勇者が救世主って誰が決めた

えう

17_殺意と狂気と大喧嘩

 軍用施設は、その役割から広い土地を与えられているものが多い。
 特に湖南砦の管轄となる地域は、度々派兵されてくる砦からの人員を収容するため、平時の収容人数よりも数段余裕をもって造られていた。

 アイナリー兵員詰所、敷地正面門をくぐってすぐ左手に広がる練兵場も、その一つである。


 普段は歩兵の陣形修練や基礎体力訓練等、さらには出撃前の招集や街の催し物など、多岐に渡って様々な形で活用される、広い更地。



 そこは今、只ならぬ雰囲気に支配されていた。


 同形状の、純白の剣を構えた二人の人物が、張り詰めた緊張感のもと、相対していたのだ。


 方や、端正な顔を険しげに歪めた、やや細身ながらも鍛え上げられた身体をもつ、長身の青年。
 方や、青年とはあゆる点で逆の容姿をもった、虚空を見据えるかのような虚ろさ漂う、小柄な少女。


 二つの人影が、先程から断続的に衝突を繰り返している。
 鋭く打ち込まれる剣撃を、的確に捌き、払い、打ち返す様は、見ようによっては極めてレベルの高い剣闘試合のようにも見える。しかしながら当人……とくに長身の青年、『勇者』にとってはまさに命懸けであるのだが……どこか目を逸らしがたい、えも知れぬ魅力に満ちているようであった。



 「……ッ!くそッ! どうしてこんなこと・・・・・に……!」
 幾度目かの少女の突撃を凌ぎ、押し返し、勇者は苦々しげに呟きを漏らした。……どうしても何も、原因は解っていた。
 自分が、無遠慮にも少女の心を踏み荒らしたからに他ならなかった。



 最初は、能動探知ソナーで捉えた『人族にはあり得ない魔力反応』に懸念をもって、確認に向かうだけの筈だった。向かった先は王国の兵員施設であり、また自分は国王から直々に身分保証がなされている立場であり、確認はすぐに済む筈だった。

 …しかしながら、尋ねた相手と尋ね方が悪かった。
 「魔力の強い者に心当たりはあるか」と尋ねた相手はまさに心当たりがあった様子で、明らかに狼狽え出し、それどころか何かを隠そうとしている様子。同僚と思しき男性兵士も加わり、芽生えていた不安は、いつの間にか不審に変わってしまった。

 彼らの視線の先……扉を開けた先に居たのは、まさに能動探知ソナーに掛かっていた反応…『魔族』の男性と、……まだ小さな女の子。


 なるほど、このようなか弱い……しかし膨大な魔力を秘めた子であれば、庇おうとするのは何ら可笑しなことでも無かった。
 しかしながら、そこへきて少女から発せられた正体不明の悪寒に……危機管理を叩き込まれた体は、

 速やかに、最悪な反応を示してしまった。



 あとは、この通りだ。

 とりあえず周囲の被害を避けようと、開けた場所へ出てきたは良いが……彼女をどうにかして鎮めなければ…近いうち碌な結果に終わらないだろうことは、目に見えていた。



 「すまない……!俺の対応に問題があったことは、心から謝罪する!…頼むから剣を下げてくれ!」

 言葉を投げてみるが、反応を期待していたわけでは無かった。……兵士曰く、彼女は我々の言葉が通じないらしい。意思の疎通すら封じられ、心の許せる相手が殆ど居ない場で。ただ『魔力が強い』というだけで押し掛けられ、疑われ、抜剣姿勢を見せつけられては………不安感が爆発してしまったとしても、責めることなど出来ない。

 「君の心を考えずに、本当に失礼極まりないことをした……。 どうか…どうか止まってくれ!!」
 言葉は、通じない。
 それでも祈るように、念じるように、届くようにと……叫んだ。……そのとき



 『うる……さい。……ゆうしゃは………てき』


 少女の、年相応に可愛らしい……それでいて底冷えするような声が、に響いた。

 『ゆうしゃ、……そんざい、ゆるされ、ない。………みんな…まもら、ないと。 ……ころ、される。みんな。ゆうしゃ、に。 ……ゆうしゃ、が……いる、から………!』

 言葉を終えるや否や、足元の地面を弾け飛ばしながら、少女が突っ込んでくる。正眼に構えられたを降りおろし、脳天から叩き割らんばかりの一撃が振り下ろされる。彼女の打撃に合わせて剣を振り抜き、横合いから彼女の鞘に剣をぶち当てる。軌道を逸らされた鞘は足元の地面を吹き飛ばし、巻き上げられた砂礫が脚を襲う。距離を稼ごうと脚を蹴り出すと、…予想通り、地面に刺さっていた筈の鞘をいつの間にか引き戻し、渾身の蹴りはあっさりと鞘で防がれ、衝撃音が響き渡る。

 彼女の運動能力は、舌を巻く他なかった。勢いよく吹き飛ばされた筈の彼女は、空中で一回、二回と身体を捻ると、何事もなかったかのように、軽やかに着地した。
 ……しかしながら、その内心は大荒れのようだった。頭の中に響く彼女の悲鳴が、慟哭が、沸き上がるように続いている。

 『もう…! いやだ! うしなう、のは……! しな、せる、のは…! ゆうしゃ、が…! いなければ………!!』
 構えを解かず、一瞬だけ感覚強化エクステンドを用いて、彼女の表情を窺うと……その顔は、見るに耐えない………くしゃくしゃに、泣き腫らしたかのような……家族を奪われた幼子そのものといった表情をしていた。

 『まもら、ないと…………こんどこそ! ……こんど、こそ!』

 ……そして、理解してしまった。



 かつて自分がまだ少年だった頃。リーベルタ王国の、栄えある勇者となるために、勉学に励んでいた頃。とある話を聞いたことがあった。
 それは先代の勇者……いや、勇者の称号を盾に私利私欲の限りを尽くした……勇者と呼ぶも烏滸おこががましい、大罪人について。
 最期は業を煮やした王の手により剣を取り上げられ、隷属の魔道具を施され、半ば処刑のような形で『島』調査隊へと無理矢理編入され、そのまま消息を絶ったというが……

 彼女は………その悪逆の『勇者』の手によって……『家族』を、奪われたのか。
 そう考えると、納得してしまえる気がした。



 ……彼女の怒りは、嘆きは、俺が受けて当然のもの…だろう。


 王都を発ってからここまで、『勇者』という肩書きのお陰で…何処へ行っても盛大な歓待を受けた。
 自分が期待されていることを嬉しく思う一方で………心のどこかでは少なからず調子に乗っていた部分も、確かにあったのだ。

 その自惚れが、慢心が、……あろうことか『勇者』に家族を奪われ、傷付いた少女を更に追い詰めたのだ。弁解の余地はない。



 涙で濁った半眼でこちらを見据え、少女が身を屈める。……恐らくは、次の攻撃を繰り出すために。
 ……彼女は、恐ろしく強い。豊富な魔力を身体強化に注ぎ込み、明らかに…ともすると自分よりも戦い慣れした体捌きで、一撃一撃を繰り出して来る。

 その魔力量こそ異様ではあるが、
 見た目こそ人間離れしているが、

 しかしながらその戦い方は魔族のそれ・・ではなく、色合いこそ人族らしからぬ容姿だが、その造形は明らかに人族の……自分が守らなければならない者たちのもの。



 ………責任、か。



 ついに、少女が地を蹴り飛び出す。そのことを強化された知覚で捉えると……剣を下げ構えを解く。
 分散させて展開していた魔力を全て纏め、外装硬化リジットに回す。次は避けるつもりは無い。……恐らくは死なないが、損傷のほどは正直どうなるか解らない。

 ただ甘んじて、一撃を受けようと思っていた。



 強化補助を失った感覚の中、文字通り一瞬で距離が詰まる。


 大上段に構えられた鞘ごとの白剣が、こちらの肩口へと狙いを定め、

 人体の限界を越えた、想像を絶する速度で振り下ろされ……









 その軌道が不自然に捻じ曲げられ、

 地面が、盛大に爆ぜた。





 衝撃に軽々と土の上を転がり、剣を支えに立ち上がる。
 直後。巻き上がる砂埃を突き抜け…

 目の前に、彼女が現れる。


 彼女は勢いそのまま、肩からぶつかってこちらを突き飛ばし、器用にその上へと着地した。……丁度、仰向けに転がるこちらの両肩を、小さな両膝で押さえ付けた形である。


 ……影になったその表情は先程に比べると、心なしか落ち着いたようにも感じられる。



 『……なん、で、……よけない』

 先程と同じく、頭の中へ直接響く問い掛け。
 ……その口調からは、やはり理性が勝っているようにも思える。今ならば、言葉が届くかもしれない。

 「無礼を、働いたのは……此方だ。 ……君を…こんなにも……怖がらせてしまった」
 『…………だから? ……しぬ、つもり?』
 「…正直、死にたくはないがな」
 厳密に言うと、怪我で済めば……くらいには考えていたのだが。一発貰おうと考えていたことは、違いない。


 『ぼく、は……』
 彼女は一瞬口をつぐみ、顔を歪める。
 そのまま…未だ剣を握り締める右手とは逆の手で顔を覆い、食い縛った口許から苦悶の声を漏らす。

 …………暫しの後。彼女はゆっくりと頷くと、言い直す。
 『わたし・・・、は……あなたを………ころそうとした』
 今にも消え入りそうな、震える声。中途半端に覆われた顔から溢れ落ちるのは……涙。
 「……そもそも、原因は…俺だ」
 『ちがう。 わたし、は……わたしを、おさえる…できなかった。 ……わたしが、よわかった、から』
 彼女の左手が解かれる。幼いながらも整った……しかし今は陰りを見せた顔が、こちらを見据える。
 ……その視線に、思わず脈が上がる。
 「……いや、その」
 『ちがう、って…わかってた、のに。 あなたは、……わるく、ない、のに。 ……それなのに………ころ、そうと』
 俯き、髪に光を遮られ陰った彼女の顔が、更に陰りを見せる。その目元にあふれた滴は、あとからあとからこぼれ落ちる。


 『ごめん……なさい』

 ついに、それまで固く握り締められていた彼女の手から……白剣が落ちる。
 ……助かった、と思う間もなく、彼女は空いた両手で顔を覆い……背を丸め俯き、めそめそと泣き出してしまった。

 ……胸の上に、馬乗りになったまま。


 「……えす、と…みーぅ。 えすと、みー、ぅ… ………えす、と…みーぅ」
 我々のものとは確かに異なる……彼女本来の『言葉』で、
 彼女は泣きながら……謝り続けた。


 つい先程は獅子奮迅の如き殺陣を見せたと思ったら……今はこんなにも儚く、弱々しい。
 …この不安定に揺れ動く彼女は、いったい何者なのだろうか。

 今代の『勇者』……ヴァルター・アーラースの胸中に、彼女に対する興味が芽生え始めていた。

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