勇者が救世主って誰が決めた

えう

48_お礼と好みと人類の危機

 ネリーと勇者には、本当に感謝している。
 まだ出会って間もない二人ではあったが、わたしは既に返しきれないほどの恩がある。



 ネリーはもちろん、言うまでもないだろう。
 かわいい、やさしい、気立てがいい。

 勇者に劣らず強くて、なおかつ優しくて、それでいて見た目も挙動も可愛らしい……やや垂れ気味の長い耳もチャーミングな少女なのだ。彼女に微笑みかけられてそれで落ちない男なんて、わたしも含めているはずが無い。
 叶うことなら嫁にしたいくらいだ。



 そして…勇者のほうも、ほんとはそんなに嫌いじゃない。


 ヴァルターは最初の出会いこそ苦い思い出だったが、そもそもそれはわたしが自爆しただけだ。
 歳相応にまだまだ未熟なところもあるが、誠実で実直で生真面目な彼の性格そのものは好ましく思っているし、その心意気は勇者としても申し分ないと思う。
 ネリーいわく『他人への気配りが足りない』とのことだが、わたしの見る限り……そこまでひどいとは思わなかった。恐らくは、気安さから来る指摘なのだろうと思っている。


 なによりも……勇者にはずいぶんと、助けてもらった。

 まだ言葉があまり解せなかったとき……勇者の剣で意思の疎通ができたとき、わたしの外出に付き合って貰えたのは、とてもありがたかった。……尤も、とうの本人はどういう理屈なのか、未だに把握できていないだろうが。
 思うように歩けなかったわたしの文字通り『足』になってくれたということもあるし、なによりもわたしの『意志』を解してくれたという事実は、非常に大きいものだった。

 ろくに言葉も伝えられないとき……切っ掛けは最悪だったとはいえ、わたしの言葉に返事を返してくれたこと。
 真っ暗闇に投げ掛けるだけだった言葉が、ちゃんと意志をもって返ってきたことに……どれほど助けられたことか。


 しかしながら、わたしは勇者を甘やかすわけにはいかない。
 この勇者は心構えこそ立派であるが、実力がまだまだ伴っていないのだ。先輩勇者であるわたしが、こいつが一人前勇者になるまで厳しく育て上げてやらなければならない。



 ………そう、思っていた。



 だから、甘やかさないつもりでいた。
 まだまだだと、解らせるつもりでいた。

 あまりヴァルターを褒めないように、調子づかせないようにしていた。



 だが、あの真っ暗闇から実際に救い出されて。
 地の底で何も出来ずに死を迎えるばかりだったわたしを、再び陽の光のもとへと連れ出してくれた彼に対して。

 伝えたいことも伝えられず死んでいく恐怖を味わい、
 ……そしてそこから救い出されたことで。


 一度ちゃんと労ってやらなければ、感謝してやらなければと思った。




 そして、今日。

 彼らは、わたしを助けてくれたどころか……わたしのわがままを叶えてくれた。
 引っ越しがしたいというわがままを聞き届け、宿屋を確保してくれて、荷運びを手伝ってくれて、ついには色々と揃えてくれた。

 彼らの予定もあるだろうに。
 品々も無料タダでは無かろうに。


 わたしは今の見た目こそ幼児おさなごだが、れっきとした大人だ。ちゃんと常識は弁えているし、受けた恩はちゃんと返さなければならないと解っている。


 だから、お礼をする。



 ネリーは、わたしがかわいい服を着ると、嬉しいと言っていた。ネリーだけではなく、みんなが喜ぶとも言っていた。それを裏付けるかのように、わたしが可愛らしい服を拒むと……確かにあからさまにがっかりしていた。
 そして勇者は……というか男性は、女性の下着ぱんつを見ると喜ぶのだと魔王せんせいは言っていた。

 かつて男性だった身としては俄に信じがたいが……そもそも以前のわたしには常識が備わっていなかったらしいし、それに魔王せんせいが言うのだから正しいのだろう。





 なので、服を脱ぐ。



 腰紐を解き、頭と髪を通し、腕を引き抜いて……チュニックを脱ぎ去る。現在身に付けているのは、勇者が好きだという下着ぱんつのみ。


 「あるたー、あるたー。……どう?」


 ちゃんと見えるように胸を張り、どうだとばかりに勇者の反応を伺う。




 ……が、しかし。


 どういうわけかヴァルターの首はねじ曲げられ、そっぽを向かされていた。
 物理的にそっぽを向かせていた手の持ち主……ネリーは、目を真ん丸に見開いてわたしを見つめている。


 「あるたー? ねりー? どう、したの」
 「そりゃこっちのセリフだお嬢!! どうしたんだ!? 何脱いでんだ!?」

 口調こそなにやら怒っているようだが、口元は笑っているようにも見える。……怒ってる?笑ってる?どっちなのだろう、よくわからない。
 それに……男性は下着ぱんつを見ると喜ぶはずなのに。どうやらヴァルターは喜んでいないように見える。おかしい。


 「んいい……あるたー、ぱんつ、みるの……すき、って」
 「…………は!? いや、……は!?」
 「ヴァルお前……………本当……お前……」
 「いや違う!! 誤解だ!!」


 おかしい。何かがおかしい。どうみても喜んでいるようには見えない。しかし魔王せんせいは勇者が下着ぱんつ好きだと言っていた。
 魔王せんせいが……間違っているとは思えない。

 何かあったに……違いない。


 「あるたー? ちがう? ……うれしい、ちがう?」


 思わず、気分が曇る。もしかしてわたしはとてつもなく見当違いな真似をしているのではないか。勇者はやはり喜んでいないのではないだろうか。

 「……うれしい、ちがう? ……ちがう?」
 「いや……その………」

 意図せずして、自信なさげな声が漏れ出る。
 われながら情けない声だとは思いつつも……心に浮かんだ不安は消えない。
 果たして……勇者は喜んでいるのだろうか、否か。
 固唾を呑んで、彼の返答を待つが……



 「…………違く、は…………ない」
 「ほんと……? あるたー、うれしい?」
 「………………ああ」
 「……お前…………」

 しばらくの間の後、ヴァルターは答えた。

 ……違くはない、嬉しい、と。


 よかった。やはりせんせいはすごい。これで勇者に少しでも恩返しができる……気がする。


 「……んい、あるたー、うれしい。……わたし、うれしい」
 「…………そうか」
 「お嬢待て。どうした。誰に吹き込まれた」

 なにやら引きつった顔のヴァルターと……なにやらものすごく怖い顔のネリー。
 とくにネリーの顔はめっちゃ怖い。
 顔というか…表情がないのが余計に怖い。
 その顔が近づいてくるのだから……とてもこわい。


 「なぁ、お嬢。…誰に、言われた?」
 「あ、あえ………」
 「大丈夫だから。答えて、な? ……誰に、言われた?」
 「あえ…………せ、せんせい……に……」
 「先生。……なるほど」

 どこか底冷えする声と共に……「あの野郎……」と呟く声と共に、ネリーの顔が遠ざかる。
 思わず『助かった』と思ってしまった。わたしはなにも悪いことはしていないはずなのに。

 魔王せんせいのアドバイスに従っただけなのに。


 どうしてこうなった。正直いって不明だが、とりあえずこの格好はなにかがまずいことがわかった。よくはわからないが命に関わる気がする。これはまずい。
 勇者もどうやら、わたしの下着ぱんつどころじゃないらしい。ものすごく怖い無表情でぶつぶつと呟き続けるネリーに怯えるばかりで、こちらに目を遣る余裕がない。


 であれば、仕方ない。
 身の安全のためにも…服を着よう。


 「ヴァル。後でギルバート処し行くからな。付いて来い」
 「いやあの、ネリー……さん」
 「行くぞ幼女趣味ロリコン
 「いえその………ハイ」

 ショがどうとか話し合っているが、それどころではない。とにもかくにもネリーが怖い。こんなに怖いネリーは初めて見る。一刻も早く機嫌を治して貰わなければ、死ぬ。

 死に物狂いで、物入クロゼットを漁る。
 引っ越しのときに運んでもらった荷物を、その中に紛れているはずの袋を、今日訪ねたところとは別の服飾店の袋を、探し出す。




 ……あった。


 幸いなことに、思いの外早く見つけ出せた。
 わたしの予測が正しければ、これさえあればネリーはご機嫌になってくれるはずだ。喜んでくれるはずだ。
 ……怖い顔はしなくなるはずだ。

 …………死なずに済むはずだ。


 死人を防ぐために、急いでそれを広げ……袖を通す。
 急ぎのあまり冷静さを欠いているのが、自分でもよく解る。着方がこれで合っているのかわからない。正直不安でたまらないが、これ以上時間が押すことのほうが不安でたまらない。


 急がなければならない。
 心なしか、背後の気配が不穏きわまりない。

 このままでは近いうちに、ヴァルターがしぬ。
 彼は、人類のためにも失ってはいけない人物だ。

 彼の命を……人類の未来を守らなければ。
 意を決して、振り向き…声をかける。


 「ね……ねりー……」
 「…………………ぁ…?」
 「………ねりー?」



 ……反応が、ない。

 ネリーは目を見開き、こちらを見据え……微動だにしない。先程までの様相を知っているわたしにとっては、その様子は正直言ってとてもこわい。
 たが…ここで引き下がるわけにはいかない。わたしの振る舞いにはヴァルターの……ひいては人類の未来が掛かっているのだ。
 なんとしてもネリーの怒りを鎮めなければ……ネリーに喜んでもらわなければならない。

 ……そのためならば、わたしの羞恥心など投げ棄ててやる。


 「ねりー、……わたし、ちがう? ……んい………んい………、か……かわ、いい……ちがう?」
 「……かわ……いい」
 「……んい………? ねりー…い?」

 気付けば、すぐ眼前にネリーの姿があった。
 一瞬で距離を詰められた。全く反応できなかった。しぬ。

 「ひえ」
 「お嬢……! 可愛い!! 可愛いぞ!!」
 「……ひええ」

 かわいいかわいいを連呼し、身体のあちこちを触られる。少々こそばゆいが、その甲斐あってか先程までの剣呑な雰囲気は霧消している。……どうやら助かったらしい。


 今のわたしの格好は、先程までの下着ぱんつ一枚の姿から一枚着ただけ……白のワンピースを着ただけの姿だった。

 腰のあたりが緩やかに絞られ、ノースリーブながら肩口にフリルのあしらわれた……どこかドレスを彷彿とさせる、可愛らしい一着。
 ひょんなことから手にいれたその一着だったが、なかなか陽の目を見ることがなかった。今日ネリーが勧めてくれた衣類の中にこんな感じのものがあったので、思い出したのだった。

 「ねりー、かわいい? ……うれしい?」
 「勿論だ!! 可愛い! 嬉しい! ッアーー!!」
 「そ、そう」


 どうやら喜んでくれたらしい。今回は成功のようだ、よかった。
 ……しかしながら、念のため訊ねてみる。

 「ねりー……だい、じょぶ? だれか、しなない? ……ころす、しない?」
 「死なない死なない。殺さない殺さない。……はぁー可愛い……最っ高………可愛い……」
 「ふわあああ」
 抱きつかれ、抱きしめられ、頭をめいっぱい撫でられる。完全になされるがままである。嬉しいけど……やっぱり少し恥ずかしい。
 ……でも、ネリーに喜んで貰えた。
 ネリーの機嫌も、直った。



 ヴァルターが、死なずに済んだ。

 わたしは、世界を救ったのだ。



 ……そう思うことにした。

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