勇者が救世主って誰が決めた

えう

07_心の準備と大きな不安

 目の前に聳え立つのは、石造りの堅牢な外壁。
 右を見ても、左を見ても、途切れることなく続いている。


 河沿いの街道からやや離れた、ある小高い丘の上。

 その高台ほぼ全てを覆う形で、ドゥーレ・ステレア湖南砦は築かれていた。


 ……ついに、辿り着いてしまった。
 もっと何泊もするものだと思っていた。想像以上に拠点は近かったらしい。…計画よりも、ずっと早い到着だった。




 これはマズイ。

 なにせ、言葉がまだぜんぜん解っていない。





 当初の作戦では、道中なんとかして兵士達から話を聞き出し使えそうな単語を覚える、あわよくば会話できる程度まで言語を会得する作戦であった。もはや作戦と呼べるものではなく、『こうなったらいいな』程度の希望でしかなかったのだが。

 ここまての道中でも、可能な限りのことはやってきたつもりだった。しかしながら想定外だったのは、……思いの外、彼らの会話が弾まなかったことだった。


 いきなり馬車に詰め込まれそうになったときは、正直焦った。なるべく多くの会話を聞き取ろうとしていた自分にとって、隔離された馬車の中はそれこそ牢獄にも等しい。
 やや強引に指揮官らしき兵士の馬に陣取り、さあ聞き耳を立ててやると息巻いたものの、何故か会話が全く無いではないか。

 なぜだ。今は帰路なんだろう。もっとこう、和気藹々としているもんじゃないのか。作戦終了の労をねぎらうところじゃないのか。日常会話に花を咲かせるもんじゃないのか。なんでこんなにぴりぴりしてるんだ。


 ―――その緊張感の原因が素っ裸大股開きで騎乗する自分だとは露知らず、彼女は必死に思考を巡らせる。


 ……このままではダメだ。なんとかして彼らに和気あいあいの団欒させなければ。あわよくば好感度を上げて味方を増やさなければ。
 ちょうど一団の行軍が止まる。日も傾いてきており、どうやらここで夜営するらしい。物資の調達に行っていたとおぼしき、なにやら荷物を多く抱えた騎兵が合流し、周囲の兵士たちも何か準備を始めていた。

 ……物資の調達に行っていたということは、充分な食料を用意していなかったのではないか?つまりこれは自分の好感度を上げるチャンスなのではないか?彼らに感謝されるようなことをすれば、もしかすると味方になってくれる兵士が現れるのではないだろうか?そうすれば処分が下される際に、何かしら弁護してもらえるのではないだろうか?

 一縷の望みにすがるように、早速行動を開始した。周囲の顔色を伺いながら、恐る恐る川へと向かっていく。すると見張りを一人付けられたものの、特に咎められはしなかった。これはありがたい。
 となれば善は急げた。彼ら全員に行き渡る数、獲物を確保しなければならない。見張りの彼にダメもとで『剣を貸してくれないか』と身ぶり手振りで訴えたところ、多少渋っていたがなんと借り受けることが出来た。これは助かる。
 動きの妨げになる外套を放り投げ、一目散に河へと向かっていった。後ろで何か倒れたような気がしたが今はそれどころじゃない。




 作戦は、一応の成功を納めた。

 自分を警戒していた兵士たちも、いくぶん表情が和らいだように見える。彼らは笑顔を浮かべ言葉をかけたり、こちらの頭を撫でたりしてきていた。これは好感度が上がったのではないか。この調子で彼らとの絆を深めることが出来れば、生き残ることも難しくないのではなかろうか。

 そして彼らが口にしている言葉。
 これは恐らく、感謝を述べる言葉なのではないか?

 希望が見えてきたところで、食事を摂る余裕が出てきた。
 いや、考えてみればこれら食事は、ここの兵士たちの手によるもの。

 つまり、ちゃんと調味料で味付けがなされた、文明の味である。

 スープ。簡単なものらしいが、具として入れられた薫製肉の脂と風味、そして塩気が、ちょうど良い感じに溶け出している。刻まれた根菜も柔らかく火が通っており、ちゃんとスープの味が染みている。………おいしい。
 パン。どちらかというと固めの、しっかりしたつくりのパンは、この顎で噛みちぎるのには若干堪えた。それでも噛み締めれば鼻腔に抜ける小麦の風味と、ほのかに感じる塩気。それに固めのパンもスープに浸して食せば、その旨味を一身に纏め上げてくれる。………おいしい。

 そして、焼き魚。ただ塩を振って焼いただけなのに、今まで自分の主食としていたものとは、雲泥の差であった。魚の旨味に塩気が加わり、これはもう、止まらない。…………おいしい。



 「有難う。」

 生まれ変わって初めての、文明的な食事に舌鼓を打っていると、隊長格の男から声を掛けられた。

 その響きは、先ほど兵士たちがしきりに述べていた言葉と同じ。つまり、感謝を示す言葉であった筈だ。
 こちらこそ感謝にたえない。こんなにおいしい食事は生まれ変わって初めてだ。

 「ん…………ん。……ある、い、がろ。あり、が、と。」

 感謝したいのはこちらのほうだと、礼を述べようとする。
 しかしながら、食べることに集中しすぎていたせいか、うまく舌が回らない。いやそれ以前に、口にものを含んだまま喋るのはマナーとしてよろしくなかったか。それはよくない。少なくとも、好感度が下がるようなことは避けなければ。

 謝罪しようにも言葉がわからないし、とりあえず頭だけでも下げようかと視線を向けると………目を見開いた隊長と目が合った。

 マズイ。怒っておられる。なんと弁解しようかと焦っていると、隊長がおもむろに口を開き……



 「リ、カ、ル、ド」

 ゆっくり、はっきりと述べた。





 「リ、カ、ル、ド」

 それが隊長の、彼の名前なのだろう。自分を指差しながら、はっきりと、同じ言葉を繰り返す。


 「り、か、る、ど」

 恐る恐るつぶやくと、彼は大きく頷いた。

 すると今度はその指が、ゆっくりとこちらを向いた。


 そこまでされれば、さすがに意図がわかった。
 しかし、名前。………今の自分に『名前』というものが無いことに、このときになって初めて気がついたのだった。



 以前は単に「勇者」、もしくは番号で呼ばれていた。
 魔王にも名前ではなく、「勇者」と呼ばれていた。


 ……勇者ドレッドノート。なんて皮肉な呼び名だろう。


 自らの死すらも顧みず、ただひたすらに敵を殺すことを『勇ましい』とされ、そのために最適化された存在、『勇者』。

 勇者それが反旗を翻し、人族どころか世界を滅ぼし、こうしてのうのうと生き残っている。なんと皮肉なことか。


 「名前………僕の……なまえ………。」


 ああ、そうだ。それがいい。『勇ましき』を喪った、ヒトに仇為した、かつて勇者ドレッドノートであった者。


 「…………ノート。…僕の、名前。………ノート。」


 「……ノート?」


 どうやら通じたらしい! 

 これは非常に喜ばしいことだ。
 彼らも、名を知った相手を無下に殺そうとはしないだろう。つまりこれはそのまま、自分の生存確率が高まったことに他ならない。

 ここまで不慮の事態続きだった行程は、ここにきてやっと、明確な光明を得ることが出来た。

 思えば誰かが側にいること自体初めてだ。少なくとも彼らは、自分と意志の疎通を図ってくれている。こちらを労ってくれている。
 上陸してからずっと張られっぱなしだった緊張の糸が、ここへきてやっと途切れたのを感じた。



 安心感を感じていたのは確かだが、精神的にだいぶ参っていたのだろうか。

 ……どうやら無意識に、泣いていたらしい。


 するとなんだか、物凄い心配された。
 まるで幼子をあやす親ではないか。…ありがたいが、少し気恥ずかしい。


 ………やはり彼らは、自分を殺そうとはしていないのだろうか。


 …………彼らのところなら、安全なのだろうか。









 ……きっと大丈夫。彼らは味方なのだ。信じるしかない。

 ………今は、信じることしか、できない。

 …………今彼らは…ここに居ないのだから。



 分厚い石造りの壁を、重厚な門扉をくぐったことは覚えている。だがそこから先のことは、あまり記憶がない。

 それどころではなかった。

 門扉をくぐって少し歩を進めたところで、奥のひときわ立派な建物から、幾人かの兵士が転がるように飛び出してきた。彼らはリカルドを見て、欠員のいない部隊を見て、……そしてこちらを見て、動きが止まった。
 ぽかん、という擬音がよく合いそうな表情を浮かべていた彼らは、リカルドの言葉に我に返ったかのようだった。幾つかの質問もそこそこに、リカルドを引っ立てるかのように連れていってしまった。

 ……なんてことだ…数少ない味方が……


 「りか、るどぉ……」
 あまりにもの事態に思わず呟き、彼の連れていかれた方を茫然と見ていると、今度は後ろの方から叫び声が聞こえた。

 今度は何が起こるのかと振り向くと、物凄い形相で駆け寄ってくる女性兵士が数人。
 …見ると、周囲の味方兵士諸兄が顔をひきつらせている。

 もはや嫌な予感しかしなかった。







 どうしてこうなった。



 今僕は、砦敷地内のどこかの、とある小部屋に捕らわれていた。


 僕の必死の抵抗もむなしく、突如襲来した女性兵士数人に捕まり、取り抑えられ、担ぎ上げるようにどこぞへと連行されていった。
 当然ながら周りに味方は居ない。味方兵士諸兄は女性兵士たちに何事か罵声を浴びせられたようで、皆一様に苦々しい顔をし、あるいは顔を俯かせていた。

 ……なんてことだ。彼らはきっと女性兵士の尻に敷かれているんだろう。強く出られない立場なんだ。搾取される側なんだ。味方が出来たと思って調子に乗っていたら、その貴重な味方はここでは格下扱いらしい。

 彼らが手も足も出ないのだ、彼女達の気を害するわけにはいかない。すぐに殺されはしなかったんだ、大人しくしていれば生き永らえる可能性はある……かもしれない。



 文字通り牢屋に連行される罪人の面持ちで、粛々と運ばれていった先は、

 壁際に細かく区切られた棚と、大きめの鑑を何枚か備えた小部屋……を抜けた、その先。
 片隅に水の張られた石造りの大きな枡が置かれ、床にはつるつるの石板が敷かれた、心なしか湿気の高い部屋。


 浴室だった。

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