勇者が救世主って誰が決めた

えう

27_兵と伏兵と衛生兵

 目の前の光景が、ヴァルターには咄嗟に理解出来なかった。

 今しがた自分は、魔殼蟲の指揮官と思しき魔蟲…人の形を模したそれ・・を倒した筈であった。
 だというのに目の前にはそいつ・・・が……ヒトガタの魔蟲が、何事もなかったかのように健在している。


 その上あろうことか、
 リカルド隊長がそいつに重症を負わされたという、事実。



 ヴァルターは剣を振りかざし、新たに・・・出現した・・・・ヒトガタへと斬り掛かる。
 勝てる保証はない。それでもコイツを遠ざけなければ、リカルド隊長の治療が出来ない。
 「ネリー起きろ!!治療を!!」
 「………あっ、……ああ!」
 やはりネリーの動きに精細さが見られない。彼女の対応や動作には、明らかな動揺が見て取れる。

 それでも、ネリーに託すしかない。
 ……でなければ、背中を深々と抉られ、ともすると背骨すら損傷しているリカルド隊長が、長くは持たない。


 とはいうものの、この場で施せる治療などたかが知れている。




 そもそも外界作用系の魔法が使える者すら、極めて希少な人族である。豊富な魔力を備え、外界作用魔法に適性を持ち、その上で治癒魔法にも適性を持つ者など………殆ど居ない。
 魔法は適性を持つものでなければ使いこなせず、仮に魔力が豊富にあったとしても、適性を持たない魔法を使うことは出来ない。
 例えば、ディエゴの適性は炎。そしてネリーの適性は……自然。大地や風、水といった……自然環境に類する魔法の適性は有れども、超常たる癒しの力は使えない。


 そしてそんな数多くの条件を満たした、極めて希少な治癒魔法使いは、国の宝である。万にひとつも失うわけにはいかないと、王都の教会に囲われるのが常であった。


 つまりは、この場に治癒魔法を施せる者は……居ない。
 薬品と医療品を駆使して傷を塞ぎ、少しでも死を遠ざけるくらいしか、出来ない。




 だとしても、何もしないという選択肢は無かった。


 幸い戦況は落ち着いている。合間を縫って解毒処置を済ませた負傷兵が、ぎこちないながらも戦線に復帰。燃料の追加された焚火も勢いを取り戻し、相当数を削られた魔殼蟲はさすがに消極的になっていた。
 ネリー一人が戦線を離れても、なんとか維持は出来そうだ。


 だが安心は出来ないと、急ぎ処置に取りかかる。そうこうしている間にもリカルドの呼吸は弱々しくなっていく。
 一も二もなく、傷を塞ぎ出血を止める。大きく抉られた傷口に軟膏状の薬品を大量に刷り込み、その周囲を拭って医療布を当てる。そこへ別の薬品を染み込ませて包帯で巻き、医療布が外れないよう固定する。
 一連の動作を手早く済ませたものの、もちろんこれで安心できるわけではない。

 血止めも兼ねた軟膏には、穢れを祓う聖水と体組織の復旧を促進する霊薬が織り込まれている。医療布に染み込ませた薬品は、消毒および患部の保護。傷口とその周囲の肌に密着して雑菌や塵の侵入を防ぎ、僅かではあるが痛み止の効能も併せ持つ。


 とはいえ、失われた体力および出血を取り戻すことはできない。
 また骨や神経は………そう簡単には治らない。


 仮に、幸いにもこの場を切り抜けたとして。

 良くて下半身不随。
 悪ければ………言うまでもない。



 どちらにせよ…リカルドが立ち上がることは、

 恐らく…二度と無い。







 「畜……生!!」

 鬱憤を晴らすかのように、全力で叩き付ける。
 ヒトガタの防御の癖は、いい加減少しずつだが解ってきた。ついに受け流すことに失敗した奴の爪が、半ばから断ち斬られる。
 すぐさま爪を切り離し再生が始まるも、その間に打ち合うこと数合。全力で守りを固めていた筈のヒトガタの爪が一本、また一本と砕け散る。

 残された爪は一本。ついに剣がヒトガタの守りを潜り抜け、その腕の一つを肘から斬り飛ばした。


 [ギ、、ガアアアア!!?]
 半ばから断たれた腕は、熱が集中する様子が無い。どうやら自在に再生出来るのは爪まで、その他の部位の損傷は治癒できないようだ。
 立て続けに剣を振るい、ヒトガタの守りを掻い潜る。爪を備えていない腕がまた一本断ち斬られ、更に守りを欠いたその身体を白い斬撃が襲う。
 [ギギ、、、、ギィィィ、、!] 
 剣先がヒトガタの胸を斬り裂く。………が、浅い。
 咄嗟に距離を取ったら手負いのヒトガタを追うように飛び込み、…微かな違和感を覚えた。

 「ヴァル!!伏せろ!!」


 ――直後。
 警告と共に身を屈めた頭上すれすれを、後ろ・・から振り抜かれた爪が、通り過ぎた。


 「なん……」

 それが何なのか理解した瞬間、顔が引きつった。
 眼前には腕の半分を断たれ、確かに窮地に陥っているヒトガタの姿がある。

 …しかし。


 ………後ろにも、居る。




 深く考えている暇はない。

 今はこいつらをなんとしても足止めしなければならない。何があってもこいつらをネリーの……リカルド隊長の方へと行かせるわけにはいかない。


 魔力を更に注ぎ込み、限界以上に瞬間強化マーダーを働かせる。身体が軋み悲鳴を上げるが、そんなことに構っている暇はない。
 距離を取った手負いのヒトガタを一瞥する。奴は今、完全に守りに徹したようだ。こちらの様子を伺うに留め、代わりとばかりに新手のヒトガタが飛び込んでくる。無傷の四本の腕を縦横無尽に繰り出し、怒濤の勢いで畳み掛けてくる。
 すると、それに呼応するように手負いも動く。新手のヒトガタの攻撃を必死に捌き、避け、そうして生じたヴァルターの僅かな間隙を狙うように、唯一残った爪を繰り出してくる。


 ヒトガタどもが………蟲が、互いに連携している。
 ただ群れているだけではなく、互いの攻め手を把握しながら、相手を自分達にとって都合の良い形へと追い込んでいく。
 ………かなり高い知能と、思考を備えているらしい。


 しかしながら、それでも捌き切れない程ではない。限界を越えて発動している瞬間強化のお陰で、今のヴァルターには充分に対応できる機敏さが備わっている。

 無理をしている以上、それほど長くは持たないが………少なくともこの状態であれば、二体を相手取っても多少は優位に立てている。時間との戦いではあるが、このままならばなんとか凌げそうだ。





 それなのに。


 ヒトガタ二体を、こうして捌いている筈なのに。




 それなのに。


 どうしてヒトガタが、その爪を振りかぶり…
 今まさに、ネリーに突き立てようとしているのだろう。








 能動探知ソナーに掛かった妙な反応。
 そちらの方向に視線を向け、その様子を目にしたヴァルターは…戸惑いを隠せなかった。


 何故、あいつがそこにいるのだ。


 あいつは果たして何体いるのだ。



 ――そもそも、

 あいつは、今何をしようとしているのだ。





 「ネリーー!!!」

 異常を察知したネリーが視線を上げるがもう襲い。
 座り込んだ体制から、咄嗟に回避することなど不可能。仮に避けたとしても、その爪はそのままリカルドを殺めるだろう。




 一瞬の、間。

 ネリーの顔が恐怖…後悔…諦観へと変わり……
 …せめてリカルドだけは、と彼に覆い被さり、






 固いものを貫く音と、柔らかいものを引き裂く音。

 そして…固形物を含んだ液状のもが飛び散る音が、生々しく響き渡った。






 ヴァルターの視界は、その瞬間を目撃してしまった。

 何かを覚悟したようなネリーの顔。倒れ伏すリカルドを守るように覆い被さる、人間の大人などよりも遥かに小さな身体。


 その小さな身体に向かい、

 何の躊躇もなく四本の爪が降り下ろされ………







 ネリーの柔肌を貫く直前。
 それは横合いから飛来した白い光によって粉々に打ち砕かれ、

 粘着質なものが飛び散る耳障りな音を立てて、四散した。




 突然の事態に硬直する、一同。
 見るとヒトガタも…周囲に微かに残った蟲も一様に動きを止め、


 ………いや、あまりにもの恐気に身動きが取れず、

 とある一ヵ所を見据えていた。




 彼らの視線が集まる先は………まるで高熱に灼かれたかのような、大きく陥没した地面。

 それは……今しがた飛来した光の、着弾地点。



 地面を大きく抉り突き刺さったそれは…暗闇にあって尚存在を主張する、真っ白な姿。



 不意に、それに動きがあった。
 身を屈めていた小さな姿が、立ち上がる。

 それ自体が仄かに光を発しているかのような白い頭髪と、端から端まで白塗りの剣を持ち、その身体を純白の外套で覆った、出鱈目に白い小柄な姿。



 隠そうともせずに、その双眸に尋常ならざる殺意を湛えた…

 ノートの、姿だった。

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