悠遠なるギア

サナキ村長

* 歯車は回り出す

聖暦504年。
メリサ=ウィルを女王とする国アヴァロニアは過去最高の繁栄を続けていた。
メリサ=ウィルは民に寄り添い、人を慈しむ屈指の名王で、その分近衛騎士団の志願者も増えている。
誰も、彼女を失いたくはないからだ。

そして、近衛騎士団のそれなりの地位である俺、シア=ディルスは入団テストの後始末である書類を裁断し、一息を付いたところであった。

──バンバンバンバン! と、静かであった個室に乱暴に扉を叩く音が響く。
「うるさいな、誰だよ?」
と、扉に向かう。外開きの扉は容易く音の主に激突した。
「いたい!」
改めて蹲る音の主を見る。
白に近い水色の髪と、複雑な蒼と翠の虹彩の瞳を持ち、精霊魔術使いシャーマンのローブを着た小柄な少女、ミティ=デュフォウだと視覚すると、俺は溜息を付く。
「もうちょっと静かに出来ないのか?」
「性分だもん! シアだっていつも馬鹿みたいにうるさく号令かけてるからおあいこです!」
「子供の言い訳だな」
「もう…! 折角呼びに来てあげたのに、シアったら最低!」
「呼びに? え、それ、誰から?」
「女王様」
ガタッ! と派手な音を立てて木製の椅子が倒れる。ばたばたと髪、服をチェックし、不備がないかを確かめ、装飾剣を帯刀して、「早くそれを言ってくれ!」とミティに怒鳴りつける。
「だってぇ……ごめんなさい…」
彼女はまだ16で、子供っぽいところがある。

そもそも近衛騎士団には未成年が多い。それは、この世界のつくりにある。
基本的にこの世界に中年の頼りになる騎士は存在しない。一定の年齢になると強制的に退団を命じられるからだ。
それも年齢と体力・技術の反比例が露骨だからだ。
それに精霊使いシャーマンなんて特に、若い方が精霊を上手く使える。
だから、この騎士団の平均年齢は22くらいになっている(多分)。
俺も例外ではなく、今年で19となる。因みに団長は丁度22。最年少は15。
若い者が命を散らすのは非人道的? 確かに、他の国ではそうなのだろう。でも、そこは我が女王様メリサ=ウィルが過去最高の名王だと呼ばれる所以を話さなければならない。
メリサ=ウィルは人の死を嫌う。人の不幸を嫌う。戦争を嫌う。貧乏で飢えた子供を嫌う。
つまり、戦争をけしかけられないように周国と同盟を組み、貧乏な子供を無くすように国家の資産をかけて大量に孤児院を建て人材を雇い、力を尽くした。
誰も彼もが、彼女を賞賛する。正に、穢れのない名君だと。俺もその一人で、彼女を守るために近衛騎士団に入団した。
たまに来る「メリサ=ウィルは偽善者だ」だとか罵る暗殺者もどきを撃退したり軍隊トレーニングの指揮を団長が忙しい時に変わって指揮したりする程度の仕事だ。給料も良い。文句なしだ。

──だとか考えているうちに謁見の間に着いたらしい。軽く息を整えると、ミティが重い扉を固い表情でノックした。

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