勇者が救世主って誰が決めた
21_怪我と治療と後遺症
毒……というよりは毒性の強い体液を多く浴びたためか…ノートの足裏は後遺症ともいえる症状に見舞われていた。
表面の皮膚はおろか、その下の筋繊維、一部血管や足底神経すら損傷していた、足裏。
幸いにも元々の治癒能力が高いこともあって、そこに生じていた傷は綺麗に治っていた。
……傷は、である。
損壊した部位を修復・補繕し、以前と同じ機能を取り戻すに至ったまでは、何の問題もなかったのたが。
損傷した末端神経を再生する際に、同様の損傷に備えるためか別の理由によるものなのか、そこはより高強度の………より感度の良い末端神経として、再生が為されていた。
ここ数日歩こうとする度に脚……厳密には足裏に覚えていた、違和感。
……それは、急激な補強が為されるほどまでに傷み、結果その働きを高めるに至った神経による……感覚の過敏症ともいえるものであった。
とある部屋……詰所医務室の中。
一人の少女が壁に手を添えながら、ゆっくりと歩を進めている。
「んん、………んんんん……、 ………んいい」
「大丈夫か?ほらお嬢ちゃんゆっくり、ゆっくりでいいから」
「んいい……んいい………」
「よーしよしよし、よく頑張ったな。えらいぞーえらいぞー」
明るい水色の髪をもつ少女が、自分よりも更に小さな白い少女を抱き止め、その頭を撫で回す。
足裏からの過剰な刺激に耐えるため、裸足での歩行訓練に臨むノートと、ネリー。ノートは思うように捗らない結果と、他人を付き合わせてしまっている負い目からか、浮かない顔をしていたが………とうのネリー本人に至ってはむしろ望むところとばかりに、むしろ嬉々としてこの役割を買って出ていた。
(こんな可愛い子に頼られるとかマジ役得だろ……)
もとより可愛いもの好き、特に小さく可愛い女の子にひときわ目がないエルフの少女は、心の底から幸せを噛み締めていた。
「……んんん。 ………んううう」
「まだ痛むか?へんな感じする?」
「んんう………へん、かんじ………むずむず」
「………そっか……かぁいそうになぁ」
「……んー……んん?」
足裏からの刺激に耐えながら、小首をかしげる少女。…その可愛らしさといじらしさに、ネリーは思わず骨抜きとなっていた。
「……靴履いてればまだマシなのか……?それともやっぱ慣らすしかないのか…?」
自分は直接目にしたわけではないが、勇者曰くこの子はかなり強いらしい。鋭い踏み込みからの急加速も、着地時の見事な制動も、見た目にそぐわぬ破壊力を秘めた蹴りも、すべてこの足が賄っているものだ。
それを………当然のように使えていた『それら』が、思うように使えなくなってしまったとしたら。そのストレスは、想像を絶するものとなるだろう。
「戦うな、ってのも酷な話だろうからなー…… お前は守られるよりも守りたい側の人間だもんなぁー……」
「んん……? まも、る? ねりー、まもる?」
「……大丈夫大丈夫。気にすんな」
「ん………んふ、…んんん」
……とりあえずは、この小さな足に丁度良い履き物……できればそのまま戦闘に耐えうる物を見繕ってやろう。それでこの子が少しでも楽になるのなら。
ネリーは、密かに決心した。
「――――――」
「……? んい……?」
不意に、ノートが顔を上げた。その視線は窓の外を……そこにいる何者かの気配を探るように。
「………マジか。コレも聞こえんのか………お嬢ちゃん本当何者なんだか」
ノートに負担を掛けないようゆっくりと立ち上がりながら、苦笑するネリー。そのまま窓辺へと向かい、窓を大きく開け放つ。
「……お嬢ちゃんなら、紹介しても良いか。……おいで」
ノートを一瞥し、ネリーが窓の外へと……何かを呼ぶように声を掛けると……
大きな影が、窓から飛び込んできた。
「……ふあ、…………ふわああ」
「ごめんな、さすがにびっくりさせたか?」
先程まで、ノートのつかまり歩き訓練が行われていた、医務室。そこには今、三つの人影があった。
……いや、人影と言うには語弊があるだろうか。
三つのうち一つの影は、人型とは似て非なるものであった。
小柄な体躯と細い腰、そして小さく実った胸。耳はネリー同様に長く、やや下向きに伸びている。
腰から下、腰骨を起点としてふっくらとしたフォルムの、ボリュームのある太股。それに反して膝から下はひときわ細く…………その先端には、畳まれた鈎爪が備わっていた。
そして……人型とは明らかに違う、その両腕と尾。
そこは、心なしかネリーの髪に近い色……鮮やかな青緑寄りの水色に染められた、
――豊かな羽毛を纏っていた。
「ノート、紹介しよう。私の使い魔にして精霊にして半身にして………友達」
その姿は半人半鳥。一般には魔獣に分類され、人に害を為し、ときに人を喰らい、そのため駆除対象とされる『掠める者』。
「人鳥セイジ。……シアだ。よろしくな」
ノートと同じくらい小さく軽い身体を器用に纏め、お行儀よく座る人鳥の少女――シア。
穏やかそうな垂れ目を笑みの形に変え…
「ぴゅい」と一言、可愛らしく囁いた。
魔力の秀でた者は、時として自分以外の生命を『眷族』として用いることがある。
対象となる生命体に自らの魔力を込めた媒介となるもの……多くの場合、術者の血液を与え、対象物に魔術的な拘束や契約文書を刻み込むことで、自らの眷族……使い魔とする。
眷族化の対象となるものは幅広く、極端な話『意思を持ち』『使役契約に同意がなされる』のであれば、どのような対象に対しても術式を施すことは可能である。
過去には、魔術でもって擬似的な生命と意思を付与された土人形を眷族化した、荒業ともいえる稀有な事例も存在する。
犬や鴉、蝙蝠などといった動物を始めとして、比較的穏やかな魔物が用いられることが多く、人類と敵対しているような魔物・魔獣の類いと契約を交わすことは、極めて稀である。
契約魔術の詠唱中は極めて無防備であることと、害意のある相手と使役契約を結んでしまった場合、魔力を根こそぎ吸い尽くされる危険があるためである。
ネリーの友達シアは、その稀とされるケースのひとつであった。
知識を司る家系に生を受け、その名を冠されながらも、エルフにしては異常なほど活発であったネリーは、幼少期にまだ雛であったシアと出会った。
方や、人鳥が人に仇なす危険なものだと、狩るべきものと教え込まれる前の、幼いエルフ。
方や、親鳥と早くに死に別れ、目の前の子どもが捕食対象だという認識のない、人鳥の雛。
始めは興味本意だった秘めやかな交流が、徐々に互いにとって大切なものとなっていき……いつしか眷族契約となるまで、あまり時間は掛からなかった。
万が一、シアのことが他のエルフに露見したら……この子は間違いなく駆除される。
そう思い至ったら、そこからは早かった。
結果としてネリーはシアとの繋がりを得、代わりに集落を去ることとなったものの……彼女は微塵も後悔していなかった。
今目の前では……
愛しの人鳥シアと、麗しの天使ノートが、幸せそうに抱き合っていた。
親の温もりを殆ど知らなかったシアは、基本的に甘えん坊だ。抱きつかれると安心するらしく、ことあるごとに抱っこをせがんてくる。くっそ可愛い。
それでいてその小さな身体はふわふわで温かく、翼となった腕や腰回りを覆う柔らかな羽毛、そして整った尾羽の手触りは格別で、抱き心地は至高である。自分以外誰一人として味わったことのなかったそれを堪能し、ノートは溶けきった表情を見せている。……くっそ可愛い。
「ぴゅぴ、ぴゅいっ」
「あ、あふ………ふわふわ…」
「………たまんねえ。ここが天国か」
好きな子と好きな子が抱き合う。その様子を眺める愉悦。
一般的なエルフとはかけ離れた気性をもつネリーは、その趣向も一般的なエルフとは……少しだけ、かけ離れていた。
「…………はぁー……マジ最っ高」
三者三様の至福の時間は、食事の時間を告げに尋ねてきた勇者が、三者三様の理不尽な怒りをぶつけられるまで続いた。
表面の皮膚はおろか、その下の筋繊維、一部血管や足底神経すら損傷していた、足裏。
幸いにも元々の治癒能力が高いこともあって、そこに生じていた傷は綺麗に治っていた。
……傷は、である。
損壊した部位を修復・補繕し、以前と同じ機能を取り戻すに至ったまでは、何の問題もなかったのたが。
損傷した末端神経を再生する際に、同様の損傷に備えるためか別の理由によるものなのか、そこはより高強度の………より感度の良い末端神経として、再生が為されていた。
ここ数日歩こうとする度に脚……厳密には足裏に覚えていた、違和感。
……それは、急激な補強が為されるほどまでに傷み、結果その働きを高めるに至った神経による……感覚の過敏症ともいえるものであった。
とある部屋……詰所医務室の中。
一人の少女が壁に手を添えながら、ゆっくりと歩を進めている。
「んん、………んんんん……、 ………んいい」
「大丈夫か?ほらお嬢ちゃんゆっくり、ゆっくりでいいから」
「んいい……んいい………」
「よーしよしよし、よく頑張ったな。えらいぞーえらいぞー」
明るい水色の髪をもつ少女が、自分よりも更に小さな白い少女を抱き止め、その頭を撫で回す。
足裏からの過剰な刺激に耐えるため、裸足での歩行訓練に臨むノートと、ネリー。ノートは思うように捗らない結果と、他人を付き合わせてしまっている負い目からか、浮かない顔をしていたが………とうのネリー本人に至ってはむしろ望むところとばかりに、むしろ嬉々としてこの役割を買って出ていた。
(こんな可愛い子に頼られるとかマジ役得だろ……)
もとより可愛いもの好き、特に小さく可愛い女の子にひときわ目がないエルフの少女は、心の底から幸せを噛み締めていた。
「……んんん。 ………んううう」
「まだ痛むか?へんな感じする?」
「んんう………へん、かんじ………むずむず」
「………そっか……かぁいそうになぁ」
「……んー……んん?」
足裏からの刺激に耐えながら、小首をかしげる少女。…その可愛らしさといじらしさに、ネリーは思わず骨抜きとなっていた。
「……靴履いてればまだマシなのか……?それともやっぱ慣らすしかないのか…?」
自分は直接目にしたわけではないが、勇者曰くこの子はかなり強いらしい。鋭い踏み込みからの急加速も、着地時の見事な制動も、見た目にそぐわぬ破壊力を秘めた蹴りも、すべてこの足が賄っているものだ。
それを………当然のように使えていた『それら』が、思うように使えなくなってしまったとしたら。そのストレスは、想像を絶するものとなるだろう。
「戦うな、ってのも酷な話だろうからなー…… お前は守られるよりも守りたい側の人間だもんなぁー……」
「んん……? まも、る? ねりー、まもる?」
「……大丈夫大丈夫。気にすんな」
「ん………んふ、…んんん」
……とりあえずは、この小さな足に丁度良い履き物……できればそのまま戦闘に耐えうる物を見繕ってやろう。それでこの子が少しでも楽になるのなら。
ネリーは、密かに決心した。
「――――――」
「……? んい……?」
不意に、ノートが顔を上げた。その視線は窓の外を……そこにいる何者かの気配を探るように。
「………マジか。コレも聞こえんのか………お嬢ちゃん本当何者なんだか」
ノートに負担を掛けないようゆっくりと立ち上がりながら、苦笑するネリー。そのまま窓辺へと向かい、窓を大きく開け放つ。
「……お嬢ちゃんなら、紹介しても良いか。……おいで」
ノートを一瞥し、ネリーが窓の外へと……何かを呼ぶように声を掛けると……
大きな影が、窓から飛び込んできた。
「……ふあ、…………ふわああ」
「ごめんな、さすがにびっくりさせたか?」
先程まで、ノートのつかまり歩き訓練が行われていた、医務室。そこには今、三つの人影があった。
……いや、人影と言うには語弊があるだろうか。
三つのうち一つの影は、人型とは似て非なるものであった。
小柄な体躯と細い腰、そして小さく実った胸。耳はネリー同様に長く、やや下向きに伸びている。
腰から下、腰骨を起点としてふっくらとしたフォルムの、ボリュームのある太股。それに反して膝から下はひときわ細く…………その先端には、畳まれた鈎爪が備わっていた。
そして……人型とは明らかに違う、その両腕と尾。
そこは、心なしかネリーの髪に近い色……鮮やかな青緑寄りの水色に染められた、
――豊かな羽毛を纏っていた。
「ノート、紹介しよう。私の使い魔にして精霊にして半身にして………友達」
その姿は半人半鳥。一般には魔獣に分類され、人に害を為し、ときに人を喰らい、そのため駆除対象とされる『掠める者』。
「人鳥セイジ。……シアだ。よろしくな」
ノートと同じくらい小さく軽い身体を器用に纏め、お行儀よく座る人鳥の少女――シア。
穏やかそうな垂れ目を笑みの形に変え…
「ぴゅい」と一言、可愛らしく囁いた。
魔力の秀でた者は、時として自分以外の生命を『眷族』として用いることがある。
対象となる生命体に自らの魔力を込めた媒介となるもの……多くの場合、術者の血液を与え、対象物に魔術的な拘束や契約文書を刻み込むことで、自らの眷族……使い魔とする。
眷族化の対象となるものは幅広く、極端な話『意思を持ち』『使役契約に同意がなされる』のであれば、どのような対象に対しても術式を施すことは可能である。
過去には、魔術でもって擬似的な生命と意思を付与された土人形を眷族化した、荒業ともいえる稀有な事例も存在する。
犬や鴉、蝙蝠などといった動物を始めとして、比較的穏やかな魔物が用いられることが多く、人類と敵対しているような魔物・魔獣の類いと契約を交わすことは、極めて稀である。
契約魔術の詠唱中は極めて無防備であることと、害意のある相手と使役契約を結んでしまった場合、魔力を根こそぎ吸い尽くされる危険があるためである。
ネリーの友達シアは、その稀とされるケースのひとつであった。
知識を司る家系に生を受け、その名を冠されながらも、エルフにしては異常なほど活発であったネリーは、幼少期にまだ雛であったシアと出会った。
方や、人鳥が人に仇なす危険なものだと、狩るべきものと教え込まれる前の、幼いエルフ。
方や、親鳥と早くに死に別れ、目の前の子どもが捕食対象だという認識のない、人鳥の雛。
始めは興味本意だった秘めやかな交流が、徐々に互いにとって大切なものとなっていき……いつしか眷族契約となるまで、あまり時間は掛からなかった。
万が一、シアのことが他のエルフに露見したら……この子は間違いなく駆除される。
そう思い至ったら、そこからは早かった。
結果としてネリーはシアとの繋がりを得、代わりに集落を去ることとなったものの……彼女は微塵も後悔していなかった。
今目の前では……
愛しの人鳥シアと、麗しの天使ノートが、幸せそうに抱き合っていた。
親の温もりを殆ど知らなかったシアは、基本的に甘えん坊だ。抱きつかれると安心するらしく、ことあるごとに抱っこをせがんてくる。くっそ可愛い。
それでいてその小さな身体はふわふわで温かく、翼となった腕や腰回りを覆う柔らかな羽毛、そして整った尾羽の手触りは格別で、抱き心地は至高である。自分以外誰一人として味わったことのなかったそれを堪能し、ノートは溶けきった表情を見せている。……くっそ可愛い。
「ぴゅぴ、ぴゅいっ」
「あ、あふ………ふわふわ…」
「………たまんねえ。ここが天国か」
好きな子と好きな子が抱き合う。その様子を眺める愉悦。
一般的なエルフとはかけ離れた気性をもつネリーは、その趣向も一般的なエルフとは……少しだけ、かけ離れていた。
「…………はぁー……マジ最っ高」
三者三様の至福の時間は、食事の時間を告げに尋ねてきた勇者が、三者三様の理不尽な怒りをぶつけられるまで続いた。
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