僕らのダンジョンアタカッーズ!
ようこそ!ファンタジア学園へ!~初勝利は確かな一歩でした~
現在僕らは木漏れ日が差し込む林の中を歩いている。
今の所モンスターを見つけてはいないけど、いつ出会うか分からないから少しドギマギしてる。
「ふんふふんふ~ん♪」
そんなヘタレな僕とは違ってレティアは鼻唄を歌いながら先を進んでいる。楽しそうな所悪いけれど僕は聞かなきゃいけない事があるため、レティアに声をかける。
「ねぇレティア!」
「んー?なんだー?」
「魔物を探すっていってたけど具体的に何と戦えばいいの?」
レティアは僕の質問に笑顔で振り返りながら答える。
「ピグラット!」
「ピグラット?」
「そうだぞ!この辺りにいるって聞いたから食料調達ついでにクニハルの修行相手にするぞ!」
「食料って食べるの?」
「ピグラットの丸焼きは美味しいんだぞ~」
ほっぺた抑えて幸悦した表情を見せるレティア。涎垂れてるよ?
しかしピグラット…。名前からして豚のようなネズミ、あるいはネズミのような豚だろうか。豚はともかくネズミかぁ~。……ネズミを食べるのかぁ。僕の世界にも食べる国や地域はあるらしいけど、正直イメージつかないぞ。
「クニハル」
突然レティアが足を止めて僕に呼び掛ける。それに習い僕も動きを止める。
「ど、どうしたの」
「いた。ピグラット」
レティアが指を指す方向を見る。そこにいるのは子牛程の大きさを持つ丸みを帯びた毛玉だった。その毛玉がもぞもぞと動き此方に顔を向ける。その顔は豚の鼻を持つネズミ、いやネズミというかあの体躯だとハムスターといった方が近いかもしれない。
「あれが、ピグラット……情報解析」
僕はレティアに隠れてスキルを発動する。
『情報解析。解析完了まで残り5秒』
短いな。余り大したこと無いということか?
『解析完了』
ピグラット level.1
HP : 35/35
MP: 2/2
状態:正常
攻撃力 10
耐久力 16
魔力     2
俊敏力 10
智力     9
汎用スキル:無し
マジックスキル:無し
オリジナルスキル:無し
なんというか、弱い。そこそこ大きい体だからか体力と耐久力はある。でもそれ以外は明らかに僕よりだいぶ下だ。
「ピグラットはまだこっちに気付いてないな。クニハルこれ」
レティアは懐からナイフを取り出し僕に渡してくる。これでアイツを狩れってわけか。
「弱点は鼻の上のこの部分だぞ」
そう言ってレティアは自分の鼻の上の辺りを押さえる。
「わ、わかった。行ってくる」
「危なくなったら助けるからな」
「うん。ありがとう」
少しづつ、静かにピグラットに近付く。僕より弱いとは言え、相手は魔物。怖くないと言ったら嘘になる。でもグリーンウルフに比べたら、なんてことはない!ここは確実に仕留める。静かに、ゆっくり、確実に。
よし!後少しという所まで来た!出来るだけ音をたてないように呼吸を浅くする。あとちょっと!静かにナイフを構える!……今になって手が震える。今思えばグリーンウルフの時は必死だったけど命を奪う行為をしようとしてるんだ。怖い。でもやらなきゃいけない。でも怖い。
(弱点は鼻の上、弱点は鼻の上、弱点は鼻の上)
心の中で何度も弱点を復唱する。ピグラットはもう目の前だ。よし、覚悟を決めた。ここは一気に「パキッ」あっ。
「ヂュッ!?」
しまったぁぁぁぁぁ!焦って木の枝を踏んじゃったぁぁぁぁ!!
「ヂュー!」
「うわぁぁ!?」
こっちに気づいたピグラットは突進を繰り出してくる。それに思わず仰け反った僕はピグラットを逃がしてしまった。
「いってて……」
「クニハル大丈夫か?」
「う、うん。平気。お尻打っただけ」
逃げられてしまった。焦り過ぎたのか、軽い慢心があったのか、はたまた恐れが体を支配したか。いづれにせよ僕はピグラットを倒せなかった。
「はぁ……」
「大丈夫クニハル!次があるぞ!」
「レティア……うん。そうだね」
切り替えていかなきゃいけない。後悔しても成長はしないんだから。そうこうしてるうちにレティアが次のピグラットを見付ける。
「ヂュゥゥ」
今度のは僕たちの存在に気付いていた。臨戦態勢で此方を睨んでいる。
「クニハル。行けるか?」
「うん、今度こそやるよ」
深呼吸を一つ。ナイフを構え、ピグラットを向かい打つ。
「よーし、こい!」
「ヂュー!!」
突進をしてくるピグラットを横にかわす。そしてそのまま切り返しピグラットの側面をナイフで刺す!
ドスッという音が聞こえる。
「や、やった」
「まだだクニハル!」
「えっーー」
瞬間ピグラットが体を大きくよじる。その勢いに負け、手に持っていたナイフを手放してしまう。
丸腰となった僕をピグラットが怒り顔で睨む。
「う、うぁあああ……」
こわい、怖い、恐い!!グリーンウルフの時の事を思いだし体が動かなくなる。そして情けなく僕はしりもちを着く。何も出来なくなった僕にピグラットが襲いかかってくる。
「ヂューー!!」
「クニハル!!」
ザンッ!!
ピグラットから鮮血が吹き出す。レティアが助けに入ってくれたのだ。
「クニハル無事か!?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……え?」
汗が止まらない。顔から血の気が引いていく感じがする。気分が悪い。レティアの声に一瞬反応できないほどに。
「休憩しようクニハル」
「……うん」
パチパチッと焚き火の音を聞きながら僕は目の前の火を眺めている。
「クニハル?食べないのかー?」
「うん。食欲無いから」
焚き火と一緒に先程レティアが倒したピグラットが焼かれている。ピグラットというだけでも口に運ぶのを躊躇うし、今の僕は自分の不甲斐なさに憤っている。
「食べなきゃ元気にならないぞー?はい」
レティアからピグラットの……どの部分かはわからないけど、肉を貰う。貰った以上仕方ないため、かじってみる。
「……おいしい」
「だろー?」
いや、本当に美味しい。なんか納得いかないけど。
そういえばこっちに来てから何も口にしてなかった事を今更思い出した。コンビニの弁当はグリーンウルフにやっちゃったし。
「平気かー?クニハル」
「うわっ!……へ、平気って?」
レティアが僕の顔を下から覗き混んできてびっくりする。
「何事も最初は上手くいかないもんだぞ?気にするのはよくないぞ」
レティアはさっきの事をいってるんだろう。ピグラットにも勝てなかった僕を励ますために。
「……うん、そうだね。その通りだ」
「そうだぞ!」
レティアが笑顔を見せる。その笑顔に絆されたのか、僕はポツリとレティアに自分の事を話し始めていた。
「僕はね、平和な所から来たんだ。戦いとは無縁って訳じゃないけど、少なくとも大多数が何事もなく平和に暮らしている場所」
「……良いところなんだな」
レティアはピグラットを食べるのを止めて僕の言葉に耳を傾けてくれる。それに少し嬉しさを感じつつ、僕は話しを続ける。
「僕は本当はファンタジア学園に行くつもりなんて無かったんだ。でもいつのまにか半ば強制的に行くことになってて……」
「ヒドイな!」
「まぁ、自業自得な所もあるんだけどね」
あの時の事を思いだし渇いた笑いが零れる。
「それでも学園に行かなきゃいけないんだ」
「どうしてだ?」
「学園に行けば僕を無理矢理ここに連れてきた奴がいるかも知れないからね。せめて文句を言わなきゃ割に合わない」
でもーーそう言って僕は言葉を区切る。
「戦うのは怖いよ。ファンタジア学園は冒険者を育成する場所なんでしょ?戦いに身をおかなきゃ駄目なんでしょ?僕は、それが怖い」
「…………」
「君と合ったときのグリーンウルフも、さっきのピグラットも本気で僕を殺す気だった。初めてなんだ。殺気っていうのかな?そんな、恐怖を感じるのは」
「…………」
「どうして僕なんだろう……どうして僕は少しでもファンタジアに興味をもったんだろう……そんな事考えてたら、何もかも後悔ばかりだ」
「…………」
レティアがさっきから何の反応もしなくなってる。ゆっくりと僕はレティアの様子を伺ってみる。すると彼女は、
「…………(むぐむぐ)」
肉食べてた。
「ちょっとおぉぉぉ!?人の話聞いてます!?」
「聞いてるぞー」
「それならもっとこう、無いの!?」
「んー?だってなー」
彼女は食べいてた肉を置く。そして僕に真っ直ぐに向かい合うと再び笑顔で答える。
「当たり前だぞ。そんなの」
「ーーえ?」
一瞬だけ僕は反応しきれずに呆ける。それでもレティアは話を続ける。
「最初は誰でもこわいぞ?ワタシもそうだった」
そう言ってレティアは空を仰ぐ。そしてゆっくり自分の事を語り出す。
「ワタシの剣なー?シショーから教わったんだけどな?最初は全然ダメダメだったぞ?」
「……うそ」
「ホントだぞー」
あれだけの技を持っていて全然駄目だったとは、信じられない。でも彼女が嘘を付くような人物ではないことは薄々分かってはいる。だとしたら真実なんだろう。
「最初は上手くいかなくてな?魔物も全然倒せなくて、シショーに八つ当たりしたぞ?こんな剣意味ないーって。そしたらな、シショーがな?」
『泣き言いうならまずは百回失敗しろ。一回の失敗で諦めんな。百回失敗したら泣いて反省して、もう一度百回失敗しろ。成功するまでな。その頃にはお前は千回失敗しても笑ってられる超絶な戦士だよ』
「超絶な戦士……」
「うん、ワタシが目指してる夢だ。シショーみたいな超絶凄い戦士」
そう語る彼女の顔は自信と希望に満ちている。
ーー夢。それが彼女の原動力。僕には無いものだ。だからこそ、僕は彼女が羨ましくて、妬ましくて、尊く感じる。
ああもう、どうしようもない程の差を感じている。きっとまた僕の顔は曇っていることだろう。だって、彼女がまた此方を覗きこんでいるのだもの。
「だからクニハルも落ち込むのは百回失敗した後だ」
「レティア……」
レティアの励ましの言葉が僕の心に染み込んでいく。心地よい、だが同時に受け入れたくないとも思う。反骨精神というべきか、それともただの醜い嫉妬なのか。
「またやな顔してるぞ」
どうやら僕は感情が表情に出やすいらしい。ムッとした顔のレティアがそう言ってきた。
「クニハルは自分の事が嫌いか?」
「えっ……」
「クニハルは自分の選んだ事を全部後悔してるのか?」
「いやっそれは……」
否定出来ない。
自分のやったことが上手くいかない。自分の行動が意味を成さない。そんな自分が嫌になる。そうやって逃げてきたから。
そう、逃げてきたんだ。
「ーーっ!」
ああ、そうか。今になって解った。僕はやりたいことが無いんじゃない。怖くて全部から逃げてたんだ。何かをやっても上手くいかないかも知れない、長く続かないかも知れない。そうやって言い訳ばかりして、逃げて逃げて逃げ続けてきたんだ。
ああ、本当にどうしようも無いな……。
「クニハル」
「な、なに?」
「クニハルは学園に行くことを後悔してるか?」
「え……」
そりゃ、後悔してる筈だ。入学のボタンを押したと思ったら変な制約に縛られて異世界に飛ばされて狼の群れに襲われて、レティアに会ってーー
「あ」
そうだ。レティアに会った。会って数時間の自分に親身になってくれて、手助けまでしてくれて、僕に無いもの全てを持った、小さな体に大きな優しさを持っている戦士に。
ああそうだ、そうだとも僕はきっとーー
「……後悔は、してるかな」
「そうか」
「でも」
「ん?」 
「間違えてない」
僕はこの世界に来たときの事を思い出す。見たこともない景色、未知の動物達、不思議な能力。全てが悪いことばかりではない。少なくとも僕はあの時、不安と同時に期待を持っていた。
ーーいや期待なら最初からあった。あの広告を見た時から。
そうだ。僕はあのとき他ならない自分の意思で入学を決めた。そこに嘘偽りはない。何の間違いでもない。色々なことから逃げて、流されるだけだった僕が初めて選んだ『道』。どうして選んだのかは今でも分からない。でも間違いなくあれは僕の意思だ。
ならせめて、この『道』だけはーー最後まで歩いてみたい。
「矛盾してるぞ?」
「そう?」
「でも、なんかカッコいいな」
カッコいい。そういわれて照れてしまう自分がいる。恥ずかしくて顔を少し逸らしてしまう。
「クニハル」
「うん?」
「ワタシも最初は弱かったぞ?でも強くなった」
「だからクニハルも強くなるぞ!」
レティアがまた笑顔になる。目尻に少しの涙を貯めつつも。
単純ながら、僕はこの笑顔に答えたいと思った。
そうと決まればやれることは全てやるべきだ。
まずはそうだな、隠し事を止めよう。
「ねぇレティア」
「なんだ?」
「少し僕のスキルを使ってもいいかな?」
「クニハル、スキル持ってたのか?」
「うん、戦闘に直接は関与しないけどね。ちょっとそこに立ってて」
「お?おー」
「情報解析」
『情報解析。解析完了まで後3分』
長いな……。これが今の僕と彼女の差というわけか。
「もういいかー?」
「うん。後は待つだけだから」
「んー?」
不思議そうにこっちを見るレティアをよそに僕は解析を待つ。
『解析完了』
レティア・チェ・ネッレブッル level.6
HP : 98/98
MP: 53/53
状態:正常
攻撃力 62
耐久力 55
魔力     40
俊敏力 53
智力     28
汎用スキル:
パワースラッシュ level.3:アクティブ  強力な一撃で対象を斬り裂く
ダッシュスラッシュ level.3:アクティブ 素早く対象に接近し斬り伏せる
マジックスキル:無し
 
オリジナルスキル:
超絶切り level.2:アクティブ 剣に闘気を纏わせ威力を大幅に上昇させる  
凄いな。あの時の鳥程ではないけれど、僕よりも遥かにlevelが高い。能力もだ。
「どうした?」
「レティア、君のレベルは6だよね」
「おぉ!?どうして解ったんだ!?」
「それが僕のスキルだから」
僕は自分の情報解析、そしてこの情報表示についての説明をする。
「ーーということだよ」
「おー!クニハルもオリジナルスキルがあったのかー!」
なんだかびっくりする所が少し違う気もするけど。今はそうじゃない。
「でも急にどうしたんだ?スキルの説明なんて」
「ひとつはちょっと聞きたい事があったから。もうひとつは……ん、その、信頼の証……という感じ……」
「おおー!」
は、恥ずかしい!今の台詞ちょっと臭すぎないかな?あー顔が熱くなって行くのを感じる……。いや、今はそれよりも聞かなきゃいけない事があるんだ。
「レティア」
「なんだ?」
「ステータスは基本的に数字が上回っていれば相手に勝てるんだよね?」
「そうだぞー?レベルで勝っててもステータスで負けてたらやられちゃうぞ」
「それを聞いて安心した」
どうやらそこら辺もゲームみたいなものらしい。ステータスさえ上回っていれば、レベル差があっても勝つことは出来る。逆に戦略を使えば下克上も可能だと。
ならば答えは一つ、戦略とステータスの両方で勝つ!
「どうしたんだ?急にそんな事」
「このスキルでピグラットの能力も数値化したんだ。そしたら僕の能力の大半は奴を上回っているんだ」
「それがどうしたんだ?」
「うん、実はーー」
僕は自分が考えた事をレティアに告げる。
「本気か!?」
「僕は罠とかよく分からないからこれが一番確実だと思う。だからレティア、いざとなったらーー」
「よし、分かった!必ず助けるぞ!」
「うん、ありがとう」
やることは決まった。なら後はリベンジマッチだ!
「よし、行こう!」
「おう!あ、でもその前にピグラット全部食べような」
「ア、ハイ」
なんか締まらなかった。
「ヂュッ?」
「…………」
ピグラットの前に僕は堂々と姿を表す。ピグラットは最初は何事かと見ていたが、僕がナイフを持っていると解ったとたんに目の色を変える。
僕もゆっくりと構える。ナイフ、よし。レティアは、近くにいる。そして深呼吸ーー準備は整った。
「さぁ、こいっ!!」
「ヂューー!」
ピグラットは飛び掛かってくる!僕はそれを横に飛び込みながらかわす。そのまま前転してピグラットに向けてナイフを構える。ピグラットは再び此方に向かって飛び掛かる。それを再びかわす。先程と同じ行動。その動きを見て僕は確信する。こいつはやはりそれしか無いのだと。
ピグラットにスキルは無い。なら攻撃パターンは限られる。突進か、のし掛かってくるか。ならばそれに合わせて避け続ける。しかし、それではいつまでたってもコイツは倒せない。
先程のピグラットのお陰で弱点以外に攻撃しても致命傷にはならないことは分かってる。だから弱点を突き、一撃で仕留める!攻撃がくる。かわす。攻撃がくる。かわす。これを繰り返し奴の動きが単調になるのを待つ!
「ヂュッー!!」
何!?こいつ、木の上に登った!?
「ヂュヂュッー!!」
「うわっ!」
そのまま飛び掛かって来た!重力の助けもあってさっきよりも攻撃が早い!
何とかかわそうと身を捩るが、その際に腕にピグラットの爪が擦る。
「いっつ……!」
「クニハル!?」
「だ、大丈夫!」
この程度のかすり傷なら怪我の内には入らない。何とか飛び掛かりをかわしてナイフを構えながらピグラットの正面に立つ。あれでもネズミだ。動きが見た目よりも機敏なのも当然。
(でもこのままじゃまずい!木の無い所に移動する!)
僕はピグラットに背を向けて走り出す。それを好機と捉えたピグラットが僕に向かって真っ直ぐに突進してくる!
「なーんて」
ーー待っていたぞ、この瞬間を!
僕は即座に振り返り、ピグラットに向けて全力で突進をかます!ピグラットの力は僕の耐久力よりも劣る。ならば多少のダメージは耐えられると踏んだ!最初から奴が僕に真っ直ぐに突進してくることを待っていたんだ!
名付けて“お相撲さんのぶつかり稽古”作戦!
「だらぁ!!」
「ヂュッ!?」
「おおっ!?」
 
ドスゥン!
僕とピグラットがぶつかり合う音が響く!
い、痛い……けど何とか耐えた!グリーンウルフの牙に比べたらこれくらい、全然平気だ!!
「これでもう逃げられないぞ」
ピグラットの鼻を右腕で抱え込む。爪も歯も届かないギリギリの位置で。これでピグラットは何も出来なくなる。ピグラットは僕の腕を振り払おうともがくが、許すわけがないだろう。こんな止めの大チャンスを!
そして僕はナイフを振り上げる!
「弱点は……鼻の上ぇ!!」
ドスッ!!
「ヂュッ…ガッ!」
ピグラットの弱点にナイフを突き立てる。ピグラットはしばらく動きがとまっていたが、その後フラフラと力なく僕から離れて、そしてこのそのまま倒れ動かなくなった。
「やっ、やった?僕がか「ヤッター!!クニハルー!!」ーーウベェ!」
呆けていた僕の真横からレティアが飛び込んで来た。
「れ、レティア!?」
「やったぞー!クニハル!勝ったぞ!初勝利だ!!」
「はつ……しょうり……」
僕は再びピグラットの死体を見る。かった?僕が、初めて?勝った。
「……やっ」
やった。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!!勝ったぁぁぁぁぁぁ!!」
「おー!!クニハルの超絶勝利だ!!」
勝ったんだ!本当に!僕は初めてこの世界で!
「うっぐ、ううぁぁぁぁぁぁ……」
自然と涙が零れる。緊張が解けて体も痛い。でもこの涙はきっと喜びの涙だ。だって僕の心はこんなにも満たされているから。
「うぅ……よかっだなぁ……グニハルゥ……」
レティアもつられて涙を滲ませる。二人して泣いて、泣いて、けれど笑っていた。
「あ、クニハル。忘れてた、経験魂」
「う”っ……?」
ああ、そうだった。魔物を倒しただけじゃ駄目だった。感動の余り忘れてた。
「ぐすっ……どうやるの?その経験魂って」
「こっちだぞ!」
レティアが僕の腕を掴んでピグラットの死体まで連れてくる。死体からは何やらオレンジ色の光というか煙というか、とにかくよく分からない物が立ち上っている。
「これが経験魂だ。クニハル手をかざして?」
「これが……」
僕は言われた通りに死体に向けて手をかざす。するとオレンジの光、経験魂が僕の手に吸い込まれるように消えていった。
「わぁ……暖かい」
体の中がまるでお吸い物でも飲んだみたいに暖かい。
そういえば、体が暖かいとなにか有ったような……
「クニハル!スキルでレベル見てみろ!」
「えっ?あ、うん!」
僕は急いで眼鏡を外す。そしてステータスが表示された。
シンドウ・クニハル level.1→2
HP : 34/34→39/39
MP: 23/23→27/27
状態:正常
攻撃力 13→17
耐久力 15→21
魔力     22→25
俊敏力 13→16
智力     32→36
汎用スキル:無し
マジックスキル:無し
オリジナルスキル
能力表示 level.Max:パッシブ 対象の能力をデータ表示する 解析していないものは表示されない
異世界言語level.Max:パッシブ アーテリアの言葉を自動で翻訳する
解析能力 level.1:アクティブ あらゆる物を解析出来る能力 この熟練土では解析出来る情報は限られるうえに時間を要する 
「上がってる!!レベルが上がってるよ!」
「おー!!やったぞ!クニハル!」
そうだ、体が暖かいとレベルが上がった証拠だった!
でもこんなに早くレベルが上がるなんて、それにステータスもだいぶ上がってる。特に耐久力の伸びが凄い!ピグラットの突進を体張って止めたからかな?
「クニハル!次だ!」
「わっ!レティア!?」
レティアが急に僕の体を掴んで駆け出す。それにつられて僕も駆け出す。
「まだまだ修行は終わってないぞ!次々倒して超絶強くなるんだ!」
「レティア……。うん!」
レベルが1上がった。
たった1上がった。
されど1上がった。
この一歩は僕にとってはとても大きい一歩だ。この世界で初めて歩んだ一歩。前に進めるのなら進もう。まだ僕は自分の可能性を知らないのだから。
「そしてグリーンウルフ達にリベンジだー!」
「えぇーっ!?それは流石に厳しいーーってちょっとお!?レティアさあああああん!?」
前途多難だけどねっ!!
今の所モンスターを見つけてはいないけど、いつ出会うか分からないから少しドギマギしてる。
「ふんふふんふ~ん♪」
そんなヘタレな僕とは違ってレティアは鼻唄を歌いながら先を進んでいる。楽しそうな所悪いけれど僕は聞かなきゃいけない事があるため、レティアに声をかける。
「ねぇレティア!」
「んー?なんだー?」
「魔物を探すっていってたけど具体的に何と戦えばいいの?」
レティアは僕の質問に笑顔で振り返りながら答える。
「ピグラット!」
「ピグラット?」
「そうだぞ!この辺りにいるって聞いたから食料調達ついでにクニハルの修行相手にするぞ!」
「食料って食べるの?」
「ピグラットの丸焼きは美味しいんだぞ~」
ほっぺた抑えて幸悦した表情を見せるレティア。涎垂れてるよ?
しかしピグラット…。名前からして豚のようなネズミ、あるいはネズミのような豚だろうか。豚はともかくネズミかぁ~。……ネズミを食べるのかぁ。僕の世界にも食べる国や地域はあるらしいけど、正直イメージつかないぞ。
「クニハル」
突然レティアが足を止めて僕に呼び掛ける。それに習い僕も動きを止める。
「ど、どうしたの」
「いた。ピグラット」
レティアが指を指す方向を見る。そこにいるのは子牛程の大きさを持つ丸みを帯びた毛玉だった。その毛玉がもぞもぞと動き此方に顔を向ける。その顔は豚の鼻を持つネズミ、いやネズミというかあの体躯だとハムスターといった方が近いかもしれない。
「あれが、ピグラット……情報解析」
僕はレティアに隠れてスキルを発動する。
『情報解析。解析完了まで残り5秒』
短いな。余り大したこと無いということか?
『解析完了』
ピグラット level.1
HP : 35/35
MP: 2/2
状態:正常
攻撃力 10
耐久力 16
魔力     2
俊敏力 10
智力     9
汎用スキル:無し
マジックスキル:無し
オリジナルスキル:無し
なんというか、弱い。そこそこ大きい体だからか体力と耐久力はある。でもそれ以外は明らかに僕よりだいぶ下だ。
「ピグラットはまだこっちに気付いてないな。クニハルこれ」
レティアは懐からナイフを取り出し僕に渡してくる。これでアイツを狩れってわけか。
「弱点は鼻の上のこの部分だぞ」
そう言ってレティアは自分の鼻の上の辺りを押さえる。
「わ、わかった。行ってくる」
「危なくなったら助けるからな」
「うん。ありがとう」
少しづつ、静かにピグラットに近付く。僕より弱いとは言え、相手は魔物。怖くないと言ったら嘘になる。でもグリーンウルフに比べたら、なんてことはない!ここは確実に仕留める。静かに、ゆっくり、確実に。
よし!後少しという所まで来た!出来るだけ音をたてないように呼吸を浅くする。あとちょっと!静かにナイフを構える!……今になって手が震える。今思えばグリーンウルフの時は必死だったけど命を奪う行為をしようとしてるんだ。怖い。でもやらなきゃいけない。でも怖い。
(弱点は鼻の上、弱点は鼻の上、弱点は鼻の上)
心の中で何度も弱点を復唱する。ピグラットはもう目の前だ。よし、覚悟を決めた。ここは一気に「パキッ」あっ。
「ヂュッ!?」
しまったぁぁぁぁぁ!焦って木の枝を踏んじゃったぁぁぁぁ!!
「ヂュー!」
「うわぁぁ!?」
こっちに気づいたピグラットは突進を繰り出してくる。それに思わず仰け反った僕はピグラットを逃がしてしまった。
「いってて……」
「クニハル大丈夫か?」
「う、うん。平気。お尻打っただけ」
逃げられてしまった。焦り過ぎたのか、軽い慢心があったのか、はたまた恐れが体を支配したか。いづれにせよ僕はピグラットを倒せなかった。
「はぁ……」
「大丈夫クニハル!次があるぞ!」
「レティア……うん。そうだね」
切り替えていかなきゃいけない。後悔しても成長はしないんだから。そうこうしてるうちにレティアが次のピグラットを見付ける。
「ヂュゥゥ」
今度のは僕たちの存在に気付いていた。臨戦態勢で此方を睨んでいる。
「クニハル。行けるか?」
「うん、今度こそやるよ」
深呼吸を一つ。ナイフを構え、ピグラットを向かい打つ。
「よーし、こい!」
「ヂュー!!」
突進をしてくるピグラットを横にかわす。そしてそのまま切り返しピグラットの側面をナイフで刺す!
ドスッという音が聞こえる。
「や、やった」
「まだだクニハル!」
「えっーー」
瞬間ピグラットが体を大きくよじる。その勢いに負け、手に持っていたナイフを手放してしまう。
丸腰となった僕をピグラットが怒り顔で睨む。
「う、うぁあああ……」
こわい、怖い、恐い!!グリーンウルフの時の事を思いだし体が動かなくなる。そして情けなく僕はしりもちを着く。何も出来なくなった僕にピグラットが襲いかかってくる。
「ヂューー!!」
「クニハル!!」
ザンッ!!
ピグラットから鮮血が吹き出す。レティアが助けに入ってくれたのだ。
「クニハル無事か!?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……え?」
汗が止まらない。顔から血の気が引いていく感じがする。気分が悪い。レティアの声に一瞬反応できないほどに。
「休憩しようクニハル」
「……うん」
パチパチッと焚き火の音を聞きながら僕は目の前の火を眺めている。
「クニハル?食べないのかー?」
「うん。食欲無いから」
焚き火と一緒に先程レティアが倒したピグラットが焼かれている。ピグラットというだけでも口に運ぶのを躊躇うし、今の僕は自分の不甲斐なさに憤っている。
「食べなきゃ元気にならないぞー?はい」
レティアからピグラットの……どの部分かはわからないけど、肉を貰う。貰った以上仕方ないため、かじってみる。
「……おいしい」
「だろー?」
いや、本当に美味しい。なんか納得いかないけど。
そういえばこっちに来てから何も口にしてなかった事を今更思い出した。コンビニの弁当はグリーンウルフにやっちゃったし。
「平気かー?クニハル」
「うわっ!……へ、平気って?」
レティアが僕の顔を下から覗き混んできてびっくりする。
「何事も最初は上手くいかないもんだぞ?気にするのはよくないぞ」
レティアはさっきの事をいってるんだろう。ピグラットにも勝てなかった僕を励ますために。
「……うん、そうだね。その通りだ」
「そうだぞ!」
レティアが笑顔を見せる。その笑顔に絆されたのか、僕はポツリとレティアに自分の事を話し始めていた。
「僕はね、平和な所から来たんだ。戦いとは無縁って訳じゃないけど、少なくとも大多数が何事もなく平和に暮らしている場所」
「……良いところなんだな」
レティアはピグラットを食べるのを止めて僕の言葉に耳を傾けてくれる。それに少し嬉しさを感じつつ、僕は話しを続ける。
「僕は本当はファンタジア学園に行くつもりなんて無かったんだ。でもいつのまにか半ば強制的に行くことになってて……」
「ヒドイな!」
「まぁ、自業自得な所もあるんだけどね」
あの時の事を思いだし渇いた笑いが零れる。
「それでも学園に行かなきゃいけないんだ」
「どうしてだ?」
「学園に行けば僕を無理矢理ここに連れてきた奴がいるかも知れないからね。せめて文句を言わなきゃ割に合わない」
でもーーそう言って僕は言葉を区切る。
「戦うのは怖いよ。ファンタジア学園は冒険者を育成する場所なんでしょ?戦いに身をおかなきゃ駄目なんでしょ?僕は、それが怖い」
「…………」
「君と合ったときのグリーンウルフも、さっきのピグラットも本気で僕を殺す気だった。初めてなんだ。殺気っていうのかな?そんな、恐怖を感じるのは」
「…………」
「どうして僕なんだろう……どうして僕は少しでもファンタジアに興味をもったんだろう……そんな事考えてたら、何もかも後悔ばかりだ」
「…………」
レティアがさっきから何の反応もしなくなってる。ゆっくりと僕はレティアの様子を伺ってみる。すると彼女は、
「…………(むぐむぐ)」
肉食べてた。
「ちょっとおぉぉぉ!?人の話聞いてます!?」
「聞いてるぞー」
「それならもっとこう、無いの!?」
「んー?だってなー」
彼女は食べいてた肉を置く。そして僕に真っ直ぐに向かい合うと再び笑顔で答える。
「当たり前だぞ。そんなの」
「ーーえ?」
一瞬だけ僕は反応しきれずに呆ける。それでもレティアは話を続ける。
「最初は誰でもこわいぞ?ワタシもそうだった」
そう言ってレティアは空を仰ぐ。そしてゆっくり自分の事を語り出す。
「ワタシの剣なー?シショーから教わったんだけどな?最初は全然ダメダメだったぞ?」
「……うそ」
「ホントだぞー」
あれだけの技を持っていて全然駄目だったとは、信じられない。でも彼女が嘘を付くような人物ではないことは薄々分かってはいる。だとしたら真実なんだろう。
「最初は上手くいかなくてな?魔物も全然倒せなくて、シショーに八つ当たりしたぞ?こんな剣意味ないーって。そしたらな、シショーがな?」
『泣き言いうならまずは百回失敗しろ。一回の失敗で諦めんな。百回失敗したら泣いて反省して、もう一度百回失敗しろ。成功するまでな。その頃にはお前は千回失敗しても笑ってられる超絶な戦士だよ』
「超絶な戦士……」
「うん、ワタシが目指してる夢だ。シショーみたいな超絶凄い戦士」
そう語る彼女の顔は自信と希望に満ちている。
ーー夢。それが彼女の原動力。僕には無いものだ。だからこそ、僕は彼女が羨ましくて、妬ましくて、尊く感じる。
ああもう、どうしようもない程の差を感じている。きっとまた僕の顔は曇っていることだろう。だって、彼女がまた此方を覗きこんでいるのだもの。
「だからクニハルも落ち込むのは百回失敗した後だ」
「レティア……」
レティアの励ましの言葉が僕の心に染み込んでいく。心地よい、だが同時に受け入れたくないとも思う。反骨精神というべきか、それともただの醜い嫉妬なのか。
「またやな顔してるぞ」
どうやら僕は感情が表情に出やすいらしい。ムッとした顔のレティアがそう言ってきた。
「クニハルは自分の事が嫌いか?」
「えっ……」
「クニハルは自分の選んだ事を全部後悔してるのか?」
「いやっそれは……」
否定出来ない。
自分のやったことが上手くいかない。自分の行動が意味を成さない。そんな自分が嫌になる。そうやって逃げてきたから。
そう、逃げてきたんだ。
「ーーっ!」
ああ、そうか。今になって解った。僕はやりたいことが無いんじゃない。怖くて全部から逃げてたんだ。何かをやっても上手くいかないかも知れない、長く続かないかも知れない。そうやって言い訳ばかりして、逃げて逃げて逃げ続けてきたんだ。
ああ、本当にどうしようも無いな……。
「クニハル」
「な、なに?」
「クニハルは学園に行くことを後悔してるか?」
「え……」
そりゃ、後悔してる筈だ。入学のボタンを押したと思ったら変な制約に縛られて異世界に飛ばされて狼の群れに襲われて、レティアに会ってーー
「あ」
そうだ。レティアに会った。会って数時間の自分に親身になってくれて、手助けまでしてくれて、僕に無いもの全てを持った、小さな体に大きな優しさを持っている戦士に。
ああそうだ、そうだとも僕はきっとーー
「……後悔は、してるかな」
「そうか」
「でも」
「ん?」 
「間違えてない」
僕はこの世界に来たときの事を思い出す。見たこともない景色、未知の動物達、不思議な能力。全てが悪いことばかりではない。少なくとも僕はあの時、不安と同時に期待を持っていた。
ーーいや期待なら最初からあった。あの広告を見た時から。
そうだ。僕はあのとき他ならない自分の意思で入学を決めた。そこに嘘偽りはない。何の間違いでもない。色々なことから逃げて、流されるだけだった僕が初めて選んだ『道』。どうして選んだのかは今でも分からない。でも間違いなくあれは僕の意思だ。
ならせめて、この『道』だけはーー最後まで歩いてみたい。
「矛盾してるぞ?」
「そう?」
「でも、なんかカッコいいな」
カッコいい。そういわれて照れてしまう自分がいる。恥ずかしくて顔を少し逸らしてしまう。
「クニハル」
「うん?」
「ワタシも最初は弱かったぞ?でも強くなった」
「だからクニハルも強くなるぞ!」
レティアがまた笑顔になる。目尻に少しの涙を貯めつつも。
単純ながら、僕はこの笑顔に答えたいと思った。
そうと決まればやれることは全てやるべきだ。
まずはそうだな、隠し事を止めよう。
「ねぇレティア」
「なんだ?」
「少し僕のスキルを使ってもいいかな?」
「クニハル、スキル持ってたのか?」
「うん、戦闘に直接は関与しないけどね。ちょっとそこに立ってて」
「お?おー」
「情報解析」
『情報解析。解析完了まで後3分』
長いな……。これが今の僕と彼女の差というわけか。
「もういいかー?」
「うん。後は待つだけだから」
「んー?」
不思議そうにこっちを見るレティアをよそに僕は解析を待つ。
『解析完了』
レティア・チェ・ネッレブッル level.6
HP : 98/98
MP: 53/53
状態:正常
攻撃力 62
耐久力 55
魔力     40
俊敏力 53
智力     28
汎用スキル:
パワースラッシュ level.3:アクティブ  強力な一撃で対象を斬り裂く
ダッシュスラッシュ level.3:アクティブ 素早く対象に接近し斬り伏せる
マジックスキル:無し
 
オリジナルスキル:
超絶切り level.2:アクティブ 剣に闘気を纏わせ威力を大幅に上昇させる  
凄いな。あの時の鳥程ではないけれど、僕よりも遥かにlevelが高い。能力もだ。
「どうした?」
「レティア、君のレベルは6だよね」
「おぉ!?どうして解ったんだ!?」
「それが僕のスキルだから」
僕は自分の情報解析、そしてこの情報表示についての説明をする。
「ーーということだよ」
「おー!クニハルもオリジナルスキルがあったのかー!」
なんだかびっくりする所が少し違う気もするけど。今はそうじゃない。
「でも急にどうしたんだ?スキルの説明なんて」
「ひとつはちょっと聞きたい事があったから。もうひとつは……ん、その、信頼の証……という感じ……」
「おおー!」
は、恥ずかしい!今の台詞ちょっと臭すぎないかな?あー顔が熱くなって行くのを感じる……。いや、今はそれよりも聞かなきゃいけない事があるんだ。
「レティア」
「なんだ?」
「ステータスは基本的に数字が上回っていれば相手に勝てるんだよね?」
「そうだぞー?レベルで勝っててもステータスで負けてたらやられちゃうぞ」
「それを聞いて安心した」
どうやらそこら辺もゲームみたいなものらしい。ステータスさえ上回っていれば、レベル差があっても勝つことは出来る。逆に戦略を使えば下克上も可能だと。
ならば答えは一つ、戦略とステータスの両方で勝つ!
「どうしたんだ?急にそんな事」
「このスキルでピグラットの能力も数値化したんだ。そしたら僕の能力の大半は奴を上回っているんだ」
「それがどうしたんだ?」
「うん、実はーー」
僕は自分が考えた事をレティアに告げる。
「本気か!?」
「僕は罠とかよく分からないからこれが一番確実だと思う。だからレティア、いざとなったらーー」
「よし、分かった!必ず助けるぞ!」
「うん、ありがとう」
やることは決まった。なら後はリベンジマッチだ!
「よし、行こう!」
「おう!あ、でもその前にピグラット全部食べような」
「ア、ハイ」
なんか締まらなかった。
「ヂュッ?」
「…………」
ピグラットの前に僕は堂々と姿を表す。ピグラットは最初は何事かと見ていたが、僕がナイフを持っていると解ったとたんに目の色を変える。
僕もゆっくりと構える。ナイフ、よし。レティアは、近くにいる。そして深呼吸ーー準備は整った。
「さぁ、こいっ!!」
「ヂューー!」
ピグラットは飛び掛かってくる!僕はそれを横に飛び込みながらかわす。そのまま前転してピグラットに向けてナイフを構える。ピグラットは再び此方に向かって飛び掛かる。それを再びかわす。先程と同じ行動。その動きを見て僕は確信する。こいつはやはりそれしか無いのだと。
ピグラットにスキルは無い。なら攻撃パターンは限られる。突進か、のし掛かってくるか。ならばそれに合わせて避け続ける。しかし、それではいつまでたってもコイツは倒せない。
先程のピグラットのお陰で弱点以外に攻撃しても致命傷にはならないことは分かってる。だから弱点を突き、一撃で仕留める!攻撃がくる。かわす。攻撃がくる。かわす。これを繰り返し奴の動きが単調になるのを待つ!
「ヂュッー!!」
何!?こいつ、木の上に登った!?
「ヂュヂュッー!!」
「うわっ!」
そのまま飛び掛かって来た!重力の助けもあってさっきよりも攻撃が早い!
何とかかわそうと身を捩るが、その際に腕にピグラットの爪が擦る。
「いっつ……!」
「クニハル!?」
「だ、大丈夫!」
この程度のかすり傷なら怪我の内には入らない。何とか飛び掛かりをかわしてナイフを構えながらピグラットの正面に立つ。あれでもネズミだ。動きが見た目よりも機敏なのも当然。
(でもこのままじゃまずい!木の無い所に移動する!)
僕はピグラットに背を向けて走り出す。それを好機と捉えたピグラットが僕に向かって真っ直ぐに突進してくる!
「なーんて」
ーー待っていたぞ、この瞬間を!
僕は即座に振り返り、ピグラットに向けて全力で突進をかます!ピグラットの力は僕の耐久力よりも劣る。ならば多少のダメージは耐えられると踏んだ!最初から奴が僕に真っ直ぐに突進してくることを待っていたんだ!
名付けて“お相撲さんのぶつかり稽古”作戦!
「だらぁ!!」
「ヂュッ!?」
「おおっ!?」
 
ドスゥン!
僕とピグラットがぶつかり合う音が響く!
い、痛い……けど何とか耐えた!グリーンウルフの牙に比べたらこれくらい、全然平気だ!!
「これでもう逃げられないぞ」
ピグラットの鼻を右腕で抱え込む。爪も歯も届かないギリギリの位置で。これでピグラットは何も出来なくなる。ピグラットは僕の腕を振り払おうともがくが、許すわけがないだろう。こんな止めの大チャンスを!
そして僕はナイフを振り上げる!
「弱点は……鼻の上ぇ!!」
ドスッ!!
「ヂュッ…ガッ!」
ピグラットの弱点にナイフを突き立てる。ピグラットはしばらく動きがとまっていたが、その後フラフラと力なく僕から離れて、そしてこのそのまま倒れ動かなくなった。
「やっ、やった?僕がか「ヤッター!!クニハルー!!」ーーウベェ!」
呆けていた僕の真横からレティアが飛び込んで来た。
「れ、レティア!?」
「やったぞー!クニハル!勝ったぞ!初勝利だ!!」
「はつ……しょうり……」
僕は再びピグラットの死体を見る。かった?僕が、初めて?勝った。
「……やっ」
やった。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!!勝ったぁぁぁぁぁぁ!!」
「おー!!クニハルの超絶勝利だ!!」
勝ったんだ!本当に!僕は初めてこの世界で!
「うっぐ、ううぁぁぁぁぁぁ……」
自然と涙が零れる。緊張が解けて体も痛い。でもこの涙はきっと喜びの涙だ。だって僕の心はこんなにも満たされているから。
「うぅ……よかっだなぁ……グニハルゥ……」
レティアもつられて涙を滲ませる。二人して泣いて、泣いて、けれど笑っていた。
「あ、クニハル。忘れてた、経験魂」
「う”っ……?」
ああ、そうだった。魔物を倒しただけじゃ駄目だった。感動の余り忘れてた。
「ぐすっ……どうやるの?その経験魂って」
「こっちだぞ!」
レティアが僕の腕を掴んでピグラットの死体まで連れてくる。死体からは何やらオレンジ色の光というか煙というか、とにかくよく分からない物が立ち上っている。
「これが経験魂だ。クニハル手をかざして?」
「これが……」
僕は言われた通りに死体に向けて手をかざす。するとオレンジの光、経験魂が僕の手に吸い込まれるように消えていった。
「わぁ……暖かい」
体の中がまるでお吸い物でも飲んだみたいに暖かい。
そういえば、体が暖かいとなにか有ったような……
「クニハル!スキルでレベル見てみろ!」
「えっ?あ、うん!」
僕は急いで眼鏡を外す。そしてステータスが表示された。
シンドウ・クニハル level.1→2
HP : 34/34→39/39
MP: 23/23→27/27
状態:正常
攻撃力 13→17
耐久力 15→21
魔力     22→25
俊敏力 13→16
智力     32→36
汎用スキル:無し
マジックスキル:無し
オリジナルスキル
能力表示 level.Max:パッシブ 対象の能力をデータ表示する 解析していないものは表示されない
異世界言語level.Max:パッシブ アーテリアの言葉を自動で翻訳する
解析能力 level.1:アクティブ あらゆる物を解析出来る能力 この熟練土では解析出来る情報は限られるうえに時間を要する 
「上がってる!!レベルが上がってるよ!」
「おー!!やったぞ!クニハル!」
そうだ、体が暖かいとレベルが上がった証拠だった!
でもこんなに早くレベルが上がるなんて、それにステータスもだいぶ上がってる。特に耐久力の伸びが凄い!ピグラットの突進を体張って止めたからかな?
「クニハル!次だ!」
「わっ!レティア!?」
レティアが急に僕の体を掴んで駆け出す。それにつられて僕も駆け出す。
「まだまだ修行は終わってないぞ!次々倒して超絶強くなるんだ!」
「レティア……。うん!」
レベルが1上がった。
たった1上がった。
されど1上がった。
この一歩は僕にとってはとても大きい一歩だ。この世界で初めて歩んだ一歩。前に進めるのなら進もう。まだ僕は自分の可能性を知らないのだから。
「そしてグリーンウルフ達にリベンジだー!」
「えぇーっ!?それは流石に厳しいーーってちょっとお!?レティアさあああああん!?」
前途多難だけどねっ!!
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