勇者が救世主って誰が決めた

えう

24_安らぎの羽毛と剣の声

 「……いや、ね?今に始まったことじゃないけどね?……心臓に悪いよ、本当」

 ギルバートがなにやらうなだれている。何か悪い報せでもあったのだろうか?さっきまで丁寧に教えてくれていた手が、急におっかなびっくりになってしまっている。


 「ぎるまーと。……だい、じょう?」
 「………あぁ。むしろ君の方が………いや、大丈夫そうだね……」
 「んん……?」
 なぜか曖昧な笑みを浮かべてしまった。…この顔は知っている、何かをごまかしたいとき…あるいは深く考えることを諦めたときの顔だ。リカルドもよく浮かべている顔だ。


 …やはり、なにかあったのだろうか?
 ……気になる。少しくらいわたしに相談してくれても良いのに。
 …………少しくらい、頼ってくれても良いのに。

 内心の不満を隠すように、腕の中に抱き止めたふわふわのそれ・・に、…柔らかな羽毛で覆われた後頭部に、顎をうずめる。
 「…ぴゅぴ……ぴちち」
 「んふぅ……」
 くすぐったそうに身をよじり、囁くシア。その抱き心地の良さと温かさは、とても安心する。アニマルセラピーとでもいうのだろうか、心がすーっと安らぐのを感じる。

 一方のギルバートはなにやら複雑そうな表情で……人鳥ハルピュイアシアを抱きすくめるわたしを見つめていた。
 ……彼もシアを抱っこしたいのだろうか?
 「…ぎるまーと。……だく。する?」
 「は……!? ……あっ、いや………いい。大丈夫だ」
 「んー……? んん」
 なぜか驚愕や唖然といった顔を浮かべたと思ったら、顔をブンブン横に振って必死に否定された。
 ……そんなに嫌がることは無いのに。
 「んいい、ぎるまーと。……つづき、おしえて」
 「………あぁ。すまない」


 気を取り直して、といった感じで……ギルバートは指導を再開してくれた。しかしながらやはり、最初のような精細さを欠いているように見える。
 ……本人が大丈夫と言い張っている以上、原因を聞き出すのは不可能なのだろう。やるせないが、あちらから頼ってきてくれるまで待たなければならない。
 相談に乗れるように、言葉を身に付けなければならない。
 「……がんばろう」
 「ぴぴゅぴ?」
 ふわふわのシアの頭を撫でながら、気合いを入れ直した。





 その後も講義は順調に進み……やがて夕食の時間となった。

 取っ捕まってからこの時間までぶっ通しで、ずっとわたしに付きっきりでお勉強だったのだ。付き合ってくれたギルバートには感謝しかない。
 「……ぎるまーと。つかれた?……あり、がと」
 「いや、礼には及ばないさ。君の上達っぷりを見るのは…なかなかに楽しい」
 「? …んん、……ねー、にわ、よなわない……? じょ、たつ…… ん、んいい  ……わから、ない」
 「焦る必要は無いさ。……ええと、大丈夫だ」
 「………んんん」
 慰められた。どうやらまだまだ知らないことばだらけのようだ。……先は長い。


 『またあした、よろしくおねがいします』

 そう伝えて、その日の講義は終了した。







 しかし翌日、
 講義が続けられることは無かった。





 ………………



 それは、その日の晩のことだった。



 ――そもそも、何故シアは帰ってきてくれたのか。


 ネリーはどうやら、朝方別れの際に泣きじゃくっていた自分を心配し、シアを寄越してくれたらしい。陸路では三日の道のりとはいえ、当然ながら空を飛べばもっと早い。ハルピュイアでありながら更に風の…飛翔の魔法を使えるシアは、ぎりぎりまでここにいて……寂しくないように一緒にいてくれるらしい。

 今でこそネリーの使い魔ではあるものの、元が魔に連なるものだからだろうか。魔王の権能が力を発揮しているのか、僅かではあるものの……彼女の思考のようなものが感じ取れるのだった。
 そうしてシアの意思をなんとなく読み取った限り、先述のような理由で尋ねてきてくれたことがわかったのであった。


 この采配には、予想外の驚きと喜びを隠しきれなかった。

 実際にシアに癒された身としては、ネリーの先見の明には頭が上がらない。すごい、さすが勇者の保護者だ。
 「……ねりー、 ありが、とう」
 極上の天然羽毛抱き枕を抱きしめ、その柔らかさと温かさを感じながら…その晩は穏やかな眠りについた。







 はず、であった。





 静けさに包まれ、自分とシアの呼気以外に動きの無い筈の、狭い室内。
 そこに……ほんの僅かに、魔力の乱れを感じた。
 自分にしか関知できないであろう、微細な乱れ。
 違和感に、思わず目を開けた。

 敵襲……ではない。これは自分にとって、馴染みのある魔力。
 ………『剣』だ。


 すぴすぴと可愛らしく寝息を立てているシアを起こさないように、寝台の横に立て掛けてある剣へと手を伸ばし……




 『……多いぞ!囲まれてる!だ!!』



 脳裏に響いた、切羽詰まった声に、
 目が醒めた。





 『敵襲』を認識し、一瞬で覚醒した頭。
 戦闘に最適化されていたそれで、高速で思考を巡らせる。

 先ほど響いた声は、勇者のもの。
 勇者が襲撃を受けた。……蟲の大群に包囲された。
 彼らが出発したのは今朝。盗み見た地図を思い起こす限り、現在地は町や集落ではない。……野営だろう。

 いったい何故。
 彼らはこれまでも幾度となく野営をこなしてきた、いわばプロの筈だ。わざわざ危険な場所で野営をするなんて考えられないし、彼らの警戒がおざなりだったとは考えにくい。

 ……今日に限って、何故。



 『後にしろ!今はコッチだ!!』
 尚も流れ込んでくる勇者の……悲鳴のような指示。




 ごく近くに動きを感じ、ふと思い至った。

 剣を取る際の動きに反応し、起こしてしまったのだろうか。もぞもぞと身じろぎし、こちらを見つめてくる人鳥の少女と、目が合った。


 ……この子だ。



 ハルピュイアの視力は、人間のそれよりも遥かに優れている。この子を眷族としているということは、ネリーはこの子の視力を使える・・・筈。……つまりはそれを、これまで索敵の要としていたのではないだろうか。

 その警戒の要を……大事なこの子をわたしのところへと寄越したばかりに。
 野営の設営前に充分な警戒が……安全確保が出来なかったのではないだろうか?




 なんて、ことだ


 また・・わたしの・・・・せいだ・・・


 『火を広げろ!固まれ!ネリー、後ろを頼む。近付く奴から狙え。無理はするな。……リカルド隊長!そちらの指揮を頼みます!こちらはお構い無く!』

 剣の向こう側……通信越し・・・・の声が、より一層慌ただしさを増す。

 告げられた名に、自分にとって大切な人の名に、
 彼らが危機を迎えている状況に、背筋が凍る。



 わたしのせいで。

 ネリーが、リカルドが、
 ついでに勇者が、危険に晒されている。





 「……ぴゅい……ぴゅい」
 「………しあ…………」
 こちらの顔を見上げ、何かを訴えるような視線を向ける……ネリーの使い魔、人鳥の少女。
 「しあ………よる、みえる……?」
 「ぴゅぴ!」
 こちらのすがるような視線に応え、任せろとばかりに大きく頷くシア。彼女の目が、にわかに輝きを帯びる。
 使い魔として魔力を分け与えられた彼女の目は、夜間といえどもその視野は健在。視界を失わないらしい。
 「……しあ、………わたしは…………ねりーのとこ、いく。 ……ちから、を……かして。 ……たす、けて」
 「ぴぴ!」

 ――任せろ。そう言ったのだと思う。
 自信に満ちた表情でこちらを見つめ、大きく頷くシア。
 丸めていた小さな体を大きく広げ、窓枠へと跳び移ると……そのまま身を翻し、闇一色の外へと飛び出した。


 既に勇者達は会敵している。急がなければならない。
 前回の……アイナリーへと駆けたときのことを思いだし、今度はちゃんと装備を整える。剣帯を胸に巻き、剣を背負い、外套を羽織る。
 ……衣類は病衣のまま、靴も簡素なものだがちゃんと履いている。今回はパンツもちゃんとはいているので、おまたをごわごわされる心配はない。奴らの体液を多少なりとも防ぐためには、下履き……いや、衣類を脱ぐわけにはいかない。

 僅か数秒で身支度を済ませ、シアの後を追って窓から飛び出した。






 宵闇に紛れ、人知れず飛び出したシアとノート。

 彼女ら二人の出奔に気付いたものは、誰も居なかった。

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