勇者が救世主って誰が決めた

えう

53_勇者と少女と狩猟解禁

 こと魔物駆除において、勇者ヴァルターの依頼達成率が桁違いに高い理由。……それは何を隠そう、彼の同行者の力添えによるところが極めて大きい。


 勿論、ヴァルター本人の戦闘能力が極めて高いことも一因ではあるのだろう。しかしながら今回の場合、それはあくまで副次的な理由にしかならない。
 殆どの場合、魔物は用心深く……さらには狡猾であるためだ。
 自ら狩人の前に姿を表し、面と向かって挑み掛かってくる魔物など、普通はあり得ない。

 そのため魔物の狩猟はまず、隠れ潜む奴等を探し出すところから始まる。
 そしてその点においては長耳エルフ族の魔法使いマギウス、ネリーの右に出るものは居ない。


 長耳族自体が極めて鋭敏な感覚器を備え、微細な音や空気の流れすらも感じ取れる上に……ネリーに至っては更に、遥か上空から広域を見渡す、人鳥ハルピュイアの視界すらも備えているのだ。


 然るべき場で、然るべき狩猟生活の経験がある者にとっては……常に対象がマーキングされている状態といえば、容易に想像がつくであろう。
 魔物の位置を容易に捉えられるというのは……他の同業者には無い、彼らの大きな強みとなっているのだ。


 とはいえ単に場所を探るだけならば、ネリーほどではないが……ヴァルターに出来ないこともない。
 彼の『勇者の剣』による能動探知ソナーは、生命力と魔力の分布を探り出すものだ。実際の姿を覗き見ることまでは叶わないものの、位置の割り出し程度ならやってやれないこともない。


 ヴァルター達の魔物狩猟における、本領。
 ネリーに出来て、他の者に出来ない絶対的なアドバンテージ。

 それは……対象の逃走に対しての阻害である。



 傷付き追い込まれ戦意を喪失し、逃げの一手に走る魔物を、得意の魔法でもって完膚なきまでに封殺する。

 森の住人たる長耳族の魔法適性は…自然。そしてネリーも、その例に漏れず。
 周囲に水が、土が、風が、砂礫がある限り……そこは彼女の狩場である。


 足を引き摺りながら逃走を図るも、踏み出した足元が突如陥没する。翼をはためかせ飛び立とうにも、空より降る突風の槌に叩き臥せられる。河に飛び込み身を隠そうとも、のたうつ流水の腕に絞め上げられる。

 然るべき場で、然るべき狩猟生活の経験がある者にとっては………獲物が領域エリアから離脱しようとした際、怯んだり体勢を崩したりし続ける状態といえば、容易に想像がつくであろう。



 そんじょそこらの狩人相手なら容易に逃げ切れたであろうが……相手が彼女だったばかりに逃げ切れず、狩られた魔物は数知れず。
 迅速に対象を探り出し、なおかつ逃げることを許さない。彼女にとって動物相手の狩りなど、まさに朝飯前なのであった。



 ………………


 アイナリーを発つこと暫し。途中昼の小休止を挟んで、一行は護岸高地と呼ばれる地帯に足を踏み入れた。
 このペースならそう掛からないうちに目的地付近へ……大蛇の目撃情報があった地帯へと到着するだろう。


 今回の行程は、野営含む数日間の予定を組んでいる。ノートが乗るはずだった馬に載せられているのは、ヴァルターとネリーにとって馴染みの深い荷物。アイナリーに到着するまでと同様の旅支度を持ち出し、手慣れた様子で魔物の探査を行っていく。
 とりあえずは周辺を探りつつ街道を進み、休憩小屋を拠点として狩猟を行う予定となっていた。


 集落と集落を結ぶ街道沿いには、随所に休憩小屋が設けられている。
 壁と簡単な屋根がある程度のものから世話係が常駐する宿屋に近いものまで、規模や形状は様々。
 街道を進む人々が安全に一夜を過ごせるようにと、およそ日中一日かけて移動できる距離ごとの間隔で設置されていることが多い。


 今回の魔物駆除は、ノートの身体慣らしと行動観察を兼ねている。決して無理な進行はせず、比較的街に近い休憩小屋を目指し、のんびりと進んでいった。





 ………………


 最もアイナリーに近い街道休憩小屋は、近くに沢が流れる平地に建立されていた。
 周辺は立木も疎らな草原地帯、遮蔽物も少なく見通しも良いため、大型の獣や野党の類いを発見しやすい立地ともいえた。

 しかしながら、街道自体は申し訳程度に圧し固められているものの……道から少し外れると膝ほどの高さまで下草が繁茂している。


 それは丁度……蛇であれば容易に姿を隠せる高さである。





 「……あぁ。居た・・わ」



 草原地帯にぽつんと佇む小屋を、遠く視界に捉えた頃。ふいにネリーが告げた。
 仄かに魔法の光を発するその瞳は半ば閉じられ、目の前に焦点は合っていない。それはまるで……ここではない何処かを見ているようであった。


 「見えたか? ヴァル。……確かにこりゃぁデケェぞ」
 「ああ、捉えた。……なるほどな、小屋で休む旅人狙いか……」
 「そういうこったな。このまま夜まで身を潜めてるつもりだろ。…姑息というか賢いというか」


 上空を舞うシアの視界によってもたらされた、今回の標的となる大蛇の魔物。それは目測だが……胴の幅は四十から五十㎝。長さに至っては……下草に隠れて全容は窺えないものの……十mに届くかそれ以上かという、堂々たる巨体であった。



 「……古大蛇ティタノボア。何でこんなトコに…」


 重々しく、ネリーがそいつの名を発する。そいつは極めて強靭な筋力を誇り、運悪く相見えた人や……時として馬すら丸呑みにする、悪食として名高い蛇の魔物である。
 記録に残る限りでもっとも巨大といわれた個体ものは、その全長にして二十五m……全幅に至っては広いところで一mにも及んだという。

 主な生息地として挙げられるのは……高温多湿な熱帯環境。
 知能は並の魔物程度。魔法こそ使えないものの、細長い胴体のほぼ全てに強靭な筋肉を纏い、瞬間筋力は頭蓋骨をも容易に握り潰す。
 水辺を好み、水棲生物や水辺の陸上生物を絞め上げ、挽き潰し、圧殺し、全身の骨を砕いて丸呑みする。

 その食事方法こそ物々しく、巨体と相まって獰猛な危険生物かと思いきや……その性格はどちらかというと臆病、慎重な部類に入る。
 彼らが人を襲うのは、彼ら自身が危険を感じたときか……余程の空腹に耐えかねたときだろう。



 自ら進んで人を喰らうような種ではない。

 ……間違っても、人通りの多い草原地帯に棲まうような種ではない。



 「どうするヴァル。仕掛けるか?」
 「……夜になれば、確実に襲ってくるだろうな」
 「そりゃな」
 「ならまぁ……そうだな。先手を取るか」

 簡潔に打ち合わせを済ませ、こちらから仕掛けることに決める。既にあちらもこちらに気付いていることは間違いない。季節は冬も近く、風は西から東へ……我々を追い越すように流れている。
 風は我々の匂いを届け、古大蛇ティタノボアに獲物の到来を告げている筈だ。

 小屋までの距離が、あと三百mほどに迫った頃。先頭のヴァルターが馬を止め、後ろを……ネリーと、その前に騎乗するノートに振り返る。
 ノートのお手並み拝見と、彼女に目的を伝えようとしたところ……


 「あるた、あれ。…………んいい、にゅぐにゅぐ。……んいい、にゅぐにゅぐ……きゅゃーいぅ、ざぅ、……んい。にゅぐにゅぐ、ほしい、ちがう?」

 伝えようとした内容を…とうのノート本人に先回りされてしまった。


 「にゅぐ……? ええと……蛇のことか? へ、び?」
 「へ、り? にゅぐにゅぐ、いぅ、……へ、り?」
 「へび」
 「へり」
 「…………うん。へび」
 「やうす! へり!」


 ノートは、ひとつ賢くなった。

 馬上で嬉しそうに上体を揺らし、鐙に届かない足をぷらぷらと揺すって、上機嫌に浮かれた様子を表している。
 ……かと思うと何かを思い出したかのように、突如表情を引き締め直した。


 「やー! んいい、やー! あるた、あるた。 んい、……へり。…へり! わたし、へり……とってちて、する?」
 「……ノート、蛇……とってちて…? 取ってきてくれるのか?」
 「やうす! わたし、へり、とってちて! とってちて、する!」
 「お嬢お嬢。お嬢の言うヘビって……どれ?」
 「んい。それ! おおきい、……んい? ふと、い? ふかい?」
 「長い? 大きい?」
 「んい! ながい! おおき! それ!」

 ノートの指差す先。それは保護者二人が捉えたものと同じ個体……全長十m前後の、古大蛇ティタノボア


 これを受けて、ヴァルターとネリーは確信した。
 ノートはこちらの意図を、明確に察している。

 ……その上で、『一人で狩って見せる』と言ってのけた。


 「お嬢……へび、一人で、大丈夫?」
 「へり! よゆう! だいじょぶ!」

 自信満々に頷いて見せる、小さな少女。
 常識的に考えてみれば、齡十かそこらの子どもには明らかに過ぎた相手である。大の大人すら絞め殺す巨体を相手にたった一人で向かわせるなど、普通であれば狂気の沙汰だろう。

 だがこの少女が普通でないことは、…常識が通用しない人種であることは、よく知っていた。
 だから不安は、全くと言っていいほど無かった。
 それはネリーも……ヴァルターも、同じ意見だった。


 保護者の二人が目線を会わせ……頷く。

 「……ノート。あの蛇、狩ってくれ。……頼む」
 「んい! やうす!」


 元気いっぱいの返事とともに、ノートは華麗に馬から飛び降りる…………ことは出来なかったので、馬の首に腕を回して抱きつきながら横方向にずり落ち、はしたなく大開脚しながらも器用に身を翻してちゃんと足から着地した。


 「……んい、よゆう。えいふぁ簡易ちゃんた詠唱りぃんふぉーす身体全強化。……んい。いる在れ

 お得意の身体強化魔法を纏い、標的をじっと見据えるノート。……毒による後遺症が未だ尾を引くのか、足をもぞもぞとさせている以外は、とうやら十全と言えそうだ。


 「あるた。あるた。……みてて」


 体調は万全。気合いも充分。宣言とともに彼女の姿が掻き消え、





 一直線に並ぶ土煙と、遥か先で上がる血飛沫。

 まばたき一つ後には、もう終わっていた。



 一片の躊躇も容赦もない、瞬殺だった。

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