勇者が救世主って誰が決めた

えう

01_砦の兵士と湖の異変

 『水竜種』という生物がいる。


 性質や姿かたちは種によって様々だが、一般的には『海や湖などに生息する大型の魔物、中でも爬虫類的特徴を備えたもの』を示す。
 高い運動能力・高い知能を持つものが多く、

 ……厄介なことに、魔法を扱う個体も存在する。


 その食欲は旺盛であり、植物や動物問わず、様々なものを捕食するという。
 水草。樹皮。魚貝。更には水辺に近寄った陸上動物。……そしてときに、人間。


 普段は水底に潜む彼らが、餌である魚を追ううちに浮上。
 同じく魚を目当てとする、水辺の漁村に被害を出す、などといったことも、以前は少なくなかった。
 そういった被害を最小限に抑えるべく、ここドゥーレ・ステレア湖南砦にはそれなりの兵員が割かれ、水上輸送の要である湖上の異変に目を光らせている。
 まあ尤も、動きづらい水上の小さな動物を狙うよりも、縦横無尽に動き回れる湖底で大型の獲物を狙った方が圧倒的に効率が良いということに気づいたのか、最近はめっきり水竜被害も鳴りを潜めていた。



 このときまでは。








 ―――非常事態。

 そう、まさに常ならざる事態である。
 砦の中は悲鳴のような喧騒に包まれていた。

 単体でさえ撃退にはそれなりの痛手を覚悟しなければならない水竜が、四体。
 更に厄介なことに、……というよりも絶望的なことに、

 彼ら四体は徒党を組み、一直線に岸を目指していた。


 水竜は各々の食糧量を確保するために、単独で行動するのが常であった。強靭な体と高い知能を持つ彼らは、狩りのために群れる必要が無いためである。
 彼らにとって群れることは即ち、自分の食い扶持が減ることにほかならない。


 群れる筈のない水竜が、群れている。
 姿を隠すこともなく、水面を一直線に岸へ向かっている。

 そんな『ありえない行動』を目にし、湖南砦が混乱に陥るのも無理からぬことであった。 



 「第一班。第二班。配置急げ」
 伝令兵に指示を飛ばし、討伐隊隊長リカルド・アウグステは血の気の引いた顔を引き締めた。
 彼以下二十四名の討伐隊に下された命は、実に明快。
 『水竜の撃退』であった。


 (時間稼ぎ……いや、捨て鉢か…)


 通常時であれば多くの兵士が詰めている砦であったが、現在はその殆んどが周辺の各集落へと散会し、それぞれ警戒に当たっている。
 遠くを見渡せる監視塔があるのは、この近辺では砦のみ。
 つまり水竜の接近に気づいているのは、現在砦に待機していた者たちだけであった。

 各集落へと散会している兵たちに状況を伝え、人員を回してもらおうにも……間に合わない。
 かくなる上は……たとえ望み薄であると解っていても、現行の人員で対処するしかない。
 ……無論、伝令を出してはいるものの、彼らの帰還を待つ余裕もない。

 本来なら一班十二人体制で当たる、水竜の迎撃任務。
 単純な計算で、水竜一体あたりに割ける人員は……想定の半数。
 そんな厄介相手に連携でもされた日には、どんな結末が待ち受けるか想像に難くない。
 …いや。ここまで群れで行動している以上は間違いない。連携する頭があると見て間違いないのだろう。


 (『魔王の復活』、か。……信じたくは無かったが………)

 単純な力押しでは敵わぬ相手。異常極まりない、予測の出来ない行動。更には未知の魔法をも警戒せねばならない。
 どう考えてみても、詰んでいる。彼らに勝機は無かった。


 だが、だからといって引き下がることは出来ない。

 討伐隊こちらを認識し、様子を窺っている水竜の群れ。その更に向こう側。
 ここから辛うじて視認出来る程度の距離には、長く湖に伸びる桟橋が、
 多くの人々が訪れる、湖上交易の拠点ともいえる街が……うっすらと見て取れる。

 ……ここで自分たちが居なくなれば、奴等が街に到達するのは避けられないだろう。
 そうなれば…どれ程の被害が出るか。想像もつかない。




 「第一班準備よし」
 「第二班準備よし」
 戻ってきた伝令兵の言葉に、深く息を吸い……吐く。

 (アードルフ。…………家族を……後を、頼んだぞ…)

 負けが決まっていたとしても、後続のために…ひいてはこの地に住まう人々のために。
 奴らに可能な限り多くの被害を与える。…それだけだ。
 そして声には出さずとも…彼と志を異とする者は、この場には居なかった。




 「総員。」


 しばしの沈黙。

 「……掛かれ!!」


 号令とともに、甲高い音を立ててクロスボウが呻る。
 二方向より二十四本のボルトが水竜に射掛けられ、彼らにとって最期の……生きては帰れぬ戦いが始まった。



 ―――誰もが、そう思っていた。







 放たれた二十四のボルトが水竜に突き立つ……と思われた矢先。
 不意の暴風に煽られ、ボルトは直進性を瞬く間に失った。
 目標と勢いとを一挙に失ったボルトは標的を逸し、あるいは地面へと力無く落下した。

 クロスボウを投げ捨て、その手に槍や剣を構え、今まさに駆け出さんとする討伐隊にとって、それは悪夢のような出来事であった。


 『伝説級』とも言われる生命、龍種。
 その眷属とされる竜種もまた、程度にもよるが天候を操れる個体が存在する。

 ―――暴風結界。
 水竜たちの中心に座す、一回り大きい個体。奴の生み出した、風の護りであった。


 悪夢はそれだけに留まらない。
 周囲の三体の水竜が低く呻り声を上げたかと思うと……周囲が薄く煌き、見る見るうちに淡く輝く氷の針を生み出した。
 水竜一体につき六本から八本。三体掛かりで生み出された、計二〇本の氷の矢。

 ……それが何をするためのものなのか、理解できない者は居なかった。

 皮肉にも、初手で彼らが放ったボルト。 
 それと見紛うかのような勢いで飛来した氷の針は、風の護りなどある筈もない討伐隊の周囲を遠慮なく穿ち、その衝撃でもって周囲を吹き飛ばしていった。



 圧倒的な、暴力。

 人的被害が軽微だったのは、水竜も様子見であったのだろうか。はたまた…人間の群れなど直ぐにでも片付けられる、といった余裕の現れか。

 悠々とこちらを見下す彼らの周囲には、新たな氷針が油断なく構えられている。



 (これが……魔法………!)


 数秒。
 たったの数秒で、勝敗は既に決していた。
 …いや、もとより始まる前から決していたのだ。

 リカルドは歯噛みし、次に来るであろう激痛に耐えるかのように歯を食い縛った。









 …………



 ………………………………




 …来ない。




 恐る恐る、と目を向けると……水竜の周囲には未だ煌き放つ矢が、確かに浮かんでいる。

 しかしそれらは放たれる素振りを見せず、しかも水竜達は戸惑うかのように…中央の水竜を見遣っている。
 正確には……中央の水竜の背。そこに座す、白い人影・・・・に。




 (………?だと…!?)

 思わず跳ね起き、目を見張ったリカルドに気づいたのか、白い人影と視線が合った。

 透き通った双眸を見開き、こちらを見つめる小柄な人影。



 「………馬鹿な!? ……子供が……何故!?」

 水竜の群れに拉致されたのだろうか。だとしたら一刻の猶予も無い。あれだけの力を持つ水竜の手に掛かれば、ただの子供が生き延びられる筈も無い。


 そう……四体もの水竜に襲われれば、万に一つも命は無い。





 ……………………ならば何故、

 あの子供はあそこに居る?



 リカルドの疑問を余所に…白い子供は二言、三言となにやら言葉を紡いだ。

 …するとどうだ。
 渋々、といった様相ではあったが……水竜達が戦闘態勢を解いたではないか。
 呻り声は止み、周囲に漂っていた氷矢もたちまち霧消し……あとには水竜の群れと、奴らに何やら話しかけている白い子供。

 そして、完全に理解が追い付いていない討伐隊の面々が残された。

 ここからでは、話の内容までは聞き取れない。しばらく何かを言い争っていたようにも見えたが……
 やがて白い子供を背に乗せた水竜も不承不承、といった様子で子供を地面に下ろし、

 何度も何度も振り返りながら、



 四体すべてが、湖へと帰っていった。



 ……………………




 想定危険度は最上級、まず命は無いであろうとされた水竜撃退任務は、
 こうして誰一人欠かすことなく達成された。



 …………『水竜の撃退任務』は、である。



 目の前の、得体の知れない小柄な影。

 目を凝らすと、どうやら少女のように見えた。
 背丈はかなり小さい。
 髪から肌はもとより、その身を足先まで覆いまだ余りある外套も含め、総じて『白い』。
 ただその瞳が湛えるのは……白く透き通った青銀。

 仮に『雪の精霊』だと言われても信じてしまいそうな、そんな儚げな印象を受けた。



 ……だが、その背に背負っているのは。

 儚げな雪の精霊にあつらえたような、清らかな白の色。
 しかしながら…儚げな雪の精霊にはあからさまに不似合いなそれは、紛れもない『剣』。
 普通は腰に下げるものであろう大きさの、刃渡り1m程の直剣。

 その『武器』を背負う少女が……
 戦う意思を持っているということの、何よりの証明であった。




 『それ』が、ゆっくりと、ゆっくりと歩を進めてくる。

 見た目はそのまま白い子供ではあるが、先程の水竜の群れ以上に得体の知れない存在である。
 なにしろ水竜、『魔物』に襲われなかったばかりか……意思の疎通を果たしていたのだ。

 それどころか……見ようによっては魔物に守られて・・・・・・・いたかのようにも見えた。



 リカルド含め討伐隊員の脳裏を、先日のとある出来事が過ぎった。

 世界中の人類ほぼ全て、魔法を扱えない者さえもが一斉に感じたという……どこか禍々しさを含んだ、桁違いの魔力の波動。
 『気のせいだ』と切り捨てるには明らかに無理がある……圧倒的な数の人々が同時に『それ』を感知し、

 伝説上の『魔王』が復活したのではないか、という話まで出る始末。


 そんな眉唾物の噂話を思い出した。


 目の前にいる『これ』が『それ』だとしたら。
 破壊と殺戮の権化『魔王』だとしたら。


 もはや水竜どころの騒ぎではない。

 ………一瞬さえも足止め出来るかどうか。



 討伐隊の何人かもそのことに思い至ったらしく、
 各々が槍や剣を握り込み、睨み付ける。



 「貴様…! 何者だ!!」



 すると『それ』はビクリと身を震わせ、足を止め、





 あからさまに狼狽し出した。










 「ぁ………あー、ぇ…」







 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。


 僅かでも気を逸らしたらその瞬間に死が訪れる。……そう考えていた彼らにとって、突如として耳朶に響いたその音が、


 眼前の『それ』が発した『声』だと思い至るのに、時間を要した。




 「あーえ、るゅあやすめりぇむ、しるるぁむ、ゆる…うあんな、いやう」



 鈴を転がすような、とでも形容すべきか。
 舌足らずで、幼げで、どこか儚げなその『声』は、



 ……果たして、リカルドをはじめとする、誰一人として理解出来なかった。




 「あ……、あーえ! るゅあ、やす、めりぇむ! ……しる、るぁむ、ゆる、……う、あんな、いやう!?」


 先程よりもゆっくりと、はっきり区切るように流れたその声は……やはり理解出来ない。

 意思の疎通は、不可能であった。



 ……念のため構えはそのままに、
 顔をしかめ、ゆっくりと、首を左右に振る。

 それで、通じたらしい。
 彼女の顔に浮かんだのは…驚き。戸惑い。



 ……そして、絶望。




 「……っ、…あーえ、 んい………あー、ぇ…………っ、」


 整った顔をくしゃりと歪め、氷細工じみた瞳が溶けだすかのように涙を溢れさせるその姿は、

 (…………とても、破壊と殺戮の権化には………………見えんな……)


 「…………っく、…っひっ、く ……っぇ………ぁ、ぇっ…………」

 ついにはしゃくりあげ、泣き出してしまう始末。
 周りを見回すと、先程までは自分と同じく臨戦態勢を取っていた討伐隊員も……皆一様にばつの悪そうな表情を浮かべ、それぞれ納剣していた。
 どうやらすっかり毒気が抜かれてしまったらしい。



 ………はぁぁぁぁぁ。

 とりあえず危機が去った安堵もあって、思わず大きく溜息を零すと…
 見ていて可哀想なくらい『びくり』と震え上がった少女と、目が合った。


 (…………このままに……………しては置けないか……)

 「狼煙を上げろ。白三つだ。」

 ―――白色三本。湖南砦において、それは『状況終了』『問題無し』を表す記号である。
 次いで急ぎ、伝令兵を呼び寄せる。
 とりあえず大局は去ったのだ。砦の面々を早いところ安心させてやらねばならぬ。幾つか言伝を告げると、伝令兵は敬礼し……馬に飛び乗り颯爽と駆けて行った。
 辿り着く頃には夜中だろうが、狼煙では仔細の伝達は不可能なので仕方ない。これで砦の連中も、とりあえずは一安心であろう。



 ………あとは、こちらの処遇である。


 (…………エリゼと………同じくらい、か)

 眼前で俯く少女の背丈は、リカルドの一番下の娘ほど。こちらに対して敵意が無いのは、もはやほぼ確実であろう。
 ……むしろこれが演技だったら見事なものだ。騙された間抜け一同さっぱり諦めて死んでやる。
 出自に得体の知れぬところがあるとはいえ、顔を俯かせ涙をこぼし泣きじゃくるその姿は……年端のいかぬ只の幼女である。

 となれば、保護するまで。



 ……なのだが。


 (言葉は通じないか……)

 しばし悩み、リカルドはそっと少女に手を差し出す。


 ―――握手。あるいは、エスコートの誘い。

 首を横に振るジェスチャーが通じたことから、身振り手振りである程度の意思疎通は図れるだろう。…そう思っての行動であった。


 惜しむべくはその後の少女の言動が……想像の範疇を軽々と飛び越えていたことだろう。



 ……………後になって解ったことだが、
 どうやら彼女は『武器をこちらに渡して貰おう』と認識していたようだ。
 いや、それは別にいい。まだいい。………まだいい。
 問題はその後。少女のとった行動であった。


 手を差し出したリカルドの目を見つめ、意を決したように頷く少女。
 すると……おもむろに外套のあわせを解き、地面に落とした。
 そしてその下に身に着けていた剣帯を外し、背負っていた白一色の剣を下ろすと……
 鞘の剣先付近を両手で持ち、柄の部分をリカルドに差し出した。

 そのまま斬り捨てられても仕方ない、とでも言うように。


 『私は、剣を抜くつもりはありません。敵対する意思もありません。
 その証として、これをお預けします』


 少女の瞳はそう告げているかのようだったが、
 残念ながらリカルドはもとより、その場に居合わせた誰一人として……微塵も、全く、これっぽっちも、少女のその瞳を見ることは出来なかった。



 いや、目を合わせようとしなかった。




 その瞬間、彼らが目にしたのは、外套を取り払った少女の姿であった。


 途中二又に分かれていた剣帯で、かろうじて防衛が成されていた少女の山城は、少女自らがその守りを捨て去ってしまったことで今や完全に無防備を晒していた。

 もとより標高も無いに等しく、戦力としては本来さほど期待できない規模の城ではあったが……その城を形作る白壁の色、その造形の美しさ、また山頂付近に控えめに咲いた薄桃色の可憐な花と相まって、見るものを見惚れさせる魅力を秘めた双城であった。
 その城を一目見た兵士のおよそ半数は、城に攻め入る、触れるなどといった狼藉は当然、それどころか眺めることすら悪であると感じ……それこそ水が引くように、一瞬で一斉に全力で撤退していったと言う。

 また勇敢にも撤退しなかった残り半数の兵士、若さと男気溢れる血気盛んな兵士達に至っても、そこから南方に位置する盆地となだらかな丘陵地帯、その先の渓谷まで一目で見通してしまったばかりに……下草の一本も生える兆しの無い渓谷入口の三角地帯、その形状の美しさ、さらには渓谷奥底の聖地から発せられる未知の魔力に充てられ……嗅覚器官からの出血とともに漏れなく全員の意識が吹き飛んだと言う。



 ………端的に言うと、外套の下は全裸であった。





 討伐隊は一瞬で行動不能、およそ半数が気絶。
 ほぼ壊滅状態に陥った。




 これが、遠い昔に死んだ筈の『世界の敵』改め、
 自称『勇を喪った勇者』によりもたらされた、

 リーベルタ王国における最初の被害であった。

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