キャラ選択で異世界漫遊

あしや

御使いと御技

 身を包むひんやりとした冷たい空気に安宅玲子が目を覚ますと見慣れた自室のベッドの上ではなく、古い礼拝堂の台座のようなものにジャージパジャマ姿で寝ていた。通りで寒いはずだ。

 正面の壁には協会で見掛ける木製の大きな十字架がかかっていた。元は立派なシンボルだったのだろう。
 高い天井や燭台にはクモの巣が垂れ下がり、薄汚れたカーテンの隙間から差し込む陽光が宙を漂う埃をキラキラと照らしている。
 まさに廃墟と言った様相である。すんと空気を嗅げば古い建物特有の湿った木材とカビの匂いが鼻をつく。夢にしては中々のリアリティーだ。
 此で怖い夢は切実に勘弁して欲しい。絶対泣く自信がある。
 と、まぁ……悪夢かそうでないかは捨て置き、とりあえず硬い木製の台座から降りようと身を起こす。丁度よく踏み台は足元にあった。

「よっ」
「ウグッ!?」

 踏んだと同時に台が呻きを上げぐらりと揺れた。

「おわっ!?」

 女性らしい悲鳴って咄嗟に出ないよね。頭の片隅でそんな事を思いつつ、バランスを崩しながらも転ばずに床へと降りた。
 そそくさと踏み台(仮)から距離をとった安宅玲子は十分に離れたところで恐る恐る振り返り「ヒッ」と声を漏らした。
 
 踏み台があった場所には彫刻色の肌をした男が土下座していたのだ。その平らな背中にくっきりと足跡がついているのを目にして恐怖よりも気まずさに支配された。

「「すみません」」
 何故か互いにの謝罪が被った。束の間の沈黙が流れ、安宅玲子は意を決して話しかけた。
「あの、一先ず立てますか?」
「ああ。では失礼して……」

 立ち上がった男はギリシア人が着ていたキトンに似ている服装だった。布の上端を折り返して体に巻きつけ、両肩を留めて腰に帯を締める__確か、ドーリア式というあれだ。

「私は御使い……我が主より遣わされた者だ。今は仮初めの器を通して話しておる。驚かせてすまない」
「いえ、此方こそ……その足蹴にしてしまってすみません。ところで何故なんな所で踞っていたのかお聞きしても?」

 玲子の問に御使いが重々しく頷き、玲子が廃礼拝堂で目覚める事となった経緯と土下座の訳を語り始めた。曰く、最近の小説で有りがちな神様の手違いで異世界に来てしまう展開であると。

「もはや元の世界に戻す事も出来ぬ。されど、此の世界をか弱き女の身であるそなたが生き抜くのは厳しい。……故に我が主の御技を授けに参ったのだ」

「は、はぁ。ありがとう御座います」
「うむ。では一つ目だ」

 微妙な顔で礼を言った玲子に揚々と応じ、御使いは己の口にぐぐっと腕を突き入れた。
「は?」
 突然の凶行にドン引きだ。
「ぐおぇ……っと、ほら受け取りなさい」
 体内から腕を引き抜いた御使いがその拳を開き安宅玲子へと差し出す。

__どっから出してんの!?
 別にその手がテカテカ濡れている訳ではないが生理的な嫌悪を抱いた玲子は動かない。

「む、まったく此しきの事で驚いていたら身が持たぬぞ?ほら、固まってないで手を出しなさい」

 やれやれと手を焼く子供に向ける笑みを浮かべた御使いは有無を言わさぬ早さで玲子の右の人差し指に銀の指輪を填めてしまう。

「うひゃああああ!?」
「なんと、奇声を上げるほど嬉しいか」
(阿保か!違うに決まってんだろ!)
「よいよい、その指輪には此の世界の知識を詰め込んである。そなたの歓喜ぶりも当然の事だろう」

 ほきょほきょと笑う御使いをぶん殴りたい衝動にかられたが、重要なワードに玲子は努めて冷静になる。

「知識は有難いですがどうして指輪に?」
「直接そなたの脳に世界の知識を刻んでしまえば、その莫大な知識の量から脳が処理しきれずに許容を超えてしまうであろう」

 負荷を抑えるには玲子と別で知識を存在させなければならない。かと言って神界にある神の書斎の閲覧許可を出せば玲子の負担は少なくて済むが、代わりに必要な知識を得るのに時間差が生まれる。

「しかし、生き抜くには知識は必要不可欠。咄嗟の判断にもそれは言える事だ。だからこそ指輪に世界の知識を詰め込み、己が知識のように自然と引き出せるように配慮して下さったのだよ」

「有り難く頂戴します」
「ああ。確かに知識の指輪を渡したぞ。では次だ。そなたは確かMMORPGとやらを嗜んでいたな?」

 玲子は仕事から帰宅すると真っ先にパソコンに向かい、ネトゲ『MMORPG マインズ・ファンタジー』を立ち上げるのが日々の楽しみだった。

『MMORPG マインズ・ファンタジー』
 通称_my物は数多な職業と3000種以上の組み合せ無限大なオシャレ装備を宣うどこにでもあるMMORPGだ。
 メインストーリーは白の女神が守る世界エーディンを忍び寄る崩壊の危機から守る有りがちなもの。

 其れ丈ではなく、土地を買えば自宅を持つこと(とあるギルドは建国までしていたが)もできる。農作物やペットを育てたり、釣りなどの趣味に没頭したり、商いをしたりと自由度が高い。
 お気に入りのNPCの好感度を高めていけば友人または恋人_果ては家族なる事だってできる深いやり込み要素がユーザーにウケて長年に渡り一定の人気を得ていた。


「嗜み……てか、よく遊んでましたけど」

 古参と呼ばれる配信開始から長年遊び続けているプレイヤーの中に含まれる玲子にはCPプレイヤー以外にもおのずと仲の良いNPCが出来ていた。

(__my物から離れられずにいたのは此が理由の1つだったのかも)
 もう二度と遊べないのだと分かり、ふと浮かんだ思いに玲子は口元に小さな笑みを浮かべた。

「それが何か?」
「う、うむ……CSキャラセレクトと唱えてみてくれるか?」
「えーと、CSキャラセレクト!」

 声に出した瞬間、玲子の目前にパソコンサイズのディスプレイが現れた。しかも画面に映るのはどう見てもmy物のキャラクター選択画面だった。

「え、うそ!うわぁ~皆いるじゃん!!」

 玲子が此までに育ててきた4人の自キャラ達が画面の中で佇んでいる。短パンの似合う少年から好好爺まで年相が広い。もはやお気付きだろう。そう…
__玲子はネナベプレイヤーだったのである。

 玲子は宙に浮くディスプレイに震える指を伸ばし、一際目を引く金髪碧眼のイケメンオーラ溢れる青年。アレイスタークを選択する。

 アレイスタークは安宅玲子が1番最初にメイキングしたキャラだ。
 童話の皇子をイメージして後先考えずに課金アイテムを惜し気もなく使用して仕上がった贅沢極みの君である。暫くリアルがもやし生活になったのは懐かしい思いでた。

 そんなアレイスタークの容姿はこんな感じ。

 襟足が肩に届く程度の長さの髪は[課金染色:星の瞬き]を使用して白金色に染め、[課金容姿:愛すドール]で人形如く整った顔立ちに、更に[高額課金パーツ:皇族の瞳]でエーディンの皇族に受け継がれる高貴な碧眼を手に入れ、[イベント限:聖霊の瞳]を併用する事で特殊なエフェクトが発生する仕掛けになっている。

「流石慣れているのだな。説明するまでもなく出来たのだから驚いたぞ」

 腕を組み満足げな御使いには悪いが玲子には何の事か心当たりがない。

「む?気付いておらんのか。ほれ、此処の部屋に鏡がある。そこで姿を確認してみると良い」

 御使いが示す部屋に入ると、大きな姿鏡が据えられていた。玲子は「まさかね」と自分の予想を半ば疑いながらも全身を鏡の前に投じた。
 其処には童話から抜け出したような皇子が驚いた表情で玲子を見つめ返していた。

「ア、アレイスタークになってる!?それに声まで……」

 my物ではプレイヤーキャラに声はなかった。しかし、きっとアレイスタークならこんな声かなーと想像していた通りの耳に心地好い落ち着いた声音が玲子の喉から出てくる。

 鏡に映る自分だと分かっていても愛して育てたキャラが実際に動き、表情を変えて、言葉を話す__まるで生きている姿に玲子は感極まり、様子を見に部屋に入ってきた御使いを力の限り抱き締めた。

「どうじゃ?これが二つ目のぐぎゃ!?」
「御使い様ありがとう御座います!ありがとう御座います」
「ょ……よいよい、そなたの喜びは伝わっているよ。だから放すのだ。今のそなたはCSキャラセレクトで選択した人物のステータスが反映されて強くなっておる。だから我が器を破壊する前に放すのだ!!」

 それから数分後、正気に戻った玲子はヒビ割れが生じた御使いに謝罪するのだった。

「先程はすみません。それで、二つ目の御技はCSキャラセレクトで私の育てたキャラ達に変身できるって事なんですね。凄く嬉しいです。それに、これなら魔獣と遭遇しても生き残れそうです」

「うむ。先も言ったがか弱き女の身では厳しい世界だからな。そして最後に授けるのは目録インベントリである」

 目録インベントリは簡潔に纏めると管理画面とアイテムバックと倉庫を一つにしたものだった。
 管理と言っても装備変更を行うのではなく、健康状態や資金の確認が目的となる。
 アイテムバックは実際に荷物を持つ必要がなくなる空間収納だ。何か入っていないかと探れば、アレイスタークが所持していたアイテムがそのまま残っていた。
 更に、全キャラ共通の倉庫まで再現された事で預けていた数千にも及ぶアイテムの数々が使えるようになったのだ。

 どこまでも至れり尽くせりな神対応に異世界のパワーバランス大丈夫か?と若干心配になったが玲子は素直に喜んでおく。

「因みに、CSも目録も声に出さなくても良いからの。それでは安宅玲子よお別れだ。……そなたの行く先に幸多き事を祈っておるぞ」

 御使いは全ての御技を授け終えると玲子を祝福した。そして、徐に両腕を開くと神々しく浮かび上がり、最初に玲子が目にした大きな十字架へと張り付いて動かなくなった。

「ちょ、仮初めの器ってそれだったの?」
 どうにも最後まで締まらないらしい。



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