勇者が救世主って誰が決めた

えう

43_少女と部屋と将来設計

 ―――引っ越しが、したい。


 ネリーにそう相談を持ち掛けたのは、廃坑での騒動からみんなで帰還した、三日後。
 巨悪の討滅を祝ったものらしい宴が、盛大に執り行われた翌日のことだった。



 「わたし、……ひっこし、する。……したい」
 「……ここから出てく、ってことか?」
 「そう」

 アイナリー兵員詰所の練兵場と食堂を解放し、昨晩は夜更けまで行われていた、祝いの宴。
 今はそれから一夜明けたお昼前。場所はわたしの私室……もとい、詰所の医務室。現在この部屋にはわたしとネリーとギルバート、……そしてシアがいる。

 人の前に姿を現さない筈の、人鳥ハルピュイアの少女……シアが、わたしの腕の中で目を細めている。



 ……………………


 廃坑からの帰り道、馬車の中でシアに抱きつき、そのまま眠ってしまっていたわたしが気がついたときには……もう街の中だった。

 気がついたときには………目が覚めたときには周りを何重にも人波が囲い、シアを人目につかないように逃がすことは既に不可能となっていた。
 ネリーはこの子を秘密にしていたはずなのに……わたしのせいで大切なシアを人目に晒すことになってしまう。なんてお詫びしたら……いや、お詫びのしようもない。
 沸き上がってくる絶望感を払ったのは、ほかでもない……何故か嬉しそうに微笑む、ネリーだった。


 ……どうやら、わたしがシアに抱きつき眠りこけてたおかげで、それを目撃した住民から『シアは危険なものではない』という認識が広がったらしい。

 そもそも人鳥ハルピュイアが忌み嫌われているのは、人命に危害が及ぶ危険性から。わたしがなんの危機感も抱かずに抱きついて眠っていたことから、この子は危険が全く無い個体だということが露見したようだ。
 そうとも。シアはもこもこふわふわのちっちゃくて可愛い子なのである。


 アイナリーに…意外なほどすんなりと受け入れられたシア。今では昼夜問わず……そのふわふわの抱き心地で、わたしを癒してくれている。





 「……アイナリーを、離れるのか?」
 深刻そうな面持ちで、ギルバートが話し掛けてくる。

 未だに言葉に不自由しているわたしに、辛抱強く付き合ってくれる、彼。聞けば先刻も一兵士として、廃坑にまで助けに来てくれていたらしい。本当にいいやつだ。

 元々わたしに色々なことを教えるために、わざわざアイナリーに来てくれたという彼。その不安はもっともだとおもう。

 「んいい……ちがう。あいなり、はなれる、は……ちがう」
 「じゃあ街の中で? 詰所から出てくってことか?」
 「つえ、しょ? ……えああ、おへや、たてもの?」
 「詰所……そうだね、建物。ええと……つめしょ、ここ、たてもの。…解るかい? ここ、たてもの」


 わたしにわからない言葉が出てくると、わたしにもわかる言葉に言い換え、ギルバートが解説を施してくれる。その言葉が何を表しているのか、どんなときに使う言葉なのかを、とてもわかりやすく知ることができる。
 彼のお陰で、色々な言葉が……単語がわかるようになってきた。ほんとうにありがたい。

 「んい、んい……やうす。つめしょ、でる、ほしい」
 「まぁ確かに……ずっと医務室間借りすんのもなぁ」
 「……そうだね、人の出入りも多い。色々と落ち着かないだろう」
 「………特に昨晩はヤバかったからな」
 「本当……あれでよく眠れたね…」
 「…………んい?」

 とはいえ、やはりわからない言葉も多い。はっきりと喋ってくれれば比較的理解しやすいのだが……呟くような小声や早口で喋ったりされるのは、まだ聞き取ることは難しい。

 「えああ……つめしょ。ひと、つかう、……たくさん。……んい、わたし、へや、わたしだけ。だめ。……たくさん、ひと、ひつよう。んいい………つかう、わたしだけ、だめ」

 一方の喋るほうも、まだ達者とは言いがたい。わかる言葉をとりあえず並べ……あとは相手が意図を汲み取ってくれるのを祈るしかない。
 なんとも他人任せなコミュニケーションだが、それでもなんとか成立している。…と思う。やはりこのやり方を教えてくれたギルバートは有能だ。

 「お嬢……そんなこと気にしなくて良いのに……」
 「他に医務室が無いのは、まあ…否定できないが……だからって………」
 「……んいい?」
 …何故かしんみりし出してしまった。なんでだ。うまく伝わらなかったのだろうか。


 「とはいえ……彼女の今後に関わることだろう? やはり父上に相談した方が良いのでは?」
 「そうだな…そうすっか。頼めるか? ギルセンセ」
 「……まぁ、構わないが………君に先生と呼ばれるのは、こう……こそばゆいな」
 ギルバートは席を立つと、苦笑しながら部屋を出ていった。『ちちうえ』という言葉が聞こえたので、恐らくはリカルドを呼びに行ってくれたのだろう。
 頭ごなしに反対しなかった。つまり、わたしの提案を前向きに検討してくれているということだ。観察対象としてわたしを下に見るのではなく…対等な立場として認識してくれたということだ。
 ……うれしい。がんばった甲斐があった。腕の中のやわらかい身体…その後頭部にうずめた顔が、自然とほころぶ。

 「嬉しそうだな。お嬢」
 「……んい。あい、がと」
 目を細め、優しげな表情を見せるネリー。
 ……そういえば、彼女は旅人のようだった。元来のアイナリー住民というわけではないのだろう。
 彼女とシアは、どこに居を据えているのだろうか。


 「ねりー、ねりー」
 「ん? どうした?」
 「ねりー、おうち、……んいい、おへや? ひっこし、どこ?」
 「部屋? 私の部屋か?」
 「んい、やうす。 ねりー、へや。どこ?」
 「あー」
 もともと、わたしもこの街の人間ではない。外からやって来た人間だ。……人間かどうかは疑問が残るものの、少なくとも見た目は人間だと思う。
 外からやって来た人が、住居をどうやって用意しているのか。それはとても参考になる気がする。


 「私は……東区の宿屋に世話んなっててな。結構いい宿が運良く空いてて、そこに長居させてもらうつもり………だった」
 「んい………やど、や? やどや! ながい、……んい? ながい……だった? だった? いま、ちがう?」
 「まぁ………そうだな。当初の予定ではここに居を据えて、魔王の情報収集でも始めようと思ってたんだがな。………思いの外早く片付いたっぽくてな、これからどうしようかと」
 「??? まおう、かたづいた……ほんと?」



 ………魔王が、片付いた?



 確かに……魔王だったものの一欠片は、力を使い果たして塵と化した。
 しかしながら、そのことを知っている者は居ないはずだ。

 ……あの勇者ですら、わたしのあの力が何だったのか……正解にはたどり着けていないはずだ。

 では、ネリーの言っていることは。
 魔王が片付いたとは、どういうことなのか。
 今まで起こったこと、先日起こったこと、そして先程の言葉を鑑みると……なんとなく見えてきた。


 「ヴァルの馬鹿がそう言ってたが……違うのか?」
 「んん…………やうす。 あれ、まおう……ちがう」
 「…………………マジかよ」

 途端に青ざめ、顔を曇らせるネリー。……少し悪いことをしたかもしれない。


 「……でも………何でお嬢がそんなこと知ってるんだ?」
 「まおう、くわしいひと、きいた。 まおう、ひとの、すがた。 ……あれは、むしの、すがた。 んいい……ちがう」
 しかし……ネリーには悪いが、あまり多くを喋るわけにはいかない。何を隠そうこの身体こそが、魔王の身体の複製そのものなのだ。

 ……この子と……変態勇者ヴァルターがそんなことをするとは思えないが……
 魔王の身体であるわたしを、世界中の強者どもが殺しに来る…………そんな事態は、避けたい。


 「まおう、ねむってる。おきない、から、……ずっと、だいじょうぶ。………んい。 ながい、いっぱい、だいじょうぶ」
 「………それも、その『魔王に詳しい人』が?」
 「……………………………………んい、やうす」


 ………ちょっと無理があっただろうか。しかしながら魔王が人々を侵略しようなどと企てることはない。そもそも今この世に、魔王など存在していないのだ。


 強いて言えば、わたしが魔王だと言えなくはない。

 だが当然、わたしに侵攻の意思など、無い。



 …………………

 ………あれ、もしかして
 先日のアレが魔王だったことにすれば良かったのでは?

 魔王は既に死んだことにした方が、色々とすんなり収まったのでは?




 「………えあ、…えああ」
 失敗した。これは絶対に失敗だ。すぐにどうこうというわけではないものの、折角のチャンスをふいにしてしまったようなものだ。


 ………まあ、いい。そこまで致命的なやらかしでもない。


 「ち、ちがう、おへや! …んい、ねりー、おへや!」
 これ以上の追求を避けるべく、少々わざとらしいかもしれないが、必死に話題の転換を図る。
 「あ……ああ。まあ、じゃあ当初の予定通りだな。東区の宿屋を引き続き借りるつもりでいる。ひと月契約ってことで割安にして貰ってるしな。一階部分が飯屋になってるんだが、部屋は三階だ。店の音も漏れて来ないし……良いとこだぞ」

 宿屋。個室。プライベートな空間。しかも一階は飯屋。おいしいごはんが手軽に食べられる。
 「………おふろ、は? ある?」
 「さすがに各部屋には無いが、共用のがあったな。お手洗いも共用だ」
 お風呂がある。…おふろも、ある。
 自分だけの空間が確保出来、すぐにごはんにありつけ、毎日おふろに入れる。


 ……完璧か。


 「んいい……やどや! やどや! やうす、わたし、やどや! ひっこし!」
 そこがいい。わたしもそこにお引っ越ししたい。なによりネリーの近くというのがいい。

 一人で盛り上がっていたところ……ノックの後に部屋の扉が開き、二人の人物が入ってきた。
 「成る程な、引っ越しか。……さすがに昨晩の様子を見るとな……」
 「んい? りかるの、おはよう」
 「ああ、おはようノート。……昨日は、ちゃんと眠れたか?」
 「んい! ねるれた!」
 「……すごいな」
 「………スゲェよ」
 入ってくるなり心なしか引きつった笑みを浮かべるリカルド。そのうしろのギルバートもなにやら乾いた笑みを浮かべている。
 なに?なんなの?


 「まぁ、引っ越しについては……私は特に反対しない。……詰所の業務補助、有志の方々は悲しむだろうがな」
 「それはそうだろうけど……お嬢の生活のが優先だろ?」
 「勿論だ。南砦からの補充要員も合流したことだし、業務自体は問題ないだろう。………それはそうと、ノート」
 「ん? んい?」
 リカルドが視線を合わせ、正面から見据えてくる。その顔は真剣そのもの。まるで幼子を叱る……とまでは行かなくとも、まるで小さい子に言って聞かせるときのような、まっすぐな視線。

 「宿屋を借りるのは、良い考えだと思う。ネリー様のお近くなら、色々と安心だろう。……だが、宿屋は無料タダで借りられるわけじゃない」
 「んん? ………んん、やうす」
 宿屋はタダじゃない、さすがにそれくらいは解っている。
 ……いくら見た目が小さい子どもだからって、わたしはそんな幼くはない。子ども扱いが過ぎると、さすがにちょっと傷つく。
 「宿屋で部屋を借りるには、お金が必要だ。……ノート。君は、お金を持っているのか?」
 「んい」
 首を縦に振り、即答する。

 『お金を持っているのか』。ゆっくりはっきりしたリカルドの言葉は、とても聞き取りやすい。おかげで質問の言葉もすんなり理解できた。



 ……ところが。ちゃんと答えたにも関わらず。
 リカルドは……いやそれどころかギルバートも、ネリーさえも、怪訝な顔でわたしを見ている。



 ……ちくしょう。

 これは……完全に疑われている。



 「……お嬢。悪いけど、月単位で宿を取ると……金貨単位なんだ。お嬢のおこづかいがどれくらいかは解んねぇけど、銅や銀じゃ駄目だ。そんなに長くは借りられねーぞ?」
 「……んい?」
 ところどころ、聞き取れなかったが。…だが、金貨が必要ということは聞き取れた。
 銅や銀では駄目。ならばちょうど良い。わたしの持っているお金は、金貨しか残っていない。

 「んいい、きんか。……やうす! わたし、きんか!」
 「そう。金貨。それが必要なんだ。 ……リカルド隊長、やっぱここは私らが出しますよ。今回のお嬢の活躍は、陛下が知れば報酬金たんまり貰える規模ですって」
 「いや……尚更私が出そう。……隠すつもりは無かったんたが、ノート宛の寄付が大変なことになっていてな。彼女の部屋代になるのなら、出資者も納得してくれるだろう」
 「いやいや、それなら尚のことお嬢のために取っといてくださいって。どうせウチのヴァルが貰った支度金なんで、この街に落とした方が良いでしょう」
 「いやいやいや、勇者殿の懐に頼るわけには。そもそもあの子は、南砦の総司令直々のお気に入りでして。……そこからの補助もあるので、今まさに使いどきなのかと」
 「いやいやいやいや」
 「いやいやいやいやいや」

 ……なんだか大変なことになってしまった。
 リカルドとネリーが難しい顔をしていやいやいやいや言い始めてしまった。
 いやいやいやいやの意味はよくわからない。話していた内容も、小声だし早口だしでよくわからなかった。
 頼みの綱のギルバートは……あっこれは諦めた顔だ。やれやれの顔だ。だめだ。


 いやいやいやいやの直前の話題は、金貨のことだったはず。恐らくは、わたしが金貨を持っていると言ったことに対しての相談なのだろう。
 ……つまり、わたしがちゃんと持っていると証明すれば、解決するはずだ。

 そう考え、剣帯に備わったポーチのひとつに手を掛ける。
 きっちり閉じていた綴じ紐を解き、金貨を纏めていたポーチの蓋を開ける。

 そこには以前見たとき……島を出る前に勇者の残骸から回収したときと同じ数の……
 二十五枚の、眩く光る貨幣が収まっていた。


 「りかるの、ねりー」
 未だにいやいやいやいやを続けていた二人に、声を掛ける。
 二人の視線が、わたしの顔に向く。

 「わたし! きんか、これ!」
 サイドテーブルの上にわたしの全財産……二十五枚の貨幣を置く。さすがにこれで、わたしがちゃんとお金を……金貨を持っていることがわかるはず。



 ……わかるはず、だが。


 ………なんか、様子がおかしい気がする。




 「………リカルド……隊長…………これ……」
 「ギルバート。来い。………解るか?」
 「いや………えっ? 嘘でしょう……えっ?」
 「待ってギルセンセ、マジ? マジなん?」
 「どうなんだギルバート。……解るか?」
 「いや…待って下さい……いや……」

 いやいやいやいやは収まったものの……
 …なんだか、一気に顔が怖くなってしまった。
 しかも今度はギルバートも混ざって、三人が三人とも……顔が大変なことになっている。


 どうしてこうなった。
 なんでこんなことになった。
 わたしはちゃんと……白い光を仄かに放つ、金色に輝く貨幣を……金貨を見せたはずだ。

 わたしは、なにか間違ったのだろうか。




 「………プライマル……大白金貨………」
 「二十五枚………全部完全形だぞ………」
 「宿が買えるな。……いや城が建つか?」


 「………んい、…んい?」

 こんなときに頼るべきギルバートさえも、ぽかんとしてしまっている。
 彼の手助けの得られないわたしには……今何が起こっているのか、理解できなかった。


 なにかを間違えた、ということしか、
 今のわたしにはわからなかった。

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