勇者が救世主って誰が決めた
51_疑問と不満の職場環境
予想だにしなかった桃色の事態により、いつもよりも幾分早い時間に目が覚めてしまった一同。
まあ折角起きたんだし……と活動を開始することにした。
時間帯としては、まだ早朝だろう。冬も近づき、朝晩の冷え込みも俄に厳しくなってきている。窓から見下ろした裏通り沿い、家々の中には活動の気配があるものの、戸外に人の姿はない。
「お嬢……夜ちゃんと服着ような。風邪引くぞ?」
「んん……? たぜ、いく?」
「病気だビョーキ。おなか冷やすとビョーキになるぞ?」
「んいいい……やだぁ」
「そうだろ? だから夜はちゃんと服着ような。パンツだけだとおなか冷えるぞ? ビョーキになっちゃうんだぞ? ちゃんと服着ような?」
「んいい……んいい」
お前が言うか……? という視線を隠そうともせず、ヴァルターは年長者風を吹かす長耳の少女を……半袖シャツとホットパンツという非常識なほどに薄着のネリーを見遣った。
「……なんだよ」
「いや。なんでも」
触らぬ神に祟りなし。
雉も鳴かずば撃たれまい。
「おっちゃんおはよー。朝メシ頼める? もうチョイ待った方がいい?」
「お早う主人。こんな時間からすまない」
宿屋の一階……食堂に着くなり、ネリーは店主に問い掛ける。一般的な朝食の時間よりは半刻ほど早く、フロアに自分達以外の姿は無い。
「ああ、お早うございます。大丈夫ですよ。今用意しますんで」
「悪ぃーな……これからは普通の時間に来るからよ……」
「いえいえ、お気になさらず。……そういえばネリー様、昨晩はちゃんと休めましたか? 結構な量飲まれてましたけど……」
「あぁ……。ちょっと、な……すっかり醒めたわ」
「それは………意外とお強いんですね」
「それほどでもない」
とりとめのない会話をすること暫し。
朝食の支度に入った主人と離れ、人けのない食堂の一角を陣取る。
食事が届くまで少し時間はあるだろう。その間に今後の指針について、少しずつでも話していかなければ。
丸テーブルを囲むように着座する三人。おもむろにヴァルターが口を開いた。
「俺達に託された使命とやらは……『魔王を倒せ』ってことだよな?」
「ああ。それで合ってるぜ」
国王陛下直々に下された、魔王討滅の勅令。人族の最高戦力である勇者をはじめとしたごく少数の精鋭による、電撃作戦。
……と言えば聞こえはいいものの。
「丸投げされただけだよな。あのジジイに」
「ネリー……お前もう少し言葉をだな……」
「まる、はげ? ……じじ?」
「やめろノート。そんな言葉覚えるな。ネリーお前少しは言葉遣いを改めろって……教育上良くないだろ」
「んいいい……」
魔王に関する手掛かりも、具体的な作戦内容も、行動可能な人員さえも不確かな……作戦というのもおこがましい、杜撰極まりない計画。
具体的な成果など二の次、一連の布告が民衆に向けてのアピールありきであったことは……なんとなく気付いていた。
民衆に向けての盛大な『対応しました』アピール。成果が出るかどうかは重要ではない。『勇者が動いた』という事実だけが欲しかったのだろう。
……推測だが。
恐らく奴らは……そこまで深刻に捉えていないのだろう。
「……てか私らさ。働く必要あんの?」
「ある………と言うほかないな」
「だってさー……アイツら全然やる気無ェーじゃん。こちとら情報に餓えてるってのにさ。情報部ちっとも接触して来ねぇんだもん。ホント働いてんの私らだけなんじゃねーの?」
「いやさすがに……そんなことは……」
無い……と断言できないのが、また辛い。
ヴァルター自身、王国のバックアップは信じたいところなのだが……今までの放置されっぷりを鑑みるに、どうしても不信感が拭いきれない。
最重要目標である『魔王』に関する情報を集め、勇者に随時提供する筈の、情報部。
王都を離れて久しいが……それらしき者から接触を受けたためしが無い。
魔王に関しての情報は、正直何も入っていないのだった。
「はーー本当に魔王なんて居んのかよ。お嬢何か知」
「しらない」
ネリーとヴァルターの視線が、交差する。
冗談半分で投げ掛けた問いかけに、異様に食い気味で答えた少女……ノート。
「……………」
「…………………」
「し………しら、ない……」
その視線はあわただしくあちこちを駆け巡り、唇を真一文字に引き絞り、背筋を一直線に伸ばしてカチコチに硬直する……その姿。
勇者とその従者は……何かを察した。
「………………そっかー知らないかー」
「まあそれも仕方ない。知らなくて当然だろう」
「んい、んい! …しらない、わたししらない」
こくこくと頷く少女を見据え…二人の思考が加速していく。
国王陛下の言うような『人に仇為す悪の魔王』の所在は一向に不明だが、……確証はないものの、『そうでない魔王』に関する手掛りならば………あった。
勇者が身をもって経験したという……ノートを依代に顕現した、魔王とおぼしき者の御業。常識を軽々と飛び越える力を目にしては、もはや疑うまでもないだろう。
まさか、とは思うものの。
しかしながら集められた情報は…ひとつの仮定に向かって集束していた。
ノートは…魔王と何かしらの関係があるのでは。
ヴァルターとネリーは…今になって思い出した。
彼女の出自を知っている者が誰もいないという……異常極まりない事態の上に、彼女が存在しているということに。
可愛らしいこの少女が、悪の代名詞『魔王』だなどとは、とても思えない。
だがそれ以上に……この少女は色々と得体が知れない。
彼女の疑いを晴らすためにも……彼女のことをよく観察しなければならない。
言葉こそ交わされていないものの、ヴァルターとネリーはほぼほぼ同一の結論に至った。
「いただきます」
「いただきます」
「いたまします」
用意された朝食をつつきながら、作戦会議は続く。
核心部分には触れないように、それでいて当初の議題から離れすぎないように。
時間が進むに従って他の宿泊者も次々と姿を表し、食堂は次第に賑やかさを増していく。
ヴァルターとネリーは話をしながら、様子を伺っていた。今回の作戦会議、着地地点は見えている。恐らくは……二人とも同じ目的地点。
そこを目指し、話を切り出すタイミングを計りながら……会話を続ける。
そして食事は進み……相変わらず幸せそうに食事を摂るノートが、もうすぐ食べ終わろうかという、そのとき。
ネリーから、探るような視線が飛んだ。
ヴァルターは目線のみで、それに同意する。
……行くか。
「そういえばノートは……これからどうするんだ? 一応引っ越しは終わったが……将来的にどうしたいとか、とりあえず何がしたいとか」
とりあえず様子見。牽制も兼ねて、当たり障りの無いところからヴァルターが切り出す。
それを聞いて、ネリーも台詞を準備する。ノートの返答如何によるパターンを複数想定し、それらにそれぞれ台詞を用意していく。
最終着地地点目指して、少しずつ意見を誘導しようと図る。
だが、その計画は……
他でもないノートの返答によって、いきなり打ち切る羽目になるのだった。
「お嬢? 何したいかとか、そういう希望は」
「あるたー、と、……んい、いっしょ」
全く予想外の返答を受け、思わず返答に窮する。
見ればヴァルターもこちらを責めるわけでもなく、同様に唖然としている。
とうの本人はあくまで自然体で、さも当然と言わんばかりの態度で、食事を続けている。
「わたし、あるたー、いっしょ。…………わたし、いっしょ、する。……んい」
ヴァルターと……勇者と、同行する。
決定事項だと言わんばかりに明言し……薫製肉の最後のひと切れを口に運び、目を細め咀嚼する少女。
彼女は相変わらずのたどたどしい口調でありながら、その文言には『これ以上の議論には応じない』といわんばかりの……断定するかのような響きを秘めていた。
……ろくに誘導出来なかった。
誘導するまでもなく、目標地点に着地した。
作戦として……結果としては大成功なのだが。
……彼女に気取られないようにと会話と平行して行っていた、入念なイメージトレーニング。それが一切の徒労に終わったことを密かに察するとともに……
どうにも釈然としない面持ちで、二人は顔を見合わせた。
まあ折角起きたんだし……と活動を開始することにした。
時間帯としては、まだ早朝だろう。冬も近づき、朝晩の冷え込みも俄に厳しくなってきている。窓から見下ろした裏通り沿い、家々の中には活動の気配があるものの、戸外に人の姿はない。
「お嬢……夜ちゃんと服着ような。風邪引くぞ?」
「んん……? たぜ、いく?」
「病気だビョーキ。おなか冷やすとビョーキになるぞ?」
「んいいい……やだぁ」
「そうだろ? だから夜はちゃんと服着ような。パンツだけだとおなか冷えるぞ? ビョーキになっちゃうんだぞ? ちゃんと服着ような?」
「んいい……んいい」
お前が言うか……? という視線を隠そうともせず、ヴァルターは年長者風を吹かす長耳の少女を……半袖シャツとホットパンツという非常識なほどに薄着のネリーを見遣った。
「……なんだよ」
「いや。なんでも」
触らぬ神に祟りなし。
雉も鳴かずば撃たれまい。
「おっちゃんおはよー。朝メシ頼める? もうチョイ待った方がいい?」
「お早う主人。こんな時間からすまない」
宿屋の一階……食堂に着くなり、ネリーは店主に問い掛ける。一般的な朝食の時間よりは半刻ほど早く、フロアに自分達以外の姿は無い。
「ああ、お早うございます。大丈夫ですよ。今用意しますんで」
「悪ぃーな……これからは普通の時間に来るからよ……」
「いえいえ、お気になさらず。……そういえばネリー様、昨晩はちゃんと休めましたか? 結構な量飲まれてましたけど……」
「あぁ……。ちょっと、な……すっかり醒めたわ」
「それは………意外とお強いんですね」
「それほどでもない」
とりとめのない会話をすること暫し。
朝食の支度に入った主人と離れ、人けのない食堂の一角を陣取る。
食事が届くまで少し時間はあるだろう。その間に今後の指針について、少しずつでも話していかなければ。
丸テーブルを囲むように着座する三人。おもむろにヴァルターが口を開いた。
「俺達に託された使命とやらは……『魔王を倒せ』ってことだよな?」
「ああ。それで合ってるぜ」
国王陛下直々に下された、魔王討滅の勅令。人族の最高戦力である勇者をはじめとしたごく少数の精鋭による、電撃作戦。
……と言えば聞こえはいいものの。
「丸投げされただけだよな。あのジジイに」
「ネリー……お前もう少し言葉をだな……」
「まる、はげ? ……じじ?」
「やめろノート。そんな言葉覚えるな。ネリーお前少しは言葉遣いを改めろって……教育上良くないだろ」
「んいいい……」
魔王に関する手掛かりも、具体的な作戦内容も、行動可能な人員さえも不確かな……作戦というのもおこがましい、杜撰極まりない計画。
具体的な成果など二の次、一連の布告が民衆に向けてのアピールありきであったことは……なんとなく気付いていた。
民衆に向けての盛大な『対応しました』アピール。成果が出るかどうかは重要ではない。『勇者が動いた』という事実だけが欲しかったのだろう。
……推測だが。
恐らく奴らは……そこまで深刻に捉えていないのだろう。
「……てか私らさ。働く必要あんの?」
「ある………と言うほかないな」
「だってさー……アイツら全然やる気無ェーじゃん。こちとら情報に餓えてるってのにさ。情報部ちっとも接触して来ねぇんだもん。ホント働いてんの私らだけなんじゃねーの?」
「いやさすがに……そんなことは……」
無い……と断言できないのが、また辛い。
ヴァルター自身、王国のバックアップは信じたいところなのだが……今までの放置されっぷりを鑑みるに、どうしても不信感が拭いきれない。
最重要目標である『魔王』に関する情報を集め、勇者に随時提供する筈の、情報部。
王都を離れて久しいが……それらしき者から接触を受けたためしが無い。
魔王に関しての情報は、正直何も入っていないのだった。
「はーー本当に魔王なんて居んのかよ。お嬢何か知」
「しらない」
ネリーとヴァルターの視線が、交差する。
冗談半分で投げ掛けた問いかけに、異様に食い気味で答えた少女……ノート。
「……………」
「…………………」
「し………しら、ない……」
その視線はあわただしくあちこちを駆け巡り、唇を真一文字に引き絞り、背筋を一直線に伸ばしてカチコチに硬直する……その姿。
勇者とその従者は……何かを察した。
「………………そっかー知らないかー」
「まあそれも仕方ない。知らなくて当然だろう」
「んい、んい! …しらない、わたししらない」
こくこくと頷く少女を見据え…二人の思考が加速していく。
国王陛下の言うような『人に仇為す悪の魔王』の所在は一向に不明だが、……確証はないものの、『そうでない魔王』に関する手掛りならば………あった。
勇者が身をもって経験したという……ノートを依代に顕現した、魔王とおぼしき者の御業。常識を軽々と飛び越える力を目にしては、もはや疑うまでもないだろう。
まさか、とは思うものの。
しかしながら集められた情報は…ひとつの仮定に向かって集束していた。
ノートは…魔王と何かしらの関係があるのでは。
ヴァルターとネリーは…今になって思い出した。
彼女の出自を知っている者が誰もいないという……異常極まりない事態の上に、彼女が存在しているということに。
可愛らしいこの少女が、悪の代名詞『魔王』だなどとは、とても思えない。
だがそれ以上に……この少女は色々と得体が知れない。
彼女の疑いを晴らすためにも……彼女のことをよく観察しなければならない。
言葉こそ交わされていないものの、ヴァルターとネリーはほぼほぼ同一の結論に至った。
「いただきます」
「いただきます」
「いたまします」
用意された朝食をつつきながら、作戦会議は続く。
核心部分には触れないように、それでいて当初の議題から離れすぎないように。
時間が進むに従って他の宿泊者も次々と姿を表し、食堂は次第に賑やかさを増していく。
ヴァルターとネリーは話をしながら、様子を伺っていた。今回の作戦会議、着地地点は見えている。恐らくは……二人とも同じ目的地点。
そこを目指し、話を切り出すタイミングを計りながら……会話を続ける。
そして食事は進み……相変わらず幸せそうに食事を摂るノートが、もうすぐ食べ終わろうかという、そのとき。
ネリーから、探るような視線が飛んだ。
ヴァルターは目線のみで、それに同意する。
……行くか。
「そういえばノートは……これからどうするんだ? 一応引っ越しは終わったが……将来的にどうしたいとか、とりあえず何がしたいとか」
とりあえず様子見。牽制も兼ねて、当たり障りの無いところからヴァルターが切り出す。
それを聞いて、ネリーも台詞を準備する。ノートの返答如何によるパターンを複数想定し、それらにそれぞれ台詞を用意していく。
最終着地地点目指して、少しずつ意見を誘導しようと図る。
だが、その計画は……
他でもないノートの返答によって、いきなり打ち切る羽目になるのだった。
「お嬢? 何したいかとか、そういう希望は」
「あるたー、と、……んい、いっしょ」
全く予想外の返答を受け、思わず返答に窮する。
見ればヴァルターもこちらを責めるわけでもなく、同様に唖然としている。
とうの本人はあくまで自然体で、さも当然と言わんばかりの態度で、食事を続けている。
「わたし、あるたー、いっしょ。…………わたし、いっしょ、する。……んい」
ヴァルターと……勇者と、同行する。
決定事項だと言わんばかりに明言し……薫製肉の最後のひと切れを口に運び、目を細め咀嚼する少女。
彼女は相変わらずのたどたどしい口調でありながら、その文言には『これ以上の議論には応じない』といわんばかりの……断定するかのような響きを秘めていた。
……ろくに誘導出来なかった。
誘導するまでもなく、目標地点に着地した。
作戦として……結果としては大成功なのだが。
……彼女に気取られないようにと会話と平行して行っていた、入念なイメージトレーニング。それが一切の徒労に終わったことを密かに察するとともに……
どうにも釈然としない面持ちで、二人は顔を見合わせた。
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