勇者が救世主って誰が決めた

えう

56_仕入れと販路と嘘吐き商人

 本来の目的である大蛇の魔物を楽々と駆除し……そこから道中二晩の野営を済ませた、その翌日。
 一行は急遽追加設定した湖沿いの町、カリアパカへと辿り着いた。

 交易と食の都アイナリーから程近く、危険の少ない街道が整備され、更には湖を用いた水運も盛んなこの町。
 良好なアクセスと風光明媚な景観を武器とした観光地であるとともに……巨大な湖の恩恵を余すところなく享受する、アイナリーに負けず劣らずの美食の町でもある。


 整備された石畳の道を行く三頭の馬。アイナリー同様、ここでも兵員用の馬屋が借りられる手筈となっている。
 しかしながら一行が真っ先に向かったのはそこではなく…町の中央付近の大通り沿い、一等地に建つ……四階建ての立派な建物だった。



 「ちーっす。邪魔するぜー」

 重厚な扉を勝手知ったる様子でくぐり、ネリーが堂々と足を踏み入れる。
 建物の中は壁際に長椅子が並び、待ち合いロビーと思しき広い空間が広がっていた。そのロビーの先、向かって正面に鎮座するのは……長い受付カウンターと幾つもの窓口。
 それはまるで役所の窓口を彷彿とさせる造りでありながら、細部の造詣や造作の仕上げは、都市部の宿屋ホテルと見紛うほど。


 そこでは多くの人々が、各々持ち込んだ多種多様な品々を提示し……それらと硬貨とを引き換えていた。



 物珍しそうに周囲を見回すノートを引き連れ、多くの狩人で賑わうロビーへと、ネリーは歩を進める。ヴァルターは表で荷物番、シアはフード付きローブをすっぽり被り、同じく外で待機させているため……今はノートとネリーの二人っきりである。
 淡い空色の髪と長い耳を持つ少女と、彼女よりも更に小さい真っ白な幼女。腕自慢が集まる狩人達の中で、彼女ら二人組は非常に異彩を放っていた。

 周囲の視線をものともせず、堂々と足を進める彼女に……ふいに声が掛けられた。


 「あれ……ネリーサん? …ああ、やっぱり! 珍シいジゃないでスか! お久し振りでス!」
 「おお! 居たか! 久し振りだな。儲かってっか?」
 「ぼちぼちでスね、お陰サまで」



 彼女に声を掛けてきたのは、中性的な顔に穏やかな笑みを湛えた若々しい青年だった。垂れ目がちの顔に、特徴的な丸眼鏡を掛けた…物腰の柔らかそうな青年である。
 歳の頃は…見た限りでは、二十代の前半。
 しかしながら彼の外見的特徴からして……恐らくその推定は誤りであろうことは、あまりにも容易に想像できた。


 「こちらに来られたのは最近でスか? 宮仕えって聞いたときは驚きまシたよ……」
 「さっきついたばっかだ。ちっと手ェ貸して欲しくてな。真っ先にお前んトコ来てやったんだぜ?」
 「ソれはソれは……当商会をご贔屓戴き…有り難うごザいまス」



 ヒメル・ウィーバ商会。
 主に魔物素材の買取りと様々な加工、そしてそれら加工品の流通を一手に担う、狩人御用達の大商会。

 そして……ところどころ独特の訛りをもった口調の、ぱっと見は人の良さそうな…線の細い青年。


 「ねりー、ねりー」
 「ん? どうしたお嬢」
 「その、ひとも……えるふ?」
 「おや……ええ、はい。仰る通りでスよ、可愛らシいお嬢サん」


 ネリー達を朗らかな笑顔で出迎えた……湖浜の砂のように淡い黄色の髪と、同色の瞳を持った青年。

 彼こそ、この商会の代表者にして……


 「初めまシて。わたくシ、当商会の頭取を拝命シておりまス………『ライア嘘吐き』と名乗っておりまス。以後何卒、お見知り置きを」
 「んい……? のーと、です。よのしく、おねまい、しなす」


 ネリーと同じく、長い耳と淡い色の髪を持つ……はぐれ者・・・・長耳族エルフだった。






 …………………



 「……いやー…これはこれは。……驚きまシたよ」
 「そんなにスゲェのか? これ」 
 「ソれはもう! これ程までに幅広の蛇皮は、ソれこソ滅多に出回りまセん。古大蛇ティタノボア自体はに棲んでいるらシいのでスが、そこからは滅多に出て来まセんシ。……おまけにこれは、殆ど傷みもありまセん。素晴らシいでスね」
 「へー。……だってさ。お嬢偉いって」
 「んんん……?」



 館内での挨拶もそこそこに、ネリーは逃げるようにロビーを後にしていた。只でさえ人目を引く二人組が商館のトップと語らっているのだ。これで目立たないわけがない。
 幸いにしてライアは時間に余裕があったらしく、そのまま用件を聞いてくれるようだった。

 商会の最高責任者と直接話ができる、折角の機会なのだ。今のうちに可能な限り、話を詰めておきたい。
 長くなるだろうというネリーの見込みから、ヴァルターに雑用を預けることとした。売荷を下ろした馬を兵員詰所に預けさせ、ついでとばかりに宿を取らせる。
 シアを同行させておけば、感覚同期で彼らの所在は解る。…それにヴァルターが居る限り、シアに危険は無いだろう。商談が終わるまで待機を命じ……ネリーは久方ぶりの、同胞との商談に臨んだ。



 ヒメル・ウィーバ商館の裏手。搬入やら搬出やらの馬車でごった返す裏口の片隅で、ライアは持ち込まれた逸品……テーブルの上に広げられた巨大な蛇皮を値踏みしていた。
 数日前に討伐依頼を受け、その数日後にノートの手によって瞬殺され、ヴァルターの手によって剥ぎ取られた……巨大な蛇皮。
その後は荷物と一緒に馬の背を彩っていたものの、何にせよ邪魔だということで売りに来たのであった。

 ネリーの知己であり、魔物素材の買取りや加工に秀でた商会が、ここカリアパカにあったのも……売却を決めた一因であった。


 そして、それらとはまた別の理由。
 一行……特に話を聞いたノートが、ここでの売却に拘った理由。


 「らい、あ……? んい……かこ、う? かわ、ざいく。……んい……だい、じょぶ?」
 「あぁ、そうだライア。これ売りたいんだけどさ、ついでに加工も頼みたいんだわ。出来るか?」
 「それは勿論、御安い御用でス。どのような品を御入り用で?」
 「お嬢、剣」
 「んい」


 ノートの差し出した剣……白一色の剣を、同色同素材の鞘ごと受け取り……それをそのままライアへと差し出す。
 それを受け取り、ライアの目が………ヒメル・ウィーバ商会頭取の目が、鋭さを増す。



 「その鞘なんだけどさ。白一色なのが気に入らんらしくてさ。その革でいい感じに装飾できねーかなって。こう……革を袋みたいにしてさ、そこに鞘ごとスポッと入れる感じ? ベルト通せるようにだけしてさ」
 「…成程。ネリーサんのお連れ様………成程。…ではこちらのお嬢サんが……この古大蛇を?」
 「ああ。スゲェだろ?」
 「成程……ソれはソれは。良いでスね……実に良いでス」

 しきりに頷き、人当たりの良さそうな笑みを浮かべる商会頭取……ライア。


 「ええ……諸々、承りまシた。蛇皮の買取りと、蛇皮の鞘袋。……革細工費用は…如何いかがしまス?」
 「売値から差し引きって出来るか? 余った革は全部売りで。最低限鞘袋の工賃さえ賄えれば良いからよ」
 「まサか! 他でもないネリーサん相手に…ソんな不義理な真似など出来まセんよ!」
 「うわ助かるわー……本当お前がいて良かったよ」
 「いえいえ、こちらこソ。勇者様ご一行の御用達とあらば、これからの商機も増シまシょう」


 とんとん拍子で商談を纏めていく、勝手知ったる耳長族エルフの二人。置いてけぼりを食らった風のノートはもっともらしくうんうん首肯し、わかった風を装うのに精一杯だった。
 とはいえ商談の条件などは、事前にノートとネリーで詰めていた通りだった。言葉に不自由するあまり、こと商談となっては不利であろうノートのために……ネリーが代行を申し出たのだった。

 頭取ライアと直々に話が出来たのは、きわめて嬉しい誤算だった。最悪ライアとの繋がりを盾に、ひら職員相手に話を纏める覚悟さえしていたのだ。
 最高決定権を持ち、尚且つ知己でもあるライアのお陰で……極めてスムーズに話が纏まった。


 「んじゃ、そのへん頼むわ。数日は滞在する予定だから……とりあえず明日また来る。そん時に宿泊先伝えるわ」
 「畏まりまシた。では明日までに……ザっくりと見積を出シておきまシょう。……ちなみにこの剣は………お借りシても宜シいので?」
 「ああ、良いらしい。よくわかんねーけど……勇者以外には抜けないようになってんだと。鞘の形取る分には大丈夫だろ?」
 「ソうでスね……ええ、問題ありまセん。……では、慎んで」
 「おう。頼むわ」
 「……んい。よろすく、のめかいします」


 がっちりを握手を交わす長耳族の二人と、真似したい年頃の子どものように、握手をねだる白い少女。
 勇者一行とヒメル・ウィーバ商会との商談は、こうして纏まった。




 親愛なる知人と、彼女の同行者を見送り……彼女らの姿が視界から消えた後。
 ヒメル・ウィーバ商会頭取は………ひっそりと、それでいて不敵に……人当たりの良さそうな笑みを深めた。


 「これが……かの有名な『勇者の剣』でスか。……なんと美シい。…まサか……実物を手にスる機会に恵まれようとは……。
 ……でスが………これがあれば。……ククク」


 その笑みは……まるで悪巧みを企てる子どものような……






 「『勇者様御用達』の看板は当然とシて…………セっかく実物を採寸スる機会に恵まれたのでス! 原寸大『勇者の剣』模型モック! 模造剣! 色彩旗ペナント! 焼き菓子! あとは……筆記具ペンなんかも作れソうでスね! 勇者ちゃんのお面……はちょっと問題有りソうな……却下でスね! あとは……あとは…………食品群に展開は……これ以上は難シそうでスか……」



 『良いこと思いついた!』と言わんばかりの子どものような……とても生き生きとした笑顔であった。


 「サーーて! 忙シくなりまスよーー!!」




 ……………………


 『勇者の剣』グッズがカリアパカ土産みやげとして登場し、大人気を博すのは………それからしばらく後のことだった。

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