勇者が救世主って誰が決めた

えう

13.1_【閑話】南砦の親衛隊_1

 小さな明かりにぼんやりと照らされた、
 どことも知れぬ、不穏な空間。

 そこには、その空間が何のためのものであるかを暗示するかのように……寝台がひとつ、ぽつんと置かれていた。


 中央に据えられた寝台には、
 ぐったりとした小さな少女が、仰向けに載せられていた。

 頭の先から足の爪先まで真っ白に染められた、未だ幼さの残る、美しい少女。


 その白く透き通った、簡単に手折られてしまいそうな華奢な手足には、儚げな少女には到底不似合いなモノ……鋼鉄の輪が、ガッチリと嵌められていた。


 「や、やだっ……」

 少女が、弱々しく拒絶の声を漏らす。
 そんなことなどお構いなしとばかりに、何者かは彼女の服を……柔かなレースで飾られた清楚なワンピースを、力任せに引きちぎった。

 「……!!いやぁっ……!」

 少女は反射的に身体を……うっすらと実った、形のよいふくらみを隠そうとするものの、……本人の意思に反して伸ばされた手足は鈍い痛みを返すばかりで、そこに嵌められた黒鉄の拘束が、少女の健気な抵抗の邪魔をする。
 視線から逃れようと身動みじろぐ体に翻弄されるかのように、控えめながら確かに女性らしさを湛えた、双つの丘。その桜色の可憐ないただきは暴風に翻弄されるかのように、弱々しく右往左往している。


 「やっ、……やめて……くださ………ひっ!?」

 何者かは、最初から彼女の声など聞くつもりは……いや、彼女の瑞々しい喘ぎ声にしか、興味は無かったのだろう。儚く可憐な突起を、柔らかさの中にほんのり芯の残る桜色のそれ・・を、執拗に捏ね繰りまわす。

 「……っや、いやっ、………いやぁぁ…っ!」

 泣きそうな声で少女が懇願するが、そんなことなど気にも留めず、むしろ嘲笑うかのように、自分勝手な愛撫はエスカレートしていった。


 「…!? やっ、やだっ!!そこやだぁ…っ!!」

 無遠慮な手が、純潔を守る最後の砦であるそこ・・へ、少女の清らかさが形を成したかのような、純白の・・・下着・・へと伸び……


 「いやっ……! いやぁっ!!

  たす…けて……、たすけて…!!ノース・・・!!」

 怯えきった少女は助けを求めるかのように
 悲壮な声での名を叫び―――――





 「いやぇーーーわ」


 一気に意識が覚醒したわ。


 いくらなんでもあれは無いわ。俺の名前覚えられてる訳ねーし。ていうかあの子あんな饒舌じゃねーし。あんなに小綺麗な服着てるとことか見たことねーし。そもそもパンツ履いてねーし。いくら夢でももう少し現実味持たせろし。
 自分の夢に一通りダメ出しした後、彼は身体を起こす。


 「無ぇわ。マジ無ぇーわ」
 「さっきからどうしたよ。なんか嫌な夢でも見たか?」
 若干の自己嫌悪とともに溢れ落ちた独り言に対し、声が下から返ってきた。
 「まあ……そんなとこだわ」
 梯子に足を掛けつつ、大雑把に返す。

 「まじかー。あれか?ご馳走でも食い損ねたか?」
 「食い損ねたっつうか……目の前で食うのを見せ付けられたっつうか……」
 「うーわ最悪。そら無いな……」

 恐らく彼は思い違いをしているが、あえて訂正はしない。

 「まあ朝メシ行こうぜ。こっちで存分に食って夢のことは忘れちまえ」
 「いや…忘れるのも勿体ないっつうか……」
 曖昧な返事をしながらも、彼――以前河辺での野営の際にノートに剣を貸し、お返しとばかりに彼女の肢体を拝む機会を得た若年兵士…ノースは、同僚でもある友人の後を追い、食堂へと向かった。



 南砦所属の第八拡張中隊――通称リカルド隊は、魔殻蟲の駆除任務に訪れたこの街……アイナリーで、しばしの休暇を拝命していた。

 兵員詰所の食堂で同僚たちと合流し、一緒に朝食を摂る。
 「しかし……良いのかね?俺ら何もしてねぇよ?」
 「お姫ちゃん大活躍だったんだろ?俺も見てみたかった……けどよ……」
 「ああ………『絶対安静』、だってな。生きてんのが不思議なくらいボロッボロだったらしいぜ……」
 「あんな可愛い子が……なぁ……」

 誰ともなく溜め息がこぼれ、空気が重くなる。
 ふと視界の隅に、食事の載ったトレイを……自分達のものとは違うメニューを持った、住人有志の女性が目に入った。
 女性は調理担当の女性と、なにやら話をしているようだった。


 ――それ、例の天使ちゃん?あの子大丈夫なの…?
 ――大丈夫そうよ。峠は越えたって。
 ――よかったわぁー…ちゃんとご飯食べれてる?
 ――あー…それがねぇ………
 ――えっ、ちょっと……何なの?大丈夫なの!?
 ――……それが…ものすっっごく幸せそうに食べるの!すっっごい可愛いのよ!!ものすっっっごく!!
 ――えーウソやーだー!私も見てみたいわー!!
 ――もっと元気になったら多分見れるわ!きっと食堂通うわよあの子。ごはん食べるの大好きみたいだし!もうすっっっごい可愛いんだから!
 ――やだもう楽しみにしとくわ!早く行ったげて!
 ――はーい。ありがとね!


 知らず知らず、聞き耳を立てていた彼ら。
 「……お見舞いとか…無理だよな」
 「面会謝絶ってやつ?……まあ押し掛けんのもな……」
 「気の利いた話なんて出来ねーしなー……」
 「そもそも会話できねーしなー………」
 「「「それなーー」」」
 「会話止まっちまったらあの子泣いちまうぜ?涙目でゴメンナサイしてくるんだぜ…?」
 「かわいーーーよなーーー」
 「「「それなーーーー」」」

 休日の朝とあってか、ゆるゆると会話は弾む。

 「差し入れだけでも何とかなんねぇかな」
 「あー良いんじゃねえ?あんま迷惑掛かんなそうだし」
 「何贈ったら喜ばれると思う?」
 「やっぱ………花?」
 「いや、…多分、食うぞあの子」
 「有り得る……植物全部食糧として見てそう」
 「じゃあ……暇潰しの本とか?」
 「喋れねーんだから読めねーに決まってんだろバカ!」

 その後も「あーでもない」「こーでもない」と議論は続く。

 「……… 喜ばれるかは置いといて……『これ絶対に必要だろ』ってモノなら浮かんだわ」
 「ほー?何よ?」
 「……………下着パンツ
 「「「あー………」」」

 確かにそれは、あの何かと無防備極まりない彼女が持ち合わせていないものであり、
 彼女にとって、必要なものだった。

 ……周囲の、心の安寧のためにも。


 「よし。じゃあほい。これな」
 「そうだな、ほい」
 「ほい。任せたぞノース」
 「は!?」
 言うが早いか、各々銀貨を取り出すと……発案者であるノースへと手渡していった。事態を飲み込めない、理解はしてしまったが飲み込みたくない彼をよそに、周囲は畳み掛ける。

 「……ぶっちゃけた話さ………『見た』?」
 「見た。バッチリ」
 「俺風呂上がりの見たわ。死ぬかと思った」
 「まあ……うん、見たわ」

 河原で、すぐ目の前で、至近距離で見せつけられた身としては、
 否定することは出来なかった。

 「……っていうか初っ端からあの開放感だったしな」
 「あの開放感はラッキー通り越して危険だわ」
 「というわけで。俺らの……というかこの街の男共の命運は、お前に託された訳だ発案者」
 「頼んだぞ発案者」
 「応援してるぞ発案者」
 「おま!?」
 言うが早いか彼らはいそいそと食器を片付けると、ノースが慌てて銀貨を纏めている間に……逃げるように食堂から去っていった。


 「……正気か!?」

 後には、呆然とする若年兵士、ノースただひとりが残された。



 ………………………


 ……それからのことは、正直よく覚えていなかった。

 あのあと彼らを探してはみたものの、彼らの逃げ足には舌を巻く他なかった。それどころか俺が『姫への差し入れ』を買ってくることが広まっていたらしく、会う人会う人から激励の言葉と…人によっては寄付金カンパすら押し付けてくる始末。
 ……しかしながら幸いにして、差し入れの内容パンツについての情報は、伝わっていなかった。いや間違いなく幸いだった。

 退路を断たれた以上、進むしかなかった。ここまで広げられて「買ってません」なんて言った日には、白い目で診られるどころじゃない。
 なかば自暴自棄ヤケになりながら、街人の…有志で兵員詰所の雑事を手伝ってくれている女性から、衣料品を扱う店についての情報を得た。初めは不審がっていた彼女も、それがノートへの差し入れだと解ると態度を一気に軟化させ、一押しの店への地図を記してくれた。


 店についてからも、また地獄だった。

 同様に、ノートへの……この街の人々の言うところの『天使ちゃん』への贈り物だと解った後こそ、むしろ積極的に手伝ってくれたものの……『小さい女性向けの下着を探している』と伝えたときの視線は、正直トラウマモノだった。兵員じゃなければ即通報されていた。
 とはいえ異様にテンションの高い女性店員の助力もあって、ノートに似合いそうな……白や淡い色、明るい色を基調とした、飾りすぎず、それでいて可愛らしい下着を数点。ついでとばかりにこれまたノートに似合いそうな清楚なワンピースを、なかば強引に勧められ、袋に入れられたものの、…当初の目的のブツは、無事に得ることが出来た。
 ちなみに会計は店員の好意のもと、大幅に値下げされていた。

 ……しかしながら一連の任務による彼へのダメージは、決して少なくは無かった。
 まだ年若い彼にとって、異性の……しかも少なからず好意を寄せる相手の、下着選びである。
 彼の精神はこのとき既に、ボロボロだった。


 それがこの後の……悲劇の幕開けであった。




 …………………


 荷物を抱え、詰所に戻ってきた彼は、すぐさま医務室へと向かった。手っ取り早く荷物を渡し、一刻も早く任務から解放されたかったのだが……

 それが、間違いだった。



 片手で袋を抱え、もう片手で扉をノックする。



 「……んい、…どうぞ」

 返ってきた声に、頭が真っ白になった。

 てっきり介助の者が対応すると思っていたものの……その希望的観測に反して返ってきた声は、彼の精神的余力を軽々と吹き飛ばしていった。


 「……ん、んん…? どう、ぞ。…ぞう、ぞ?」


 重ねられる声に、もはや逃れられぬと奮い立たせる。荷物を渡して終わり。渡して終わり。そう自分に言い聞かせて扉に手を掛け、堂々と押し入る。




 その光景に、思わず見惚れた。



 白い敷布シーツの張られた寝台の上で、脱力したように目を細めていた少女。窓から入った穏やかな風が、上質な絹糸のように白い、艶やかな髪を揺らす。もう寝ていなくても大丈夫なのか、背後の丸められた布団にもたれ掛かるように、半身を起こしていた。

 その身体を包むのは、清潔感のある簡素な病衣。
 そこから覗く両腕と両足は………痛々しいほどに、ほぼ全てが包帯で包まれていた。


 その姿は、とても美しく……とても儚げで……

 ……とても、弱々しく見えた。



 眠たげに細められていた、銀色のまなこが僅かに見開かれ、こちらを捉えた。
 透き通った瞳をぱち、ぱち、と瞬かせ、しばし何かを思案するかのような間のあと、薄い唇を開いた。


 「……ん、ん、 ……んい、 ………けん」

 少女の発した言葉に、意識を引き戻される。
 ……知らずうちにぼーっとしていた。完全に見惚れていた。

 「んい………けん。 とって、……とった? けん」

 『けん』? ………『剣』?
 いきなりどうしたんだろう、何を伝えようとしているのだろうと考えあぐねていると、…その後に続いた彼女の言葉に、衝撃を受けた。



 「けん。…かして。 ん、んい。……ありがとう」



 『剣』。『貸して』。そして、『ありがとう』。

 ……覚えて……くれていた。
 自分が、彼女に剣を貸したことを。そのときの兵士だったことを、覚えてくれていた。


 「めい、なー、ねす、のーと。 …のーと」

 彼女は改まって名乗り、そして続けた。

 「ん、んん… あなた。…んい、………おしえて」



 『あなたの名前を、教えてください』


 気がつくと、荷物を置いてさっさと帰るという気は、とうに失せていた。少しでも多く、彼女と話をしていたい。彼女と親しくなりたい。


 ……そんなことを、願ってしまったせいだろうか。

 ……願わなければ、良かったのだろうか。





 思いもよらない、我らが『姫』との、謁見の好機。
 ここまで来て、これを逃す手は無かった。


 「ノース。…俺の、名前。……ノース」
 「?……!? んい、のー………す? のーす?」
 「あ、あぁ。ノースだ」
 「のーす! のーす! ……んん、やうす!」

 通じた。……俺の、名前。

 「んん、のーと!めい、なー! …んん、のーす!でぃー、なー! ……のーと!のーす! …ん………んへへ」

 名前が似ていることに気付いたのだろう。自分と俺の名前とを楽しげにつぶやき、はにかむ彼女。
 ……ああ……クッソ可愛い。



 「…のーす、……んん……そ、れ。 どうしたの」

 ノートに視線で示された『それ』。
 抱えていた袋を、今になって思い出す。
 「えっと……これな………何て言や良いんだ?」
 「ん、んん…? なんて…やーい…?」
 「ああ!違う違う! えっと……あげる。…どうぞ。……伝わるかな…どうぞ」
 「どう、ぞ? ん……それ、のーと?どうぞ?」
 「あ、ああ!どうぞ!」

 ……伝わった!!

 「……んい、……んいい、 あり、がろ」

 かすかに頬を染め、彼女はほんのりと笑った。



 可愛らしい少女との会話に気を良くしていた彼は、そのとき完全に忘れてしまっていた。



 「のーす、……それ、おしえて?」



 その袋の、中身を。

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