性欲戦線 -30歳・童貞・魔法使い-

ノベルバユーザー186244

第四話 改心、決着、遭遇

 先に動いたのは怪人だった。デスクや書類等を滅茶苦茶にしながら一直線に飛んできたのを間一髪よけると、そのまま無傷だった別のデスクに蹴りが炸裂してへこむ。あれはもう使えないだろう。
 そこからタイムロスがほとんどなく次の攻撃へ移り、再度飛び蹴りがきた。こちらもまた避けようとするが距離が足りずに胸をけり上げられ、天井の蛍光灯に衝突からの落下で後頭部を打ち付ける。パラパラと破片が降りかかるのを片手で受け、上体を起こした。怪人は私と目が合うとすぐさま追撃にかかり、また飛び立とうとしたが足を掛けたのがキャスター付きのイスで、椅子を踏んでいる足に力をいれると椅子が後方に滑り、踏ん切り良く飛びあがれず、受け身を取ることも出来ずデスクの上に突っ伏した。
「今だ!」
 部屋の端で様子を見ていたアグネットから指示が飛び、急いでデスクから飛びおりて窓へ向かうが鋭く立ち上がった怪人が、デスク同士を仕切りる板の断片を蹴り、逃げ出そうとする私をけん制する。
 続けて一つ二つと蹴り飛ばしてくるが、一つは避けてもう一つは杖で弾いた。プロサッカー選手以上のキック力で飛翔する断片たちは軽々と窓ガラスを割って外へ飛び出し、向かいの建物の壁に衝突して壁が少々抉れる。そんなものをまともに受けてしまい手が痺れるが、再度脱出を試みる。
 怪人も負けじと蹴ってくるが私は軽く避け、外に逃げるために窓の縁に足をかけようとした辺りで蹴るのは効果がないと気付き、一蹴りで近づいてくる。
「うおおおお!」
「ギィェェェ!」
 前傾姿勢で飛びかかってきた怪人を、爪先を縁の下に引っ掻けることで力づくでしゃがんで避け、転がりながら脇下に杖の先を差し込み促すように、勢いあるまま私は窓の外に投げ飛ばした。落下していく怪人に続いて早急に立ち上がり私も今までいたビルの二階から跳ぶと、既に落下した怪人にもう一度杖を向けて撃ち込む。
散り行く定の命ホワイト・バズーカ!」
 間一髪で怪人には避けられたが、本命は倒すことではない。空中にいた私はバズーカの圧に簡単に飛ばされて、おおきく放物線を描いてさらに別の屋根の上にきれいに着地した。その場から離れることが目的だったのだ。
 飛び出した窓の位置から反対方向に飛び降りて、離れようと走り出した。くねくねと角を曲がりに曲がっていると、アグネットが追い付いた。
「お前、三発うってるけどまだ大丈夫なのか?」
「はい、違和感はないです」
 いまだ私は目立った外傷も消費もない。万全に戦えるだろう。だが、それが問題だ。万全に戦えているというのに攻め手にあぐねている。これ以上私が傷を負ったり撃てなくなったりしたら私の負け、怪人が体力を消耗し鈍くなったらそこに攻撃して私の勝ち、つまりは消耗戦だ。
 前方に暫く障害物がないことを確認し、後ろを詮索しながら走る。変身によって感度が上昇した五感には何も不審な点は見つからず、前を確認しようとそのタイミングで、小さく衝撃音と上空へ何かが飛翔した。闇夜に浮かぶその物体は、やはり怪人である。
 それは近辺の建設物全てを見下ろし、いかれた滞空時間でくまなく探す。私は視線がこちらにきそうになり、急いで建物の陰に隠れてやり過ごそうとする。
「あっぶねぇ」
「あいつ、中々にやるな。怪人のなかでも中ランクくらいじゃないか?」
 地べたに座りながらアグネットの話を聞き、初戦闘には酷だと恨みつつも落ち着いて息を潜める。数秒後、怪人が着地したであろう低い音が聞こえ、私とアグネットは無言で頷き、足音をたてないように注意しつつ走り出した。
 しかし同じぐらいの間隔の後もう一度音がした。二度目の跳躍だろうと、道を横断している最中だった私たちは、建物の裏に駆け込み、陰から怪人を捜索するも直ぐに姿は見つかった。位置は変化しておらず、怪人の思惑は念のためにもう一回捜した、というところだろう。
 計四つ目の衝撃音を確認して、また走る。案の定先ほどのようにすぐさま跳ばずにいるようだ。怪人に姿は見られていないはずだから、何処に向かっているのか推測も出来ないが離れるほうへ向かう。しかしそこでアグネットが口を開いた。
「おい、戻るぞ」
「え?」
「離れすぎた。こっちも体勢は立て直せてる。これ以上は一般の人に見つかってしまう。お前も、怪人もだ」
 確かにそうだ、怪人が誰かを見つけてしまったら、その人に被害が及ぶ。それに私自身が見つかるのも問題だ。こんな格好をした人が、夜の町を縦横無尽に駆け巡り戦闘を繰り広げている姿など、話題にしかならない。この町は都会よりも田舎に近いような町なので、深夜に人はそういないが、車通りが多い道は近くにあるため、車を運転している人に見つかる可能性もあるだろう。
 私はスピードを落とさずに角を曲がり、車が来づらそうな街灯の無い暗い道を選んで、元いた方向へ走る。
 思えば空中で巨大砲を避けるなど不可能だろうから、宙にいる間で撃ってしまえば良かったのだ。惜しいことをした。
 なんて悔やみながら道を横切り、不意に左を向いた。すると数本先の道に、逆方向に向かっていた怪人と目があった。
「あっ」
「キェ」
 細い道ゆえ直ぐに渡りきり見えなくなる。あまりにタイミングが意外すぎて脳の処理が遅れて自分の頭で、えーと、と落ち着かせる。
「ギィァァァァ!」
「うわあああ!」
 ただ叫び声で背中を叩かれて頭が覚醒し、怪人の声という鞭に叩かれた私は馬のように駆ける。
 後でゴミバケツが破壊される音が響いている。どう考えても怪人だからと振り向く暇なく地面を蹴り、急カーブを繰り返す。
 怪人はやはり頭が弱く、全力疾走を繰り返していた。おかげで急カーブに対応できずそのまま直進し、いちいち戻ってきてまたアクセルを踏む、となり時間を稼げた。距離は少しずつ離れ行く。
 追い払えそうな距離ができてきたところに、直線の路地に入り込むというミスを犯した。しまった、と舌打つも後戻りも思案したが、ビールを入れる籠がものすごい勢いで飛来し壁に衝突し、ほぼ同時に怪人が地面と平行に登場してきた。邪魔だった籠を蹴り飛ばしたからなのかはどうでもよく、一回転して接地、私を見つけたとたん突撃してくるのをどうするかのほうが重要だ。
 圧倒的な脚力で私が頑張って広げた差を縮める怪人に殺意と恐怖がこみ上げ、さけぶ。
「うおおおお!」
 自らを奮い立たせるように喉を震わせ、そのまま勢いで数メートルジャンプして薄汚れたスナックの看板を杖のない左手のみで掴む。真下を抜ける怪人を一瞬見送ると、今度は看板が設置された支柱に飛び付き、またビルの屋上へ乗る。
「ふぅ」
「落ち着けよ、落ち着いて対処すればどうにかなる」
「はい」
 杖をこすりながらアドバイスを聞き流し、別の屋上に飛び移るのを繰り返して距離を取り、三軒ほど先に降り立つと振り返って杖を構え、飛び上がってくるだろう怪人を狙う。
「ギィェェェ!」
散り行く定めの命ホワイト・バズーカ
 狙った通りに現れたことに笑みを浮かべ、屋上の上で宙にいるところへ即座に白い濁流が怪人を飲み込みにかかる。
 車以上の速度で進むこれを避けることは不可能に思えたが、ギリギリ片足が屋上に接触してしまい、足首の動きだけで二メートルを飛び越えた。
「はぁ?」
 人体の限界を無視する卓越した光景を前に、裏返った声が出た。怪人なのだから人と違っても別にいいのだが、人型をしているため、つい人の常識で考えていた。
 着地した怪人はワンパターンな飛び蹴りをまた繰り出し、フェイントもなにもない単純な攻撃に慣れた私は、別の技を使う。
「かっ、カウパー!」
 そう唱えて杖の球がついている側を槍のように突きだすと、球を透明な膜が覆った。球に怪人の足先が接触すると、摩擦がほとんどゼロになったかのようにつるんとすべって、バランスを崩し転倒する。
 カウパーは、作り出した膜に攻撃を当てることで滑らせて軌道を変えるという防御用の技だ。特に今回のような近接攻撃に有用らしく、無駄ににつるつるするのでバランスを崩せるようだ。
 転倒ついでに屋根を転がり落ちて地面に落下した怪人を見下ろすと、私は助走をつけて屋根から跳んだ。
「刺され!」
 必要以上に尖鋭せんえいな杖の尾の方を下に、寝そべる怪人の下腹部へ落ちる。避ける暇は、ない。
 黒ずんだ怪人の腹など軽く貫くと信じていた。だが避けれ無いと判断すると、なんと真剣白羽取りのように両足で杖の先端付近を挟んできた。
 ギチギチと音をたてて両者は拮抗するが、すぐにピタリと動きがなくなる。改心の一撃を、停められたようだ。
 寝転んだ状態で足をあげて挟み込む、そんな格好で力は入りづらいだろうしタイミングもシビア。そんな芸当を見せられ驚愕で声がでないし、動こうにも杖が微動だにしない。
 手詰まりの状態で悩んでいたが、怪人が足を大きく振って杖ごと私を放り出す。
 勢いよく跳ねるように転がり、少々離れた民家のブロック塀にぶつかって止まった。普段の自分なら目を回していただろうが、この状態ではなんら問題はない。それよりも、距離をとることができて得だ。
 もう一回、怪人が大きく飛んだところにアレをぶちこもう。そうすればきっと勝てる。そう考えて前を見た。しかし、もうそこに怪人は見えない。
「え!?」
 予想外の出来事に慌てて左右を確認したが、後頭部に強烈なダメージが入り地面とキスをする。
 頭がボケて視界は揺れる。後頭部には鈍痛が残り、私に初めて実感のあるダメージが入った。上半身を少しだけ起こして止める。
 その時だった。鼻を打ち付けて、口に漂う鉄の異臭に目の前が暗くなる。
 動けなくなった私に、今度は脇腹へ蹴りあげられるような力がかかる。またバウンドボールのように、先以上の距離を転がったところで止まるが、今度は起き上がらない。
 痛い。頭が痛い。鼻が痛い。脇腹が痛い。格闘技やケンカというものをしてこなかった三十才には、この生々しい痛みは私を必要以上に抉った。
  やはり、変身して浮かれていた。子供の頃観ていた特撮のように、怪人を倒す立場になったんだと。才のない私には、救いは妄想しか残されていなかったから、現実じゃあ絶対出来ないことが出きるんだと。そして初戦闘、これがどうしてこうなった。攻撃がしっかり届いているのは最初のみ、避けられてばかりだ。いや、そもそも攻撃が少なすぎた。最初以外はずっと怪人のペースだってことに、なんで気が付かなかったんだ。
 痛い。辛い。苦しい。
 やりたくない。
 黙って横のままの私を不思議そうに見ながらそばに近寄ってきた怪人は、意識があるか確認しようと足を高く上げて__
「うご、け、よっ」
 アスファルトに踵を落とされ、地面には踵を中心に蜘蛛の巣が張り巡らされる。私は、アグネットに胸ぐらを捕まれ勢いよく飛び、間一髪で救出された。あれを喰らっていたら身体はどうなっていただろう。
 アグネットは羽ばたいたまま、ハンマー投げの要領で私を屋上においやった。受け身はとるが、丸まるだけで私はなにもしない。
「……戦えよ」
 冷たい風に吹かれなびく前髪の奥には、同じように冷酷な瞳。
「嫌です」
 アグネットを見ず、縮こまった状態で小さく答える。
「何でだ」
「……才能がないから。
 苦しみたく、ないから」
 そう言ったとたん、その小柄な身体のどこにそんな力があるのか、と問いたくなるほと強引に仰向けにされ、被り物の角を掴んで頭を引き上げて強制的に視線が交差する。反射的に目をそらすが、被っていてもバレバレのようで怒鳴られた。
「目をそらすんじゃねえ。
 苦しみたくない? どうせ痛かったからだろ。てめえみたいなやつは痛みに弱いからな。でも、そんなんだったら死ぬのも嫌だろ? 怖いから。だかな、こんな所で怯えてたら生き残れねえで死ぬぞ! 私は怪人に手は出せない。一方的に攻撃されるのみだ。
 つまりてめえが立たなきゃてめえは死ぬんだよ! 死にたくなかったら立て!」
 額同士が殆どくっついているような距離での叱咤は心をそらすことができず、逃げ場なんてない。
「それにな、才能がない? 誰がそんなこと言ったよ。最初から選ばれし存在なんだぞ、十分な才能じゃないか」
「……スピードは勝てない、攻撃はあたらない、それなのになにが才能ですか! 才能なんて、私にあるわけがない!」
「あるさ」
「っ、証拠は!?」
 とっさに反論するが、私を見つめた綺麗な目とぶれないその一言に怯む。でも立て直してさらに食って掛かるが、アグネットはうってかわって落ち着いた声で話し出す。
「証拠なんていまから作ればいい。お前が今苦戦している相手に勝てば才能ある証拠になるさ。勝てなかったらどうするかって? 気にするな。お前は勝てるから。このくらいで、お前は負けない。安心しろ」
 勢いよく戦えない、そんな自分が情けなかった。でも、だからと言って猪突猛進に突き進めるほど勇気も意思もない。それは、才能というものがこれっぽっちもなかった今までの自分が原因だ。だからこそ、自分に才能なんて信用できない。
 けれど、こんなにかっこよく胸を張って信用された。他人の信頼なんて感じて来なかった私には、それは救いだった。
「……お前、まさか泣いてる?」
 気づかぬうちに流れていた涙に自分も驚き、恥ずかしくて止めようとするが、嗚咽は止まない。
「まあいいよ。私はついてるから、頑張って立ち向かえよ」
 出された手をとり立ち上がり、手の甲で涙を拭き取ろうとするがコスチュームが邪魔で拭き取れなくて、また少し恥ずかしくなる。
 恐怖心は無くならないし、まだ少し痛みはある。それでも、こんな女の子みたいな顔をした小さな小さな妖精がかっこいいんだから、せめてカッコ悪くたって格好つける位はしてやろう。
 目をしばたたいてできるだけ視界を良好にし、満を持して飛び降りた。
 踵落としで必要以上にかかとがアスファルトに引っ掛かって抜けなかったらしい阿呆な怪人が、調度今抜けたようで勝手に腹をたてている。
「ギィィィィ!」
 唸り声を響かせて脅してくるが、効きはしない。私には、アグネットがついている。
 擦って完全体にした杖を構え、怪人は腰を落とす。辺りには静寂が響き、早足な鼓動が自らの存在を示す。
 場は温まり、最終ラウンドが開始される、そう思った時だった。
風孔クスコッ!」
 怪人の下腹部を中心に、一瞬にして大きく穴が開いた。そこから一秒も経たずに身体が弾け飛び、肉片となった怪人のパーツらが輝く粒子に変化して大きく広がるが、直ぐに怪人がいたところに粒子が結合し、拳よりも一回り大きい、白濁とした球体が地面を転がる。
 そしてその奥に、赤い槍をつきだしている男がいた。
「アグネット、新人か?」
「ああ」
 私は男とアグネットの顔を交互に見て、双方に敵対心が感じられないのは分かったが、まだクエスチョンが浮かぶばかり。
 腕を下ろして自然体になると、謎の男は「それなら言えよ、手は出さなかったのに」と呟きながら踵を返す。
 余りに急な展開についていけなかった私は、そこでようやく口を開けた。
「お、お前はっ誰、で、すか?」
 とても噛んでいるし、こんなときでも敬語を抜ききることが出来ない自分に思うところはあったが、どうでもいいことだ。呼び止められて男は振りかえると、めんどくさいものを見るような目で。
「俺はディルムッド。てめえと同じだよ」
 今度こそ離れていった、ディルムッドと名乗る男。男の特徴的なオレンジ色の髪は闇夜でも目立ち、それを私は見えなくなるまで睨み続けていた。
 これが、私の初戦闘にて初の他の魔法使いとの接触である。

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