キャラ選択で異世界漫遊

あしや

うま茸狩りの前に準備運動(2)

 茂みを抜けた先には2メートルはあろうか大きな茶色の蜘蛛がいた。その短い体毛で覆われた背中からおぞましくも美しい女性が生えている。
 薄着の前は破れ陶器の様な白い肌を惜しげもなく外気に晒し、女性はおいでと怪しく玲子を手招きする。

___Cカップ

 玲子はチラ見えするたわわな乳房を評価する。そして脳内でリアル玲子の胸部と比較して憤慨した。

(見せつけよってからに!なに疑似餌の癖にその羨まけしからん大きさは!?何?もげって事なの?良いよ、お姉さんがそのおぱーい削いであげるよ)

 玲子が熱の籠った視線を疑似餌に注ぐ。すると似餌は全てを許す天子の笑みを浮かべて両腕を拡げてみせた。

「なっ!?この醜い心さえも貴女は受け止めると言うのか……」
 胸も器の大きさも完敗だった。その身を捧げて怒りを鎮めようだなんて御伽話しの姫の様ではないか。

「くっ、せめて貴女には傷をつけずに終らせよう」

 玲子は茶番を切り上げ、アラクネ本体へと向き合う。アラクネは食事にありつく寸前であった。
 ギチギチと鋭い牙を擦り合わせ、口から垂れ下がった糸を器用に呑み込んでいく。その糸の先には無惨にも千切れた手首が巻きついていた。
 ボタボタと血が滴る手首は蜘蛛が糸を啜る度に揺れて脂と肉のピンクの断面が見えた。

 周囲には薄っすらと鼻につく異臭と生臭い臭いが漂い、玲子は顔をしかめつつメレオを探す。
(間違いなくアラクネは私に気付いた。けど、襲ってこないのは危険を犯して戦わずとも腹を満たす獲物が手元にいるから?)

 玲子の考えはある意味正解だった。
 アラクネの巨体が邪魔で玲子からは見えないが、左の手首を切り飛ばされたメレオは地面に伏していた。
 その背中は斜めに裂かれて赤く染まり痛々しい。這いずって逃げようとしたメレオの太腿にはアラクネの爪の尖った脚が深々と突き刺さり標本の虫の様にメレオを縫い止めていた。

 アラクネにとって人間はただの餌だ。
 ましてや脅威など感じはしない。
 
 さりとて既に腹を満たすだけの餌は確保しているのだ。新たな餌が飛び込んで来たからといって、狩りで体力を減らすのは面倒でしかなく、且つ確保した餌から目を離している隙に他の魔物モノから奪われてでもしたら堪ったもんじゃない。

 だからこそアラクネは動かない。見逃してやるから他所へ行け、と__それは強者故の傲りと格下の存在に対する侮りだった。

「そのまま大人しくしててよっ」

 玲子は軽やかに地面を蹴るとアラクネへ肉薄する。寄せつけまいと振るわれた爪の鋭い脚を掻い潜り、アラクネの胴体の下を抜けると視界に倒れているメレオを見つけた。 

「ちょっ、メレオ生きてる!?」
 メレオの余りに酷い姿に玲子は動揺するも直ぐさまメレオの太腿に突き刺さる硬質なアラクネの爪をグラディエーターで切断する。

 絶叫を上げたアラクネの口から捕縛糸が吐き出された。玲子は左手を向けて素早く脳内に浮かんだスキル魔法壁マナウォールを発動する。

 瞬間、魔力の粒子が膜の様に薄い防壁を構築し、アラクネが放った捕縛糸を防ぐ。一拍後、キンッと高い音が弾け、斬の性質を持つ糸が地に落ちた。

 ただの餌ごときが生意気な。思うように攻撃が入らないことに苛立ち、アラクネは魔法壁マナウォールへと牙を幾度となく突き立てる。そのまま魔法壁越しに悠然と立つ己より小さき餌を8つの瞳で睨みつけた。

「……Oh、そんな見つめないでよ。粒羅な複眼が夢に出そうじゃないか」

 こっち見んな!と玲子はグラディエーターを無造作に振る。魔法壁マナウォール内でアラクネに刃が届くわけなく、ちょっとした威嚇のつもり____スパッ!!

 グラディエーターは容易く魔法壁を切り裂き、更には魔法壁にかじり付けていたアラクネの頭部をも両断した。
 
魔法壁マナウォールは内側から攻撃すると簡単に壊れるのか
……おK、把握したわ」

 頭をもがれ痙攣するアラクネからそっと視線を外し、玲子はアイテムバックに移していた特級HP回復薬ライフポーションを取り出した。

 メレオはぐったりと瞳を閉じて動かない。その胸が微かに上下していなければ死んでしまったと勘違いしてもおかしくない程その顔色は悪く、青を通り越して土気色に変わっていた。

(まったく。こんなハニートラップしょーもない事で死にかけるなんてお馬鹿なんだから)

 特級HP回復薬ライフポーションをメレオに振りかける。

「確か初めて遇った時も女の子追っかけてたし、もしやメレオはあの3人の中で1番の女好き?ま、それも今回の件で良い方に改善するかな」

 むしろトラウマ拗らせるレベルであるが……

 玲子が見守るなかメレオの失った左手首はあたかも初めからあった様に再生し、背中の裂傷が綺麗さっぱり消え失せた。
 ただ、1つ問題をあげるならばメレオの太腿に突き刺さった爪を玲子が抜き忘れていた事くらいだろう。

「ぅ、あ……」
「うん、間に合ったね」

 小さく呻きをあげ、身動ぎをしたメレオに玲子は肩の力を抜く。しかし意識を取り戻したメレオは玲子に返事する余裕などない。

「あ"ぁああっ、あじっ、足がぁああ!?」

 なんたって太腿から生じる言葉に度し難い灼熱の苦痛がメレオを苛んでいるのだから。これなら気を失っていた方が幸せだったろう。

 玲子が隣に屈むと、涙と涎でぐちゃぐちゃな顔をしたメレオのすがる様な視線と絡む。

「ごめん、今治すから」
 頑張れとメレオの頭を一撫でし、玲子はグラディエーターを持ち自らの聖杯ローブの袖を切り裂いた。
 太腿に突き刺さる爪を抜く際、メレオが誤って舌を噛みきらぬように割いた布を噛ませるのだ。嫌がるなら手を代用するのみである。

「噛める?」
 丸めた布そっと口元に持っていくとメレオは素直に口に含んだ。爪が引き抜かれる痛みを想像し、緊張から「ふーっふーっ」と呼吸が荒くなるメレオの様子を伺い見ながら、玲子はメレオが息を吐き出したタイミングで爪を引き抜いた。
 
「~~~~っ!!」
 傷口から堰を切ったように血が溢れ、地面に染みを広げていく。
 玲子は通常の初級回復魔法が体に穿たれた穴までも癒すほど効果があるのか判断に迷い、ワンランク上の中級スキルを使うことにした。

中級回復ケアルガ
 myモノ仕様そのままに白い光が怪我人を包つつみこむ。すると、戦闘時に沈黙していた癖に[舞台演出]が無駄にドラマティックなエフェクトを展開させた。

 温かく優しい風が吹き上がりローブの裾をはためかせ、木々の合間から差し込む柔らかな木漏れ日が2人へと降り注ぐ。
 どうあっても照らしにくる[舞台演出]に、玲子はこんな効果だったけ?と内心首を傾げるのだった。

「あんた……」
 んべっ!と布を吐き出したメレオが玲子を見上げる。その瞳が不思議そうに瞬いた。

「ん?」
「なんでもねー」

 ふいっと視線を反らしたメレオは怠そうに立ち上がった。そして左手を握ったり開いたり動作を確認しては苦虫を10匹は噛み潰した表情を浮かべ、玲子にビシッと1本の指を玲子に突き付けて宣言した。

「借りは返すからなー」
 涙とその他諸々で大惨事な顔で……

 

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