いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 二十二話

それは人間が大きな戦争をしていた時。
ある白く美しい花畑で、とある魔物が生まれました。
その魔物は他とはちがいました。
その魔物は人間ひとの肉と水で作られた、死神でした。

死神は静かに花畑で目を覚ましました。

それは暖かな正午の光に包まれていました。
そこは花の芳しい香りが立ち込めていました。
とても、世界が美しく見えました。

死神はまるで長い夢から覚めたように起き上がると、手に重々しい感触がしました。
見てみると、そのには拳銃が自らの手に握られていました。

見覚えはありません。
何も覚えていません。
自分が誰で、なんだったのか。
わかることはありません。

でも神様の声が聞こえました。

死神は、役目を貰いました。
そして…ヒトを何人も殺しました。

「どうして自分ばかりがこうも苦しいのだろうか?」

死神は思いました。
胸が苦しくて、まるで鉛の水が溜まっているような息苦しさを感じました。

でもわからないのです。
わからないまま、今までをずっと一人きりで過ごしてきてしまいました。









そのツケが回ってきてしまったのです。




暗い場所というのは考える力を失わせると聞いたことがあった。

確かにそうだ。今は何も感じない。

でもきっと今だけなのだろう。

暗い部屋の中、壁に寄りかかりながら、まるで子供のように膝を抱えた。
我ながら情けない。
こんな自分は死んだほうがマシなんだろう。
でも、それもできない。
人間が羨ましくなる、アイツらは死にたい時に死ねるんだから。
病気の果てには必ず死が訪れる。
後悔して死にたくなれば死ねる。
ずーっと続く苦しみも痛みも、後悔もないんだから。
楽でいいのだろう。

「……。」

ふと扉を見つめる。
いつも死にたい者だけが開けてきた扉。
あれを開けるのは、いつも苦しかった。
でも、今は別のものを思い出す。
あの黄色い大きな瞳の、汚い少女が、何故だか頭を離れない。
何故だろうか?

もしかして私は、知らず知らずのうちに、あの少女を好いていたのかもしれない。

恋愛的な感情とまではいかない。
あの柔らかい感覚を、私はどこかで感じたのだろうか?

いや、ないだろう。

今までそう思えた人はいなかったはずだからだ。






だが、なぜか断言ができない。


心の中で、何かがおかしい気がする。



刹那、誰かの声が頭に霞みがかりながらも、聞こえてきた。
誰の声かはわからない。
ただ、なぜか懐かしい声色だ。

「僕、君の幸せだけを祈ってます。いつか君が幸せになれますようにって。」

「だから、生きてて。」

声はそう耳元で囁いた。
私の幸せと生を願っている言葉は、温かく、石が水を吸うように私の中に染み込んでいく。
だが、その言葉に目元が熱くなるのを感じた。別に泣くような悲しい言葉ではないのに、涙が後から絶え間なく溢れた。

何故だ?

私は何故泣いているんだ?

わからない。

私は目元に肘を押しつけ、膝を抱え、その訳のわからない感情を無理やり押さえ込んだ。
こんな姿、誰にも見せたくない。
その時、私の耳に音が届いた。

コンッコンッ…

それは誰かがドアを叩く音だ。
私は息を殺した。たとえ仕事だろうと、今はとても出る気にはなれない。
だが、その意に反して、またもノック音が鳴り響く。
そして…

ガチャリ…

ドアが開いた。

暗闇に沈んだ私の足元に、外の光が流れてきた。



「………何しに来たんだ………。」

顔を上げずでも分かる、誰が来たかなんて大体予想がついた。
扉の外にいるそいつから唾を飲む音が聞こえた気がする。

「…帰れと言っただろう…こうなるから、人間は大嫌いなんだ。」

もう助けて欲しいなんて思わない。
きっとこの苦しみの意味も覚えていないだけで、受けるほどの罪を犯していたのだ。
ならば、このまま放って置いて欲しかった。





「私も、あなたなんか大嫌い。」

少女は震えた声で答えた。

「カロンは私にひどいことをしたし、私はカロンの無責任なとこも、意地悪な性格も大嫌い…





でも、私だって悪かったことに気づいたの。」

カルミアは一歩前に踏み出した。

「あなたが今まで何を見てきたか、感じてきたか、なんとなくだけど分かったの。
だから、今ならカロンの気持ちが分かる…こう言われるのは嫌いだろうけど、カロンは自分が大事なんだって私は思う…でも、それって今までたくさん傷ついてきたからなんだって、気づいたの。」

カルミアの影がだんだんと近づいてくる。
長かった影が連れてくる汚れた身なりが、あれほど恐ろしかった事はない。
私は怯えていた。

「何度も何度も傷つけられて、ボロボロだったんだよね。忘れてしまったのも、覚えたまま生きることがどうしても出来なかったからなんだよね。」

カルミアの声がすぐ近い。
それが怖い。
でも、怖がることはないと心で誰かが囁いた。

「私もね、大切な人にずっと裏切られたと思ってた…私なんていらなくなっちゃったんだって、そう思って恨んでた。でも、今なら分かる……

…お母さんは私のことを愛していたから、あぁするしかなかったんだって分かったの。」

彼女もカロンと同じだよ、と子供を宥めるような声とともに、首筋に柔らかい匂いと暖かい人の感触がするりと滑り込んできた。

「ごめんね…何もわかってなくて……。」

その言葉を聞いた時、自分の中に暖かい水がゆっくりと注がれていくような、感覚が満ちる。カルミアの髪や体からあの花の香りが漂い、一瞬強張りそうになったが、やがて彷徨っていた手はカルミアの小さな肩を抱いた。

本当に小さな背中だった。




「私も……今まですまなかった。」






だが、それはとても暖かなものだった。


温かな



日差しの匂いだった。

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