勇者が救世主って誰が決めた

えう

14_勇者の剣と朝ごはん

 白を基調としながらも、随所に散りばめられた金の装飾により、見るものにひときわ華美な印象を与える空間。

 そこに集うのは、自らの富を、誉れを顕示するかのように、豪奢な衣装を身に纏った者達。


 彼ら彼女ら人々の視線は、二人の人物へと注がれていた。



 「……アイナリーの街が、魔殻蟲の大群に襲われた」


 おもむろに、一段……いや三段は高い位置に座する、絢爛な椅子に腰掛けた人物が口を開く。
 もう一方の人物は、顔を伏せたまま。


 「古代湖では、水竜の集団行動も見られるという。……北の廃坑山も、報告が途絶えて久しい」


 彼が述べているには、ここ数日に立て続けに起こった、異変。そのすべてが先日の魔力波を発端としており、そのすべてが……恐らく『魔物』によるものであろう。


 「先日の邪悪なる気配は、皆も知るところであろう。……これは、もはや疑いようもない」


 一呼吸置き、重々しく口を開いた。



 「『魔王』が……人に仇なす邪悪めが、ついに目覚めたのだ」


 周囲の人々がどよめく。
 思わず天を仰ぐもの、顔を引き締めるもの、あからさまに狼狽するもの。
 そんな中その場の中央にかしずく人物は……凛々しく整った、若々しい顔を俯かせ、微動だにしない。


 周囲のざわめきが収まった頃。壇上の人物は、傍らに控える近衛兵へと合図を下した。
 指示を受けた、式典用の華美な鎧を纏った近衛兵が、中央に跪く人物へと歩を進める。

 その手には……細く、横に長い箱が、捧ぐように掲げられていた。


 「もはや、多くは語るまい。……『勇者』よ。おもてを上げよ」

 俯き、微動だにしなかった人物が、顔を上げる。
 並々ならぬ熱意と、闘争心を秘めた目が、開かれる。


 「アルフィオ・ヴァイス・リーベルタの名に於いて、ここに命ず」

 『勇者』の傍らに備えた近衛兵が、恭しく箱の蓋を開くと……

 清んだ大理石のような艶のある輝きを放つ、刃渡り100㎝弱の真っ白な……剣。


 『勇者の剣』が、そこには納められていた。



 「『勇者』よ。そのつるぎを以て魔王を倒せ。人の世に平和をもたらすのだ」
 「……確かに、拝命致しました」

 『勇者』は立ち上がり、剣を受け取り……頭を垂れた。


 その日。『魔王の復活』ならびに『勇者の誕生』が、リーベルタ王国直々に報じられた。
 その報は瞬く間に町から町へと駆け巡り、人々は不安ながらも、『勇者』の降臨に歓声を上げた。



 ……ごく一部の、街を除いては。




 ――――――――――――――――――――――――――――


 魔殻蟲を退けてから、早数日。
 アイナリーの街は、とりあえずの平穏を取り戻していた。


 ここ数日すっかり人の出入りが増えた、兵員詰所の一角。――医務室。
 現在そこは、とある少女の……半ば私室と化していた。


 「……んんー……?」
 すっかり陽が昇り、人々が活発に活動を始めたであろう頃。……ようやく、その部屋の主が目を覚ました。
 この部屋に担ぎ込まれてからというもの、一日の大半はじっとしているか、それとも眠っているか。……手足が思うように動かせなかったため、そのどちらかしかできなかったのであった。不健康きわまりない生活パターンに陥るのも、仕方のないことである。…そう本人は思っていた。

 ……とはいえ、生きている以上は、逆らえないものもある。
 もぞもぞと身を動かし、緩慢ながらやっと動かせるようになってきた腕を、サイドテーブルへと伸ばす。
 「……んい。………おなか……すいた」
 傍らのテーブル上に置かれていた、小さな金属細工。その登頂部へと震える手を伸ばし、重力に任せるままに、腕から力を抜く。


 澄んだ金属音が、甲高く響き渡った。

 呼び鈴の音が、無事に届いたのだろうか。扉の外がにわかに慌ただしくなる。
 「んぃぃぃぃー………」
 そのまま四肢を伸ばし、自然と声が漏れる。ろくに動かせない身体は、あちこちが凝り固まってしまっていた。そのまましばらくもぞもぞとしていると、扉がノックされた。


 「お姫ちゃん?起きてる?大丈夫?」
 「んいい。だい、ぞうぶ」
 扉を開き入ってきたのは……優し気な瞳と栗色の髪が印象的な、南砦の女性衛生兵…ケリィであった。


 「おはようございます、お姫ちゃん。今日は早いのね」
 「…おあ、……おは、よう、ございなす。けにぃさん」
 「お風呂する?それともごはん?」
 「んん……ごはん。ごはん!」
 数日前に比べ、すっかり元気を取り戻した彼女の様子に、自然と笑みが零れた。




 ノートが南砦から駆け出し、魔殻蟲の群れを相手に大立ち回りを繰り広げ、……そして倒れ、絶対安静となった翌日。
 夜駆けにより南砦へと事の詳細が伝わるや否や、医療部では大騒ぎとなっていた。

 いわく。一命は取り留めたとはいえ全身に毒が回り、手足の炎症もきわめて深刻、とのこと。すぐさま医療用品が纏められ、わずか一刻の後にはケリィを始めとする衛生兵数名が、護衛とともに南砦を後にした。

 そしてその日の夜にはアイナリーの兵員詰所へ、医務室へと駆け込み、……彼女は思わず泣き崩れた。
 ほんの一日と少し前には、砦内を素っ裸で元気に駆け回っていたあの子が、お風呂に浸かって気持ちよさそうに目を細めていたあの子が、


 ――碌に身動きの取れない包帯だらけの、あまりにも痛々しい様で……寝台へと横たえられていたのだ。


 穏やかな寝息を立て、身じろぎひとつせず、まるで死んでいるかのように寝入る彼女。
 その様子を目の当たりにした南砦衛生兵一同は、現地の医療に携わっていた者たちを招集し、緊急会議を開いた。そのことに異を唱える者が居なかったことに心から安堵しつつも、各々最善を尽くそうと、決意を新たにした。


 ーー余談だが、その緊急会議の間に衣類の差し入れが為されていたらしく、ノートの身の回りを世話する者に大層喜ばれたれたという。
 礼を述べようと差出人を探そうも何故か一向に見つからず……結局そのままうやむやになってしまったが。







 ……それから数日。

 ケリィと衛生兵たちの尽力もあって、ノートは少しずつではあるが、快方へと向かっていった。
 医務室寝台の住人は日に日に元気を取り戻し、今では手足の腫れも殆ど目立たなくなっていた。

 ……となると、もともと好奇心旺盛な彼女のことである。
 気の許せるケリィが身近に居ることもあってか、ノートはしきりに外出をねだるようになっていた。
 ここ数日の間、そのこと以外は別段騒ぎ立てることも、部屋を抜け出そうともせず、非常に聞き分けの良い子だった彼女である。娯楽も何もない、医務室の寝台に寝転がったままの日々。

 しかしながらまだまだ病み上がりの身体であり、決して目を離すことはできない。とはいえ、彼女たっての頼みを、無下に断るのもはばかられる。なにせ、ここ数日の間に寝台から離れたのは、排泄と入浴のときだけ。しかも介助人つきっきりであったのだ。
 たったこれっぽっちの希望を『わがまま』と切り捨てるのは、さすがに酷というものだろう。


 ーーというわけで協議の結果。
 兵員詰所内に限り、ノートに散策許可が降りたのが、つい先日のことであった。





 寝台から危なげに足を下ろし、背を向けて腰を下ろしていたケリィの首に手を回し、抱き付く。そのまま背中に体重を預けると、ケリィは軽々といった様子で立ち上がった。

 (……私が筋肉質…ってわけじゃない……わよね……?)
 思った以上に負担の少ない背中に、ふと心配になる。衛生兵とはいえ最低限のトレーニングは課せられている。知らず知らずのうちに筋骨隆々に、なんていうのは……いち女性として少し抵抗があった。
 しかしながら今回に限っては、その心配はなさそうであった。
 「お姫ちゃん…軽いわね……ちゃんと食べてる?」
 「んん…たべる……? んいい、たべる。ごはん」
 「……ふふっ、そうね。行きましょうか」
 「ごはん!」
 見た目の通り、とても軽く、明るい少女。
 いっぱい食べさせて、早く元気になってもらおう。ケリィはそう心に決めた。


 朝のピークを越え、しばらく経った食堂は、閑散としていた。
 既に通常業務の始まっている時間なので、この時間に食事を摂っているのは遅番の職員か非番の兵士か、業務補助に来てくれている有志住民の方々であろう。
 どうであれ、皆時間に余裕のあるような人たちだ。こちらもゆっくりと食事できるのはありがたかった。

 先に席を確保してノートを座らせ、朝食を取りに向かう。やはりというか、ノートの人気は凄まじいらしい。食道に足を踏み入れてからというもの、ほぼ全員の視線を独り占めである。
 この大人気っぷりを、とうの本人がどこまで自覚しているのかは不明だが、掛けられた挨拶にたどたどしくもちゃんと返しているあたり、なかなか満更でもなさそうだ。

 「おはようケリィさん。天使ちゃんのは普通でいいの?それとも刻む?」
 「あっ…おはようございます。普通ので大丈夫だと思います。……すみません、あれ本当助かりました」
 「ずいぶん弱ってるって聞いてたからねぇ…。食べやすい方が良いいかなって。……でもまあ、元気になってよかったわね…本当」
 「えぇ、本当に……。ありがとうございます」
 「いえいえ。……それじゃ、私はここから堪能させてもらうわ」
 料理を準備し終えた、カウンター内の女性達。言うが早いか各々の体勢で、とある場所を一様に注視し始めた。その様子に思わず苦笑し、トレイを二つ持ってその場を後にする。……彼女達の視線の先は言うまでもなく、ノートであった。

 「お姫ちゃん、お待たせ。ごはんよー」
 「けにぃさん!ありがとう!」
 「はい。よくできました。それじゃあ頂きましょう」
 「いただいたす!」 
 「いただきます」
 いそいそと朝食に挑み始めるノート。小麦の薫るパンが、胡椒の効いたスープが、焼かれた薫製肉が、程良く茹でられた卵が彼女の口に入る度、目尻のとろんと下がった顔で膨らんだ頬をもごもごと動かす様子に、食堂の視線が集中する。頬袋の中身が減るにしたがってその口許は徐々に笑みを形作り、やがてこくんと飲み込むと、これまた幸せそうに、吐息をこぼす。
 (本当……見てるこっちが幸せになれそうだわ…)
 文字通り、どんな料理でも心から幸せそうに食べる彼女は、見た目の可愛らしさと相俟って、調理担当者たちにひときわ絶大な人気を誇っていた。


 「食事中すまん。少し、良いか?」
 ノートが朝食を、周囲の人々が幸せを摂取しているところへ、見知った声が掛けられる。
 「あっ……はい。すみません、散らかってて」
 「ん……んっ………っくん。りかるも、おはよう」
 「おはよう。いや、そのままでいい。すまんな」
 声の主は、現在便宜上ノートの『保護者』となっている、リカルド・アウグステ中隊長。魔殻蟲討伐に際して隊ともどもアイナリーへ派遣され、そのまま人員の欠けたこちらの所属となっている。
 その表情はあまり芳しくない。深刻ではないものの、やや宜しくない報せ、といったところだろうか。

 「南砦から連絡が届いてな。…教導員の確保が難航しているらしい。こんな時勢だからな……皆街の外には出たがらない様だ」
 「まあ……仕方がないと言いますか……無理もない話ですよね」

 先日の世界規模の魔力反応……通称『魔王の目醒め』からこちら、各地で魔物達の活発化が見られている。アイナリーを襲ったような規模は稀なケースではあるが、危険を伴う街間の移動を避けたいと考えるのは、ある種仕方のないことだった。

 「しかしながら……まあ………居たには居たんだ。居たんだが………まあ…何と言うか……」
 彼にしては珍しく煮えきらない様子で、報告を続ける。
 「………まあ、な。性格に難があると言うか………ギルバート・アウグステという奴なんだがな…」
 「あぁー………… っ!?す、すみません…」
 「いや……良い。…………こちらこそ、すまん…」

 二人して思わず顔をしかめ、謝り会う。そのことに一切興味を示さず、相変わらず食事に興じるノートをよそに、話は続く。

 「『取り急ぎ手配してくれ』と言ったのが裏目に出たのか、先程到着したらしくてな………今から会ってくるのだが…」
 「ええ……もう来てるんですか………  っ!あっ、いえ……その………すみません、えっと」
 「いや、気にするな………すまん……」

 互いに苦虫を噛み潰した表情で、場の空気が淀む。ノートは相変わらず幸せそうに食事を続ける。

 「……不本意ながら、恐らく決まると思う。他に選択肢も無いしな……厄介払いも兼ねて、上もそのつもりで送り付けて来たんだろう。私の居るところなら、奴とて悪さも出来まいと。………まあ、そういうわけで…………君にこんなことを頼むのは申し訳無いのだが、ノートの警護を頼みたい。……剣の用意をしておいてくれ。もしものときは刺して構わん」
 心から気乗りしないといった顔で、リカルドは嘆息した。


 「刺したくらいで止まれば良いんですが……」
 「………全くだ」

 にわかに不穏な言葉が交わされる。



 ノートはそんなことなどお構いなしに、顔全体に『しあわせです』と書かれた様相で、満足げに食事を終えた。

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