いずれ地に咲く
番外編 いずれ戦場に枯れる
シオンとカロンの話
時系列的にシオンが病気になる前。
戦場は寒涼な地域なので、よく雪が降ります。
「何をしてるんだ、シオン。」
冷たい風が吹く、寒い朝のことだった。
寮の運動場の片隅に隠れるように縮こまる、小さな影に声をかけた。
あたりは誰もいない、そのためか彼はビクッと肩をひくつかせた。
「か、カロン?良かった…教官じゃなかったのか。」
「何をしてるんだ?こんな寒い中で、風邪をひくぞ。」
彼…シオンは振り返って声の正体が私だと気づくと安堵したように息を吐いた。
「風邪なら大丈夫、それに大したことじゃないよ。花を見てたんだ。」
「…花……?」
「うん、珍しいなって思って。」
戦場で聞かないと思っていた単語に、私はシオンの見ていたものを覗き込む。
そこにはこの寒冷な地には珍しい、明るい炎のような色の花が一輪だけ、健気に咲いていた。
久しぶりに、色のついたものを見たような気になった。
「綺麗だね、なんて花だろう?マリーゴールドかな?」
「さぁ……花なんて、興味ない。」
「僕は好きだよ、綺麗で可愛くて、色々な形があってさ。男でこう言うのも変だけど、花飾りにしたらきっと綺麗なんだろうな。」
また夢みたいなことを…と思ったが言わなかった。
シオンは軍人にしては細い手で花を優しく愛でる。花弁を撫で、茎をさするように触り、時にはつついたりした。
シオンの手つきを見るととても人殺しの手には見えない。
その通り、シオンは今まで人を殺したことは私の知る限り一度もなかった。
「カロンも花飾りとか似合うと思うんだけどな…どう思う?」
「花飾りは女がつけるものだ、なんで俺が…」
「カロンって髪長いし、美人だから性別なんて気にせず付けれるよ。僕の村でもそういう人いたし…」
「いや、俺は…それだったらシオンがつければいい。」
シオンは私の返答に笑顔で返す。
そして髪を耳にかけた。
「僕はいいよ…どうせ似合わないから。」
シオンはそれきり言うと、少し黙ってしまった。
似合わないから、ほんとにそんな理由だろうか?もっと他に理由があるような気がした。しかしシオンはあまり昔のことは喋らない、だから私も聞かない。
だが、気がついたら私はこんなことをシオンに言っていた。
「似合う…と思うぞ。たぶん、お前が好きならつければいい。」
シオンは驚いたような顔をしていた。
そうして、柔らかい笑みを浮かべ、クスクスと笑う。
「カロンは面白いね、そうだね、勝手だよね。僕が好きならつければいいんだ、誰に文句言われようが、気にしなきゃいいんだよ。」
「あぁ、そうだな。」
「でもこの花はとらないよ、綺麗だから、地面で頑張って咲いてる方がいい。」
「どうせ明日には枯れてしまうだろうがな。」
「そんなこと言わないの、枯れてないかもしれないじゃないか。」
私は肩を竦め、未だ座りっぱなしなシオンに手を差し出した。
そろそろ朝礼の時間だ。
「ねぇ、カロンは戦争が終わったらどうするの?」
寒さを増す空気の中、白い息を吐きながらシオンは小さく呟いた。
予期せぬ問いかけに目を丸くすると、改めて何も考えてこなかった自分自身に初めて気がつく。
「わからない。」
「好きなこととかは?夢とか…待ってる人はいないの?」
「………。」
「…そっか、じゃあカロンも僕も同じなんだ。」
「え……?」
「僕もね、帰る場所ないんだ。待ってる人もいない、得意なこともない。戦争が終わったらまた一人ぼっちだ。」
シオンもまた孤児だ、それは知っていた。
しかし不幸な境遇にいたこと、また自分と同様孤独であったことは思ってもみなかった。
自分の不幸は自分だけもの、そう思っていたが、初めて共有できる存在に、私はどうすればいいかわからなくなった。
「…戦争が終わったら、僕ら二人で暮らさない?どこか遠い場所で、もう人を殺さなくていい平和な所に住もうよ。そうしたら僕、頑張れる気がする。君と一緒なら。」
「………。」
「…ダメかな?」
「…いや…それは…なんというか。」
口籠もりながら、頭の中で想像する。
シオンと一緒に暮らす。
人を殺めることのない、平和な場所に住み、新たな人生を積み上げる。
花が咲く、この場所より暖かい朝のある場所。
それらは「戦争が終わったら」手に入れることのできる幸せだ。夢物語だ。
実際、今のところ終わる気配がまるでない。
だが…
「いいな……と、思った。そうなったら、いい、すごくいい。」
「ふふ…良かった〜、頑張ろうね、カロン。」
シオンは嬉しそうにニコニコ笑う。本当に嬉しいのだろう、周りの空気も柔らかいような気がした。
頑張る…
そうだ、頑張らなければならない。
人を殺さなければ、戦争は終わらない。
結局は人を殺さなければ幸せは手に入らないのだ。
「あ、雪だ!ねぇ見て見て降ってきたよ。」
驚いたシオンの声を聞き、私は顔を上げる。空からは小さな紙切れのような雪が、非常に遅くハラハラと降り始めている。
どうりで今日は冷えると思った…最近はよく降る。
「綺麗だね、何度も見てるけどやっぱり飽きないよ。」
「あぁ…そうだな。」
シオンは無邪気に雪に手を伸ばす。
こうして見るとシオンはだいぶ幼い、確かに私より幾分か年下だろうが、それでも戦場でこんなにニコニコ笑っているような奴は見たことがない。
能天気なのか、それかもう精神が壊れているのか、シオンの考えていることは時々よくわからない。何せシオンのような人間とも会ったことがないからだ。
私を拾った村の奴らは…ただ優しくしてくれるばかりだった。
「シオンって花の名前なんだよ。」
シオンが唐突にそう言った。寒そうに身震いしながら。
「小さくてすぐに枯れちゃう青い花なんだって。」
「そうか。」
「うん……。」
特に何も言わない、ただ何となくシオンの言葉を聞いていると心地よかった。
眠くなるような、不思議な響きだった。
「手を繋いでいい?ちょっとだけだから……寒いんだ。」
「…あぁ…」
シオンが遠慮がちに手を握る。昔から男の手は嫌いだった…というか男自体が嫌いだった。あの男にされたことを思い出すから。
でもシオンだけは何かが違っている。
だだそれだけが己の心を安らげる何かだった。
「あの花も、いつかはきっと…」
シオンはそれだけ言うと、先を言うことを拒むように口を継ぐんだ。
空からは、白い花のような雪と、いつまでも色のない空虚な灰色の空が続いていた。
時系列的にシオンが病気になる前。
戦場は寒涼な地域なので、よく雪が降ります。
「何をしてるんだ、シオン。」
冷たい風が吹く、寒い朝のことだった。
寮の運動場の片隅に隠れるように縮こまる、小さな影に声をかけた。
あたりは誰もいない、そのためか彼はビクッと肩をひくつかせた。
「か、カロン?良かった…教官じゃなかったのか。」
「何をしてるんだ?こんな寒い中で、風邪をひくぞ。」
彼…シオンは振り返って声の正体が私だと気づくと安堵したように息を吐いた。
「風邪なら大丈夫、それに大したことじゃないよ。花を見てたんだ。」
「…花……?」
「うん、珍しいなって思って。」
戦場で聞かないと思っていた単語に、私はシオンの見ていたものを覗き込む。
そこにはこの寒冷な地には珍しい、明るい炎のような色の花が一輪だけ、健気に咲いていた。
久しぶりに、色のついたものを見たような気になった。
「綺麗だね、なんて花だろう?マリーゴールドかな?」
「さぁ……花なんて、興味ない。」
「僕は好きだよ、綺麗で可愛くて、色々な形があってさ。男でこう言うのも変だけど、花飾りにしたらきっと綺麗なんだろうな。」
また夢みたいなことを…と思ったが言わなかった。
シオンは軍人にしては細い手で花を優しく愛でる。花弁を撫で、茎をさするように触り、時にはつついたりした。
シオンの手つきを見るととても人殺しの手には見えない。
その通り、シオンは今まで人を殺したことは私の知る限り一度もなかった。
「カロンも花飾りとか似合うと思うんだけどな…どう思う?」
「花飾りは女がつけるものだ、なんで俺が…」
「カロンって髪長いし、美人だから性別なんて気にせず付けれるよ。僕の村でもそういう人いたし…」
「いや、俺は…それだったらシオンがつければいい。」
シオンは私の返答に笑顔で返す。
そして髪を耳にかけた。
「僕はいいよ…どうせ似合わないから。」
シオンはそれきり言うと、少し黙ってしまった。
似合わないから、ほんとにそんな理由だろうか?もっと他に理由があるような気がした。しかしシオンはあまり昔のことは喋らない、だから私も聞かない。
だが、気がついたら私はこんなことをシオンに言っていた。
「似合う…と思うぞ。たぶん、お前が好きならつければいい。」
シオンは驚いたような顔をしていた。
そうして、柔らかい笑みを浮かべ、クスクスと笑う。
「カロンは面白いね、そうだね、勝手だよね。僕が好きならつければいいんだ、誰に文句言われようが、気にしなきゃいいんだよ。」
「あぁ、そうだな。」
「でもこの花はとらないよ、綺麗だから、地面で頑張って咲いてる方がいい。」
「どうせ明日には枯れてしまうだろうがな。」
「そんなこと言わないの、枯れてないかもしれないじゃないか。」
私は肩を竦め、未だ座りっぱなしなシオンに手を差し出した。
そろそろ朝礼の時間だ。
「ねぇ、カロンは戦争が終わったらどうするの?」
寒さを増す空気の中、白い息を吐きながらシオンは小さく呟いた。
予期せぬ問いかけに目を丸くすると、改めて何も考えてこなかった自分自身に初めて気がつく。
「わからない。」
「好きなこととかは?夢とか…待ってる人はいないの?」
「………。」
「…そっか、じゃあカロンも僕も同じなんだ。」
「え……?」
「僕もね、帰る場所ないんだ。待ってる人もいない、得意なこともない。戦争が終わったらまた一人ぼっちだ。」
シオンもまた孤児だ、それは知っていた。
しかし不幸な境遇にいたこと、また自分と同様孤独であったことは思ってもみなかった。
自分の不幸は自分だけもの、そう思っていたが、初めて共有できる存在に、私はどうすればいいかわからなくなった。
「…戦争が終わったら、僕ら二人で暮らさない?どこか遠い場所で、もう人を殺さなくていい平和な所に住もうよ。そうしたら僕、頑張れる気がする。君と一緒なら。」
「………。」
「…ダメかな?」
「…いや…それは…なんというか。」
口籠もりながら、頭の中で想像する。
シオンと一緒に暮らす。
人を殺めることのない、平和な場所に住み、新たな人生を積み上げる。
花が咲く、この場所より暖かい朝のある場所。
それらは「戦争が終わったら」手に入れることのできる幸せだ。夢物語だ。
実際、今のところ終わる気配がまるでない。
だが…
「いいな……と、思った。そうなったら、いい、すごくいい。」
「ふふ…良かった〜、頑張ろうね、カロン。」
シオンは嬉しそうにニコニコ笑う。本当に嬉しいのだろう、周りの空気も柔らかいような気がした。
頑張る…
そうだ、頑張らなければならない。
人を殺さなければ、戦争は終わらない。
結局は人を殺さなければ幸せは手に入らないのだ。
「あ、雪だ!ねぇ見て見て降ってきたよ。」
驚いたシオンの声を聞き、私は顔を上げる。空からは小さな紙切れのような雪が、非常に遅くハラハラと降り始めている。
どうりで今日は冷えると思った…最近はよく降る。
「綺麗だね、何度も見てるけどやっぱり飽きないよ。」
「あぁ…そうだな。」
シオンは無邪気に雪に手を伸ばす。
こうして見るとシオンはだいぶ幼い、確かに私より幾分か年下だろうが、それでも戦場でこんなにニコニコ笑っているような奴は見たことがない。
能天気なのか、それかもう精神が壊れているのか、シオンの考えていることは時々よくわからない。何せシオンのような人間とも会ったことがないからだ。
私を拾った村の奴らは…ただ優しくしてくれるばかりだった。
「シオンって花の名前なんだよ。」
シオンが唐突にそう言った。寒そうに身震いしながら。
「小さくてすぐに枯れちゃう青い花なんだって。」
「そうか。」
「うん……。」
特に何も言わない、ただ何となくシオンの言葉を聞いていると心地よかった。
眠くなるような、不思議な響きだった。
「手を繋いでいい?ちょっとだけだから……寒いんだ。」
「…あぁ…」
シオンが遠慮がちに手を握る。昔から男の手は嫌いだった…というか男自体が嫌いだった。あの男にされたことを思い出すから。
でもシオンだけは何かが違っている。
だだそれだけが己の心を安らげる何かだった。
「あの花も、いつかはきっと…」
シオンはそれだけ言うと、先を言うことを拒むように口を継ぐんだ。
空からは、白い花のような雪と、いつまでも色のない空虚な灰色の空が続いていた。
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