ノーヘブン

暇人001

#2 異世界

 異世界、そう確信したのもつかの間。右腕の出血はまるで治る気配は無く激しい痛みに襲われる。恐らく戦闘中に大量分泌されていたであろうアドレナリンが切れたのだろう。

「ここままじゃ……」

 まずい……本当に死んでしまう。右腕がかなり冷えている……
 右腕が冷えて行くのとは反対に鼓動は高まり汗さえ吹き出すほどに右腕を除く全身は熱を帯びて行く。

「ん……?」

 ふと、緑色の肌をしたモンスターを見下ろすと革のかけ鞄のような物を携えているのが見えた。
 恐る恐る鞄の中に手を入れる。

カランカランー

 2本の瓶が触れ合う甲高い音が聞こえた。そのまま両方の瓶を取り出す。

「なんだこれ?」

 1本は薄緑色をした水が細長い形状のガラス瓶に入っており上部にはコルクの様な物でしっかりと栓がされていた。
 もう片方は薄紫色の水が、同じ形状の瓶に入れらており同じようにコルクで栓をされていた。

「これって……小説とかで書かれてたポーションとか言うヤツか?」

 俺が読んだ小説では体力を回復させるポーションと魔力を回復させるポーションがあったな……これも2種類あると言うことはそう言うことなのだろうか?

 試しに薄緑色のポーションを開け少しだけ口に含んで飲んでみると、みるみるうちに出血が止まり傷口も少しだけ塞がった。恐らく薄緑色は体力を回復させるポーションなのだろう。薄紫色のポーションもほんの少しだけだが口に含み飲んでみた物の全く変化が無かっため現状はなんとも言えないが魔力回復系のポーションと暫定しておいて良いだろう。

「なるほどな、これはすごい。こう言う道具は是非日本にも欲しいものだ」

 俺は、日本の医療技術でも急速に治すことはできない傷をいとも容易く治してみせたポーションに関心を抱きながら、ポーションを直接傷口に垂らしてみた。

 すると一生傷になってもおかしくないほどだった傷が何の跡も無く完治した。どうやら、傷口に直接かけた方が効果的な場合もあるようだ。

「あの傷が一瞬で治るのか、凄まじいな。しかし、これからどうするか……ん?アレはなんだ?」

 俺が元いた場所あたりに1つの封筒が落ちているのを確認し、おもむろに近づき躊躇する事なく封を切り中身を確認する。




ーーミカド君へーー
君には幾つか謝らなければならないことがある。まず1つ目に、今君がいる場所は天国などでは無く異世界だと言うことだ。なぜ異世界に送られたのか、それは完全なる俺のミスだ。本当に申し訳ない。
 そして2つ目に本来異世界に転生する人達には必ず1つ特殊スキルのようなものを授ける決まりがあるのだが、その手続きを飛ばして異世界に送ってしまったためミカド君に特別な力を与える事は出来ない。
 重ね重ね謝罪するようだが、本当に申し訳ない。罪滅ぼしと言ってはなんだが特別にスキルを3つ授けられるように手配したので此方へ戻って来てその手続きを行いたい。申し訳ないがもうすぐ現れる緑色の肌をしたゴブリンというモンスターに一度殺されてはくれないだろうか?
ーーエーシェルよりーー




「・・・え?」

 いやいや……ちょっと待て。色々突っ込みたいところはあるが、今の情報でまずここが天国では無く異世界である事が確定したな……それからさっき俺を殺そうとしたヤツはエーシェルさんが送ってきたモンスターだったって事か……アレに殺され無かった今、特殊なスキルというやつは貰えないのだろうか?
 俺の読んだ小説の話が事実であれば特殊なスキルが有れば何の不自由なく異世界生活を送ることができる程強力なはずだ……そんな強力なスキルを得る機会を逃してしまったのか?
 頭の中を不安という名の思考がぐるぐると駆け巡る。

「んー……考えてもどうしようもないな。まずは人里を探す事にするか」

 そう思い立つやゴブリンのかけ鞄を拝借し足を進めた瞬間。3mほど先に円状で複雑なマークが施された魔法陣のようなものが突如として地面に浮かび上がり眩いまでの光が柱となって天高く駆け上った。

「な、なんだっ!?」

 思わず驚嘆の声が出る。それと同時に光の中から人影がこちらに向かってくるのが見えた。

「ミカドくん。本当色々と申し訳ない」

 光の中からできたのはエーシェルだった。

「エーシェルさん!?どうしてここに?」

「うむ……特例処置という事で一時的かつ特定的に天界と異世界を繋げてここまで来たんだ」

 詳しい内容までは、理解できないが取り敢えず結構ヤバそうな事をしているようだ。

「なるほど……それでここに来られた理由って言うのは……」

「謝罪だよ、本当に申し訳ない。謝って済ませられる問題では無いことは重々承知だがもう謝る以外に償う方法がないんだ……」

 その声はどこか暗く聞こえた。

「いやいや、もう済んでしまった事ですし……」

「すまない。もう一つ謝らなければならないことがあるんだ。封筒の中身を見てもらっていると思うので既に理解しているかと思うがーー」

 エーシェルの言葉を遮って口を開く。

「スキルの話ですよね?」

「うむ。そうなのだが……実はな、さっきミカド君はゴブリンを倒してしまったためスキルを渡すことが出来なくなってしまったのだ」

 やはり、スキルは獲得できないか……しかし、死んで生き返って直ぐに死ぬって言うのも嫌だったし結果オーライと言えばオーライかな。

「わかりました」

 自分が招いた事だ甘んじて受け入れよう。

「物分かりが良いようで助かる。代わりと言ってはなんだが君の祖父である西園寺剛さんと一度だけあり尚且つ制限時間10分と短い間が通話する機会を特別に設けさせて頂こうと思う」

 なんだって!?正直スキルや何やよりもお爺ちゃんと話がでいる方が何倍、いや何十倍も有難い。

「いいですか?」

「あぁ……済まないな。異世界生活で役に立てるような武器や道具などを代わりに渡せたら良かったのだが……」

「全然良いですよ!寧ろ話ができる方がありがたいくらいです!」

 エーシェルは俺のその返答に対し、呆れたようにため息をつきこう言った。

「全く……本当に君は善人というか何というか……。 今から早速君と君のおじいさんの意識をリンクさせて貰うが準備はいいか?」

「はい!よろしくお願いします!」

 広大な草原に青年の活き活きとした声が響き渡る。
「《アークリンク・エクシブ/9st第9位階魔法》」

 瞬間、目の前が真っ暗になり激しい耳鳴りが脳を震わせたと思えば次は、テレビの砂嵐の様な音が脳をかき回す。砂嵐の音の中、微かに聞き覚えのある声が微量の音量で脳に直接響いてきた。そして次第に砂嵐ノイズの音は小さくなり微かに聞こえていた声が鮮明に聞こえるようになった。

「おーい。ミカドや、聞こえるかの?」

 耳に、いや。脳に響いてきたのは紛れもなく祖父の声だった。

「聞こえてるよ!」

「おー。それは良かった。さっきワシの所にエーシェルさんと言う人が来てのぉ、色々説明してくれたんだが元気にやっとるそうで何よりじゃ」

 どうやら、意思疎通は簡単にできるようだ。話し言葉を念じるだけで相手に伝わる。まるでテレパシーのようだ。

「まぁ、元気にはやってるけど…… 爺ちゃんの方も元気にやってる?」

「うむ。ミカドが命をかけて守った女性の父親から莫大な援助を受けてな、老後は安泰、売り払った土地も道場も取り戻すことが出来たわぃ」

「おぉ!それは良かった!」

「しかし、良くもまぁワシを残して旅立ってくれたもんじゃ」

 その言葉はどこか悲しげでそしてどこか誇らしげでもあった。

「ごめん…… でも俺は後悔なんてしてないよ。唯一の不安要素だった爺ちゃんの老後も俺が働いて支えて暮らすよりも安定しそうだし。何より俺が助けなきゃあの女性は死んでたかもしれない」

「お前ら親子は揃いも揃って……」

「それってどう言う意味?」

 しばらく無音が脳を支配した後、祖父の声が再び脳に響き渡る。

「これはお前の父親、厳王げんおうから絶対にミカドには伝えないで欲しいと言われていた話なのだが、二人とも死んでしまった今話しても文句は無いだろう…… 実はだな厳王は1人の女性を庇ってこの世を去ったのじゃ」

 なんだその話、俺は夫婦揃って交通事故で即死だという話しか聞いていないぞ?

「え?」

「つまるところ、厳王の死因は事故死などではなくミカドのように1人の命を守り散った死んだのじゃ」

 ここに来て頭がパニックになる。それと同時に完全に消えていた砂嵐の音がだんだんと大きくなって行き祖父の声が全く聞こえなくなってしまった。
 そして、砂嵐が無くなった頃には既に目の前には草原がどこまでも広がっていた。

「ミカド君、短い時間だったけどお爺さんとゆっくり話すことができたかな?」

 俺のすぐそばにはエーシェルが直立不動で立っていた。俺は祖父の言葉が心残りで、ポカンと口を開け首だけをエーシェルの方へと向け言葉を発することなくただ呆然と時の流れを感じるだけだった。

「み、ミカド君?大丈夫かい?」

「あ…は、はい」

 そう応えるのが精一杯だった。

「どうしたんだ?」

 しばらく返事をすることなく黙り込み、沈黙が場を支配した数秒後ゆっくりと口を開く。

「あの……もう一度お爺ちゃんと話すことは出来ませんか?」

「すまない……何度でもしてやりたいものだが規則上できない事になっているんだ……」

「ですよね…… ありがとうございました」

 祖父と話す機会を与えてくれたエーシェルに深く礼をするとゴブリンが持っていた弓と矢を手に持った。

「ソレ使うつもりなのか?」

「えぇ、近距離戦はまだ何とかなると自負しているのですが遠距離となるとまるで歯が立たないのでこちらを使って戦おうかと」

 感情の切り替えの早さは自分でも驚くほどだった。先程まで、祖父の言葉の続きが気になって仕方が無かったのに今はもう今後の戦闘についてどうしようかと考えている。

「なるほど……」

 エーシェルはミカドの異常な順応速度に驚愕していた。ミカドの順応。

 それは知識であり肉体であり精神でもあった。
 人間は同じ種族である人を殺害することはおろか、亜人と呼ばれるような人に近い形を持った生命体の命を奪うことも精神面的にままならないのが普通であるがミカドは違う。

 生命の危機に瀕したとは言え人型のモンスターを何の躊躇もなく抹殺し尚且つ何一つ罪悪感に苛まれることは無かった。そもそも、人間という種族が何の装備もせずに弓を持つゴブリンに勝つなど並大抵のことでは無い。わかりやすく例えるのであれば剣を持った猿と素手の人間が戦って後者が勝つのと同じくらい異常な出来事である。

「お爺ちゃんと話す機会を与えてくださり本当にありがとうございました! あ、一つ質問が有るんですけどいいですか?」

「何でも聞いてくれて構わない」

「どちらの方角に向かえば人が暮らす村や街に辿り着けますか?」

「その事であれば心配はいらない。転移魔法を使って送り届けようと思っている」

 転移魔法……移動する際にかなり活躍しそうな魔法だ、習得が可能であれば是非、修めておきたい魔法だ。

「本当ですか!ありがとうございます。 もう一つ質問してもいいですか?」

「いえいえ。 もちろん構わない」

「俺もエーシェルさんのように魔法が使える様になりますか?」

 顎に手をやり少し考え込んだ後、エーシェルはゆっくりと口を開いた。

「なれるはずだ。慢心してしまうといけないと思い言わずにいたが、ミカド君は並大抵の人間よりも遥かに強い。その強さは我々神からスキルを得た者と同等かそれ以上に強い。だが決して油断しないでほしい、の君の強さは人間の中ではトップクラスだが魔族などの先天性で人間よりも遥かに強い存在からすれば脅威とはならないレベルの強さだ。わかりやすく例えるなら人同士の戦闘では余裕で勝てても、熊のような根本的に人間の身体能力を上回る猛獣との戦闘となると話は別だろう?」

 なるほど、魔法は自分次第で行使することができるようになるかもしれないのか……武術に関しては、爺ちゃんから空手を教わり父さんからは剣道を教わり母さんからは弓道を教わった。街行く人など相手にならないだろうとは自負していた。

 これは慢心していたとかそういう事ではなく、学んでいる者と学んでいない者の差が歴然として有るからだ。素人のパンチがプロボクサーに当たらないのが良い例である。

「詳しく教えて下さりありがとうございます」

「礼には及ばない。それでは早速だがこの辺りで最も大きい国、シンシェル国へ行こうか」

「はい!」

「では行こう《ミドルテレポーテーション/4st第4位階魔法

 エーシェルの足元を中心に青い魔法陣が広がり俺とエーシェルを囲った瞬間目の前が真っ白になった。それはまるで純白のカーテンにでも包まれているかのようだった。

 視界を塞いでいた純白のカーテンが消え目に飛び込んで来たのは、石でできたかなりの高さがある壁が少しばかり歪な、そして大きな円を書くように国を囲い、国の中心部は所狭しと建造物が建てられており中央にはあからさまに王がいるであろう巨大な城が建っていた。

 そして俺とエーシェルはそんな国を俯瞰ふかんできるほど景色は良いが心臓には悪い切り立った崖に立っている。

「エーシェルさん、こっからは自力でなんとかしろって事ですか?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。こんな断崖絶壁からあんな所まで行けなんて死ねって言ってるのと同じだからな。当然国の近くまではもう一度転移魔法を使って案内するよ。ただここに一度寄ったのは今から行く国があるどのような感じなのかを知ってもらう為だ」

 なるほど……ここからは自分でなんとかしてくれ。とか言われなくて良かった。

「まぁ、軽くだが説明するとあの中心に建ってるデッカい建造物は王宮でこの国を治めているラエル・ド・ラキウス国王が住んでいる城のようなものだ。それから今度は外壁の方に目を向けてほしい、北側と南側に各一つずつ外壁がない所があるだろう?アレは国へアクセスする為の入り口の様なものだ、あそこには数人の番兵と壁の代わりに鉄製の分厚い門がある。入国する際は北側か南側どちらでも良いから門をくぐって入国してくれ。まれにかの壁を登って入ろうとする輩が居るがそんな事をしたら即死罪に繋がるので要注意だ」

「わざわざ説明ありがとうございます。これから生活して行く上で衣・食・住が必要になってくると思うのですが洋服と住む場所はどの様に確保すれば良いですか?」

「衣類に関しては王都内で購入することができる、冒険者用の衣類であれば安価で買えるだろう。住居に関してはしばらくは北門をくぐり抜けてすぐ左にあるラザーという宿屋を利用すると良い。そこが1番安く済む宿屋だ」

「なるほど、色々と教えてくださりありがとうございます。先程エーシェルさんが仰っていた冒険者というのは小説等で登場して来た、モンスターを狩ってその対価として報酬を得る職業と理解していいですか?」

 エーシェルはコクリと頷いた。

「それでは近くまで移動しよう」

「はい!」

 再び転移魔法を使い、崖から国の近くの茂みへと転移した。

「額に手を当てても良いかな?」

 不意にエーシェルがそう言った。俺は反射的に『はい』と応えた。
 エーシェルはおもむろに俺の額に手を当てる。瞬間脳の中を激しく掻き回すような耳鳴りと激しい頭痛がほんの一瞬だけ俺を襲った。

「この世界の言語などの知識を吹き込んでおいた、これで不自由なく対話することはもちろん読み書きもすることが出来るだろう」

「わざわざ、ありがとうございます!」

「それから、僅かばかりだが餞別だ受取ってくれ」

 エーシェルは巾着袋サイズの小さな皮袋を懐から取り出して俺に手渡した。
 ズッシリとした感覚と俺の手に移った時に鳴った金属と金属が触れ合う甲高い音で中身が何であるかを察した俺は感謝の言葉と深い礼をした。

「ミカド君の健闘を祈っている。では、さらばだ」

 瞬間、エーシェルは眩いまでの光を放ち俺の視界を完全に奪い、俺が目で物を捉えられる様になる頃にはエーシェルの姿は既に無かった。

「ありがとう……エーシェルさん」





今回はここまでです!
長々と書いてしまい申し訳無いです。
次回の更新は未定です。

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