勇者が救世主って誰が決めた

えう

63_湖畔の修羅場の後日談

 「おい聞いたか? 湖賊の奴らがようやく退治されたって!」
 「おう聞いた聞いた。おさが勇者様に掛け合ってくれたんだろ? ……まさかこんなに早く退治してくれるとは思わなかったけどな」
 「ばっかお前……勇者様だぞ? 湖賊ごとき相手になるかよ!」
 「それもそうか」


 対岸さえ霞む程に巨大な湖。その畔に位置する風光明媚な観光都市は今、とある話題で持ちきりだった。
 水産と水運の要である、ドゥーレ・ステレア巨大湖。数年に渡ってその周囲を脅かしていた湖賊の根城がついに陥落し、その一味も残らず御用となったのだという。

 それだけでも朗報極まりないが、その功労者の情報が出回るや……人々の関心は頂点に達した。

 なにしろ……勇者。弱きを助け悪しきを挫く、知る人ぞ知る希望の象徴である。 


 ほんの数日前、勇者一行がカリアパカへと到着したらしいという情報こそ出回っていたものの……そのときは噂の域を出なかった。そのため湖賊征伐に期待を寄せていた人も、決して多くはなかった。

 しかしながら僅か数日で……見事というほかない、この成果である。
 勇者の到来を知っていた者も知らなかった者も、この報せには大いに歓喜し……そして凱旋した勇者の姿を拝み、その顔を綻ばせた。



 「しかしなぁ、あんな小さな娘が勇者だなんて………最初は勘違いだろうと思ったんだが」
 「良いじゃねえか。清く可憐な正義の勇者! 正直言って最高だろ」
 「見間違いとかじゃねえのか? あの兄ちゃんのほうが勇者っぽいだろ……?」
 「実際に助けられた娘が言ってんだ、間違い無ぇって! それに……あの子が『勇者の剣』背負ってたって、商館に居た奴らの証言もあるんだぜ?」


 湖賊を征伐し、囚われていた娘たちを救い出した……勇者の姿。
 この度の英雄譚を、さらに印象づける大きな要因ともなった、その姿。

 人々の関心を浚った、勇者の姿。それは……神々しささえ感じさせる純白の髪を靡かせ、透き通った水晶色の瞳をもった……
 幼いとさえ言える……年若い少女だったという。




 そうして湖畔の観光都市が、華々しい祝賀ムードに包まれる中。

 とある建物、とある一室においては………真逆の空気で満たされていた。




 「あるたーが、わるい」
 「……申し訳ない」
 「………ごめん、なさい………ぼくの……せいで……」



 むすっとした声で、むくれたように言葉を漏らしたのは……現在カリアパカの話題を独り占めしている少女勇者――ノート。
 彼女はその可愛らしい顔をこれでもかとしかめ、我が身に降りかかった望まぬ名声……そのやるせなさを嘆いていた。


 「ゆうしゃ、わたし、ちがう……んいいい!」


 苦々しげに歯を剥いて、心底納得いかないとばかりに唸り声を上げる彼女。……既に町中に広まった噂を訂正するのは、一朝一夕では済まないだろう。
 ことの子細――奴らの・・・親玉を・・・倒した・・・勇者が・・・ヴァルター・・・・・であり、その他二人は補助にすぎないということ――は長に伝えてあり、彼も真実・・の布告に協力してくれると言ってくれたものの……しばらくは『勇者=ノート』という図式に曝されることとなりそうで、正直言って気が重かった。



 「ごめんな、お嬢……私がライア紹介したばっかりに……」
 「悪かった。……油断、していた」
 「………ぼくも……ごめん、なさい………ノート、様………」
 「ぴぴぴゅ……」

 へこんでいるノートに同調するかのように、同様に凹んだ様子の三人が口々に謝り倒した。ノートの膝の上に乗っかり、なんとなく話にも乗っかってきたシアでさえ、心なしか苦々しい顔だった。



 湖に程近い、眺望良好な宿の一室。先だってヴァルターが抑えたこの客室には現在五つの人影が集い……浮かれた喧騒の響く屋外とは真逆の、重苦しい空気に支配されていた。



 「確かになぁ……最初ライアんとこ行ったときはお嬢と二人だけだったもんな……しかも剣持ってったし………」
 「んい……」
 「剣の持ち主が……『勇者がノートだ』と、そこで既に広がったのか……」
 「多分な………あんだけ人居りゃあな……」
 「……んいい………」


 ネリーの知人……長耳族エルフの商人ライアは、見た目こそ胡散臭いこと極まりないが……顧客の情報を流すような不義理はしない筈だ。しかしながらあの場は他に多くの人々が行き交い、その人々の数だけ目があるのだ。
 『長耳族の少女を従者として引き連れた』、『純白の剣を携えた人物』。この二つの情報から、ノートを勇者と推定する声が上がるのは……むしろ当然の帰結とも言えた。


 「……そして実際に救出したのもな………ノートだけだもんな………」
 「んい。あるたー、ねてた」
 「悪かったって……」
 「……ぼくの、せいで……ごめんなさい……ごめん、なさい」


 ヴァルター達三人が湖賊の根城に乗り込んでいる間、既にカリアパカ中に『白い少女勇者』の噂が席巻していた。
 更には時を同じくして、商館の主による大型船の緊急手配。彼は多くは語らなかったものの、『恐らくは勇者が手を回したのだろう……』というのが人々の共通認識だった。


 更に裏付けとなったのが、その船が港へ戻った際の…積荷・・。それは湖賊の手によって囚われていた………奴隷として売り払われる運命にあった、多くの人々。解放された彼ら彼女らは一様に、「白い少女に助けられた」と供述したのだ。

 更にはヴァルターの善性さえも、このときばかりは悪い方向に働いてしまった。彼は体力の失われた被害者たちに手を貸し肩を貸し、甲斐甲斐しく介添して回ったのだ。
 ………勇者の象徴たる純白の剣を、ノートに預けたまま。
 そのため騒ぎを聞き付けて港へ詰め掛け、その様子を目撃した多くの人々は、何の疑いもなくヴァルターを従者と……そしてノートを勇者と、当然のように錯覚してしまった。


 元々、刺激的な話題に飢えていたこともあったのだろう。
 これらの客観的証拠をもとにして……『可憐な少女勇者ノート』という図式が、急速に出来上がってしまったのだった。




 とはいえ、ノートの活躍(と精神的な疲弊)のお陰もあって、事態は殆ど満点と言って良い程、万事良好な結末と言えた。
 頭領を始めとする湖賊一味は一人残らず捕縛され、あとは沙汰を待つばかり。持ち主不明の莫大な財こそ保留とされているものの……ヴァルター達が奪われていた物品は当初のように懐へと戻った。


 更には……一行にとある変化が訪れた。


 可愛らしい戦利品が、付いてきたのだ。



 ノートを慕う小柄な姿。湖賊の奴隷として働かされていた幼い魔族……メア。隷属契約の強制破棄に伴い自由となった身であったが……奴隷に墜ちて久しいその身、ましてや忌み子に行く宛てなど無く。
 まるで棄てられた仔犬のように、この世の終わりとばかりに震える姿を見かねて………暫定的にノート預かりの身となった。


 「わたしの、しゅうしゃ。……んん? じっしゅ? んい?」
 「従者? じゅ、う、しゃ?」
 「んい。それ。じゅう、しゃ。めあ、じゅうしゃ」
 「……はい。……宜しく、お願いします。魔お…………ノート、様」
 「…………んい。よろし」


 両者の間で単なる保護被保護以上の……命令あるいは厳命といった遣り取りが成された様子だったが、彼女は頑として子細を語らなかった。
 何事もない風を装ってはいるが、ノートの隠し事下手は……今に始まったことではなかった。




 そして、変わったことと言えば………もうひとつ。


 ………ネリーの歯止めが、効かなくなった。




 「………ねりー」
 「ん? どした? お嬢」
 「わたし、おもい? だい、じょぶ?」
 「全然大丈夫だ。軽い軽い」


 受け答えそのものは、極めて平常通り。困ったときに頼りになる……安心と信頼の長耳族エルフ、ネリーである。
 しかしながら………恐らくは昏睡を付与された際にネジを落としてしまったのだろうか。ノートに対し、あからさまに直接的なスキンシップが増えていた。

 何を隠そう……今まさに膝上にノートを座らせ、背後から抱きつくように腕を回し……シアもろともがっちりと固定しているのである。
 ネリーの膝上にノート、そのノートの膝上にはシア。ネリーにとって至福ともいえる陣形だが、抱きすくめるその腕は以前にも増して……不自然に強張っているようにも思えた。


 「ねりー、ねりー。……どう、したの?」
 「………別に、どうもしないぞ? 私はただお嬢を抱っこしたかったたけだ。……嫌か?」
 「………んん…、ない。やじゃ、ない」

 少々こそばゆいところはあるものの、そもそもネリーは紛れもない美少女である。前世は終ぞ…青い春すら迎えられなかったノートにとって、可愛い女の子に好意を寄せられるのは……決して嫌な気はしなかった。

 「いいか? お嬢。お嬢は滅茶苦茶可愛いんだからな? 立ち振舞いには気を付けるんだぞ? あんまヴァルを調子付かせるなよ? ……襲われるぞ?」
 「馬っ………鹿野郎!? 襲わねえよ!!」
 「………んいい」


 …しかしながら、少々過保護なようにも感じられるのだが………ネリーの言動の端々には一種の必死さが滲み出ており、その事に気づいてしまってからは………あまり強くは出られなかった。



 とはいえ、これでカリアパカに来た目的と……成り行きで請け負う羽目になった目的は、ほぼ達成された。あとは明日にでも商館と連絡を取り、品物を受けとるだけ。
 ひと波乱あったものの、こうしてまたみんなで団欒することができているのだ。それは……決して悪いことではない。

 結果としては目的は達成され、特に被害は無く、ネリーが積極的になり、メアが仲間入りした。
 これからの日々が楽しくなるのは大歓迎なのだ。それはとても楽しみなことだ。


 「まいにち、たのしい。……わたし、うれしい。………でも」


 とりあえずは、こころ落ち着く自分のお部屋……アイナリーへ帰れる日を心待にしつつも……
 自らの置かれた状況を思いだし、ノートは陰鬱とならざるを得なかった。


 「……わたし、いっぱい、みられる。……いやぁ」


 出来ることなら、引きこもりたい。
 その欲求を口に出すことは……さすがに気が引けた。

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