(囲碁)読書部、はじめました!

巫夏希

第一話 ②

「ところで田口くん、囲碁のルールってご存じ?」
「囲碁……? ここは読書部、ですよね。本を読んで、その感想を言い合うとか」

 あー。
 三人の視線が宙を舞う。

「ビブリオバトルみたいなことを期待しているなら、諦めたほうがいいぞ。何せここは国語の先生たる如月ちゃんが『自分の部活が欲しい!』と言う名目で始めた部活だ。そりゃあ、最初はどんな部活だろうかとわくわくしたものだけれど……これが実情だ。諦めろ。ここにお前のやりたい読書は無い」
「ええっ」

 驚いている様子。
 それもそのはず。きっと彼はビブリオバトルなんて言葉を出してきた以上、本格的に読書に取り組む部活を想定したと思うからだ。実際問題、読書部なんて名前を聞いて『実は読書はしていません』なんて言い出したら、『それって部活名の詐欺じゃないの?』なんて言われかねない。それぐらいの、詐欺だ。

「……でもまあ、囲碁も将棋も、百人一首だってある。ボードゲームに関しては、如月ちゃんの私物だから好きに遊べるぞ」
「そーそ、まいっちって時間が無いくせにいろいろと買い込む癖があるからねー」
「だから二人とも、私のことは如月先生か舞先生と呼びなさいってば!」
「でもねえ」
「まいっちがなじんじゃってるし、しゃーないんじゃない?」
「ぐぬぬ……。そう言われると何というか、教師としての威厳を損ねるような感じがしてきて、非常に面倒なのですけれど!」
「で……一つお聞きしたいんですが」
「ん? 何だ、俺に分かることであれば聞いてみてくれ」
「囲碁、って何ですか?」
「……は?」

 場が凍り付く。
 いや、読書部に入部希望だということは、読書に秀でた人間(そもそも読書に秀でた、とはどういうことだ? えらく中途半端な感じのような気もするけれど)が入部するに違いなかった。読書が好きということはある程度知識が豊富、というのはもう運命づけられた常識に近い。
 そんな彼が――囲碁を知らない?
 そんなことがあるのだろうか?

「囲碁について、知らないんですよ。ボードゲームと言えばモノポリーとか、人生ゲームぐらいしかやったことが無くて……。あの、何か間違ったことを言いましたか?」
「い、いや、別に」
「ちょっと驚いただけだよ。……ねっ? まいっち?」
「ええっ!? あ、う、うーん、そうだね。ちょっと驚いただけだよ。囲碁って君たち世代には有名なことかなーと思っていただけだし」
「そういえばヒカルの碁ってもう十五年ぐらい昔の漫画じゃない?」
「嘘だろ……」

 美保と修司はそんなことを言いながら、項垂れる。
 十五年も昔の話なら、知らない世代が居てもおかしくない。
 そもそも、一年のズレというだけでもかなり世代格差があると言われているくらいだし、美保たちと啓介の知識にズレがあることもまた、仕方ないことと言われてもしょうがないことだった。

「でも……囲碁のルールを知らないとなると……! これは部長であるあなたの役目よ! あなたが囲碁のルールを啓介君に教えて、無事読書部のメンバーを増やすのよ!」
「ええっ!? 俺が!!」
「だって部長はあんただしねー。部長、ファイトー」
「適当なことを言えば誤魔化せると思っているな、お前は……!」

 そうして、囲碁のルールを説明するために、まずは、修司と啓介で一局打ってみることにするのだった。
 今まで五目並べをしていた碁盤を片付けると、彼はそれを指さし、

「まず、これが碁盤だ。縦横十九本の線が入っているため、これは十九路盤と呼ばれる。そして、基本的には、線の交差する場所に碁石を打つ。今回は俺が黒……先手で打ってみよう。さて、」

 そう言って、中心の左上に黒い碁石を置く。

「中心は天元と呼ぶ。憶えておくと、頭が良く思われるぞ」
「何その、どうでもいいこと」
「とはいいながら、お前も憶えているじゃんか、囲碁の用語は」
「ぐ……。五月蠅いわね、勉強できると思われたいのは、誰だって一緒なのよ!」
「あ、あの……僕はもう置いて良いんですか?」
「ああ、良いぞ。好きなところに置いてみろ」

 言われたとおり、彼は先程修司が置いた黒い碁石の右隣に白い碁石を置いた。

「おっ、そこに置くか。では、次のルールと行こうか」

 修司は持っている黒い碁石を、白い碁石の右隣に置いた。
 これで碁盤を見ると、ちょうど白い碁石を左右に挟む形となった。

「今、この白い碁石は上下左右のうち左右を潰されたことになる。ここで、さらに上下を俺が取ってしまうと、この碁石は奪われてしまう。取った石はハマと呼ばれ、取られたことにより生まれた空白、それに自分の碁石で四方を囲んだ場所を地、陣地のことだな、と言う。ここまでは分かったか?」

 その言葉を聞いて、ゆっくりと彼は頷いた。


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