勇者が救世主って誰が決めた

えう

20_勇者と兵士と害意の温床

 中央に巨大な机、そしてこれまた巨大な地図が置かれた、とある会議室。地図に示されているのはこの街……アイナリーを中心とした、広大な大地である。

 東は護岸高地を挟んで巨大湖、中央の小島を越えやがては対岸、更には池向こうの平地、……そして海。
 一方西は、アイナリーの位置する平地がしばらく広がり、その先に突然立ち上がる……山。そして山。更には、山。その向こうにやっと青色の広がりが……海が、見てとれる。
 同様に南北方向へも広がりを見せてはいるが、そちらは地図の中で陸地が途切れることはなく、大地は更に外へと広がりを見せている。

 会議室に介する、幾人かの人々。彼らは現在アイナリーにおいて武に携わる者たち……兵士であり、またほかの兵士達を束ねる立場にある、数名の小隊長であった。


 「王都を出るときに聞いた限りでは……ボーラ廃坑からの定期連絡が途絶えているという」
 会議室にあって兵士達とは違う装いの人物が、指示棒で地図上を、アイナリーの街から西方の山岳地帯を指し示す。
 「最後に連絡が届いたのが……ひと月と少し前。その後すぐに…ちょうど例の魔力反応……『魔王の目醒め』があった直後から、連絡が途絶している」
 指示棒が山岳地帯のある一点を……街道から奥まった位置にあり利便性が悪く、更には産出していた鉱石が枯渇し、トドメに街道近くに大きな鉱脈を備える新たな鉱山が見つかったことで打ち捨てられた、廃鉱山……ボーラ廃坑を捉えた。
 「……先日アイナリーを襲撃したという魔殻蟲。奴等の出現方向とも一致していることから………ボーラ廃坑に、奴等の手掛かりがあると考えている」



 彼らが会議しているのは、勇者がこの街を訪れた理由であり、同時に先日の襲撃事件の原因究明の一環でもある、魔物の動向についてであった。

 到着直後に決して小さくない騒動があったものの、こうして情報の共有、ならびに肩を並べての対策会議の場が持たれるくらいには、幸いなことに勇者の評価は回復していた。

 不機嫌そうな顔をしながらも、まんざらでもない様子であれこれ指示を出す白い少女と、少女をその背に背負い、その足となり外出の補助を買って出た勇者。
 微笑ましくもあるその光景は、彼の印象を回復させるのには、充分すぎる効果を果たしていた。




 「そこで。………申し訳ないのですが、皆様に力を貸して戴きたい」
 勇者が周囲一同を見回し、改まって切り出した。
 「こちらの偵察の結果……廃坑より南西の町『オーテル』は蟲による襲撃を受けておらず、兵員たちも防御施設も健在だということが判明した」
 勇者の報告に、兵員一同がにわかにざわめく。鍛冶の町オーテルは、アイナリーよりも圧倒的にボーラ廃坑に近い。魔殻蟲の巣が廃坑だと仮定するなら、真っ先に襲撃を受けてもおかしくない筈。そう考えだ兵士は、少なくなかったのだろう。

 「勇者殿。……貴殿の言う『偵察』を疑うわけでは無いのだが……オーテルが無傷だというのは、俄に信じ難い」
 兵士達を代表するかのように、ある中隊長が勇者に対し疑問を投げ掛けた。
 それは決して『気にくわない』『付き合いたくない』など負の感情から来るものではなく、単純な疑問。勇者を仲間と認めているからこその、情報提示を求める意思の表れでもあった。

 「それについては、取り敢えずの説明は出来よう」
 その疑問に対しての回答を、龍眼の宮廷魔導師…ディエゴが買って出た。
 「オーテルは鍛冶の町と言われるだけあってな、町中各所に高温の炉が起きている。加えてあの一帯は、活火山の地熱により気温も高く、時たま高温の蒸気が吹き出ている。……炎を嫌う魔殻蟲共だ、煙や熱を避けたがっても不思議ではないように思う」
 納得したような声が各所から漏れ出た。
 先の襲撃の際にも、進路上の地面を炎で塞ぐことで、奴等の誘導に成功していた。やはり所詮は蟲、熱には弱いということか。

 「宜しいだろうか。俺……すみません、私としては、仮にボーラ廃坑が蟲の温床であり、その討滅に臨む際……オーテルを攻略の拠点としたいと、考えております」
 アイナリーからボーラ廃坑までは、丸二日は掛かる。一方のオーテルからは、一日もあれば到達できる距離。
 廃坑の沈静化が一朝一夕では片付かない以上、近くの町を拠点とした方が、あらゆる点で効率が良いのは確かだろう。


 「つきましては大変申し訳ないのですが、オーテル守衛隊との橋渡しと、…………その、道中の案内をお願いしたく」
 「度々すまない、勇者殿。貴殿の口ぶりからすると……魔殻蟲どもの駆除へは御一人で向かう、というように聞こえるが……」
 「ええ、そのつもりです」
 「私も入れろ馬鹿。二人だ」
 さも当然、といった様子で、勇者とエルフの少女が応える。

 「アイナリー守衛隊の方々は、先日の防衛戦で少なからず被害を受けたと聞いています。もとより安全とは言い難い、皆様を要らぬ危険に晒すわけには」
 「お言葉ですが」
 勇者の言葉を遮り、また別の小隊長が口を開く。
 ……その顔に浮かぶのは、苦渋。

 「……我々は先日の防衛戦の折、一人のか弱い少女に全てを押し付け……結果、勝利を手にしたのです。……彼女に死の淵をさ迷わせておきながら、自分達は勝利を謳歌するだけ。……そんな情けない真似が出来ましょうか」
 彼の言葉に同意するように、周囲の小隊長たちは頷く。
 「奴等に一矢報いる機会があるのなら、是非我々にも機をお与え下さい…!雑兵を引き付けるくらいは出来ましょう!」
 「後方支援でも構いません!ただじっとしているなど……我慢なりません!」
 彼らの脳裏には、瀕死の重傷で担ぎ込まれた少女が……彼らの救世主の姿が、思い起こされていた。本来守るべき対象である、小さな少女。彼女に守られてばかりで、自分達は何もせず静観するなど……民を守る誇り高い守衛隊士として、到底納得できる筈もなかった。

 「心構えは立派だが、未だ時期尚早であろう。先ずはオーテルとの連携を図り、廃坑の調査。……然る後に駆除作戦となろう。……その際勇者殿には、是非ともお声掛けを戴きたいものだがな」
 ディエゴの声に、力強く頷く小隊長達。


 その様子を見せられては、勇者も考えを改めざるを得なかった。








 今後の方向性も定まり、会議が解散となった。


 そして、昼どきの街中。

 この時間のアイナリーは、王都もかくやという程の活気を見せている。多種多様、見た目も香りも様々な品々を扱う出店が、最も活気付く時間帯なのであった。


 そんな喧騒の中、ひときわ多くの人の集まる区画があった。
 ……いや、その集まりの中心は僅ながら移動している……とある人であった。
 …………いや、その多くの人の中心に居る人物は………背負い背負われた、二人の人であった。


 「ある。おにく、たべて」
 「……ああ、ありがとう……ご主人様」
 「………ふん」
 白い剣を提げた、茶み掛かった黒髪の青年ヴァルターと、何故か白い剣を背負い、勇者の背中におぶさった少女、ノート。
 勇者様と、その背に乗った天使ちゃん。
 アイナリーの人々にとって、今もっとも話題の取り合わせであった。

 「天使ちゃん、お肉おいしくなかった?」
 「おいし、かった! すごく、おいしい。 ありがとう」
 「あら、よかった……!こちらこそありがとうね!」
 「天使ちゃんこっちもどうぞ!焼きたてのお魚よ!」
 「んいい、あり、がとう!」




 ――勇者のカネで買い食いしてくるといい。


 エルフの少女、ネリーの薦めに従い、先日不本意な形で手にいれた下僕・・、ヴァルターと共に街へと繰り出したものの……何故か屋台で食べ物を買おうと、…勇者に買わせようとしても、お金を受け取ってくれない。それどころか、あとからあとから食べものを貰ってしまう。


 ……何故だ。
 このままでは勇者のおこづかいに、少しもダメージを与えられないではないか。

 それに食べものをいっぱい貰っても……この小さい身体の小さいおなかは、あまり多くの量を受け入れてくれない。せっかくもらった食べものを残すのは、流儀に反する。
 ……仕方がないので、勇者に押し付ける。


 『のこしちゃ、だめ。……せっかく、もらった、おにく』
 「はいはい。……………ん。…んん。うまい。やっぱこれくらい濃い味が好きだな、『肉食ってる』って感じする」
 「やーだー嬉しいわもー!!勇者さまもありがとうね!」
 『……ちょうし、に、……のるな』
 「………ははは」




 ディエゴに教わった、言葉。
 それを使って街の人たちに釈明したら、………なぜか勇者が下僕になった。


 わたしが勇者に襲われたのではないと説明するため、ディエゴに教えを乞うた、言葉。



 『敵対していない』『でも仲間ではない』『わたしに従う』存在、それをわかりやすく表す言葉を教えてくれ。


 そうして教わった言葉が、『下僕』。




 ……だって。ネリーが『何でも言いつけてやれ』って言ったから。従わせるって言ったから。勇者はわたしの脅威ではない、って説明するのには、ちょうどいいって思ったから。


 ……勇者も勇者だ。あんなに多くの人の目の前で下僕呼ばわりされたのに、「君がそれを望むなら」とか気障きざったらしいせりふで受け入れやがって。
 ……おかげで間違いに気がついたときには、既にアイナリーじゅうに広まっていた。引っ込みも訂正もできなくなったじゃないか。


 ……そもそも、ディエゴがぜんぶわるい。なにが『なるほど、下僕というやつか?』だ、テキトーなこと教えやがって。妨害魔法どんどこ掛けやがって。きもちわるいこといっぱいされたってケリィさんにバラしてやる。しね。はげろ。



 思い出したら腹が立ってきた。

 ……しかし苛立ちを紛らわせるように口に含んだ焼きたての川魚は、そんなイライラを吹き飛ばすほどに……美味だった。
 ほんのりと塩気を帯びた皮目がぱりぱりに炙られ、とても香ばしかった。その下から顔を出した、程よく火が通った白い身も、ふっくらとした口当たりとほどけるような食感、そして塩気とともに確かに感じる、魚のうま味。………とても、おいしい。


 おいしいものを食べると、自然と幸せな気持ちになる。

 周りのひとがこちらを見て、なにも食べてないのになぜか幸せそうな顔になっている気がするけど……そんなことよりもお魚が美味しかった。


 「…………おいしい……」
 「ご主人様大丈夫か?全部食べきれる?」
 『……だまれ、ばか。ばーか、ばーか。あるたー、ばーか』
 「…………はは」




 ……食べきれないので、勇者に押し付けた。

 ……人の心を読む勇者にロクなやつはいない。





 「まったく……微笑ましいわねぇ……」
 「一時はどうなるかと思ったけど……あんなに仲良さげに」
 「見てるだけでこっちが幸せだわ……」

 ノートのみ殺伐とした一連のやり取りは、周囲の人々に届くことはなかった。



 アイナリーのお昼どき。
 人々は、お裾分けされた幸せに浸っていた。

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