勇者が救世主って誰が決めた

えう

25_野営と夜襲と及ばぬ力

 「敵だ!皆起きろ!!」

 夜も更けすっかり暗闇に染まった、街道沿いの野営地。そこでは数名が休息を取り、微かな炎の明かりに照らされていた。
 ……見張りの二名を残し、皆寝静まった頃。見張りを勤めていたうちの一名、ヴァルターが声を張り上げた。


 「………多いぞ!囲まれてる!蟲だ!!」

 一瞬で跳ね起き、僅かな時間で戦闘準備を整えたのはさすがというべきか。リカルド率いる兵士達の練度が伺える。
 「!!……クソッ!私のせい…」
 「後にしろ!今はコッチだ!!」
 剣を構え能動探知ソナーを再度放ち、唇を噛み締める。
 敵の数は決して少なく無いが、アイナリーを襲ったほどの規模ではない。せいぜい百に届いた程度。
 ……これくらいであれば。守りに徹すれば。


 「火を広げろ!固まれ!ネリー、後ろを頼む。近付く奴から狙え。無理はするな」
 「……わかった」
 「リカルド隊長!そちらの指揮を頼みます!こちらはお構い無く!」
 「心得た。……火を放て。その後迎撃編成。焦るなよ」
 リカルドの指示のもと、兵士達数名が焚火の火を広げる。彼らが手に構えたのは、燃料となる油の入った小瓶。幾つかに小分けされていたそれらに火を移し、小さな炎となったそれを周囲へと放る。暗闇が少しだけ押し退けられ、視界が少しだけ広がった。そのまま三人一組で纏まり武器を握りしめ、さして焦る様子も見せずに暗闇の先を見据えている。こんな不慮の事態でも着実な対応が出来るのは、なるほど心強い。


 しかしそれでも……三班。
 指揮官のリカルドを含めても十人。
 ……自分とネリーを含めても十二人。


 ちらと横目で盗み見るように……自分の得物を構えたネリーを窺う。

 言動から性癖から何かとエルフらしからぬ彼女であるが、その獲物もまた『一般的なエルフのイメージ』とは幾分異なっている。分類としては『ナイフ』に入るであろう、彼女が両手で逆手に構えた二振りの刃物。しかしながらそれ自体も、『一般的なナイフのイメージ』から大きく逸脱したものであった。

 まずなによりも、その禍々しい形状が目を引く。片刃でも両刃でもない。直線的な形状のそのナイフが備えるのは、三本・・の刃。切っ先方向から真っ直ぐ見ると、三本の刃は等間隔に……円を描くように配置されている。切っ先の尖った三角柱とでも言うべき形状は、しかしながら螺旋を描くようにじれている。一種の杭のような形状のそれ・・は、刃ではない平面部分に血抜きの溝が彫られており……刺し殺すことを突き詰め最適化された、禍々しい形状をしていた。

 同一の形状のナイフが二振り。
 それぞれの柄の先端を長い鋼線で繋がれ、二本で一纏めとされた得物。


 それを構える、エルフの少女。
 いつもは頼りになる彼女だが……どうやら冷静とは程遠い。



 勝てるとは思う。しかし余裕とは言いがたい。
 全員無事で切り抜けられるかと聞かれると…自信は無い。

 「それでも……やるしかないか。…来るぞ!ネリー!」
 「畜生!本当ついてねェ……!」


 とうとう『蟲』どもが動き出し……ついに戦闘が始まった。





 火種を周囲に広げたことで、蟲の接近経路はある程度絞られていた。直接の火だけではなく、どうやら熱そのものを嫌う傾向があるらしく……周囲の火による誘導効果は思いのほか高いようだ。
 加えて自分たちの……ネリーを除く全員が、金属あるいは相応の鎧を着込んでいる。いくら奴らの牙に毒があるとはいえ、直接噛まれなければどうということはない。奴らの顎が桁違いに強靭なわけでも、ましてや鋼を噛み砕けるわけでもない。
 奴らの体液に関しても同様であった。確かに毒素の強い体液ではあるが、それそのものの腐食性は然したる程ではない。何日も放置するわけでもなく、革や金属鎧を容易に蝕めるとは思えない。

 一方で防御面に僅かな不安を残すネリーに至っては、そもそも近付かれることが稀であった。人族とは違い潤沢な魔力を持つ彼女は、接近しようとする蟲を的確に狙いっていった。

 地面が爆ぜるような勢いでせり上がる。さほど頑丈ではない蟲はそれだけで、節のどこかが千切れ飛び絶命、あるいは碌な身動きが取れなくなる。
 身体の一部を失いながらも、大地の隆起をなんとか掻い潜り近づこうとした蟲には、刺し穿つことに特化したナイフが飛来し、易々と貫いていく。深々と突き立ったナイフが鋼線で引かれ、ネリーの手元へ巻き戻ると同時、もう一方のナイフがまた別の蟲を葬る。そのナイフが巻き戻ると同時にもう一方が投じられ、投擲の範囲内の蟲が死に絶えるとまたしても地面が爆ぜ起こる。その繰り返し。



 冷静に、着実に対処していけば、捌き切ることは不可能ではなかった。




 ……冷静に対処できれば、である。







 それ・・は、魔殻蟲の群れの背後から……密かに近づいていた。
 リカルド率いる兵士達、三人一組で迎撃に臨んでいた彼らのうち一班。彼らが相対する蟲達のその背後から……音も気配もなく、それ・・は近づいていた。
 会敵からしばらくの時間が経ち、周囲に投げ広げられた火の勢いも……それによる明かりも弱まり始めた頃。
 幾分頼りなくなった火種によって、控えめに照らされた範囲のちょうど外側。
 夜の闇に閉ざされた中では、肉眼での補足が不可能な距離。

 このときに勇者によって能動探知ソナーが使われていれば、あるいは異常に気付けたかもしれない。
 しかしながらそれ・・は能動探知が使われる前に……行動を開始した。


 三人一組の前衛、金属盾と直剣を持つ兵士が蟲に斬りかかったその瞬間、
 炎の照らす範囲外に居た筈のそれ・・は僅かな間で距離を詰め……剣を振り抜き一瞬無防備となった兵士、彼が異常に気付き体勢を整える前に……その首を切り裂いた。


 剣を取り落し、崩れ落ちる兵士が膝を付くと同時。弓を持った別の兵士が頭を割られ絶命する。
 そこへ来てやっと事態を把握できたもう一人…完全に間合いの内に入られた兵士が、苦し紛れに槍の柄を……防御の形に構える。しかしながらそれ・・は樫の柄を軽々と砕き折り、尻餅を付き死を悟った兵士にその爪を突き立てようと振りかざし……


 横合いから強引に割り入った純白の剣。

 その腹を打ち据えるに留まった。






 ――わずか一瞬。碌な抵抗も出来ずに二人が殺された。
 能動探知をそこまで怠っていたわけではない筈だった。それなのに気付けなかった。実際に相対するまで、こいつ・・・の異様さに気が付けなかった。
 その辺りに蠢く蟲どもと、反応はほぼ同一。しかしながら目の前のこいつ・・・は……その見た目は、明らかに異なっていた。


 「………リカルド隊長。こいつは……俺が当たります」


 勇者、ヴァルターが敵と見定めたそれ・・は……




 四本の腕を持ち、二本の脚で直立する……『人間大の蟲』とでも言うべき異形だった。





 [ギ、ギギギ、、、ギッ]


 そいつの頭部……恐らく口のあたりから、擦り合わせるような音が漏れる。

 [ユ、、ヴ、、、ジャ、、、、、ユヴジャ、、ガ、、、]
 「!?……な………喋っ、た…!?」

 人語とは到底思えない、雑音混じりの
 しかしながらそれは確かに……『勇者』と発していた。

 [ガガ、、ギガガガガ、、、オドログ、ガ、、、、ユガイ、、ダ]
 「ッ…! ……お前は、何だ・・!?」
 より一層の警戒を露わに、ヴァルターは目の前の異形を睨み付ける。未だに周囲では蟲による襲撃が収まっていない。こいつは姿かたちといい、どう見ても蟲の一味……指揮官だろう。

 頭や脚……腕など、蟲と似通う部分を多く備えながらも、その姿は『蟲』と呼ぶには明らかな異様。
 …むしろ魔殻蟲の色彩を備えた鎧姿。赤黒く不気味に光る鎧を纏った、人。そう形容したほうが近いかもしれない。


 しかしながら備える腕は、四本。
 その上、人間でいう手首から先の部分は、長大な一本の爪に集約されている。

 ……その爪の殺傷力は、先程の通りだろう。


 [ユヴジャ、バ、、、ジャマ、ダ、、、イゾギ、、ハイジョ、ゼネバ、、ナ]
 「……やってみろ」

 表情筋などあろう筈もないその顔が、嘲笑わらったように見えた。






………………



…………………………





 ……こんな筈はない。


 ………あっていい筈はない。



 決して調子を逸しているわけではない。瞬間強化マーダーも本調子だ。そもそも手を抜ける相手だとは思っていない。最初から全力だ。


 ……なのに、め切れない。


 動きはこちらの方が速い。いくら奴が素早いとはいえ、瞬間強化の速度までは付いて来れていない。
 にもかかわらず、こちらの斬撃はことごとく二本の腕で打ち払われ、それどころか二本の腕から反撃が飛んでくる。


 単純に、手数が違う。

 向こうの攻め手は四本の腕全て。対してこちらは剣が一本。
 たとえ片手で剣を振り、もう片手の拳を打ち込んだところで、奴の甲殻にはさしてダメージを与えられていない。
 有効打と成り得る、断ち切れぬものが存在し得ない白剣でさえ、刃を立てられなければ斬ることは出来ない。剣の腹を殴り払われ、あるいは刃の立たないように受け流され続けては……破格の切れ味も意味を為さない。

 ……いや、少しは意味があったとしても。刃を受け流される度に少しずつとはいえ削れていたとしても。
 それが最終的には大して意味を為さないことを、先程目にしてしまった。

 ついに受け流しきれずに斬り飛ばされた、一本の爪。しかしながら奴が腕に残った爪の残骸を自ら捨てたかと思うと、切り捨てた爪が在った部分に異様な熱が集まり出した。
 嫌な気配に攻め急ぐものの、三本の爪全てで固めた守りをついぞ崩すことが出来ず……そうしている間に、やがて爪は再生を終えてしまった。

 ……これでは仮に刃が立ち、爪を斬り捨てたとしても…行き着く先は同じだろう。



 [ギ、ガガガガ、、、、、ザンネン、、ダッダ、ナ]
 「……うるせぇよ畜生」

 耳障りな嘲笑わらい声に悪態を吐きつつも、攻め手が見当たらない。周囲は相変わらず防戦一方……いや、どうやら脚を噛まれた兵士が出てきているようだ。
 ネリーのほうは相変わらずの手際でなんとか捌いているものの……その表情は徐々に険しさを増している。


 こちらの全員が傷に倒れるのが先か。
 幾分勢いを失ったように見える焚火が立ち消えるのが先か。


 この状況で焚火に構っていられる筈が無い。
 周囲が暗闇に包まれれば、万に一つも勝機は無い。


 ……急がなければならない。



 …こいつは、自分が何とかするしかない。

 ヴァルターは必死に思考を巡らせ、勝機を手繰り寄せようと足掻く。

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