勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

デークと魔眼




「ほう……」

 あっと言う間に全回復したその姿を見て大魔王デーグの口が開く。
 白い輪の力はそれだけでは終わらず、光から解放されたノイの身体には
 無数の蛇が這いまわっていた。
 苦手な人が見れば寒気がするかもしれないが、当の本人は何も気にしていない様だった。
 それどころか、それが当たり前の様に、常に共に居たかのように、
 自然な動作で蛇の頭を撫でた――

「んぬ!?」

 たったそれだけの動作をしただけで大魔王デーグが苦痛の表情を浮かべた。
 先ほどまで余裕を醸し出していた彼は今は只々苦しそうに心臓に当たる部分を抑え込んでいた。
 
「な、にを――した!」

 痛みを堪え腕を薙ぎ払う。先ほどノイを追い詰めた無数の漆黒が再び襲い掛かる。
 それも先ほどとは比べ物にならない程の速度で飛ぶ。
 瞬きすらする暇はない。だが、ノイは表情一つ変えることなくそれに対応する。
 純白の輪が激しく発光する――思わず目を瞑るが、それでも眩しい程だ。

「厄介な」

 光が収まったその場には漆黒は消え去っていた。

「だが、時間は稼げた。随分と面白い技を持っているな」

 そう発言する大魔王デーグは何時の間にかに先ほどの苦痛から解放されていた。
 此方も此方であの一瞬で対応した様だ。

「これは面白い戦いになりそうだ」

「大魔王デーグの能力って一体どういうものなのでしょうか?」

「ん~知らん」

 エリルスの記憶からこの世界についての事は大体は理解している。
 といっても彼女が封印される前までの記憶だ。当然、最新の情報は分からない。
 それに加えエリルスは驚く程、他の大魔王達に興味を示していなかった。
 精々しっていても名前程度なモノだった。

「まぁ、この戦いでハッキリするだろ」

「一応相手は大魔王なのですから、心配ですよ」

 ふと、未だに睨み合っている二人から目を逸らし、
 地面を見てみると、そこには文字が浮き出ていた。

――愚かなソラ様よ、私の事を使えば直ぐに分かりますよ

 まだあの時の事言っているのか……意外と面倒な性格してるな。
 確かに魔眼を使えばどんな能力を持っているのか見ることが出来る。
 正直に言ってみているだけでは非常に暇だ。

「暇つぶしがてら使うとするか……」

 大魔王からではなく、まずはノイの方から見てみることにした。
 精霊王としての能力、非常に気になるものだ。
 魔眼で彼の事を覗いてみると数年間で鍛えたステータスに加え沢山のスキルがあった。
 
「あー、魔眼さんやい、簡単に説明お願いできるか?」

――はぁ、仕方ないですね

 映し出される説明があまりにも長くて、読むのを断念してしまった。
 もう少し簡単に説明してくれないかと魔眼さんに頼むと以外にもあっさりと了承してくれた。
 ため息があったような気がするが、そこは水に流そう。

――まず、今出ている白い輪ですが、アレは浄化の輪と言います。
  治癒能力に加え、聖なる光を放ち浄化することが出来ます。
  それに加えて白蛇を体に宿す事が可能。
  その蛇の能力は心臓麻痺、発動条件頭を撫でる。
  呼吸困難、顎下を撫でる。防御力無効化、腹を撫でる。石化、背中を撫でる。

「おいおい、それは流石に強すぎないか……」

 魔眼さんから聞いたその能力の強さに思わずそう呟いた。
 デバフ系もりもり蛇さんだ。見た目に反してえげつない能力を持っている。
 それに加え発動条件が撫でるだけと言う破格の性能だ。
 
――それでもう一匹の方は頭から、相手の位置と自分の位置を入れ替え、
  相手に向かい高速で移動、相手の位置を強制的に変更、自分の位置を変更。
  
「……」

 思わず言葉を失った。そりゃあ、蛇が二匹いるのだから、当然能力も二つある。
 当然だ。当然なのだが……流石に強すぎではないだろうか。
 デバフに加え移動系のスキル。一人で全ての役割を担う事が可能だ。
 もし、俺とノイが戦っていた時にこの力を使われていたら結構長引いていただろう。

「ちなみに、他の輪もそんなに能力を持っているのか?」

――そうですね、全ての輪一つ一つが強力な力を持っています。
  簡単に説明していきましょうか、一度しか説明しませんので
  しっかりと聞いてください。愚かなソラ様でも聞くことぐらいは出来ますよね?

「……はい」

――本当に簡単に言うと、あの漆黒の輪は自身を影とすることが出来ます。
  他の色も各属性になっていてどれも強力な力を持っています。
  使い方次第では最強ですが、この戦いで勝つのは大魔王の方でしょう。

「凄い簡単に説明したな、まぁ、兎に角どの属性に対しても強いんだな
 ……にしても、やっぱり勝てないか」

 全属性に対して最強かと思うが、それでも大魔王に及ばない様だ。
 最初から勝てないことは分かっていたが、それはノイの本来の力を知らなかったからであり、
 今の状態ならもしかすれば勝てるのではないかと思っていたのだが、
 魔眼さんが言うにはそれは無理な様だ。

「その影になれる輪とやらで回避し続けて他の輪で攻撃とはいかないのか?」

――無理ですね、一つの輪しか使えないです。ほら、見てみてください

「ん?」

 視線をノイに戻すと、彼の頭上には漆黒の輪が浮かびあがっていた。
 それに対しての大魔王の行動はもの凄くシンプルなモノだった。
 只、殴る。それだけの行動だ。いや、大魔王の行動に対応したのがノイの方か。
 圧倒的な速さで詰め寄り凶悪な拳で振り下ろす。
 
 その行動だけでドォーンと激しい音と衝撃を放ち、地面が抉れ建築物は木っ端微塵。
 魔眼さんが言っていた様に、漆黒の輪が浮かび上がったノイの身体は影の様に蠢き、
 実体を拳が擦り抜けて行く。蠢く影が素早く地面を移動し距離を取る。

「おぉ、本当に影だな」

 ある程度距離が離れると、影から実体が生えるように復活した。
 不気味極まりなく、子供が見たら間違いなく怖がられるだろう。
 そんなことを思いつつしっかりと戦闘を目で追っていく。
 距離を取ったノイと比べ、攻撃を放った大魔王の方は僅かだが体勢が崩れている。
 大魔王に隙ができる千載一遇の攻撃チャンスの訪れだ。

――あれが欠点です

 ノイを見ると宙に浮く輪を別の輪に切り替えている最中のようだった。
 トータルで見れば対して時間を費やしている行動ではないが、
 その僅かな時間がこの場合非常に重要なのだ。
 通常なら何の問題もない僅かな時間、彼にはそれは十分過ぎる。

 残像を残す勢いで大魔王が移動し再び拳が襲い掛かる。
 重く針の様に鋭い拳が切り替え動作中の無防備なノイに突き刺さる。
 衝撃で身体が曲がり、少量の吐血に目を見開き明らかにかなりのダメージを負っている様だ。
 
「結構きつそうだな」

 一見強そうには見えるが、速度特化の相手には結構不利の様だ。
 不利と言っても大魔王レベルの相手には通用しないだけだ。
 その他の相手ならば余裕で圧勝出来るだろう。

――終わりです。あの拳を正面から喰らった時点で勝敗は決まりました。

「どういう事だ?」

――大魔王デーグの主な能力は愚かなソラ様と同じです。
  不死身、とまでは行きませんが、それの下位互換の力を有してます。
  それに加えかなり高位の状態異常を付与する攻撃をしてきます。
  今、拳に付与されていた状態異常は麻痺をメインに鈍足、衰弱、盲目……
  どれもかなり高位のモノです。

「なるほどな、耐性がないなら相手にはしたくない。
 それにしても下位互換と言っても不死身に近い存在か……厄介だが、倒せない程ではないな」

 俺はどこかの神様から耐性を貰っている為、そこまで脅威ではないが、
 幾ら強いノイでも耐性がないのに加えかなり高位の状態異常を貰ってしまえば、ひとたまりもない。
 ノイ程の力があれば状態異常が一つだけならば時間は掛かるが解除することは出来るのだろう。
 だが、麻痺を掛けられた上に足を奪われ、力を奪われ、視力を奪われる。
 距離を取ることも防ぐこともままにならばい状態だ。

「ふむ、確かに負けだな」

「ちょ、ちょっと!ふむ、じゃないですよ、早くこれで回復をしてあげないと!」

 スラが慌ててアイテムを取り出す。状態異常回復のポーションの様だ。
 透明な瓶に明らかに不味そうな色をした液体が入っている。
 出来れば飲みたくも飲ませたくもないが、薬は不味い程効くと聞いたことがある。
 ノイには申し訳がないがこれを飲んでもらおう。

「そうだな、流石に苦しいのはかわいそうだ」

 状態異常や呪いで苦しんだ過去を思い出すと冷や汗が出て来た。
 久しくそういったものを感じてはいないが、確かに状態異常は泣くほど辛い。
 過去の自分を思い浮かべながらスラがポーションを受け取り、移動を開始する。

「よう、大丈夫か?」

「っ!?」

 一瞬にしてノイを庇う位置に移動する。警戒されていなかったのか、
 大魔王の距離を取るまでの時間が少し遅い。

「子供?……どこかで……いや、気のせいか?」

「ん、あぁ、そっかもう解けてるだっけ。短かったな俺のゴブリン人生は」

 ゴブリンの姿でやり残したことは別にないが、なかなか面白い経験だった。
 そんなことを思いながら堂々と背中を向けノイに目を合わせる。
 かなり苦しいのだろう。美形な顔が歪んでいる。

「ほれ、これでも飲んどけ、くそ不味いだろうが、我慢しろよ?
 吐き出しでもしたらスラが飛んでくるぞ」

 ポーションの蓋を開けそれをノイに近付けると表情が見る見るうちに変わっていく。
 状態異常を受けていた時の方がまだ涼しい顔だと思う程酷い表情を浮かべている。
 臭いだけでこれだ。味は……あぁ、可哀そうに。

「ぅ……んっぇ!!」

 非常に悪いとは思っているが、ノイの意思関係なしに無理やり瓶を口の中に突っ込み、
 グイっと上を向かせポーションの中身を全て流し込み、瓶を引っこ抜き口を無理やり閉める。
 
「んん!!んんんんん!!!!っんんんん!!!!」

 真っ青になりつつも飲み込むのを確認したと同時に非常に苦しそうに地面に倒れ込む。
 本当にこれは回復薬なのだろうか、実はスラの企みで毒薬を渡されたのではないか。
 そんなことを思いながら苦しそうにしてるノイを見下ろす。

――状態異常は解けて来ていますが、糞みたいな味の所為で体力も徐々に削れていますね

「おいおい、それって良いのか?」

「お前、さっきから良く背中を向けて居られるな」

 背後から大魔王デーグの苛立った声が聞こえて来る。
 大魔王デーグとノイ、何方を優先するかと問われれば悩む必要すらない。

「ノイよ、大丈夫か?お前には申し訳ないが、勝敗は決まった。お前の負けだ」

「……酷いなぁ、ボロボロな僕ぅを見て……言うセリフかいぃ?
 折角、格好付けるチャンス……だったのにぃ……」

 苦しそうにだが言葉を発する。魔眼さんの言う通りしっかりと効いてはいる様だ。

「お前……いい加減にしろっ!」

 背後から苛立ちの声と途轍もない殺気と同時に大魔王の拳が襲い掛かって来る。
 だが、特に振り返ったり気にしたりする動作はしない。ただ、ノイの顔を見つめる。

「っ!?」

 此方には目には見えないが無数の信頼できる仲間がいる。
 ガラガラと骨が動く音と同時に大魔王デーグから驚愕の声が漏れる。
 幾ら大魔王でも無数の鉄壁の護りである骸骨さんたちを超えることは出来ない。

「何時も通りの情けねぇ口調に戻っているなら問題なさそうだな。
 まぁ、取り敢えずそこで寝とけ。少し話し合ってくる」

 ゆっくりと振り向き、再び距離を取り様子を伺っているデーグを見据える。
 一度攻撃を防がれ、此方の実力がある程度のモノであることが分かったのか、
 先ほどの様に感情に任せる動きではなく、しっかりと様子を伺っている様だ。

「取り敢えず落ち着いてくれると助かる。こいつとは違って、今はあまり戦う気はないんだ」

「……お前に無くとも此方にはある。此処が魔物の国という事を忘れたか?お前は――」

「まさか、俺の事が人間だと思っているか?だとしたら相当見る目がないなぁ?
 大魔王デーグさんよ。その程度か?」

 見た目は人間だが、厳密にはもう人間とは言えない存在だ。
 一応、ノイがやられた事もある為、軽く煽る様な感じで言葉を被せる。 

「……何者だ?」

「ん~そうだな、お前に上位互換……と言っても伝わらないか」
  
 簡単に俺の正体を伝える方法。それは非常に簡単だ。
 手を天に掲げそれを思いっきり自分の心臓があるであろう位置に突き下ろす。
 そして心臓を掴み取り体外に取り出す。

「おぉ、しっかり心臓あったんだな、俺……」

 そんなことを呟きながらそれを握り潰す。
 鮮血が弾け周囲に飛び散るが、俺の身体は何事無かったかのように修復されている。
 一応身体が無事かどうか触り確かめてから、どや顔をデーグに向ける。

「っ……」

 唖然としているのか口をぽかんと開け此方を見ているが、固まっている。
 
「どうした?お前も似たようなことが出来るのだろう?そんなに驚くようなことか?」

「……ふざけている。あり得ない。不死身は存在はする。だが、お前の場合は早すぎる」

「ん~、だから言っただろ、お前の上位互換だと。ちなみに俺の主人はもっとすごいぞ」

 腕を組み堂々と此方を見下ろしクゥハハハハとか笑っている彼女の姿を思い浮かべる。
 神様と仲良くやっているのだろうか、少し気になるな。

「見たところ痛みを感じていない様だな。……幻覚でもない様だ。
 その代償はなんだ?そこまでの力なんの代償もなく使えるはずがない。
 お前は何を犠牲にして生きている?何故平気な顔をしてそこに立っている?」

「お前は呼吸をするときに消費する酸素を気にしたことはあるか?」

「は?」

「いや、俺も気になったから主人に聞いたんだが、そう言われたんだ。
 最初は意味が分からなかったし不気味だった。だが、慣れて行けばどうという事はなかった。
 俺たちが呼吸をするように俺たちは回復し、何事もなかったかの様に復活する」

「……」

 俺が前にエキサラに聞いたことを伝えたが、納得していない様だ。
 実際、俺も言われた時は納得できなかったが、もう慣れてしまっている。
 これでわかってもらえないのならば、納得するような答えは持ち合わせていない。

――本当に愚かですね。ソラ様。愚かを通り越してもう呆れてしまいます。
  何故気付かないのか……魔力ですよ。空気中、いえ、この世界中に溢れる無限の魔力。
  それを吸収して身体達を構成している訳です。

 魔眼さんが呆れ気味でそう説明をしてきた。 

「……どうやらこの力は魔力を吸収している様だ。これで納得してくれるか?」

「魔力を吸収だと……なるほど、なるほど……
 では、お前を殺し続ければ魔力が切れ殺せるってことだな」

 カラクリをしったデーグは不気味な笑みを浮かべそう発するが、それは間違いだ。
 未知の敵に対しての勝ち筋が見えたのだろう。 

「俺の魔力ではない、この世界の魔力だ。お前にこの世界中の魔力を消す力があるのならば、
 俺を殺すことは可能だろうな……まぁ、そんなこと大魔王全員が協力しても不可能だろうがな」

 一瞬表情を崩した大魔王だったが、それでも笑みは消えない。
 流石に話しだけでこの場を収めることは難しそうだ。こちらの能力を見せつけることによって
 戦意喪失してくれれば最高だったのだが、それは無理の様だ。

「そうか?幾ら不死身とは言え、俺も似たようなモノだ。幾らでも対処は出来るぞ?」

「やってみるか?」

「ほう……随分と自信があるようだな。これは楽しめそうだ」

「……魔眼さん頼む」

 ボソリと小声で魔眼さんの力を借りたいことを伝える。
 大魔王との戦闘は流石に未熟な俺の力だけでは勝てないだろう。
 戦闘のプロである彼女に力を借りるしかない。

――これだけ煽っておいて戦闘は任せたですか。
  なんというか呆れも通り越してもう凄いとしか思えないですよ。
  まぁ、長い付き合いですし、わかってはいましたけど。
  良いですよ、でも、やるからには本気でやらせてもらいます。

 その言葉と同時に身体の主導権を奪われるのを感じた。

「さて……」

 どうやら今回は意識以外全て持っていかれている様だ。勝手に口が動いてしまう。
 まず先に動いたのは俺の身体だった。一瞬にして後ろで倒れているノイを足で触れ、
 スラがいる所に瞬間移動させ、これまた一瞬で大魔王デーグの前に戻った。

「何時でも来て構わない。この身体を完全に預かった限り私は負けはしない。
 さぁ、来い。大魔王デーグよ、存分に楽しませてくれよ?」
 
 なんだか、昔の自分を見ている様な気分になる。
 まさかとは思うが、真似をされているのだろうか?……いや、考え過ぎだな。

「っ!」

 魔眼さんの挑発に乗り、大魔王デーグが一直線に飛び掛かって来る。
 単純な攻撃だが、彼の場合その拳一つでかなりの脅威を持っている。油断は出来ない。
 
「骸共、手出し無用だ」

 一度は彼の拳を防いだ骸骨さんたちに向かい、魔眼さんがそう呟く。
 今回は本当に魔眼さん一人の力で大魔王に挑む様だ。一体どうなるのやら、楽しみだ。
 ……まぁ、戦っているのは俺の身体なのだが、自分の意思とは関係なしに動く身体が
 どうしても自分の物だとは思う事が出来ずに客観的になってしまう。

――ドスッ!

 と鈍い音が鳴る。
 気が付けば大魔王の拳は俺の身体に届いており、魔眼さんの取った行動は単純だ。
 特に避ける、防ぐと言った行動は取らずに只々受け止めたのだ。
 と言っても身体強化を一点に集中させるぐらいの行動はしていた様だ。
 どこを目掛けて飛んでくるのか分からない拳、更に大魔王程の力、速度を持ったモノを
 事前に予測してそこに集中してスキルを掛けるとは流石としか言いようがない。

「耐えたか、だが、俺の勝ちだ」

「ふっ、状態異常が誰にでも効果あると思っているのか?
 随分とおめでたい頭をしている様だなぁ……そろそろ麻痺が効いてくる頃だろ?
 ん?どうだ、ご自慢の状態異常は?痛くも痒くもないぞ。大したことないなぁ」

「くそっ!ふざけやがって、明らかにお前は異常だ!」

 状態異常が効かないと分かった途端に、焦りが見え始める。
 拳を抜こうとするが魔眼さんはそれを許さない。がっしりと両手で掴み取っている。
 幾ら暴れようが抜け出すことは出来ない様だ。

「早く逃げ出した方が良いぞ?」

「っ!」

 何かを感じ取ったのか必死に抜け出そうと必死に抵抗をする。
 もう片方の拳で殴りかかる。近距離で繰り出される拳だが、その一撃一つ一つがかなり重たい。
 魔眼さんは平気で攻撃を受けているが、その衝撃は凄まじい、振り下ろされる度に激しい音が鳴り、
 砂埃が宙を舞う。どうやら、先ほど同様に攻撃される直前に身体強化の位置を調整しているようだ。
 あまりにも的確過ぎる。

「時間切れだ。遅すぎる」

 彼の腕の上に剣が出現すると同時にあり得ない程の速度で落下する。
 光創と重力操作を使用したようだ。非常に鋭利な刃物が重力を掛けられ落下する。
 相手が大魔王だろうとも、いとも簡単にその刃はデーグの腕を切断し、地面に落ちる。

「ぐっう!!!ぬぅあああああああああっ!」

「ああ、その程度の力か。下位互換所ではないな。比べるまでもない」

 強制的に拘束が解かれた隙に距離を取り、鮮血が溢れ出す腕を抑える。
 傷口が沸騰するようにボコボコと動き始めている。

「ぬぅあああああああ、っああああああ!」

 かなりの痛みを伴っているのだろう。大魔王デーグは顔を歪め体中から汗を出している。
 俺も最初だけだが、痛みを感じるのは同じだったが、身体の修復にあそこまで時間は掛からなかった。
 それにあそこまで痛みに苦しむこともなかったぞ。
 
「ちなみに、私はあの阿保の様に優しくねえからな」

 そう言い放つと痛みに苦しんでいる大魔王デーグの顔面を思いっきり殴る。
 理不尽な程の力が込められた拳により鮮血と共に宙に浮かぶ。
 追撃。宙に浮かんでは殴り難いと言わんばかりに彼の服を掴み、思いっきり地面に叩きつける。
 ドォンっと決して人体と地面がぶつかって鳴るような音ではないモノが響く。

「くはっ!」

「この程度の不死身ならば殺すことは容易だ。覚悟は良いか?」

 馬乗りになり、決め台詞の様にそう吐く。
 
「はぁぁああっ!!」

 追い詰められた大魔王から魔力の波動が繰り出される。
 衝撃波にも見えるその技は実態があり、触れる物全てを切り裂く。
 当然、馬乗りになっていた俺の身体も上半身が消滅した訳だが――

「お前レベルの不死の力は単純に修復が間に合わない速度で破壊を繰り返すだけだ」

 そんなことお構いなしに、何事も無かったかのように復活した途端に喋り始める。
 次に何処を攻撃し、破壊するのかを教えるように魔眼さんの動かす手はゆっくりと、
 大魔王の身体に触れて行く。四肢を触り、胸を触り、顔を触る。
 
「くそっ!くそっ!」

 復活した拳を活用し、両方の手で抵抗を試みるデーグだが――

「うるせえなぁ、お前も嬲るのが好きなんだろ?自分がやられる立場になっただけだろ。
 ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえよ。この程度が大魔王とは笑わすなよ」

「ぐっぅ!!」

 暴れるデーグに対し、重力操作を使い身動きを完全に封じる。
 それもかなり強力に掛けている様だ。徐々に地面に減り込んでいっている。 
 身体が潰れないのは魔眼さんの嫌がらせなのか、それともデーグの耐久性が凄いのか。

 先ほど、魔眼さんは過去の俺の事を真似しているのではないだろうか、
 そんなことを思っていたのだが、撤回しよう。これは完全に乱暴なだけだ。
 魔眼さんには逆らってはいけないと言う事は身体に教え込まれているが、
 まさか、口調も此処まで悪い子だとは思わなかったぞ……

「さぁ、始めようか……」

 邪悪な笑みが零れる。先ほどから圧倒的に魔眼さんが有利を取っている。
 大魔王デーグは決して弱くはない。魔眼さんのやり方が的確すぎるのだ。
 もう既に決着は付いている。わざわざ殺す必要はないのではないだろうか。
 そう思っていると、

「前から不思議に思っていたんだ。何故この世界には大魔王は複数いるんだ?
 意味が分からない。それにこの程度の力で大魔王だと?ふざけるなよ。
 精々魔王レベルでだ。何が大魔王だ。魔力が高くて雑魚みたいな治癒能力があるだけじゃあないか。
 お前の様な弱者が大魔王を名乗るなよ。大魔王に相応しいのはあの方だけだ!
 あの方と同じ立場だと?ふざけるな!お前の様なゴミが大魔王を名乗るんじゃねえ!
 力も知恵も能力も外見も全てあの方が一番だ。大魔王はあの方だけで十分だ――」

「何を言って――っあああああああああああっぅああああっっ!!」

 魔眼さんの言葉を遮ったデーグに怒りを覚え、彼の復活したての腕を握り潰した。
 周りに人がいない為、断末魔が町中に響き渡る。
 
 魔眼さんの言うあの方と言うのは恐らくエリルスの事だろう。
 それにしても、非常に口が悪いのだが、これは素なのだろうか?
 それとも俺の影響を受けているのか……

「勝手に喋んじゃねえぞゴミがっ!ああ、ムカつくなぁ……
 お前達の様なゴミは私がこの手で必ず殺す!まず最初は――」

 まてまてまて!!魔眼さん?まさかとは思うが俺の事乗っ取ったままのつもりか?
 なんかさっきから怖いし、今の言い方だったら――
 
「あっ、いえ、言葉のあやです。全然返しますよ。今すぐにでも返しましょうか?」

 い、いつも通りの魔眼さんだ。いえ、今は結構です。終わったら返してください。

「あ、そうですか。では、大人しくしていて下さいね。もうすぐ終わりますから
 ……さて、じゃあ再開しよう――」

「ふっ」
 
 何時も通りの魔眼さんが現れたかと思えば、直ぐに戦闘モードに切り替わり、
 大魔王デーグに目掛けて拳を振り上げた。
 それに対して彼は不可解な表情を浮かべていた。
 恐怖でも怯えでもない、まるで最初の時の様に余裕の表情を浮かべている。
 
「ちっ、邪魔か……はぁ……」

 かなり遠いが此方に向かってくる二体の気配を感じ取る。
 何の迷いも無く一直線にそれらは飛んでくる。
 明らかに不機嫌な溜息を吐き、ゆっくりと魔眼さんは大魔王デーグの上から移動を開始する。
 そして俺の身体が彼から数歩離れたと同時に、3つの影が降り立つ。

「ソラ様の所為ですよ?余計な時間を取らせて……反省してください」 

 一人は明らかに人間ではなくミノタウロスと表現したほうが的確だろう。
 そんなものはモンスターとして何度か目にしたことはあるが、今回のは何もかもが異なっている。
 身長は軽く2メートル、いや2.5メートル程にも及び、
 人間では到達出来ない程の筋肉量、背中にはその体の半分にも及ぶ巨大な斧。

 その二人は顔も身長も程同じの双子の少女だ。
 桃色でふわふわとしているショートヘアで綺麗な瞳をしている二人組だ。
 唯一の差は瞳の色が若干違っているというところだ。
 一人が薄い茶色、もう一人は赤っぽい色をしている。

 あれ、三人中二人は知り合いだぞ?

「「あっ」」

 相手も此方の姿を見て気が付いたのだろう。そんな声を上げたが、
 大魔王デーグの叫びによって掻き消されてしまう。

「そいつを結界で囲め!!魔力が無ければ復活は出来ん!」

「……」

 大魔王デーグの叫びが聞こえ、即座に結界が貼られていく。
 流石の魔眼さんもこれは予想が出来ていなかったのか、言葉を失っていた。
 
「……お前はソラ様よりよっぽど阿保の様だな。魔力が無ければ復活出来ない?
 おいおい、まさかとは思うが敵である私の言葉を信じたのか?あぁ……愚かだ、実に愚かだ!
 敵にそんな重要な情報を渡すわけないだろ?少しはその空っぽの頭を働かせてみろよ」

「っ!?」

 これには俺も言葉を失ってしまった。魔眼さんの言う事だから信じていたのに……
 絶対に信じてたなんて言わないでおこう、只でさえ俺の呼び名が酷いことになっているのに、
 これ以上悪化させてたまるか……

「……嘘だな、追い詰められている様だな。お前達一斉に最大火力を叩き込め!」

「はぁ……」

 結界の中に幾つもの魔法陣が生じ、激しい爆発を起こす。
 幾重にも及ぶ爆破、地面も俺の身体も何もかも消滅させるほどの威力。
 目の前が真っ白になる――だが、

「満足したか?」

 爆破の末、現れたのは無傷で復活した俺だ。
 結界はあのミノタウロスだけが貼り、直ぐに結界内に攻撃を仕掛けてきたが、
 あの双子は「どうする?」「どうしよう……」「面白そうだよ?」「じゃあ、少しだけ」
 と言う会話が聞こえたのち攻撃の手が増えたことは忘れない。

「やっぱ凄いね~」「ね~」

「……」

「くそっ!そんなはずはない!もう一度だ、もう一度、いや、殺せるまで――」

 呆れる魔眼さんとは裏腹に大魔王デーグはお怒りだ。
 未だに重力操作の影響を受けている為動けていない為、仰向けのまま叫んでいる。
 双子はお互いの顔を見合い、こくりと小さく頷き、口を開いた。

「みーくん、この人はお菓子くれる良い人だから、攻撃しなくていいよ」

「お菓子大事」

「……」

 双子の言葉に対し特に声を発することなく静かに頷き、戦闘態勢を解除する巨体。
 その光景にデーグの怒りが更に悪化するが――

「なにか勘違いしてるけど、」

「私達は一応助けに来たけど、大魔王デーグ様の配下じゃあないよ」

「オヌブ様に命じられたら仕方ないけど、」

「デーグ様の命令はたまにきく程度」

「この人はお菓子くれる良い人だし、多分これ以上ちょっかい出したら……ね、」

「おっかないおねえさんに殺されちゃう」

「大変な目にあう」

 双子だから出来ることなのだろうか。
 お互いに交互に言葉をつないでいる。若干聞き取り難いが、見事なモノだ。
 それにしてもお菓子の効果凄いな。

「オヌブだと?あの使えねえお荷物観察者よりこっちに――」

「み~くん、標的変更、なんか動けないみたいだから」

「やっちゃおうか」

「「私達の大魔王様を貶すのは許さない」」

 どうやらあの三人は大魔王オヌブの配下らしく、彼女を貶されたことに対し怒りを覚えた様だ。
 標的が完全に此方から大魔王デーグに移行した訳だが、
 先ほどまでこの手で大魔王は殺すと仰っていた魔眼さんは一体どうするのだろうか。

「ん~、興が削がれた。好きにするが良い。此方は少し説教があるからな」

 そう言うとその場からゆっくりと離れ、崩壊した家内の中へと足を踏み入れる。
 
「……」

 上手い具合に周囲からの視線が切れる場所に辿り着くと、身体の主導権が戻された。
 先ほど説教と言う嫌な単語が聞こえたというか口にした様な気がするのだが……

――さて、愚者様、説教の時間ですよ

「……あー、その愚者って言うのは……俺だよな……」

――当たり前じゃないですか?じゃあまず何から説教していきましょうかね

「ははは……優しくしてくれ……」

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