勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

報酬そして悪意

「さて、ポチさんやい」

「分かっている。これだ」

 暇な時間を何しようかと聞こうとしたのだが、
 すでにポチはやることを見つけており掲示板から一枚の依頼の紙を手に取っていた。

「なになに」

 依頼にはオーンという魔物を討伐してくれと書かれていた。
 この魔物はエリルスの記憶に無いので恐らく新しめの魔物だろう。
 場所は水の都からそこまで遠くない場所の様だ。
 報酬は金貨一枚。魔物一体を討伐するだけで金貨がもらえるのは中々良い報酬だ。

「良いね。受けようか」

 闇精霊人《ダークエルフ》の受付嬢さんに依頼の紙を渡し、
 できればこの依頼が完了するまでに確認を終えてくれていると助かると言ってから
 冒険者ギルドを後にした。
 ゆっくり歩くこと一時間程度で目的地の川沿いにやってきた。

「あれか」

 既にオーンとやらの気配を感じ取っているポチは川の中を指さした。
 俺からは何も見えないがどうやら水中にすんでいる魔物らしい。
 何気に水中に済む魔物と戦うのは初めてかもしれない。

「くるぞ」

 バッシャーと盛大に水しぶきを上げながら姿を現したのは水龍の様な魔物だった。
 身体も顔も龍そのものだが、大きくて立派な角が二本生えている。

「おぉ、強そう」

 姿を現したと思ったら直ぐに水中の中に戻ってしまったオーン。
 川の水が濁っている為、どこを泳いでいるか探すのは困難だ。

「さて、どうやって戦おうか」

「ん?ポチならちょちょいのちょいで倒せるんじゃないのか?」

 てっきり今回もポチがサクッと終わらしてくれると思っていたのだが、
 何やら悩んでいる様子だ。一体何を悩んでいるのか。気になった俺は心を読み取ったのだが、
 汚い水に触れたくないという物凄く下らない事だった。
 加護の影響で例え空からスライムが降ってこようとも汚れないと言うのに。
 
「分かったよ。じゃあ俺が戦うよ」

「うむ、頑張るんだぞ」

 先ほどまでスキルが封印されて窮屈で仕方がなく、むかむかとしていた。
 だが、あのくそったれな迷宮を抜けその縛りから解放された俺は最高に良い気分だ。
 今ならたとえどんな相手だろうとも楽しく戦える気がする。

「我が肉体よ真の力を解放したまえ――身体強化《リインフォースメント・ボディ》」

 突然、歓迎するかのように突風が吹き、身体を撫であげる。
 まるで俺の気分を代わりに現してくれた様な、大気までもが高揚している。
 これから命のやり取りをするというのに心はワクワクとしており
 全身に力が漲り久しぶりの感覚に思わず口角を上げて笑みを浮かべてしまう。

 短剣を片手に濁りきっている川に視線をずらす。
 目的であるオーンの姿は見えない――が、何の問題も無い。
 土が湿った様な臭いが鼻につき、呼吸をするたびに嫌気がさす。
 一応人間である俺でもこうなっているということは一応オオカミであるポチは
 もっと辛い場所なのだろう。そう考えるとこの泥水に触れたくないのも納得できる。
 
「我の眼は全てを見通す――魔眼《フルヴュー・アイズ》!!」

 一瞬だけ眼が熱くなり視野が一気に広がる。
 今ならば大気中にあるチリでも目視できそうだがそんなことして誰が得するのか。
 魔眼を発動した訳はただ一つ、いまだ濁った川から上がってこないオーンのステータスを確認する為だ。
 どれだけ水が濁っていようと関係ない。そこに魔物が居るのならばその方向を見るだけで良いのだ。
 川に視線を向けステータスと唱えると頭の中にオーンの能力値が現れる。

=====================
オーン
 
Lv102
240,000/240,000
0/0
スキル
毒水LvMAX
触れている液体を一瞬にして猛毒と化す。

生まれながら魔力を持っていない魔物ですね。
常時発動しているスキルがありますが、魔力を必要としませんね。
かなり厄介ですが問題は無いでしょう。
=====================

 只の汚い水だと思っていたのだが、それは大間違いだったらしい。
 毒、それも猛毒だ。何も知らないで討伐しようとしたら間違いなくやられていた。
 そんなことを思いつつ、この依頼の紙を思い出してみた。
 そこには、ランクは問わないと書かれていたのだが、
 こんなの最低でもAランクは必要ではないのだろうか。

 この依頼を受けるのは触れた液体を猛毒にするという知識があるのが前提なのだろうか。
 だが、たとえ知識があったとしてもオーンの24万の体力をどうやって削るのか。
 低ランクでは到底無理だろう。まぁ俺たちは例外だが。
 そのことを踏まえると報酬の高さも納得の相手だ。

 通常なら水に触れないようにして戦うのだろう。
 だが、この高揚した気分。そんな詰まらない戦い方をするのには勿体ない。
 短剣を力強く握りしめて猛毒など恐れずに泥水の中にダイブした。
 水泳など昔に授業で一二回やった程度だが、
 腕の角度を決めて飛びそのまま角度を維持して斜めに落ちていく。

 加護により水に身体が包まれるが一切濡れないという不思議な感覚だ。
 一気に身体が冷えるのを感じるが支障が出る程ではない。
 こんな泥水の中で目を開けるのは抵抗がある為、気配を頼りにオーンを位置を確認し
 一気に潜水して距離を縮め渾身の一撃で短剣を突き刺す。
 鱗の抵抗は一切受けずにすんなりと刃が通る。

――GAAAAA

 とでも鳴いているのだろうか。水中の為聞き取りにくい。
 予期していなかった苦痛に身体をねじらせ俺を振り落とそうとしている。
 だが、それは無意味であり逆にオーン自身を傷つけることになるのだ。
 どんなに硬い物でも切り裂いてしまう程の短剣が突き刺さっているオーン。
 そしてその短剣を持ったまま押し続ける俺。

 オーンが暴れることにより俺の身体は動き回り――その結果、身体は切り裂かれて行く。
 このまま勝手に自滅するのも時間の問題だと思った為、急いで次の行動に出た。
 突然、風が吹いているのを感じた。空気が体内に流れ込んでくる。
 川の流れる音、草が風に撫でられる音。それらを感じてから俺は目を開けた。

 そこは水中ではなく地上だった。そう、俺は転移を使いダイブする前の場所にオーンごと飛ばしたのだ。
 特異とするフィールドから出され、身体はボロボロになっている彼はもう虫の息だ。
 
「安らかに眠れ」

 最後に止めの一撃を――。
 血しぶきが上がると共にオーンの命は尽きた。
 
「見事だ」

「ん、どうも」

  陸に上げ、命を絶ったオーンの魔石と二本の角を剥ぎ取り、今回の任務の大半は終わった。
 後はこれらを冒険者ギルドに持って行って依頼を完了するだけだ。
 苦戦を強いられたと言うわけではないが、珍しく俺はやり切ったという顔をしていた。
 あの気分が高揚した中、水中にいる魔物を地上に上げた時はとても気分が良かった。
 
 水中の中なら天敵は居ない。そう思い込んでいたであろうオーンに奇襲を掛け、
 まずは動きを鈍らせるために水中でザクザクと切り裂き、弱ったところで陸に上げてやった。
 自分は強いと思い込んでいる奴をボコボコにするのは気分が良い。
 るんるんと戦利品を持って冒険者ギルドに向かう。
 スキル等は全て解除しているが、それでも気分が高まっており身体が軽かった。
 やはり、全力で戦うというのは身体にも良いし、良い気分転換にもなる。

「依頼完了したよ」

 何時もの受付嬢さんは何やら別の冒険者と取り込み中の様なので、
 隣の受付嬢に依頼完了の手続きをしてもらうことにした。
 何処の受付嬢も本当に見た目は良い人ばかりだ。
 心の中ではどんなことを考えているのか全く分からないのが怖いところだ。

 オーンの角と魔石をお金に換えてもらい、報酬金と合わせて大体金貨が二つだ。
 魔物一体でこれだけの金額が貰えるなんて楽な仕事だ。
 違う受付嬢ではあるが、先の件の事はどうなっているのかと尋ねると、
 特に慌てる様子もなく、冷静にまだ確認できていないということを伝えてきた。

 それを聞いた俺は心の中では遅いなぁと愚痴を言っていたが、
 当然、そんな事口にする訳はなく、大人しくまた明日来ますねと伝え一度宿に戻った。

「ぷは~良いベッドだぁ」

 部屋に入りまっすぐにベッドにダイブした。
 ふかふかのベッドが身体を包み込みその場から逃がさんばかりに眠気を送り込んでくる。
 
「おやすみぃ……」

 特にやることは無いため、今日はこのまま睡魔に呑まれても問題は無い。
 夕飯前に起きればよい。そんな考えて俺は眠りに落ちて行った。
 
・・・・

 軽い眠りから覚めたのだが、まだポチは気持ちよさそうに夢の中に居るので
 夕飯は少し遅めにしようと考え、別の行動に出た。
 一応少しだけ外に出るという旨を手紙に残して宿を出て冒険者ギルドに向かった。
 決して依頼を受ける訳ではない。掲示板の前には行かずまっすぐ酒場の方に向かう。

 何処の冒険者ギルドでも同じようなものだ。時間問わずわいわいと盛り上がっている。
 暴力事件が滅多に起きないのは冒険者だからこそなのだろう。
 子どもが酒場に足を踏み入れたというのに特に声を掛けられる事は無く
 カウンターに辿り着き、少し大きめの椅子に上る。

「おう、珍しい客だな」

「美味しいジュースちょうだい」
 
 酒場のマスターにジュースを頼む。どんな種類のジュースがあるのか分からない為、
 おいしいジュースにしておいた。流石にお酒は頼まない。
 中身は成人していても見た目は子供であり、たまに精神が子供側に引っ張られることがあるのだから
 お酒なんか飲んだりしたら大変なことになりそうだ。
 身長が伸びなくなったりするのは勘弁してほしい。
 只でさえ伸びにくくなっているのだから。

「ちょっと待ってな」

 子供相手だからと言って相手にされないなんてことは無く、
 愛想のよい笑顔を浮かべてジュースを作ってくれている。
 
「ほら、出来たぞ。一銅貨だ」

「はい、ありがと」

 丁度ポケットに入っていた一銅貨を手渡しジュースを受け取る。
 紫色をして粒々とした果実の様なモノが入っており匂いはとても甘くブドウに近い感じだ。
 一口、流し込んでみると口の中にブドウの香りが――あっ、これぶどうだ。

「どうだ?」

「おいしい!」

「そうかそうか、良かった。此処で酒以外頼むやつ滅多にいないからよ、
 ちょっと試してみたかったんだ。ありがとな」

「ん」

 酒場には当然、酒を飲みに来る目的の人が集まる場所だ。
 そこでジュースを頼むのは酒を飲みすぎたり酒が苦手だが付き添いで来た人ぐらいだろう。
 それにしても試しでこれを飲まされていたのか……美味しいから良いんだけど……ん~

「ねぇ」

「なんだ?」

 ぶどうジュースを片手にしながらここに来た本来の目的である情報収集を開始する。
 
「何かここ数年で大きな変化が起きたとか知らない?」

 ヤミたちの手がかりが何もない以上、このようにして何でもいいから情報を集めるしかないのだ。
 最も、エリルスに聞けば一発で分かるのだが、それでは再開した際の感動が薄れるのだ。
 せっかくここまで来たのだから、最後までやり通す。
 マスターはそうだな、と言いながら髭に手をやり考える素振りを見せた。

「最近新たな勇者が召喚されたのは知ってるか?」

「うん、知ってるよ」

「実はなその前にも勇者ってのが召喚されていたんだが、
 そいつらが今、行方不明なんだってよ」

「行方不明……なんで?」

 マスターの口から飛び出したのは俺が良く知る者たちの事だった。
 
「さぁな、本当に突然だ。何の前触れもなければ目撃した奴もいない。
 王国側も全く知らないの一点張りだ」

「そうなんだ……」

 こういった不可解な出来事って誰が関係しているか知っているか?
 人間でも無ければ魔物でもない――そうだ、くそったれの神様だよ。

「此処にはいろんな所からいろんな奴がやってきている。
 もっと知りたいたければそういうやつに話しかけるんだな」

「はーい」

 元クラスメイトであり現勇者である彼らが行方不明だと言う、
 正直に言ってしまえばそこまで気にしていなかったどうでもよい情報を得ることができた。
 相変わらず神と結託して何かよからぬことでもしようとしているようだ。
 まぁ、勇者たちからすればそれが正しいことだと思っての行動なのだろうが、
 いや、そもそも一般からしてもそれは正しい行いなのだろう。
 何方かというと俺のほうが悪か。

 ふと、思い出したように自分の立場を考える。
 世間一般からしてみれば魔王と協力関係?である俺のほうが悪だ。
 よくよく考えてみれば俺って相当悪い奴なんじゃね?
 人間のつもりではあるけど、普通に傍から見れば殺しても死なない化け物だろう。

「ねぇ、なんか大きな変化があったこととかない?」

 そんなくだらないことを考えながら端のほうのテーブルで酒を飲んでいる二人組に声をかけた。
 あぁん?と睨まれはしたが、此方が子供ということもあり、それ以上のことはなく、
 頭をポリポリと欠きながら口を開いた。

「そうだなー、あっ、そうだ、こいつ結婚するんだってよぉ!」

「お、おい!やめてくれ!!」

 ガシガシと肩を組んで結婚のことを大声で自慢する男、
 一方、肩を組まれている方は見た目の割にしゃいの様で顔を赤くしていた。
 酔っぱらっているのか、照れているのかわからないが――どうでも良い情報である。
 苦笑いをしながらそそそーっとその場から去ることにした。

 それからも様々な人々に話を聞くと中々面白い情報がいくつか集まった。
 あるお爺さんから聞いた情報は、【国が出来たんじゃぁ……魔物の】
 魔物の国ができたようだ。一体だれがどのようにしてなのかはわからないが、
 知性ある魔物が誕生したということで間違いないだろう。
 おそらく遠くない未来に何か起きるだろう。

 もう一つの情報は、酔っぱらいの女からで
 【迷宮が出来てね、だ~れも最下層に着いたことがないんだってさ~】
 最初はどうでも良い情報だと思い聞き流していたのだが、
 その後も数人の口から迷宮という言葉が飛び出し、
 ある青年の言葉で興味がひかれることになった。
 それは、小さな女の子と竜人族と思われる人物が迷宮に入ったきり出てこなくなったと思えば
 数日後、無傷で地上に現れ――それも数年に一回かならず現れるという都市伝説の様な事がある。
 
 小さな女の子、竜人族、この二つの言葉だけで確信を持てたわけではなかったが、
 どうしてもヤミとライラのことが浮かんでしまい、本能的にその情報ばかりあつめるようになっていた。
 だが、そんなすぐに情報は集まらず、その場にいる全員に聞いても
 場所や迷宮の名前など一切情報を得ることができなかった。
 
 今夜にでももう一度来てみよう。
 そろそろ戻らないとポチに噛み殺されかねないのでさっさと宿屋に向かう。
 まだ寝ていることを願って扉を開けたのだが――

「……おはよう」

『ああ、そうだな、おはよう』

 獣姿のポチが敵意をむき出しにするように牙を見せて待ち構えていた。
 明らかに怒ってらっしゃる。ここは敢えて何も言わずにポチに近付き、
 モフモフ~っとする。

『こら、何を胡麻化そうとしているんだ?』

「あーバレた?まぁ、何もしてないぞ。ただ情報収集に冒険者ギルドに行ってただけだ。
 ということでこれからは依頼を受けダラダラしつつ迷宮の情報を集めるぞ」

『ほう、我を置いて行くとはなかなかに良い度胸をしているな。
 まぁ、飛び出すギリギリに帰ってきたから許そう。
 それで、迷宮、そこには何があると言うのだ?』

 飛び出して探しに行こうとしていた様だ。獣姿の理由もそれだろう。
 怒りを収めてくれ、その場に伏せてくれて全身でモフモフを感じられるようになった。
 
「迷宮に何があるかは分からない、それも含めての情報収集だ。
 まぁ、そんなに急ぐことはないからゆっくりと確実な情報を集めていこうじゃあないか」

『ふんっ、まぁ何があっても良いさ。ソラが目を付けると言うからには
 強い魔物がいるのだろう?それだけで満足だ』

 強い魔物がいるかどうかは分からない――が、もし俺の仲間が関わっているのならば
 その迷宮があいつの仕業だと言うのならば、そこは確実に鬼畜な迷宮と化していることだろう。

「あまり期待はしないほうが良いが期待はしておくが良いぞ」

『どっちなんだ――まぁ、期待はしておくぞ』

 それから小一時間程モフモフを楽しんだ後、部屋を後にした。

 部屋を出て向かったのは再び冒険者ギルド。
 今回の目的は情報収集ではなく、例の依頼――迷宮の依頼の件だ。
 依頼自体は完了しているものの、受付嬢が確認を済ませてからまた後で来るように、と言われていた為だ。
 【迷宮の行方不明者捜索。報酬全て】非常に興味がそそられる報酬内容だ。
 全てとは一体なにを指しているのか。心が躍る。

 冒険者ギルドに足を踏み入れ、人型のポチと一緒にまっすぐ受付嬢の下に向かう。
 
「どうも」

「昨日は大変失礼いたしました。確かに行方不明者多数が発見されました。
 私もこの目で見たので間違いはありません。一体何があったのか詳しく知りたいところですが、
 そのことは行方不明者である彼らの方が良く知っていることでしょう――此方が今回の報酬です」

 ペコリと頭を下げて謝る受付嬢、別に謝ることはないのにと思いつつ、
 そのまま話を聞いていると無事確認できたらしく報酬の話になった。
 事情をきかれるとばかり思っていたのだが、面倒なことはすべて行方不明者たちがやってくれるらしい。
 非常に助かる。最後に受付嬢は一枚の紙を差し出してきた。
 
 何か今日の受付嬢さんは物凄く暗い顔をしている様な気がする。
 いやなことでもあったのだろうか。

「ん~?」

 その紙にはズラズラと文字が並んでおり、最後には見覚えのある名前と拇印が押されていた。
 簡単に言うと、今回の依頼を達成してくれた方に私のすべてを捧げる レディア
 と書かれていた。正直に言おう、くそいらねぇし、がっかりだ。
 絶望感を現しつつも受け取らないというのもアレなので少し格好つけることにした。
 好感度を上げておくことによって後々の自分に何かしらの形で帰ってくるかもしれない。

「それじゃあ、レディアにこう伝えておいて、
 『この権利を使って君出す指示は、お父さんと共に毎日を大切にして生きること』
 ってね、おねがいね~」

「は!?はぁ……」

 少しだけ表情が戻った気がするが、その場に長居するわけにはいない。
 断られたら非常に面倒なことになるからだ。急いで冒険者ギルドから飛び出し、
 ある程度距離を取って裏路地に入り込む。何故人目のつかない薄暗い場所に行くのか。
 その理由は簡単だ。このどうしようもないイライラをぶつけるためだ。

「あああああああ!なんだよあの糞みたいな報酬!!!
 な~にが私の全てを捧げるだよ!いらんわ!!」

「そうだな、確かにいらないな、食料にもならん――少し不味いことになった」

 裏路地で愚痴をこぼし、ポチに共感を得ようとしていたのだが、
 ポチが不吉な言葉を吐くと同時に周りの雰囲気が一気に豹変をするのを身をもって感じた。
 人の姿から本来の獣の姿に戻ったポチは脱げた衣服を急いで飲み込み、
 無言で頭だけを動かし上に乗れと合図を出してきた。
 有無言わずに無駄な動きを一切せずにポチに跨る。 

 異様な雰囲気だ。先ほどまで裏路地に居ても聞こえてきた商店街の賑やかな音が消えている。
 一体何が起こっているというのか、何が起こると言うのだろうか。
 呼吸の音がやけに大きく聞こえる。久々の痺れるような空気に思わず緊張してしまい、
 それを紛らわせる為に力を抜き、完全にポチに委ねた――その時だった。

「「きゃああああああ!」」

 その静寂を破ったのは女性か、男性か、分からないが大勢の人物の悲痛の叫び声だった。
 そしてそれが合図の様に次々と悲鳴が共鳴していく。

『飛ぶ、一応魔力をつなげて置くがよい』

 魔力を繋げる。即ち騎乗を使えということだ。
 言われた通りにポチと魔力を繋げる。これでポチとは一心同体。
 何があっても振り落とされることはないだろう。
 ポチが地面を力強く蹴り上げると軽々と体は宙を舞い、近くの屋根にふわりと着地する。
 
「――っ」

 屋根から見た地上はまさに戦地だった。それも絶句するほどの――
 黒装束に身を包み不気味な仮面をしている謎の集団が次々と民間人に切りかかっているのだ。
 中には武器を手に勇敢に戦う者の姿も見えたがそれは数の暴力によって沈められていく。
 
 何が、起こっている。

 裏路地に入るときは確かに普通の商店街だった。
 それがほんの数分で何故こんなことになっているのだ。
 一体あいつらは何者で何のために――

『なにか来るぞ』

 時空が歪み、巨大な口の中から黒装束が現れた。
 唯一他の奴らと違う点は仮面で顔を隠していない点だ。
 真っ赤な髪にメラメラと燃え盛る炎の様な瞳、暴虐的なまでに大きな口。
 
「おやぁオヤァ!こんな所でコンニチハ!なんて奇遇ですねェ!!
 どうです、ドウデスカァ!この最高の舞台、ああ、あああああ、なんて心地の良い悲鳴、
 もっともっと泣き叫んでくださいよォ!」

 突然現れたソレは【悪意】そのものだった。
 本当に心の底からこの惨状を楽しんでいる様な狂人だ。
 こいつは明らかに異常で危険だ。近くにいるだけでおかしくなりそうなほどだ。

「なーに怖い顔しているんですゥ?こんなに素晴らしいというのに!
 一体なにが不満なんですかァ!ああ、美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい!!
 もっともっと壊せ!もっと殺せ!もっと泣き叫べ!もっともっともっともっと――!!!」

「お前は何なんだ?」

「ああ、あァ、申し遅れました、私は『新魔王軍』破壊の魔王 ブローメド=ジャスゼッタイ
 この世界を破壊に導く存在です――以後お見知りおきよ……ってどうせみんな死ぬんですけどぉ!
 サン――ハイ!!!!!!」

 狂人がそう言ってお辞儀の様な行動をすると悲鳴がプツリと止まった。
 人が――民間人がまるで膨れ上がった風船のようにパァンと次々と破裂していくのが見えた。 

「お前――っ!!」

 突如現れた悪意の塊、新魔王軍との戦闘が幕を開けた――


 目の前で起こっていることが余りにも常識外れ過ぎて脳の処理が追い付いていないが、
 この男を敵視し殺気を向けるのには十分すぎる出来事だった。
 今すぐにでも飛び掛かりそのふざけた口を塞いでやる、絶対にこいつは野放しにしていては行けない。
 此処で殺すべきだ。絶対に絶対にだ。そういった負の衝動に駆られたが――

『落ち着け、精神汚染されているぞ。今加護を付けてやる』

「あ、ああ……すまん」

 ポチが言う様に本当に精神が汚染され掛かっていたのだろう、
 直ぐに冷静さを取り戻し情緒が安定していくのを感じる。
 
『厄介な相手だが対策さえしてしまえば只の狂人だ』

「ああれェ?こないんですかァ?折角良い感じに盛り上がってきたと思ったんですけどねェ
 まっ!良いです良いです!盛り上げが足りないってことですねェ!
 もっとぉお盛り上げて上げましょう――ぅ?ああ、残念ですねェ、此処でお別れの様です
 と言ってもどのみち君も死ぬんだから関係ないですかァ!じゃ、おさらばっ!」

 狂人が再び腰を折った瞬間――

「――ぁ?」

 ポンと何かがはじける音、視界が真っ赤に染まり衝撃と共に世界が反転するのを確認した。
 視界の端で狂人が身軽に屋根を飛んでいくのが見える――ただそれだけだ。
 直ぐに巻き戻されるような感覚に襲われ、視界の位置が正常に戻る。
 屋根が真っ赤に染まっていたが、ポチの精霊の加護のお陰で体や服が汚れることはなかった。

「死んだのか?今の一瞬で、俺たちが……?」

『ああ――本当ならばあんなゴミ放っておいても良いと思ったが
 我とソラに手を出したッ!絶対に殺す』

「そうだな、あいつは本当に生かしては置けない。絶対に殺すぞ」

 これは決して精神が汚染されているというわけではない。
 これは二人の本心だ。どうやったのかは知らないが、俺たちはたった今、あの狂人によって殺された。
 紛れもない事実で屈辱なのだ。この世界にきて初めての死――見ず知らずの男に殺された屈辱。
 それだけで本当に殺意を抱くには十分すぎる理由だったのだ。
 瞳に殺気の炎を宿し、屋根から飛び降り血の海と化している商店街に降り立つ。
 
「?」

 その瞬間、地に海を堂々と歩いている狂人の仲間が一斉に此方に視線が突き刺さる。
 相手が敵意を向けるよりも先にポチの一撃の入り込む。
 肉を裂き骨を砕き存在そのものを抹消する程の圧倒的な力の暴力。
 成すすべなく周囲にいた黒装束たちは文字通り存在そのものが消えた。
 跡形もなく血すらも出さずにポチの手によって消されたのだ。
 普段ならば此処まで過剰な攻撃はしない。それほど今回の死が許せないものだったのだろう。
 
 正直に言って俺もかなり苛立ちを覚えている。
 あの意味も分からない狂人に良く分からない手口で殺されたというのも一つの理由だが、
 もう一つあるのだ。報酬の内容が糞だったということ――つまりは八つ当たりというものだ。

『それにしてもあのゴミはどうやって我とソラのことを殺したんだ?
 全く分からなかったぞ時間を止められたというわけでもなかったようだ』

 確かにそれについては俺も疑問に思っていたことだ。
 商店街の人々を殺した時もそうだったが、奴は一切手を触れてはいなかった。
 ただ、腰を曲げお辞儀の様な仕草を取っただけ――それだけで人が風船のように弾けたのだ。
 考えられるのはスキルの発動だ。

「スキルなのは間違いないと思うが、何か仕掛けがあるはずなんだ」

 只発動するだけで狙った人物を殺せるスキルなど存在するはずがないのだ。
 それが唯一出来るのはエリルスが持つ魔眼のみだ。仮にそんなスキルが新たに生み出されたとしても
 必ずそれに見合う仕掛けや代償があるはずだ。。
 魔力の消費量が非常に高い事や、事前に何かを仕組んでいたか――
 
「残念だが、俺の知識じゃ見当も付かないな。でも、そんなことは問題ではないだろ?」

『ああ、そうだな、直接本人から聞けば解決することだしな。さっさとあのゴミの下に向かうぞ』

「ああ、頼んだ」

 あの狂人が素直に真実を答えるわけないと思うだろうが、
 ポチを相手にしたのが間違いだったのだ。ポチの手にかかれば強制的に吐かせることが出来る。
 たとえ相手が死んだとしてもきっとポチなら精霊の力とか言ってやってしまうに違いない。
 紙を裂くように次々と黒装束を消し去って行き商店街を進み抜く。
 その進行を止めれるものなど存在しない、何が立ちはだかろうとこの進行は止まることはない。
 怒りの元凶の息の根を止めるまでポチは進み続ける。

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