勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

再開

「さ、ポチさんやい行ってくるぞ」

「ああ、行ってこい。我はしっかりと見ているぞ」

 翌日の早朝、冒険者ギルドが所有する大きな試験場にセツ同伴で足を運んでいた。
 既に試験官である受付嬢は中で待機していると事なので入り口でポチに別れを告げて足を進める。
 そして、試験会場に足を踏み入れ、試験官の姿を目に居れ――

「……」

 言葉を失った。

 綺麗な橙色のロングヘアで若干垂れ目の完璧なプロポーションの少女。
 受付嬢の制服を着て可憐な姿で試験場に立っている。その姿を俺は知っている――
 忘れるはずもない。この世界で初めての相棒の姿を、俺が忘れるはずもない――

「お待ち、して、おりました……っ!!まさかっ!そんな……!?でもこの気配、雰囲気、魔力は!!」

 あちらもこちらの存在に気が付いた様だ。何かを感じ取り、激しく動揺しているのが遠目からでも伝わる。

「「……」」

 試験会場を包み込むの静寂。試験官とソラは一言も発することなく互いに向かい合って無言のまま立ち尽くしている。
 観客席にいるのはポチと受付嬢やギルド関係者や野次馬で集まった冒険者たちだ。
 そんな彼らも現状を理解するのは難しく皆首を傾げていた。

「……」

 試験会場に立つ二人の感情は非常に複雑なモノだ。
 ソラの方は一目見た瞬間、彼女が何者なのか理解したが、どうすれば良いのかわからないのだ。
 今すぐ声を掛けて傍に駆け寄り再会を喜びたいと言う気持ちが大いにあるのだが、
 自分の姿が以前とは変わり果てていることが彼の足を止める。

 試験官の方は、彼の姿を見た瞬間に魔力や雰囲気から直ぐに何者なのか理解した。
 だが、自分自身を信じることが出来ずにいた。確かに目の前に居るのは彼と全く同じ存在なのだが、
 彼は死んだハズだと、この場にいる訳が無いと。
 じゃあ、目の前の少年は何者なのか――分からない。彼女はその答えを導けずにいた。

 どちらかが歩み寄らなければ進展はない。
 
「「……」」

 未だに互いが無言のままだが、少年がゆっくりと足を進め始めた。表情は硬く目線はしっかりと彼女の眼を捉えている。
 互いに覚悟は未だに決まってはいない。だが、二人の思考は似たようなモノだった。
 もし本物ならば戦えばわかる、分かってもらえるはずだと――

「ねぇ、セツこれはどういう状況?なんで誰も一言も喋らない訳?」

「すみません、私も良く分かりません。あの派遣されてきた受付嬢さんはとても優秀と聞いていたのですが、
 まさか試験官を務めるのは初めてでマニュアルが分かっていないのでしょうか?」

 観客席にいるリディアと受付嬢のセツがそんな会話を交わす。
 
「何か声を掛けた方が良いんじゃない?」

「そうですね……えっと、スラさ――っ!」

 それは突如始まった。何の合図もなしに会場で少年と試験官が戦闘を開始したのだ。
 互いの武器がぶつかり合い激しい衝撃波が会場を襲う。二人が立つ地面が徐々に砕けていく。
 あくまでこれは試験だが、会場に立っている二人は本気だ。

 ソラは最初から身体強化と絶対防御と魔眼と光創を使用し、短剣を具現化させ一瞬で間合いを詰め試験官に切りかかった。
 それと同時に試験官は体の一部を変形させ武器を作り出し、それを手に持ち向かい打つ。
 剣と剣がぶつかり合い激しい音と火花が散る。距離が縮まり少年は確信した。

「お前が相手ならば全力を出しても問題なさそうだ」

「っ!……ええ、私のすべてを掛けてお受けいたしますよ」

 久しぶりの再会に少年の眼にはもう彼女しか映ってはいなかった。
 その眼差しは獣のように鋭く、楽しむ少年のように無邪気なモノだ。
 口角を吊り上げ不気味な笑みを浮かべて彼は次の行動に移る。
 
「しっかりと防がないと死ぬことになるぞ。気を付けるが良い――爆発エクスプロージョン

 彼女を中心に大爆発を起こすと同時に彼は転移を使い元の立ち位置に一瞬にして移動する。
 激しい爆風に粉々になった地面の欠片が宙を舞う。観客席から悲鳴が飛び交うが二人には関係ない。
 激しい土煙の中から試験官が飛び出し宙を舞い少年に向かって一直線に剣先を向け落ちてくる。
 宙に浮いているのにも関わず彼女の疾風の如く素早く動く。気が付けばかなりの距離を縮められており、
 少年まではあと少しで剣先が届くのだが――彼が慌てることはない。

 彼の眼には彼女の動きは非常に遅く見えているのだ。迫りくる剣がとてもゆっくりに見えているのだ。
 これは魔眼の力だ。本来ならば命を削らないとこの様な技を使う事は出来ないが、エキサラのお陰でそんなものは関係ない。
 彼だけに見えている白い線を剣を当てる――

「っ!?」

 防がれるにはあまりに不可思議な動きだった。彼女の攻撃は少年の短剣によって軌道を変えられてしまい、
 そのまま地面に転がる羽目になってしまった。

「オマケだ」

 そう言うと少年の眼からビームの様なモノが飛び出し再び爆発を巻き起こす。
 その間に彼はバックステップを刻み距離を取る。

「えぇええ!?って、ええええええ!?セツ、セツ!!」

「え、ええ、何が起こっているのか付いていけてなかったですが、今確実に出ましたよ!目から!!!」

「本当に何者なのよあの子!!」

「ふっ、流石だなソラよ」

 目からビームを出したことによって観客席が一斉に騒がしくなっていく。
 そんなことお構いなしに二人の戦闘は続く。

「ふっ、今のは避けきれなかったか?」

「面白いことをしますねっ!」

 土煙の中から中々姿を現さないと思っていたのだが、なんと彼女は少年の後ろに移動しており、
 思いっきり攻撃を仕掛けるのだが――その攻撃は届くことはなかった。

「ッ――絶対防御パーフェクトプロテクト!?」

「分離か?俺に一撃与えるとは随分と成長したものだ――だが、甘いぞ」

 攻撃が無効化され怯んでいる隙を逃さず反撃に出る少年だったが――

「なっ、なんだこれは!?」

 彼の手足は地面から生え出た謎の手によって拘束され動かすことがかなわずにいた。
 禍々しい手を引き千切ろうとするのだが、強度が高く中々脱出することが出来ない。

「私だって成長しますよ。では――行きますよ!死なないでくださいよ!」

 至近距離で彼女が放ったスキルはファイアだった。少年の身長の何倍もある火の玉が襲い掛かる。
 灼熱の業火に焼かれながら少年はより一層不気味な笑みを浮かべる。
 ポチのお陰で執事服が燃えることはなく、唯一燃えていくのは彼を拘束していた手だ。
 少年の体は燃えては即時復活しを繰り返し続ける。彼に痛みはない。

「ふ、フハハハハハアハハハ!まさか!此処までやるとはな、面白い!面白いぞ!」

「やはりこれぐらいじゃ倒れませんか」

 業火が消え中から現れたのは無傷で骸を浮かべたリミッターを解除したソラだった。
 久々に真面に戦える相手を前に、懐かしい攻撃を前に彼の気分は高揚していた。
 
「何処を見ている?」

「なっ、いつの間――うっ!」

 先ほどとは比べ物にならない程の俊敏な動きで彼女の背後を取り攻撃を加える。
 操り人形のように手足を無気力に放りながら彼女の体は勢い良く吹き飛び試験場の壁に衝突する。
 大きく壁に減り込み吐血する。だが、彼の攻撃は終わらない。急いで起き上がろうとする試験官に耐えがたい重力が襲い掛かる。

「そこに沈んどけ――重力操作グラビティ・コントロール

重力操作グラビティ・コントロール……やはり、貴方なの、です、ね」

 重力に押し潰されながらも彼女は目の前に居る人物の正体を確信した。
 先ほどの絶対防御の時点で確信には変わってはいた。絶対防御をオリジナルスキル。この世界で彼のみが使えるスキルだ。
 重力操作を恥ずかしい呼び名を付けて呼ぶのはこの世界でたった一人しかいない。

「ようやく私も本気を出せますよっ!」

「ほう……っ!?」

 彼の存在を確信し、彼女は笑みを浮かべる。そして重力操作を自らの力で破り、一瞬にして彼の背後を取り、力いっぱいの少年の背中を蹴り飛ばす
 防御力がかなりあるポチ特製の執事服の防御力を軽く超える攻撃に少年は激しく吐血しながら壁に激突する。

「くっ!」

 先ほどとは真逆の立場だ。立ち上がり急いで態勢を整えようとするが、試験官の拳が目の前まで迫っていた。
 急いで身体強化によって強化された脚力を使い真上にジャンプし避ける――が、その動きについて来ていた彼女の拳が空中で炸裂する。
 再び地面に叩きつけられ数回のバウンドを経て、態勢を立て直す。

「リミッター解除状態にも追い付けるとはな、予想外だ。非常に面白い!
 さぁ、もっと俺を楽しませてくれ!」

「ええ、喜んで。では私の全力を見せましょう」
  
 彼女がスキル分離を使い次々の自分の分身を作り出していく。
 本来ならば分身の数が多ければ多いほど一体一体に均等に力が割り振られるため、弱くなっていくのだが、
 彼女にそれは関係のない事だった。膨大の魔力がそこを補っている。

「ほほう……これはこれは、かなり厄介そうだな」

 本体合わせ十二人の試験官がそこには存在していた。一体一体、本体と力の差はほぼないと言っても過言ではない。
 
「行きますよ!」

 一斉に試験官が少年に向かって襲い掛かる。一対一でさえ接戦を繰り広げていたのが、圧倒的な数の有利を作られてしまった。
 不利の状況だったが、彼は怯むことはなかった。数で優位を取られたのならば数で優位を取り返せばよいだけなのだから。

「では此方も全力を見せようとするか。今俺が出せる最多の攻撃を――行け、骸共よ我の盾となり矛となりたまえ!」

「!?」

 彼の背後に無数の魔力が生じそこに姿を現したのは無数の骸の数。一瞬にして数の優位を覆す。
 少年が手を振り下ろすとその骸の集団は一斉、試験官に襲いかかる。
 会場全体が骸に覆いつくされ勝敗は一瞬だった。骸が消えた後会場にはボロボロになった本体。

「さ、すがです、ね」

「どうした?もう終わりか?」

「私では適いませんよ。最後に、ちょっと近付いて貰ってもよろしいですか?」

「別に構わないぞ」

 満身創痍で地面に倒れ込んでいる試験官にゆっくりと近付く少年。

「うわっ!?」

 近付いた瞬間少年の体は彼女の手によって引っ張られてしまい、覆いかぶさる状態になってしまい、
 更にそこから逃がさないようにと手を背中に回し、足を絡ませる。

「おかえりなさい、ソラ」

「た、ただいま、スラ」

 仲間との再会を存分に満喫する二人だった。

「ちょ、ちょ、ちょっとおおおおお!!何なんですか!?ねえ、何なんですか!?」

「お、落ち着けセツ!受付嬢の有るまじき顔をしているぞ!と、兎に角、落ち着くんです!」
 
 そんな声が何処からともなく聞こえてきて会場に入り込んできたのが伝わる。
 未だに俺はスラの拘束に抗う事すらせずに身を預けている。不思議なモノだ。
 人前でこんな恥ずかしい事をされていると言うのにも関わらず羞恥心は一切感じない。
 寧ろ、非常に心地良く体の芯から安心してしまう自分がいる。
 エリルスに抱擁された時もそうだったが、今までの疲れが一瞬に濃縮されて遅い掛かり、
 それがスッと体から抜けていく気分だ。もう既に周りの事など見えてもいないしどうでもよく感じている。

 戦闘により荒れ果てた会場は非常に土臭く、砂埃などが舞いとても良い環境とは言えないが、
 そんなものはどうでも良い。ただこうして互いに再開を全身で分かち合う事が出来るだけで幸せだ。満足だ。
 試験官、スラの背中に回している手に力を入れると彼女もそれにこたえるように力を込める。
 身長の問題があり、彼女の胸が枕の様に顔に当たっているがそんなこと気にすることは無い。
 
「はい、落ち着きました……なんで抱き合ってるんですかあああっ!?ちょっとおおお!!」

「全然落ち着てないじゃない!!」

「貴様等、少し黙っていたらどうだ?」

「「ッ!?」」

 騒がしい二人を黙らしたのはポチの声だった。これは怒られてしまうのだろうかと思ったのだが、
 ポチの声には覇気を感じたが、怒りの感情は籠っておらず此方によって来る気配もない。
 ふと、ポチが前に言って居た『仲間なら仕方がない』と言う言葉が脳内で再生された。
 これはその時の言葉通り、スラの事を俺の仲間だと判断し何も言わないのだろう。
 その分後でねちねちとした嫌がらせが待ち受けていそうだが、今は気にしないでおこう。

「なぁ、スラ」

「はい、なんです?」

「その……ごめ――うぐっ」

 存分に抱き合い、俺は今までの事を謝ろうとしたのだが、彼女はそれを言わせないといわんばかりに
 更に強く抱きしめ顔が胸に沈められてしまった。息苦しいが心地が良いモノだ。
 
「謝らないでください。ソラだって、私だって、皆だって悲しかったのは同じです。
 それに頑張って来たのはソラだけではないのですよ?だから、謝らないで。此処はただいまと言うべきです」

 力が緩まり少し自由になり、頭を動かしスラの顔を覗くと此方に顔を向けてニッコリと笑い頭を撫でてきた。
 まさかスラに頭を撫でられる日が来るとは思ってもみなく、とても新鮮な感じだ。
 彼女の言う通り、悲しかったのは頑張ったのは俺一人ではない。スラ達も同じ思いをしていたのだ。
 確かに俺だけ謝るのはおかしいかもしれない。

「ただいま」

「はい、おかえりなさい、ソラ」

 それから数十分程の時が流れ、俺とスラは抱擁をやめてその場に立ち上がった。
 互いに少しだけ顔と目を赤くしながらも彼女は彼女の仕事に戻る。

「ごほん、以上を持ちまして試験は終了となります。お疲れさまでした」

「ああ、お疲れ様」

「お疲れ様……じゃないですよ!?何が何だか説明してくださいよ!!
 たまに目で追えない速度で斬り合ったり、急に武器を出したり、瞬間移動したり!
 なんかどかーんってしたり、眼からなんかだしたり!!
 それに最後のあの骸骨の塊は何なんですか!?それと最後は……抱き着いたりしちゃって!!
 ちゃんと説明してくださいよ!!」

 改まって試験終了の言葉を述べたが、セツが物凄い形相で手を上げながら異議を申し立ててきた。
 彼女の後ろでリディアもうんうんと首を縦に振りうなずいている。 
 顔を真っ赤にしながら質問してくる受付嬢には若干拒絶反応が出てしまう。

「説明しろと言われましても……私と試験者は元々知り合いと言いますか、仲間と言いますか……
 説明するようなことは何もありませんよ。貴女たちが見たままのが真実であり他の何者でもないです」

 説明しろと言われても単に俺とスラの戦闘がレベルの高いモノだっただけの話であって、
 彼女たちがそれを理解する程の実力を持ち合わせていないのが悪い。
 スラも説明の仕様がない事に困惑しつつも言葉を発する。
 回答に対しての反応が返ってくる前にスラはごほんと咳ばらいをした。 

「さて、今回の試験の結果ですが、試験の事の発端であったハイオークを討伐出来る程の実力の有無でしたが、
 彼は有りだと判断します。ハイオークどころかケルベロス相手でも苦戦することはないでしょう。
 この度は我々冒険者ギルドがご迷惑をお掛けしたことをお詫びします。今後のご活躍を期待しております」

「あ、ああ」

 何だかスラが受付嬢と言うのが違和感ありすぎて戸惑ってしまう。
 無事実力を認めてもらえたようで一安心だ。
 アレだけの力を証明したのだからランクの変動があっても良いのではないだろうか。 

「ちなみに、ランクとかってあがったりしないのか?」

「上がりませんよ。コツコツと上げていくしかないです。知らないと思いますけど、
 二年前に少し変わりまして、一気にランクが上がることは無くなり一ランクずつ上がることになりましたので、頑張ってくださいね」

「ええ……」

 楽してランクを上げようと思っていたのだが、その企みは目論見は失敗に終わってしまった。
 もしかしたら一気にAランクとかに上がってしまうかも!?と思っていたがそんなには甘くない様だ。
 ギルドの決まりならば従うしかない。 

「さて、さて、少し質問があるのですがよろしいですか?」

 スラは次にセツの方を見てニッコリと微笑み声を掛けた。
 未だに現実が見えていなく理解していない彼女は何処か惚けた顔をしているが返事はしっかりと出来る様だ。

「何故彼の様な小さい子が冒険者をやっているのですか?」

「え?それは知りませんよ。私が登録した訳じゃないですし……それに年齢の制限は無いはずでは?」

「ええ、確かにそうです。その代わりとは言ってはなんですが、
 冒険者は依頼を受ける際は全て自己責任という事になっているのは勿論ご存知ですよね?
 では、此処で彼の事を良く見てみましょう。何処からどう見ても五六歳の子どもではないですか。
 あの様に幼い子に責任能力があると思っているのですか?――ないですよね?
 それなのに貴女は依頼の手続きを済ませ彼を行かせてしまった。それがどういうことか分かりますか?
 かなり大袈裟に言いますが、もしかしたら貴女は小さな男のを死なせてしまったかもしれないのですよ?
 彼が特別に強かったから問題は起きませんでしたが、もう少し気を遣ってみてはどうでしょうか。
 強制的にパーティを組ますことや魔物討伐以外の安全な依頼のみを承諾するとか、
 色々とありますので次回からはそういった点を心がけてくださいね。
 私たちの仕事は冒険者がいてからこそ成立するモノですから。
 どうか、将来を奪うような事は避けてください」

「は、はい、ごめんなさい」

 決して声は荒げる事は無く、怒るわけでもなく、静かに注意をするようにセツに言い聞かせる。
 途中、何度も反論しようとしていた彼女だったが、スラが発する圧によって何も言い返せずに
 最後まで押され最終的には謝罪させられていた。
 冒険者ギルドの詳しい事は知らないが、スラ物凄く厳しい上司の様だ。
 俺の事を子ども扱いしているのが少し突っかかるが命を大切にするという事はとても良い事だ。
 
「はい、ではお仕事に戻りましょうか。
 私はもう少し彼と話すことがあるので此処の片づけを兼ねて少し遅れて戻りますね」

「は、はい。わかりました」

 何だかスラに怯えているように見える彼女はリディアと共に試験場から姿を消した。
 他の観客たちもそれにつられてゾロゾロと外に出ていく。
 この会場に残されたのは三人だけになった瞬間――背後からガバっと何かによって掴まれ、引き寄せられていく。

「ど、どうしたポチ」

「ふんっ、別に気にすることではないだろう?何時もやっている事だ」

 ギュッと背後から抱き着かれ、さらには頭の上に胸を乗せられている状況だ。
 何時もこんなことをしていたかと頭を悩ます。

「何か今日はかなり力強いな、どうしたんだ?」

「そうか?普段はもっと激しいと思うのだがな。ふんっ」

 ……何となく察することが出来た。恐らくだがポチはスラに対して敵対心を燃やしているのだろう。
 なんだかさっきからスラに対して自慢をしているように聞こえる。
 怒っていないだけかなりマシだが、これはこれでスラの反応が恐ろしい。

「あ、ご挨拶が遅れました。私は"ソラの初めての仲間"のスラと言います。人間の恰好をしていますが、
 本当は魔物のスライムですのでご注意を。詳しい事は知りませんが、"私の"ソラが随分とお世話になったようですね」

 スラもポチに対して敵対心を抱いたのだろうか、所々協調して言葉を発する。
 協調されるたびにポチがぴくついているのが伝わってくる。

「ほう、スライムか、下等生物族が人間の真似事とは笑わせるな」

「そうですか?なら私は胸を張れますね。
 下等生物でも此処まで人間の様に仕事が出来てソラともある程度戦い合える力があるのですから。
 それにしても下等生物ではない貴女は何者なんですか?自己紹介すらしないのですか?」

 ポチがどんな言葉を遣おうともニッコリと微笑み更に煽り返すスラ。
 あの笑顔は受付嬢をやっていて身に付いたものなのだろう。プロと言う感じだ。

「っ!ふんっ!!我の名前はポチと言う。貴様の様な下等生物とは違い我は誇り高きフェンリルだ。
 それに貴様の様なチッポケな名前とは違い我の名前はソラが名付けてくれたのだ!」

「そうですか、それは良い名前ですね。可愛らしくて良いと思います。
 ちなみにスラと言う名前もソラが付けてくれたものなのですよ?
 それをチッポケだなんて、なかなか酷い事を言いますね。ソラを傷つけるのならば怒りますよ?」

「なっ!?そ、それは本当かソラ?!」

「う、うん。そうだよ、俺が付けたんだ……はは」

 此処にこいてまさかのネーミングセンスを莫迦にされてしまった。
 自覚はしていたが、誰かに声をだして莫迦にされるのは結構傷つくものだ。
 
「そ、そうなのか!違うんだ、今のは冗談と言うモノだ。気にしないでくれ」

「ああ、大丈夫、気にしてない」

「くっ!貴様の所為だぞ!!我とソラの仲だからこの程度で済んでいるが、
 もし貴様ならこう簡単にはいかないだろうな!」

「あらあら、私の所為ですか、それは大変申し訳ございません。
 ところで、ポチさんとソラの仲と言うのはどのような仲なのでしょうか?ぜひお聞きしたいです」

 決して笑顔を崩すことは無いスラ。まるで子どもを相手にしているお姉さんと言う感じだ。
 たった数年で此処まで成長しているとなると他の仲間と会うのも非常に楽しみだ。
 特にライラは成長していて欲しい。大人になっていてくれよ?

「ふむ、良いだろう。我とソラは長い間共に行動し、寝る時も食事をするときも一緒だ」

「そうですか。それだけですか?それぐらいだと普通だと思いますが?」

「くっ!貴様!!そこまで言うならば教えてやろう!驚くのではないぞ!」
 我はソラを喰らい、それで得た欲を糧に生きているのだ!
 ふんっ、こればかりは貴様でも何も言い返せないだろう!!」

 その発言に一番のダメージを負ったのは俺自身だった。
 自分でもわかるほど顔が真っ赤になっている。下を向き二人にばれないようにする。
 そんな俺とは裏腹にスラは冷静に口を開いた。

「なるほど、そうですか。でもそれぐらいならば私だっていつでもできますよ。
 こうしてソラが復活してくれたのですから、何時でも何度でも出来ますよ。
 ポチさんは何やら初めてという事を自慢したいようですが、
 私からしてみれば、それがどうしたのですか?と思ってしまいます。
 それがあるとして、何か変わる訳ではないでしょう?
 確かに本人からしてみれば大切かもしれませんが、私からしてみればそんなのは関係ありません。
 そんな証明の出来ないモノは無いと同じです。
 例えソラが幾ら穢れようともそんな事を気にしない程、私はソラを愛しますから」

 その発言によって俺の顔は更に赤くなってしまう。
 これはとても大胆な告白ととっても問題はないだろう。

「うぅ……ソラよ!我はこの女大っ嫌いだ!苦手だ!嫌だ!」

 此処に来てポチの方が負けを認め、今まで聞いたことの無いような声を出した。
 
「ふふふ、愉快な仲間が出来て私は嬉しいですよ。これからよろしくお願いしますねポチさん」

「珍しいなポチが苦手意識をするなんて。だが、スラとは仲良くしてもらうぞ。大切な仲間なんだ」

 普段はどんなモノが相手だろうと決して怯んだり弱音を吐いたりはしなかったポチだが、
 今回、スラを相手にしてはじめて弱音を吐いたのだ。
 
「分かっている……ソラの仲間なのは分かってはいるのだ。
 だが、何だか受け付けないのだ!ほ、ほら!見ろソラよあの悪魔のような表情を!
 あいつ絶対何か企んでいるぞ!気を付けるのだソラよ。あいつは危険だ!」

「悪魔だなんて酷いですね。何もしませんよ?
 折角、ソラと再開したのですから、次こそは必ず守り抜く。その為なら何でもしますよ。
 まぁ、ポチさんは仲間なので決して敵対はしませんが、あまりソラの嫌がる事をするのならば
 嫌がらせの一つや二つぐらいは覚悟しておいてくださいね」

 スラが二コリと笑うとポチの体が小さく震えあがるのを感じた。
 よほどスラの事を恐れているらしい。俺からしてみればそこまで恐怖を感じることは無いのだが、
 魔物同士だからなのだろうか、ポチは何かを感じ取っている様だ。
 
「では、私は此処の片付けを済ませてから冒険者ギルドに戻るので。
 ……ソラ、今夜から私はまた貴方と共に行動してもよろしいですか?」

「んのう!駄目だぞ、ソラよ、そう簡単に――」

「ああ、勿論だ。またよろしくなスラ」

 仲間なのだから当然だ。何やらポチが騒いでいたが気にしない。
 ポチならば何だかんだ言いつつ仲良くやっていけるだろう。
 
「ありがとうございます。では仕事が終わり次第そちらに伺いますね」

「おう、待ってるぞ」

「我は絶対に待たないぞ。ふんっ!」

 最後までポチはツンツンとしている。そんなポチと共に試験場を出る。
 
「全く、何なんだあのスラと言う女は!苦手だぞ!
 ……ところでソラよ、今日もランク上げで良いのか?」

「ん、そうだな――あっ!」

 今日も今日とてランク上げをしようと言う気分だったが、ふとある事を思い出した。
 頭の中に浮かんでいるのは双子の姿だ。そういえば昨日約束したんだった。
 試験の事で一杯ですっかり忘れていたぞ。

「悪い、言うのが遅れたが今日はこの前の双子にお菓子を買ってあげる約束をしたんだ」

「む、そうなのか。ならば我もついて行くぞ。一人でランクを上げても仕方のない事だからな」

「そうか、それは助かる」

 正直、あの双子は得体の知れないので一人で相手をするのは少々不安だった。
 約束と言っても場所の指定や時間の指定はしていない為、
 どこに何時に行けば良いのかなど不明だが、適当に街をブラついていたら出会いそうだ。
 そんな甘い考えをしながら商店街に向かい数分程歩いてみると――

「あ、お兄さん」

「お姉さん」

「うお、本当にいた……」

 甘い考えで十分だったようだ。ヒラヒラと手を振って此方に駆け寄ってくる。
 
「約束を守りに来たぞ。お菓子ってどんなのが良いんだ?」

「ん~たくさん」

「色々~」

「そうか、じゃあ歩きながら気になるお菓子があったら言ってくれ」

「「はーい」」

 お菓子については何が美味しいとかは全く分からない為、この双子の気になるお菓子を買ってあげる。
 ぶらぶらと歩きながら気になるお菓子があると双子は一目散にその店に飛びつく。
 そのあとを追い、二人がお菓子を手に取ったら料金を払って次の店へと行く。
 俺とポチは朝からお菓子は少しキツイと言う理由で遠慮している。
 この世界のお菓子は非常に安く、大して負担にもならない為、何も考えずに購入しても問題なさそうだ。

 飴玉や綿あめ、クッキー、ポテチの様なもの、グミ……色々なモノを食べている。
 一通り食べ歩きが終了し、双子の手には一杯のお菓子が詰まっていた。
 一度場所を移し、広場に移動した。噴水の周りに腰を下ろしてお菓子を広げる。

「随分と買ったな」

「うん、幸せ」

「ありがとうお兄さん、お姉さん」

「うむ、我は何もしてないが、感謝するのは良い事だ」

 本当にお菓子を買ってあげただけだったが、満足してくれてなによりだ。
 しかし、肝が据わっていてお菓子が好きな双子か、怖いモノ知らずなのか、それとも得体の知れない存在なのか。
 悲惨な現場を見ても叫び声すら上げない精神、寧ろ慣れていると言う感じにも思えた。
 こうしてお菓子を食べている姿は年相応なのだが、一体彼女たちは何者なのだろうか。

「なぁ、二人は何者なんだ?」

 別に流されてしまっても構わないと言う気持ちでそうつぶやいた。
 首を傾げられるのが落ちだろう。

「私たちは魔王だよ」

「魔王だよ、驚いた?」

「……」

 答えが返ってきた事自体驚きだが、更に彼女たちの口から冗談とも聞こえる単語が出てきた。
 普通の人間ならばここで子供の冗談だと言って流すのだろうが、俺は違った。

「そうか、魔王か。通りで普通ではない訳だ」

 残念と言うべきなのだろうか、魔王と言う言葉に新鮮さも無ければ驚くような事でもないのだ。
 俺の周りには沢山の魔王様がいて更にその上の大魔王様とだって繋がりがあるのだから。
 今更魔王の一人や二人出てきたところで驚きはしない。

「驚かない?」

「驚かないんだ」

「まぁな、意外と魔王ってたくさんいるんだな程度の感想しか抱かない。
 多分、知らないと思うが一応聞くが、新魔王軍って言葉聞いたことあるか?」

 少し残念そうにしている双子に新魔王軍の事を聞いてみた。
 魔王ならば何か知っている事があるかもしれない。

「知ってるよ~」

「お兄さんお菓子くれたから教えて上げる」

「おお、本当かそれは非常に嬉しい!」

「この前ね、そんな名前の奴が居たから少しいじめて上げたら色々教えてくれた」

「大魔王デーグ様によって誕生した魔王たちの集まり?みたいな感じなんだって」

「目的は世界の再構築だって、かなりの数いるみたいだからそのうち戦争が起きるかも~」

「魔王軍と新魔王軍と勇者?みたいな感じかな~楽しそう~」 

 聞いてみるモノだ。思わぬところから情報を入手することが出来た。
 エリルスの記憶にも大魔王デーグは存在している事から昔からいた奴の様だ。
 どうやらエリルスはデーグの事を嫌っていたらしく詳しい情報を入手することは出来ない。
 だが、新魔王軍に大魔王が関わっていると言う事を知れたのはとても大きな事だ。
 それに目的までしれてしまった。一体そこまでの情報を得るためのいじめと言うのはどんなものなのだろうか。
 
「世界の再構築か、折角戻って来たと言うのにたまったもんじゃあねえな」

「ん?」

「いや、なんでもない。ありがとな二人とも、良い情報だ。
 また何かわかったら教えてくれ、その時は一杯お菓子かってやるからな!」

「うん!」

「教える!」

 お菓子を一通り食べるのを見届けてから俺とポチは冒険者ギルドに向かう。
 スラは裏で仕事をしている様でカウンターには出ていなかった。
 彼女の仕事が終わるまではランク上げになりそうだ。
 ポチは相変わらず魔物を狩る依頼を受け、俺は手軽なスライムやゴブリン討伐の依頼を受けた。
 今日は互いに二つの依頼を完了させる頃には既に夜になっていた。

 昨日のハイオークの報酬も合わさり、今日はいつも以上に稼ぎが大きい。
 そしてやっとと言うべ気か、ランクが上がりポチに追いついたのだ。
 だが、ポチ既に次のランクに行けるらしく、明日試験がある様だ。

「絶対に追いついてやるからな」

「ふっ、それは楽しみだ」

「あっ、ソラとポチさん、此処に居てくれたのですね。
 丁度仕事が終わったので探そうと思っていた所です。手間が省けました。
 では、宿に案内してください。そこで積もる話でもしましょう」

「そ、ソラよ!本気で此奴も同じ部屋で泊まるのか!?」

「当たり前だろ、仲間なんだから」

 駄々をこねるポチを連れながら宿に向かう。
 積もる話。話すことは沢山ある。それはお互い様だろう。今日は眠る事の出来ない夜になりそうだ。

「我は寝る。二人で話すが良い。絶対に話しかけるのではないぞ!」

 宿の部屋を三人で取り直したのだが、部屋は変わらずベッドは二つしか置いていない。
 スラ曰く、私はスライム状態で寝るのでベッドは必要ないです。との事だ。
 ポチは部屋に入り寝る支度を済ませると不貞腐れたようにベッドの中に潜り込んでしまった。
 今日だけでポチのキャラが相当ブレてしまっているのだが、まぁ明日には直っているだろう。

「再会したのは私が一番最初なのでしょうか?」

「いや、一番先に出会ったのはエリルスだった。
 だけど、あれは何て言うか向かうから会いに来た感じだったから、
 もう一度、次は俺の方から会いに行くつもりだ。こうして偶然出会った再会はスラが初めてだぞ」

 この世界で初めて再会した仲間は大魔王エリルスだったが、あれは彼方から会いに来てくれたのだ。
 かなり有難い事だが、せっかくなのでこの世界の新しいモノたちを知りながら自らの足で会いに行きたいものだ。
 意図的ではなく偶然再会したのはスラが初めてなのだ。

「そうなんですか。一番が良かったですけど仕方がないですね
 と言う事はヤミたちにはこれから会いに行くってことですよね。ちなみに居場所はしっているのですか?」

「いや、まったく知らないな。コツコツと冒険しながら探せたら良いなって感じだ。
 一応情報収集はしているが、これと言って大きな当たりはないな」

「なるほど、確かにこの数年で色々なことがありましたからね、
 冒険をしながら手掛かりを探していくというのは悪くないです。
 ちなみに、皆さんとは何度もお会いしていますが、皆一応元気にやっているのでそこの心配はなさらずに」

「おお、そうか。それは安心だな」

 その言葉を聞き一安心だ。元気でやっているのは何よりも喜ばしい事だ。
 特にヤミは変な道に進んでしまわないかと若干不安だった所がある。
 早く会いたい気持ちは大いにあるが、この世界の新たなモノを学びながらでも遅くはないようだ。
 
「今後の予定は決まっていますか?」

「一応あるぞ。何だか攻略が非常に難しい迷宮があるらしいのでな、そこに行ってみようと思っている。
 聞くところによると精鋭たちがことごとくやられているらしいな。まさかに俺にピッタリな迷宮だ」

「あっ……ふふふふ。そうですね、確かにソラにはピッタリな迷宮ですね」

 彼女は何か思う事がある様で意味ありげな笑いを零した。
 それがどういった意味があるのかは知らないが、特に気にはしない。 

「だろ?何人もの強者を拒んで来た迷宮。まさに選ばれしモノにしか攻略できない様な迷宮ではないか。
 早速行きたいところなんだが……何やら規制があるらしくてな、ランクが足りないんだ」

「ああ、そういえば最近制限が始まったらしいですね。
 ……ソラが望むのならばすぐに迷宮に行くことが出来ますが、どうですか?」

「そんなことが可能なのか?」

 幾ら行ってみたいとは言え、強行突破するのはどうかと思う……そう思っていると、

「ええ、私これでもSランクなので私とパーティを組めば問題ないかと思います」

「なん、だと……」

 本当にスラには驚かされてばかりだ。だが、よく考えてみれば何も驚くような事ではないかもしれない。
 この数年間皆頑張ってきたのだ。Sランク冒険者になっていても不思議ではないさ。
 となると、ヤミとかはSランクを通り越しているかもしれないな……恐ろしい
 Sランク冒険者とパーティを組めば迷宮に入れると分かればもう急いでランクを上げる必要などない。
 
「スラよ、頼んでも良いか?」

「はい、勿論です」

 満面な笑みが咲く。一体何がそこまで彼女を笑顔にするのだろうか。

「では、何時行きましょうか?明日にでも出発しましょうか?私は何時でも構いませんが」

「ちょっと待て、スラよ、冒険者ギルドの仕事は良いのか?」

 早速日時を決めようとしてくるが、完全に仕事の事を忘れているように見える。
 確かスラは派遣されてきたハズだ。流石にサボるのは駄目だろう。
 
「別に構いませんよ、此処での仕事は今日で全て終わらせてきました。
 書類の仕事だけで本当に助かりましたよ。それにしても何で簡単な書類なのにあそこまで溜まっていたのでしょうか」

 心底不思議に思っているで首を傾げている。恐らくだが、それはスラさんが優秀なだけなのではないだろうか。
 どんな内容なのかは知らないが、たった一日で仕事を片付けるとは流石だ。
 本当に知らないうちに成長していて嬉しいぞ。

「流石だな、じゃあ明日にでも出発するか?」

「はい、それが良いでしょう。あ、でもその前に一度ネルガ王国に行っても良いですか?
 普段私が働いている場所です。仕事の報告と休暇を貰おうとおもってます」

「ネルガ王国か……ああ、良いぞ」

 ネルガ王国と言えばかなり思い出がある場所だ。確かあそこの受付嬢にも世話になったっけ。
 名前は確か……リーザ?リーゼ?そんな感じだった気がする。あと忘れちゃいけないのが、
 Sランク冒険者ジョン=ボブさんだ。

「ありがとうございます!」

「聞いて居るんだろ?ポチさんやい。予想以上に早く迷宮に行けることになったぞ。
 少しは喜んだりスラにお礼を言ってみたらどうだ?」

 先ほどから布団の中でもぞもぞと動いているポチに向かって言葉を飛ばす。
 本人はバレないようにしているのだろうが、完全に嘘寝だ。
 
「我は寝ているのだ……」

「いや返事したら完全に寝てない事バレるだろ……」

「う、うるさいぞ!ああ、そうだ、我は寝ていないぞ。
 話しを聞いて居れば二人で楽しそうに我を仲間外れにして、良い度量だな!
 ……だが、まぁ、強敵と戦えるのならば許そう。スラとやら良い働きだ」

 ガバっと布団の中から飛び出してきたポチがキレだしたかと思いきや、
 言葉は凄く上から目線だが、一応スラに感謝しているようだ。
 
「はい。ですが、これだけ言って置きますね。
 あの迷宮は恐らく私たちでも攻略はかなり難しいと思います」

「ほう、我の力が迷宮ごときに劣ると?」

「ポチさんの力がどれほどあるのかは知りませんが、
 あの迷宮は絶対に最下層に到着されないような難易度で造られているのです」

「ふっ、絶対など無い。我とソラの力さえあれば不可能などないぞ」

 どうやらスラは例の迷宮の事を詳しく知っている様だ。
 この世界で共に行動していたスラが力を合わせても攻略は難しいと言うのだ。
 本当にその迷宮は攻略させる気はないのだろうな。……なんだかあいつの顔が浮かぶな。
 男か女か分からない可愛らしい顔をしている何処かの精霊の顔を思い浮かべては直ぐに頭から消し去る。
 あいつと再会するのは最後でいいや。

「ソラよ、この女に何か言ってやるのだ。我とソラの力を甘く見ているぞ」

「まぁ、落ち着けよポチ。別にスラは無理だとは言ってないだろ。
 ただ難しいってだけで不可能ではない。そうだろ?」

「はい、その通りです。時間を掛ければ攻略は可能でしょう」

「……初めからそう言うのだ。紛らわしい事を言いやがって。やはり此奴は嫌いだ!寝る!」

 そう言い残し再び布団の中に潜り込んでしまった。スラがいるだけでポチの可愛らしい一面が見れて今日は非常に楽しい日だ。
 相変わらずスラはニッコリと笑みを浮かべている。もしかしなくてもポチの反応を楽しんでいるようだ。
 知らぬ間に小悪魔の様になってしまって悲しいぞ……

「そういえば、何も聞かないのか?俺が今までどうしていたかとかさ」

 スラじゃなくとも仲間に再会したら真っ先に聞かれるとばかり思っていたのだが、
 彼女はそういった事を一切に聞いてこない。興味がないのだろうか、それとも触れないようにしているのだろうか。
 
「今はまだ聞かないだけですよ。だって、私だけソラの過去を知るのは皆に悪い気がしますからね。
 こうして共に行動出しているだけでも皆に悪いのにこれ以上は贅沢は言いませんよ。
 それに、皆の前に話した方が盛り上がりますし楽でしょう?」

「スラのそういうところは変わらないな。ああ、わかった。では全員と再会したら話すとしよう。
 その時はスラの話も聞かせてくれよ?」

「はい、勿論!」

 仲間思いのところは今も変わっていない様だ。本当に良い子だ。
 全員が集まるのは何時になるのかは想像もできないが、その時が楽しみだ。
 会話を終え、寝る支度を済ませてベッドに潜る。

「スラ、久しぶりに来てくれ」

「はい、喜んで!」

 擬人化を解き、懐かしいオレンジ色のスライムが懐に飛び込んで来て一緒に布団の中に入る。
 ポチとは違い、モニュモニュとした感触だ。これもこれで気持ちが良いモノだ。

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