしい単語を並べられると……あたまの処理が追い付かない。さすがやり手の商人……つよい。
 『気にしなくてもいい』といった感じの内容を言ってくれているのは、なんとなくわかる。……だが、船一隻動かすのもタダじゃない。ましてやこれ程の人手。彼らの人件費だけでも相当のものだろう。
 気にするなと言われても……やっぱりそれでも『気にしない』でいられるほど、わたしは恥知らずではない。


 「らいあ。らいあ。おれい、いって? ……わたし、する。わたし、なんでも、するから」
 「ちょ……!?」
 「………ソれは……ソれは」

 わたしができることなど、たかが知れているが。
 大したことができない身だが、それでも可能な限りの恩返しはしたい。
 ……そう考えての発言だったのだが。


 「………いいな、ライア。お嬢たっての希望だ。私が口出し出来る立場じゃ、無い。………だがなライア。解ってると思うが」
 「ハイ。勿論でス。解っておりまス。……でスからソの目は! ソの形相はお収め下サい……! 小さい子に見セられる表情ではありまセん……!!」


 ……こちらに背を向けているネリーの魔力量が……あからさまに跳ね上がったのがわかった。
 能動探知を使うまでもなかった。
 本能が危険を訴えていた。

 メアは完全に怯えてしまっていた。

 わたしも危うく……もれるところだった。






 やがて、囚われていた人々をすべて船に移し終えた後。
 ライアの指示のもと、大型船はゆっくりと……カリアパカへと漕ぎ出した。


 洞窟遺跡に残されたのはわたしたちのほか……無力化された湖族あらくれ共のみ。

 この洞窟遺跡は完全な袋小路である。船の類いはただ一つを残し、他はすべて入念に砕き……沈めてある。
 わたしたちがこの船を使えば、外へ逃げるための船は無くなる。湖面をククルルの眷族に見張って貰えば、泳いで脱出することも不可能。……この洞窟遺跡アジトは、そのまま彼らの牢獄と化す。

 目についた武器や防具、装備品や道具の類いは、略奪品と思しき金品ともども搬出済み。それらは今、囚われていた人々ともに……既にカリアパカへと向かっている。
 食料には手をつけていない。単純に食い繋ぐだけならば可能だろう。あとは後日、捕縛のために兵団が到着すれば……ろくに抵抗できない上に逃げ道すら失われた彼ら………御用となるのは時間の問題だろう。



 「それじゃあ………行くか?」
 「んいー」

 やり残しがないことを、計画に抜けがないことをしっかり確認し、私たち四人を乗せた小舟が湖族のアジトから漕ぎ出す。

 色々な出来事が目白押しだったその日は、そうして幕を閉じた…………


 ……というわけにはいかなかった。




 わたしにとって到底忘れようもない、
 それこそ……じごくのような一日。

 得るものも、そして喪うものも多かった一日。


 真の苦労が待ち受けるのは……その後だった。

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