勇者が救世主って誰が決めた

えう

37_勇者と危機とわたしの願い

 駆け出した勇者の足下が…轟音と共にいきなり爆発した。


 ………ようにしか見えなかった。



 巻き上がった砂塵が収まったそこへ現れたのは

 ………ふたつの剣を地に叩きつけるように振り抜いた………黒騎士型の巨躯。



 冗談でも誇張でもなく、『消えた』と思った。
 黒騎士型の姿がいきなり掻き消えたかと思ったら……勇者の周囲が地面ごと爆ぜていた。
 それらのタイミングは、わたしの見た限り全く同一。

 目視不可能な速度で振り抜かれた二本の大剣が、勇者に襲いかかったのだ。


 ………やばいのでは。
 黒騎士型の戦闘力は…驚異度は桁違いのようだ。人族の希望が………勇者が、先手を取られた。

 果たして…勇者は大丈夫なのか。
 ここで勇者に倒れられたら……勇者がやられてしまったら、次はわたしがられてしまう。

 そうでなくても……
 わたしの貞操うんぬんを抜きにしても、勇者には死んでほしくはない。
 彼は『勇者』。この世の人々の、希望そのものだ。彼の敗北……死亡は、そのまま人々の絶望に代わる。


 ………それは、非常に良くない。



 祈るような視線の先。

 砂煙が晴れ、その場の状況がよく見えるようになった。



 果たして勇者は……立っていた。

 あの一瞬で持ち換えたのか。一本の剣を地に突き立て、もう一本の剣を両手で盾状に。右手で柄を持ち、左手を刀身に添え……その足はしっかりと地面を踏みしめ、立っている。


 [成程、勇者。其の名に。相違、無し]
 「……そりゃどうも」

 応えるも、勇者の声色は余裕とは言い難い。
 黒騎士型の二本の大剣は、もはや破壊不可能な強度を誇る勇者の剣に叩き付けたためだろう……その刀身はなかほどから折れ、砕けていた。
 これならば優位に立てるかもしれない……と思った矢先。割れ砕けた刀身が柄から離れ…そのまま地に落ちる。脳裏を過ぎった嫌な予感は見事に的中し、わずか数秒の間でもって、薄翅のごときその刀身は再生した。

 「……そんなんアリかよ…………」

 恐らくは、ヒトガタの爪と同様の理屈なのだろうか。さらに武器としての機能を追求した末の形状だろうが、大剣に見えてもあれは騎士型の身体の一部。自在に切り離し、再生することが出来る。
 勇者の上を行く速度と膂力で繰り出される斬撃を、武器の破損を気にせず存分に振るうことが出来る。
 一本だけでも充分に強力なそれ・・が……四本。


 一撃一撃が必殺の威力でもって放たれる斬撃が、立て続けに勇者に襲い掛かる。
 音速に軽々と匹敵するであろう横振りは衝撃波を伴って勇者を打ち据え、刀身の自壊をも厭わずに振り抜かれた縦振りが軽々と地を割り空間を揺らす。
 直撃こそ避けてはいるものの、一撃でも喰らったらひとたまりもない。いくら耐衝撃付与がされている外套とはいえ、限度というものがある。音速の斬撃など受け止める前提ではない。……外套が断ち切られることは無いだろうが、直撃を受けた際の……その衝撃は計り知れない。一撃も貰うわけにはいかない。
 そうして回避を優先していると、四本の腕から繰り出される斬撃の嵐に阻まれ……こちらから攻めるタイミングが掴めない。一瞬でも油断すれば即座に避け損ね…骨の一箇所二箇所は持っていかれるだろう。

 ほんの僅かな隙を見出し、苦し紛れに放った攻撃は……自己再生する大剣の一撃で相殺される。防御不可能な斬撃であっても、本体に届かなければ意味は無い。
 大剣の再生時間を埋めるように、絶えず繰り出される嵐のような連撃。攻撃頻度は決してそこまで高くは無いが、一撃一撃の攻撃範囲・威力ともに、極めて強大。
 しかもそれを……勇者に匹敵する速度で駆け回りながら、四方八方から放ってくるのだから手に負えない。

 勇者はそれを躱すことで精一杯で、なかなか効果的な攻撃を繰り出せない。 


 ……待って。これやばい。普通にやばい。
 圧倒的に勇者が不利だ。


 「ゆう、しゃ……がん、ばって……」

 わたしの口から自然と零れ出た……無意識の声。

 ……その言葉に、自分でも驚いた。


 視線の先では相変わらず…轟音を撒き散らしながら壮絶な立ち回りを繰り広げる、二つの人影。
 腕力、技量、敏捷性、……そして持久力。全ての能力値が高水準で備えられた、規格外の黒騎士。
 身体強化を全力で用いて、それでも尚め切れない……ヒトの勇者。

 贔屓目に見ても、旗色は明らかに悪い。…勝ち目は、薄い。



 ……負けないでほしい。

 「ゆう、しゃ……」


 負けないで、ほしい。
 わたしの貞操云々を抜きにしても。単純に正しい勇者として。

 人々の、希望の象徴である……勇者として。


 「まけ…ない、で……」


 彼には……負けてほしくない。



 「ゆうしゃ・・・・!! ……まけ・・ないで・・・!!」




 我ながら……びっくりした。

 わたしの喉が、こんなに大きな声を出せるなんて。
 わたしの口が、勇者を応援するなんて。
 わたしの心が、奴の勝利を………生還を望んでいるなんて。


 声が届いたのか、勇者の動きが俄かに良くなった。…ように見える。


 「………ッ!!クソッ……!負けるわけには……!」


 しかし……それでも届かない。追い付けない。
 ………そりゃそうだ、勇者あいつが死力を尽くして戦っている相手だ。それがただの十歳そこらの女児にちょっと応援された程度で…そんな簡単に逆転できれば世話無いわ。

 「俺が……!負けるわけには……!!」
 [心意気。見事、也。然れど」


 …やはり無理を言ってでも、ネリーを連れて来るべきだったのだろうか。
 認めたくないが……現状最高の戦力である勇者が、勝てない相手。もはや一対一で勝てる見込みは薄いだろう。


 ……わたしが、戦えれば。

 …………いや、だめだ。
 わたしが騎士型と戦って、あいつを下しても意味が無い。


 「俺、は……!!勝たないと……!!!」


 …勇者に、勝ってもらわなければ。



 わたしにもディエゴのように………彼の・・手助け・・・出来れば・・・・










 『はいはいはい。そういうことね。そういうことならお安い御用だ』
 「ふわああ」

 不意に頭に響く……どこか安心する声。
 固唾をのんで立ち合いを見守っていたわたしのノミの心臓が、跳ね上がった。

 知らず、手の中のポーチを握りしめていた手に…力が籠る。
 そこに未だ収められている、大切な二本。
 一本は既に塵と化し、隙間から今なお零れ落ち続ける、
 そこに収められていたそれ・・を………


 魔王の角・・・・を、握りしめる。



 『君の願い。私になら、望む形で叶えられる。……私の魔法の力は知っているだろう?破壊はもとより妨害も再生も……もちろん支援だろうと思いのままだ』
 「わたし、にも……できる?」
 『時間が限られているからね。教えることは残念ながら難しい。……だが一時的に扱えるようにすることは可能だ。私を・・降ろせば・・・・良い・・
 「おろす、と、わたしは……どう、なる?」
 『解りやすく言うと……今と似た感じかな?ただ身体の操作は、時々私に預けて貰うことになる。君では魔法は扱えないだろう?……先日の…完全快癒コーマ・エイル。あのときのような感じだね。……尤も、君はあまり覚えてないかな?必死だったからね』
 「んい……?んい…………」
 『ああ良いね!可愛いよそれ!』
 「んん……んいい…」
 『さすがは私の最高傑作だ!困った顔も可愛い……最高!』
 「あ、あい…? あり、がろ……う?」
 『良いよ!可愛い!さすがは私だ!』
 「ん……んいい………」


 視界の隅では壮絶な爆音と剣戟音を響かせている、勇者と騎士型。
 緊迫とした場面にもかかわらず、どこかゆるりとしたこのひとの空気に……思わず本題を忘れそうになる。


 「ち、ちがう!たすける!ちから!」
 『そうだね。……繰り返すが、願いはそれ・・で良いね?』
 先生・・の言葉に、頷きを返す。

 わたしは手を下さず。あくまで勇者に戦わせ、勇者に勝利をもたらす。
 ……水を差された彼は、気を良くしないかもしれないが。
 それでも。彼に嫌われてでも。………大切な彼を失うよりは、ずっといい。
 どうせわたしは既にあいつのことが嫌いだし。嫌われてもそれでおあいこだし。

 「ん。それ。……おねがい。……わたし、…たすける」
 『心得た。……さあ、気持ちを楽に。今こそ君に……再び力を貸そう』


 わたしの小さな手の中。形を持ち、実体化した魔王の力・・・・そのもの。
 魔王の角から、膨大な魔力が……魔王の魔力・・・・・がわたしの中に侵入はいってくる。

 その常識外の暴力的な量と、狂気的な高密度。
 常人には恐らく耐えられないであろう、怖気おぞけすら感じる魔力の奔流。
 触れたものを発狂させ得る、禍々しい魔のちから



 ……だが、わたしは知っている。

 この膨大な魔力が。この壮絶なちからが。
 わたしの大切なひとの遺してくれた……優しいものであると。



 抗わず、逆らわず、全てを受け容れる。

 魔王の魔力。魔王の意識。魔王のすべてを、わたし・・・に受け容れる。






 「問題は……無いようだね。さすがはの身体だ」
 『もんだい、ない。だいじょぶ』

 違和感なく、重なった。さすがは先生だ。


 「照れるね」
 『てれてないで。はやくして』
 「はは、解っているさ。任せたまえ」



 相変わらずうまく立ち回っているものの…騎士型の攻撃で弾け飛んだ岩の破片を、長きに渡って浴びたのだろう。あちこちに裂傷を負い、見るからに追い込まれている勇者。
 ……彼だけでは、勝ち目は薄い。



 仕方のない現勇者だ。
 元魔王と元勇者わたしたちが、力を貸してやる。

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