いずれ地に咲く

作者 ピヨピヨ

花の話 十六話

馬車が石に乗り上げたようだ。
ガタンっと揺れる馬車の中、私はぼんやりとして膝に隠していた頭を持ち上げる。
朝の霧が揺れ、木々は静まり返っている。まるで寝ているように。

馬車の中は行きとは違って嫌な雰囲気で溢れていた。
フリージアさんは喋らないし、カロンも更に私たちから距離を置こうとしているようでよそよそしかった。
なんでかわからないけど、カロンはフリージアさんから距離を置きたくて仕方がないようだった。
理由はわからない、聞いてもはぐらかされた。
この二日目の朝を迎えるまで、私はなんだか疲れきっていた。
とても疲れたんだ。
きっと、フリージアさんの方が疲れているんだと思うけど。

「…ねぇ、カロンさん。どこかに綺麗な場所はないかしら?」

不意にフリージアさんがそんなことを言うのが聞こえた。
綺麗な場所…?なんでそんなところに行きたいんだろう…。
私がぼんやり聞いていると、今まで黙っていたカロンが、あるにはある。と無愛想に言った。

「じゃあそこに行きましょう?私この辺りの花見たことがないの。馬たちも疲れていると思うわ…ね?いいでしょう?」
「……。」
「ダメ…かしら?」
「…少しだけ。」
「え?」
「少しだけ休んで行こう…馬も疲れていることだろうし、そこなら俺の家も近い、そこで別れよう。」

私はびっくりした。
今までフリージアさんを避け続けるような態度のカロンが、その要求を飲み込んだからだ。
フリージアさんも私と同じだったみたいで、少し呆けたみたいだった。
カロンはそれからまた、何も喋らなかったけど、恋人を亡くしたフリージアさんに少しだけ優しくしてあげようと思ったのかもしれない。
そう思うことにしよう、じゃなければ私、カロンのこと…どうしてもよく思えないから。

フリージアさんが泣きながらウィリさんだったモノを抱きしめているのを見ていたカロンは、背中をさすったりも、言葉一つかけなかった。そんなカロンの背中見て、私は心底腹ただしい気持ちになった。
でも同時にとても怖いとも思った。
人間じゃない…かといって魔物でもない。
なんだかとてつもない恐ろしいもののように見えた。

「…それが死神ってことなのかな……」

後ろに聞こえない程度に呟くと、花籠で(いつから入っていたんだろう?)遊んでいた木霊がひょっこり顔を出して、目が合った私に首を傾げた。
なんだかその仕草が可愛くて、私は少し笑った。




「わぁ〜〜!すごい、こんなに広い花畑初めて来た!」

私は荷台からピョンっと飛び出して、目の前に広がる綺麗な花畑に感嘆した。
なんて綺麗な場所だろう、一面スイセンの花が咲いて、まるで雪景色のようにも見える。
フリージアさんと行ったあの場所より、ずっと綺麗で大きい。

「素敵な場所……」

フリージアさんもふっと息を戻すように呟く。
少し笑っているように見えて、私はホッとした。

「しばらく馬を休ませる、フリージアも少し気分転換でもしてこい。」
「じゃあ、一緒にお花摘みに行こう!きっと綺麗な花束が作れるよ!」
「お前は荷台の荷物を下ろせ。」

えーーー?
疲れそう…というかそういった仕事は男の人の仕事じゃないの?
そう批難しようとしたら、フリージアさんまでも

「私も少し一人になりたいんです、お手伝い頑張ってくださいね。」

と言うので仕方なく荷物を下ろすブラックな仕事を引き受けることにした。
荷物は重かった。というか数は少ないのだけれど、一つ一つ色々詰め込んであるせいで…ぐぅ…潰れそう。

「仕事の遅いやつだな…ほら貸せ。」
「…あ。」

特に大きい荷物を抱えて悶え苦しんでいたら、カロンが片手でそれをひっつかんでくれた。
かなり腕が辛かったから、正直とても助かった。

「ありがとう…」

私は素直にそう言うと、荷物を下ろしたカロンはふいっとそっぽを向いた。
以外に優しいところもあるじゃん…っていやいや、飴と鞭を使われているだけだ、きっと。適度にご褒美?みたいのやって私をこき使う気だぞ。

「お前…この後どうする気なんだ?」
「…へ?何が?」
「さてはお前、本当に何も考えていなかったな…この旅が終わったらどこに行くつもりなんだ?ってことだよ。言っとくが俺はお前を家に上げる気なんて毛頭ないからな。」

う…断言された。

「第一に、お前は勘違いしてるんだ。俺は体こそ人よりな形をしているだけで、俺は人間じゃない、死神だ。」
「わかってるよ、でもそんな関係ないんじゃないかな…種族の違いだって。」
「いいや、わかってない。」

何もわかってない。と釘をさすようにカロンは呟く。
一体何をわかってないのか分からない。
もっと、はっきり言えば伝わるのに。
そう思っていたら、ふと自分の前に何かが差し出された。

「ふえ?」

思わず受け取ると、ヂャリと金属の重なる独特の音と硬さと重みがあった。

「今回の件で貰った金だ。みんな欲しいとも言ってないのにくれるんだが、もとより使う気は無いからお前にやる。これで教会に入れてもらうといい…」
「でも…使えないよ。」
「使ってやれ、俺なんかが持ってはいけない金だ。」
「……。」

これだけたくさんのお金があれば、教会に入って確実な生活ができる。
もう野宿したり、食べ物に困らないで済むんだ。
でも…これをフリージアさんはどう思うのかな…私なんかが貰って本当にいいのかな。

「…私、フリージアさんに聞いてくる。」

私がそう言うと、カロンは黙ったまま頷いた。






私は、あの方が何怯えているか…知っている。

もう長い時間、途方も無い時を業を背負って生きてきたんですから、きっと過去に私みたいのが何人もいたんでしょうね。
それがどんなに辛いものか…きっと彼を失った私なんか比にならないのでしょう。

「これは、あなたが受け取ってください。」

私の言葉に少女は泣きそうに顔を歪める。
そんな悲しそうな顔しないで、せっかくの可愛い顔が台無しになってしまうわ。

「私はそれでいいと思うの…誰かの役になるのなら、彼はきっとそれを優先させるだろうから…」
「……。」
「ほら、泣かないの。私まで悲しくなってしまうわ…」
「…私、わからないの。」
「え?」

少女は綺麗な黄色の目にたくさん涙を浮かべている。

「…あの人、とても苦しかったと思う…あんなに酷い状態で…自分で動くことも、死ぬことも、できなくて……だから、あの方法しかなかったことはわかってる。…でも、本当にあれが正しいのか、私、わからなくて…だからそれが。」

どうしても悲しいの、と少女は言ってくれた。
それがどんなに私を救ってくれたのでしょう。
私もずっとそう思っていました。
共感して、一緒に悲しんでくれる。
それだけで私は十分でした。
私は彼女を抱きしめて、何度も頭を撫でました。
少女は小さな肩を震わせながら、まるで赤子のように泣き始めて、抱きしめ返してくれました。

「…ありがとう、カルミア。」

彼のために、私のために、たくさん悩んで、悲しんでくれてありがとう。
私はもう、いかなくてはいけないけれど、きっといつでもあなたのそばにいるでしょう。
だからね、ほら。
最後に笑顔を見せてくださいな。






彼女が去った後、入れ替わるように黒いあの人が来るのが足音で分かりました。
多分、後ろで私たちの様子を見ていたんでしょうね、見計らっているみたいでした。

「話は終わったか?」

振り返って、頷く。

「…そうか…確か馬車はお前の私物だったよな。ここまでわざわざ送ってくれて、助かった。返そう。」
「いいえ、もう、大丈夫でしょう。」

私が静かに言い放つと、かすかに彼は反応したように見えました。
私はゆっくり彼に向き直り、できる限りの優しい微笑みを送ります。

「改めてあなたにお礼が言いたかったの。あの人を救ってくれて本当に…」

できる限りの…

「…ありがとうございます。」

優しい微笑みを、私は出来ていたでしょうか?
あなたはどこか辛そうに見えました。
同時に何かを恐れているようにも見えました。

「…そうか。」
「もう、私には馬車はいりません、必要なくなったので貰ってください。」
「…わかった。」
「……最後に、もう一ついいでしょうか?」

私はとても身勝手ですね。
ごめんなさい。



でも、どうか許して。



今はこの苦しみから、解放されたいの。


「私を殺して、くれませんか?」










あなたが恐れていたのは、これでしょう?

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