勇者が救世主って誰が決めた

えう

06_湖の従者と砦の兵士

 気がついたときには、辺りはすっかり真っ暗だった。
 痛む頭を押さえながら身体を起こすと、辺りは夜の帳に包まれていた。……どうやら軽く5,6時間は気絶していたらしい。


 …………………えぇ………



 この身体の魔法適性を、完全に甘く見ていた。

 普段使いで有効半径30m程度の能動探知である。魔力を注ぎ込んでもせいぜい湖の外周に届くくらいだろうと高を括っていた魔力波が、まさか世界一周して逆側から襲ってくるとは思いもしなかった。
 魔道具によるものとはいえ、思えばここまで集中して魔法を使ったのは、これが初めてだったか。たかだか人族などとは比べ物にならない。軽く二桁、下手をすると三桁は違う、デタラメな魔法適性。

 ……これは世界を焼けるわけだ。

 想像していたよりも、遥かに豊富な魔力と、遥かに高い魔法適性。そのれらが判明しただけでも僥倖としておこう。
 ともあれ今日はもう遅い。せっかく準備を整えたものの、出立は明日にしたほうが良さそうだ。

 頭痛と倦怠感を感じながら、すごすごと寝床へと戻っていくのであった。






 ………………………………………………



 ―――翌朝。

 気を取り直して。
 先日はまさかの自爆で出鼻を挫かれたが、ついに島を発つときが訪れた。

 怪我の功名というか貴重な成果というか、都合の良さそうな規模の反応……集落の位置は把握できている。
 現在地である湖の中央、島から見て南南東。時計の針に見立てると七時の方向には中規模の密集反応が、その更に南方には何か所かに分かれて密集反応が点在していた。入ってくる情報が多すぎたために頭が早々に根を上げたため、情報として認識出来たのはせいぜいそこまでだったが、反応の分布を見るに『とりあえず南方へ向かうと良さそうだ』ということを、なんとなく感じていた。
 とはいえもとより、目指す場所すらない旅である。どちらへ向かおうと広がるのは未踏の地であり、くすぶっていた好奇心を刺激してくれることは間違いない。とりあえず南へ向かうことに決め、ここ数ヶ月ですっかり忠臣と化した水竜たちを呼び寄せた。




 水竜の背に揺られる、初めての船旅はそれなりに快適だった。


 島を出ることを告げた際は難色を示されたものの、胸に秘めたる熱い思いおいしい食事への渇望にやがて根負けしたのか、背に乗せ岸まで運ぶことを了承させた。
 目指す方角といくつかの条件、―――集落の近くの人目につきづらい場所へと上陸すること、もし人に遭遇しても危害を加えないこと―――を重ねて指示すると、彼らは不承不承ながら肯いてくれた。………いい臣下を持ったものだ。

 水竜の中でも一回り身体の大きな者の背によじ登る。初めて乗る彼らの背は、しっとりとした甲殻に覆われてはいるものの、不快な凹凸は少なく滑らかなものであった。
 しばらくあれこれ試行錯誤の後、水竜の首を跨ぐように座る形に落ち着けると、待たせたとばかりに出立を指示する。
 彼らは静かに、滑り出すように動き出し、耳心地の良い水音を立てながら、やがて島から離れていった。


 水竜たちにとって、岸辺へとたどり着くことなど造作もないことである。それこそ半刻でもあれば余裕で到達できていただろう。
 しかしながら自分たちとは違い、背に乗せた彼らの主にとって水中が危険であることを理解していたのか、充分に安全である速度を維持し、航行していた。背中の乗客も特に不満は無かったらしく、初めの頃こそあたりを見回したり、遠くを眺めたりしていたが、………やがて水竜の首に抱き着くようにもたれかかり、穏やかな寝息を立て始めた。

 こうなっては、より一層慎重にならざるを得ない。少しでも身体が傾いたりバランスを崩すようなことがあれば、体勢を整えることのできない乗客にして主は、滑るように冷たい水中へと落とドボンされるだろう。……それは赦されない。

 幸いにして風も殆ど無く、波も穏やかではあったが、彼らは考え得る限りの安全運転を余儀なくされたのだった。






 ……………………


 …………………………………………




 ………どうしてこうなった。

 風のうねりのような音と、立て続けに起きた炸裂音に驚き目を開けると、周囲の状況は一変していた。

 船旅の途中で眠ってしまったらしく、気がつけば周囲は陸地……木々が水際まで広がっている、入江のような場所だった。水竜たちは寝落ちした自分を労り、自ら起こすことなく待っていてくれたらしい。


 …………それはいいのだが。


 何故、こちらを睨み付けるヒトの群れと相対しているのか。
 何故、彼らが武器を構えているのか。
 何故、彼らの周囲の地面が爆ぜ、幾人かが転がっているのか。
 何故、水竜たちの周囲に、氷の矢が展開されているのか。


 経過はわからない。しかし結果は理解した。これはやばい。


 「ま……待って!待て!そこまで!」

 水竜に指示を出す…というよりも、相対している彼らヒトに対して敵対の意思がないことを示すためにも、声でもって呼びかける。
 「僕は彼らと、事を荒立てるために来たんじゃない。……すまないが、引いてくれ、頼む。」

 水竜達から、抗議の思念が届く。
 ―――先に矢を放ったのは奴らだ。
 ―――当ててはいない筈だ。
 ―――主に牙を剥いた。
 ―――報復だ。あしの一本二本は削ぐべきだ。

 ……彼らも、寝落ちした自分を守るために行動してくれたのだろう。それでいて自分の指示を、…人に(直接)危害を加えないことを、遵守してくれていたのだ。

 「ごめんね、……ありがとう。」
 主に撤回の気配がないのを察したのか、これ以上の抗議は無礼に当たると判断したのか、…渋々といった表情で、彼らは氷の矢を収めた。…………意外と表情豊かなんだな。

 「……不甲斐ない主で、ごめん。苦労を掛けた。……ここまででいいよ。充分だ。」
 水竜は僅かに思惟するそぶりを見せたが、やがては主の意を酌み、身を下げた。細かなところまで気を配ってくれる彼らに、改めて感謝の念が浮かぶ。

 「君達に、改めて感謝を。どうか壮健で。……ああ、できれば今後は…ヒトに良くしてやってくれ」
 尚もこちらを心配してくれる忠臣に、別れを告げるように送り出す。
 ……彼らがいてくれて、話のわかる者たちで、本当に助かった。





 …………………さて。

 こちらも……どうにかしないと。


 改めて振り返ると、こちらを注視する『彼ら』とばっちり目が合った。

 ……ですよね。


 とりあえず先程の水竜との会話で、こちらに敵意がないと察してもらえてるとありがたいのだが…
 水竜が比較的穏やかな部類とはいえ、魔物と対話していた自分がヒトの目にどう映るか……容易に想像できてしまう。相手に与える不安感、恐怖感を抑えなければ、それこそ彼らの脅威であると判断されかねない。

 ここから先は可能な限り刺激しないように、友好的に対話を試みなければ。

 そう考えを纏め、歩を進めた直後。

 ……自分の考えが浅はかだったと、思い知った。


 「トゥ・エスティ貴様…!クァタ・ルメイア何者だ!!」





 ……………


 ……………………


 …………………………………………え?




 これはマズイ。非常にマズイ。
 やられた。油断した。完全に予想外だった。

 言語が違う。言葉が通じない。


 ……つまり、先程の水竜との会話内容も伝わっていない。であれば先程の小芝居は、かえって逆効果にしかならない。

 今の彼らにとって自分は完全に『聞いたことのない言語を操り、魔物と会話した、正体不明の存在』認定されていると見て間違いない。


 となればどうするか。



 ……拘束するに決まっている。


 いや、拘束で済めばまだ良い。なにせ魔物と会話しているのだ。浅慮だった。何故そこに考えが至らなかった。何故後先考えずに水竜彼らとの会話を見せつけてしまったのか。これでは自分が魔物の一味だと自供したも同然ではないか。であればどうなる。彼らにとっての脅威だ。間違いない。捕まるだけで済むとは思えない。……………駆除される・・・・・

 やばい。詰んだ。早速詰んだ。早い。出発してわずか数時間。寝てただけ。寝てただけで終わる。彼らしか働いてない。自分何もしてない。なのにあんな偉そうに。情けない。泣きそう。



 ……かつて、勇者として命じられるままに敵を屠っていたときは、『考える』必要なんて無かった。
 指揮者プレイヤーの言う通り、命令を遂行していればいい。言われたことをこなしていれば、それでいい。
 それが当たり前であって、それが全てだった。


 そのため、とても遺憾なことに、彼女は『考える』力が致命的に未発達であった。
 同時に、予想外の出来事に直面すると、平常心を失い取り乱す………豆腐メンタルでもあった。


 つまるところ、誠に残念なことに…………



 彼女は、頭がとても弱かった。



 「あ………あの、……」

 通じないということすら忘れ、必死に自己弁護を図るように言葉を紡ぐ。

 「あの、……僕に、敵意はありません、…どうか、話を聞いてください…」

 しかしながら当然、目の前の彼らに通じるはずもなく。

 「あ……あの!僕に、敵意は、無い、です…! ……どうか、……話を聞いて……もらえませんか…!?」

 何度試みようとも、根本的な解決が成されていない以上、状況が改善するはずは無かった。

 言葉が通じないのであれば、言葉を用いての意思疎通は不可能。


 つまりは、自己弁護も不可能。

 「……っ、……あの、 ………あの……………っ、」

 それの意味するところは………




 およそ一年前。
 滅びゆく自分の身を切り崩してまで、送り出してくれたひとがいた。
 笑いなさいと優し気に声を掛け、行く先を案じてくれたひとがいた。
 ……それがこんなに早く……まだ自分の手で何もしていないのに、終わる。


 …………情けない。


 便利な道具に恵まれ、優秀な従者に恵まれ、結局助けられてばかりだった。
 なにが『自分の手で世界を見て回りたい』だ。自分の力では何も出来なかったではないか。

 …………情けない。情けない。


 「…………っく、…っひっ、く ……っぇ………ぁ、のっ…………」

 水竜を従えその背に揺られていい気になって、悠長に昼寝なんか決め込むからこんなことになった。岸辺への到着と同時に早々に立ち去っていればこんなことにはならなかった。所詮は言われたことしか出来ない能無しではないか。


 水竜の動きは湖を中ほどまで渡ったところで既に知られており、到着する頃にはほぼ待ち構えられていたのだが、そんなこと彼女は知るよしもなかった。
 情けなさと魔王に対する申し訳無さと自己嫌悪が堰を切ったかのように溢れ出し、もう頭の中は『捕まえられるんだ』『終わるんだ』『殺されるんだ』で染まっていた。その背に背負ったものが何なのかに思い至れば、荒っぽくはあってもこの場を逃れることは出来るのだが、それすら考えられない程にドツボにハマっていた。



 繰り返すが、彼女は頭がとても弱かった。

 加えて、メンタルも相当に弱体化していた。




 ………はぁぁぁぁぁ。

 耳に響いた、自分のものではない溜息に、半ば現実を拒否していた意識が強引に引き戻される。

 ……目が、合った。
 どうしよう。どうしよう。どうしよう。
 殺される。逃げないと。逃げられるか?囲まれてる。いっぱいいる。逃げられない?逃げないと。どこへ?安全な場所へ。どこへ?

 ………安全な、場所。

 ………………わからない。知らない。


 軽装の金属鎧を着込んだ、眼前の男……どこかの兵士なのだろう。
 彫りの深い端正な顔立ちに短く整えられた髭を備えた、四十代くらいと思しき鍛えられた男が、部下であろう兵士に指示を出す。
 どうやら僕の処遇が決められたらしい。
 陰鬱な気分で思わず俯き、聞こえないように溜息を漏らす。

 ………とはいえすぐに処分されなかったことを考えると、恐らく上役に判断を仰ぐのかもしれない。
 ………少なくとも、そこに辿り着くまでは処分されることは無いかもしれない。
 ………そこに辿り着くまでに彼らの言葉を覚えられれば、弁解できるかもしれない。
 ………そうすれば死なずに済むかもしれない。冒険が続けられるかもしれない。


 死なずに済むかもしれないも何も、彼女がお得意の身体強化魔法をもってすれば、大の大人であろうとも軽々と振り切れるのだが。それに背中の剣と外套が合わされば、下手な中隊よりも戦力は上なのだが。こと逃走に集中すれば、今の彼女の性能であれば十二分に可能なのだが。
 何故それよりも確率の低く、かつ難易度の高い「言葉を覚えて弁解する」という道を選んだのか。


 三度目であるが……

 彼女は、頭がとても弱かったのだ。



 わずかな希望を見出した(と思い込んでいる)彼女の前にふと、眼前の男から手が差し伸べられた。

 それはどう見ても握手を求める類の手なのだが、生殺与奪を握られていると思い込んでいる彼女には『さあ、大人しく武器を渡して貰おうか。周りを見てみろ。拒否権など無いぞ。我々の機嫌を損ねたらどうなるか解るな?下手な真似はするなよ』と言っているように感じられた。


 お豆腐メンタルに被害妄想も、ここまで来ると大したものである。

 もとより抵抗する気の無かった彼女は、一瞬の躊躇の後、観念したかのように全ての装備を解いた。


 文字通り、『全て』であった。




 その結果は、あまりにも惨憺たるものだった。

 一片の躊躇なく数少ない装備を脱ぎ捨て、白い未成熟な……それでいて見惚れるほどに整った裸身を晒すと同時。
 周囲で成り行きを見守っていた兵士達は一斉に顔を背け、うずくまり、少なくない数は鼻血を吹いて失神した。



 剣を差し出すように掲げる彼女だけが、その周囲の変化を、
 ……自分が原因であるということを、理解していなかった。



 ――彼女の頭は、とても、残念だった。

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