いずれ地に咲く
花の話 最終話
あれから長い月日が経った。
ふと気を抜いているうちに随分と周りは変わってしまったようだ。
少なくても私が初めてこの村に来た時は、こんなに人ばかりではなかったはずだ。
特に最近はあの娘の世話で忙しくて、周りを気にする余裕などなかったのだ。
あれもこれもやりたい放題、毎回何かしらしでかすあの娘は全く世話のかかるやつだ。
…あぁ、でももう娘とも言えないな。
と、私は目の前でムッとした顔をしているカルミアを見つめながら思った。
「ちょっとカロン?きーいーてーまーすーか!」
「聞いてない。」
「えぇえ!?なんで聞いてないの!!」
「いいから、さっさと選べよ。ただでさえここは人が多くて苦手な場所なんだ、俺が倒れんうちに早くしろ。」
「はーい。」
目の前の花屋の前で花を選び続けるカルミアは、拗ねたように頬を膨らませると、他の場所にある花を選びに店の奥に行った。
…出会った頃と比べると、だいぶ大きくなったな、あいつ。
あんなに汚かったのに、もう髪はボサついていないし、体もある程度膨よかになったし、まぁ…割と顔立ちも大人可愛く育った。
その分よく食べるのは、まぁ我慢しよう。
しばらく経ってカルミアはオレンジ色の花の入った鉢を手に抱えて持ってきた。
マリーゴールドという花らしい。
「どーお?これであの味気ないところにも色ができるでしょ?タネまでもらっちゃったし、後で一緒に植えようね!」
「大きなお世話だな、まぁ色ぐらいは欲しかったからいいとしよう…だがなんで俺まで…。」
「だって1人で植えるのは寂しいじゃん。」
少しめんどくさく思ったが、どうせやることもない。後で付き合うことにしよう。
「ねぇ、カロンはその花誰にあげるの?」
カルミアが私が持っている小さな花束を指さして言う。
「…墓に置いておこうと思ってな。」
「そっか…うん!きっと喜んでくれるよ。きっと!」
「ぁあ。」
カルミアと別れて、あの場所に向かう。
村とは打って変わって静かすぎるほどひんやりした場所は、やはり肌にあっている。
その白い花の丘に2つの墓標が慎ましく立ちすくんでいる。
一方はフリージア。
もう一方は白い名の無い少女のものだ。
私はその前に跪き、文字のない石版に花束を捧げた。
今更あげてももう遅いかもしれないが、あげないよりは幾分かマシだ。
これで許してもらおうなんて、元より考えにもない。
「いつからそこにいた。」
後ろにいるあいつに声をかけた。
神出鬼没なそれがわたしのすぐ後ろでニヤリといやらしく笑ったのが、背中越しにもよく分かる。
「いつから?お前が俺を呼んだのだろう?」
「……。」
「実に喜ばしいな、今まで片想いだった恋心がやっと成就した気分だ。」
「気持ち悪いな、その例え方は。」
そいつは私の横に並び、そして何もしないまま、その墓標を眺めている。
何を考えているのかわからないが、少なくとも嘲り様な感じではない。ここからじゃ表情もよく分からない。
「だが、俺に何かしら用があってここに来たんだろ?いくつか疑問に思っていることがあるから。」
「そうだな。」
「何から聞きたい?」
「あの時。」
私は喉につかえた何かを吐き出すように言った。
「何故、俺は殺すことが出来なかったのか。」
そいつはその言葉を聞くなり、くつくつと笑いだした。
まるで悪魔のような、密やかな笑い声に思わず顔を上げてその顔を見る。
それは馬鹿者を嘲ているような、私をからかうような笑みを浮かべていた。
「今までお前は多大なる勘違いをしていたんだよ、あれはお前が手にかけたんじゃない。」
「…は?」
「死にたいと思う者を殺す、なんて都合の良いモノなんかこの世界には無い、俺は俺の意思で人を殺めているんだ。いわば神様から与えられた特権だよ。」
「どう言うことなんだ。」
全く訳がわからない、だが今までこいつは嘘をついたことはなかった。そしてマヤカシを言うようなそんな風にも見えない。
こいつの言っていることが本当だとすると…私は。
「今まで殺しをしてきたのはこの俺だ。お前が殺したと思っていた奴らも結局は殺すことは全部俺が決定していた。と言えば愚かな主でも理解はできるか?」
「……。」
「今まで殺しをしていたのはお前ではない。ただお前は銃口を向け、俺に決定させていただけで、一度も自分の意思で殺しなんかしていないということだよ。」
それは本当なのか?と聞くことはなかった。
多分本当のことだ。
少し胸が軽くなった気がする。
「あの時はお前の決心が揺らいでいたのもあったから、少し間を置かせてもらったのさ。ま、タイミングは悪かったが。結果的にあの娘と結ばれたようだからよしとしよう。」
「これでよかったのか?」
「よかったんだよ、それだけ大変な目にあったんだ。お前は。」
大変な目に…というのはあの疲弊していた時期のことだろうか。それか、私の覚えていないくらい昔のことだろうか。
どちらにしろ、こいつの振る舞いはどこか安心したような風にも見れる。
私は立ち上がって、そいつと並ぶ。
急に立ち上がった私に一瞬そいつは訝しげにこちらを見た。
「なんだ?」
「…お前は、意外に優しいんだな。」
そいつは驚いたように目を丸くした。
「…この俺が?優しい?頭でも打ったか?」
「いや…ただお前のあの時言っていた望みとやらが分かった気がしたんだ。」
「望み?」
「…お前は俺に幸せになってほしいと願っていたんだろ?」
ずっと疑問に思っていた。こいつは何故呪いの分際でこうも私にヒントを与え続けていたのか。
言動や行動に気をつけ、その理由を探っていたが、やがて辿り着いたこの答えは限りなく正解に近しいのだろう。
でなければこんな顔をしないだろうから。
人を不幸にするモノがずっと人を幸せにしたかったなんて、実に愚者的だ。
だが、そこに人間性があるような気がする。
それは少なからず、モノとしてこいつが使われてきたからなのかもしれない。
「……そんなんじゃないさ、ただお前は覚えていないだろうが、過去にそれを願った奴がいたから、気まぐれに叶えてやっただけだよ。そいつはお前のことを気にかけて、好いていた……だから暇をつぶすために、俺はその道を選んだだけだ。」
こいつの言う過去…これも私は覚えていない。
だが、その過去にそれを私に願ってくれていた人がいてくれた…
それは素直に嬉しいし、感謝したい。
だが同時にその存在すら、忘れていることが悲しかった。
「別にいいんだ、忘れていかねば生きられない程、悲惨だったからな。だが、今のお前があるのは、そんなお前自身さえも忘れてしまった大切な人間でできていることを忘れるなよ。」
そう言うとそいつは懐から自分自身…拳銃を取り出し、私に差し出す。
控えめなスイセンの装飾のついた黒い銃。
かつて私がここに捨て、また私のところに戻ってきた銃。
「我が主よ、俺はお前が好きだ。俺のような曰く付きの汚れたモノを使いこなせるのはお前以外現れない。故に俺はお前以外のモノにはならない、俺以外にお前を憐むことも許さない、お前の大切な者、お前が救いたいと思う者、すべてを愛を持って守ることを誓う。
愚かな愛しき主よ、俺が側にいることを許してくれるだろうか?」
真剣な眼差しで、彼は低い声で問いてくる。
差し出された拳銃を、私はじっと見つめる。こう見ると綺麗な拳銃だ。美しい人殺しの道具だ。
何度、人を殺めてきたか。
何度、人を貶めてきたか。
何度、お前は血濡れてきたか、分かるよしもない。
だがお前がこの契約を俺に申し出るということは、幸せを守るためにその不幸を受け入れろということだろう。
カルミアの為に、妻の為に。
私はその拳銃を、再び手にする。
「お前は俺といて幸せか?」
藪から棒に、カロンがそんなことを聞いてきた。
ちょうど花を植え終わった後だったから、見計らってくれてたんだろうけど、ちょっと突拍子がなくて少し驚いた。
「ん〜、幸せじゃないかな。だってここは家があるし?お腹すいて死ぬこともないし?暖かい布団も、お風呂もあるもの。不自由がなくて私は好き。」
「いや、そういうことではなくて。」
「まぁ、日当たりはすっごく悪いけどね、夏場は涼しいから良いけど、冬は本当寒いじゃん。あ、今度上の木の枝も切っちゃおうかな、そしたら少しは…」
「いやだから………はぁ、まったく。」
カロンはめんどくさそうに眉を潜めた。
「それに…カロンの作る料理って美味しいんだもん、あなたが居てくれるだけで私、幸せよ。」
あ、最後のは余計だったかも…言った後になんか恥ずかしくなるな、これ。
カロンは一瞬驚いたかのように目を見開いたけど、「そ、そうか。」って言った後赤くなった目元を手で隠してしまった。
…もしかして照れてんのかな?
「………俺は。」
「ん?」
「絶対断られると思っていた……こんな不甲斐ない俺なんて好きでもないだろうし、死神なんかと結婚するバカなんていないと思っていたからな。」
そうだね…って最後なんかバカにされてない?私。
「だから、お前と一緒になることができて……俺は………幸せだ。」
あぁ、なんだか不思議だ。
すごく今気持ちがいいかも、まるで生まれ変わったみたい。
ツユクサの朝露みたいに、全てが新しく感じる。
不思議と笑顔が溢れてしまうような、世界に感謝したいそんな気持ち。
「ーーーーッッ!!カロン大好き!!!!」
「うわっ!!?」
気持ちが爆発しそうで思わずばっと抱きつく!勢いつけすぎて後ろに倒れ込んでしまったけど、構わず力一杯抱きしめる。
普段あまりスキンシップを取らないカロンは完全に固まり呆然としていた。
「な、なんなんだ…??」
「私もカロンのこと大好き!!!」
「それは分かってるぞ…いいから落ち着け、一旦離れてくれ…これ以上は…ちょっとどうしていいか…」
流石のカロンもタジタジな様子で…いつもとは違い無作法な口調がない。
仕方ない…離れてやるか…
手を離すとカロンは照れを隠すように顔を振って、重かった…とため息混じりに呟いた。
「今ならウィリの気持ちもわかる気がするな…」
「?」
「いや、なんでもない…家に戻るぞ。」
そう言って立ち上がったカロンは私に手を伸ばす、私はその手を取って立ち上がる。
ちょうど目線が同じ位置になる。
私の方が少し低いけど、あの頃に比べれば私はだいぶ成長した。
もう子供も産めてしまう。
ふとカロンの方を見ると、カロンと目が合う…何か思うところがあったのか、すぐ逸らしてしまった。
かすかに瞳が揺らいだ気がする。
「カロン。」
名前を呼ぶと、カロンは再びゆっくりと私に視線を戻す。
本当にあの時と何も変わっていない、泣きそうな目が今はとても愛おしく感じる。
希望の花はいつか枯れてしまう。
長く続く幸せも、永遠の孤独もこの世界にはない。
生と死が常に共にあるように、
不幸も幸せもまとめて一つのもの。
でもあなたは知っている。
幸福の次に来る不幸がどれほど恐ろしいかを。
一人きりになる世界の音を。
私も聞いたことがある。
「大好きだよ…この世界で誰よりも。」
だからまた植えなきゃいけない。
育てなくてはいけない。
水を与えて、息をさせるの。
種を植えて、花を育てて、枯れた花を愛でて、また水を与える。
決して諦めることなく、根気強く、辛抱強く。
すぐ枯れてしまうかもしれない花を、二人で一緒に。
いずれ地に咲く、希望の花を。
【FIN】
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