勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

迷宮の依頼


「なんか依頼受けるか」

「うむ」

 相変わらず、よそ者に向けられる視線は何処の冒険者ギルドでもビシビシ伝わってくる。
 もう慣れているので大して気にせずに掲示板の前に行き、依頼の紙を見る。
 やはり、と言うべきか、噴水の掃除の依頼がちらほらと見える。
 流石にあれほどの噴水の数では依頼を出さないと厳しい様だ。

「ソラよ、楽しそうな依頼があるぞ」

「どれどれ、って一番上は見えないぞ。持ち上げてくれ」

 ポチが指さすのは一番上に貼られてある依頼で背伸びをしたところで見えない位置だ。
 持ち上げてもらいその依頼の内容を見てみる。

「何々……迷宮の行方不明者捜索。報酬全て。ランクは問わない、見つけてくれるなら。
 なるほど、非常に興味深い……」

 報酬全てとかランクを問わない当たり色々と怪しい気もするが、
 此処には迷宮があるのか。それは非常に興味がある。

「今日は依頼受けるの止めてその迷宮とやらに行ってみないか?」

「む、それは良いな」

 迷宮と言えば思い浮かぶ奴がいるのだが、それとは恐らく無関係だろう。
 迷宮、ダンジョン。これほど冒険心を擽る言葉はあるだろうか。
 
「あ、お兄さん」

「おう?おお!ちびっ子じゃねえか」

 誰かに迷宮の場所を聞こうと辺りを見渡すとそこには
 先ほど宿を教えてくれた外見の割には物凄く優しいお兄さんがいた。

「迷宮ってどこにあるか知ってる?」

「おう、知ってるぞ。門の場所は分かるな。
 門から出て右の川の中だ」

「え?かわのなか?」

 一体このお兄さんは何を行って居るのだろうか。
 川の中。確かにそう言った……川の中、川の中かぁ……

「ああ、そうだぞ。川の中って言ってもちゃんとした道があるから安心しろ
 濡れるなんて事は一切ないからな」

「なんだ、良かった」

 てっきり潜って迷宮に入っていくのかと思った。
 ちゃんとした道があると言うのならば安心だ。

「ありがと!行ってくるね!!」

「おう、気を付けるんだぞ!」

「はーい」

 このお兄さんやはり滅茶苦茶優しい。絶対良いパパになるぞ。
 お兄さんに言われた通り門から出て右の川の方に向かう。
 良く見ると、川の中に階段が設置されており、深く続いている。
 
「これはどうやって入れば良いのだ?」

「ん~どうだろ。お兄さんは濡れないって言ってたから実はこの水自体偽物だったり」

「なる程、入ってみるか」

「そうだね」

 どのみち濡れたとしても加護があるため何の問題もない。
 勢いよく川にぴょん!とジャンプすると、水に触れる事なく、
 スルリとすり抜けて階段に足が付いた。

「おお、なんかすごいな」

 新鮮な体験をしてテンションが上がり、そのまま階段を下りて行く。
 どうやら周りの水は本物の様で、魚が泳いでいる姿を確認できる。
 結構深く階段は続いており、地下に入りやっと迷宮が見えてきた。
 迷宮、と言ってもただの洞窟の入口が見えただけだが。
 その周りは広場になっており、武装した人々や出店がある。

「おお、楽しそうだね」

「ふむ、早く入ってみるぞ」

「だな」

 ワクワクしながら迷宮に入ろうとしたのが、武装した兵士に声を掛けられてしまった。

「見た所初めての人達だね」

「ああ」

「この迷宮は基本的には弱い魔物しか出てこないけど、一つだけ危険な場所があるんだ。
 入口から直ぐに右の所に看板が設置してある入口があるのだけど、
 そこだけは絶対に入らない方が良いよ」

「わかった」

 警告してくれた兵士に頭を下げてポチの後を追う。
 
「絶対に入らない方が良いってさ」

「入るぞ」

「だよな」

 絶対に入るなよ。って言われると絶対に入りたくなってしまうのだ。
 それはポチも共通らしい。
 入口の階段を少しおり、例の右の入り口を発見した。
 
「えーとなになに」

 看板には、行方不明者多数。危険。と書かれていた。
 どうやら此処があの依頼にも出ていた迷宮の場所らしい。

「よし、行くぞ」

「お、おう」

 ポチにぐいぐいと引っ張られ心の準備も出来ないまま危険地帯に入ってしまった。

「ん~暗い。ポチさんやい明かり頼む」

 ポチが光の球体を中に放り投げると辺り一帯が照らされる。
 そこには沢山のリュックや装備品が散らばっていた。
 
「散らかってるなぁ」

 何か良い物が落ちてないか一応探ってみる。
 まだまだ食べれそうな食料が沢山ある。

「ソラよ。なんか刺さっているぞ」

「ん~本当だ」

 ポチが指さす先には、手紙が短剣に突き刺されそのまま壁に固定されているものだ
 行方不明者が何かを伝えようとしたのだろうか。でも何故入口の近くに……
 そんな事を思いながらポチに短剣を抜いてもらい、手紙を受け取り読んでみる。

 内容としてはすごく長く汚い字で書かれており、
 簡単にまとめると、Sランク冒険者のオウーヌさんが迷宮に閉じ込められて、
 そこではスキルが使えなくてとんでもない化け物がいてその対処法やら……という内容だ。

 そして最後の方にはレディアという人物に向けられた言葉が書かれていた。

【ああ、怖い。ここまで良く頑張った。さあ、最後だ。俺は行くぞ。
 ごめんなレディア。お前の成長を見守る事が出来なかった。
 情けない父を許してくれ。俺が何処まで奴らを排除できるか分からないが、
 此処から先は手紙を読んだお前に掛かっている。
 では、死の世界で会おう可哀そうな勇敢な戦士よ】

「ん~、なんか物凄いことを託されてしまったような気がするぞ」

 軽い気持ちでこの行方不明者多数地帯に足を踏み入れ、手紙を読み、
 正直に言って後悔している。こんなに重たい内容ならば読まなければよかった。 

「気に食わないな」

「ん、何がだ?」

「我とソラの事を可哀そうな奴と言っている事だ」

「なるほど」

 確かに手紙にはそう書いてあったが、別に俺たちを限定していっているわけではなく、
 ここに入って来るであろう者たちに送った言葉なのだから、
 そこは気にするところではない。と思うのだが、まぁ、ポチだからね。
 ここは全力でそれに乗ることにしよう。その方が絶対に楽しいに決まってる。

「確かに言われてみればムカつくな」

「ああ、どうせこの手紙を書いたやつも悪魔とやらのペットになっているのだろう。
 悪魔よりそいつの事を一発殴りに行くのはどうだ?」

 ポチから物凄く愉快な提案が飛び出した。
 物凄く楽しそうだ。今すぐにでも最奥に行ってみたいところだが――

「その前にいったん戻って依頼を受けてくるとしよう。
 俺たちの怒りも解消できて依頼も達成できる。一石二鳥ではないか?」

「そうだな――でもどうやって戻るつもりなんだ?
 扉は開かなくてスキルは使えないのだろう?」

 手紙に書いてあったように、確かめてみると本当に扉は開かなかった。
 開かなかったというよりは入り口が消滅していたのだ。そこは暗闇と化し、なにもない。
 それにスキルも本当に使えないようだ。
 だが、俺たちにはそんなこと全く関係ないのだ。
 何故って?そりゃ、俺の横にはスキルなんて一切使えない最強さんがいるのだから。

「スキル以外なら使えるだろう。試してみてくれ」

「ああ、そういうことか。やってみよう」

 そう言い終えた瞬間、ポチの姿は一瞬にして消え去った。
 おそらく魔法か加護を使って転移したのだろう。
 
「成功だな」

 直ぐに此方からは開けられない入り口からポチが現れた。
 
「ああ、でももう一度出てみてくれないか?次はこれをもっていってほしい」

 俺は頑丈なロープをイメージし魔力を流し込み具現化させる――
 そして現れた結構長めのロープをポチに渡した。
 説明は必要ない。ポチはロープを受け取るとなるほどなと呟き再び姿を消した。
 そしてその数秒後に真っ黒で何も見えない入り口から一本のロープが伸びてきた。

「成功かな?」

 そのロープをしっかりと掴んで、よいしょ、よいしょと暗闇の中を進んでいく――
 すると予想通りに暗闇からすんなりと抜ける出すことができた。
 
「色々と抜けているなその悪魔とやら」

「だな。これをやると物凄くつまらなくなるが、
 ここから大量の水を流し込んでしまえば奴らは何もできずに溺死するだろうな」

「おい、それはやめろ。我の楽し――違う、この怒りをどこにぶつければ良いのだ」

「分かってるって」

 何やら楽という言葉が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。
 実際に俺も楽しみなのだから。ポチが楽しみであっても不思議ではない。
 それから俺たちは再び階段を上って冒険者ギルドに向かった。
 
「なぁ、ポチ。この手紙どうしたら良いと思う?」

 道中、持ってきてしまった手紙を片手にそんなことを尋ねた。
 
「さあな、そいつの家族にでも渡せば良いんじゃないか?」

「おお、流石ポチ」

 てっきり捨てろとでも言われるかと思っていたが、家族に渡すという処分の仕方もあったか。
 確か手紙に娘の名前が書いてあったからあとは冒険者ギルドの力を借りて
 この手紙を娘さんに届けて上げよう。ああ、なんて優しいのだろうか。
 冒険者ギルドに着くと早速カウンターに向かう。

「冒険者ギルドにようこそ」

 褐色で耳が尖ってナイスバディな闇精霊人ダークエルフさんが元気よくそう発した。
 なんだか懐かしい感じだ。

「えっと、この手紙を渡したい人がいるんだけど……」

「手紙ですか?」

「うん、内容を見てくれれば分かると思うから読んでくれない?」

「は、はぁ、わかりました」

 いきなり子供に手紙を渡されて読めと言われれば悪戯か何かだと思われても仕方がない。
 若干怪しみつつも受付嬢さんは手紙を読みは始めた。
 内容がアレなので結構読むのには時間が掛かるだろう。

 手紙を読んでいくうちに受付嬢の顔はみるみるうちにかわっていく。
 俺たちは手紙を書いた主の事を全く知らなかったのだが、
 王国の騎士らしいので知ってる人からしてみればこの手紙は物凄い重要なものなのだろう。
 見ているこっちが引いてしまうほどの形相で手紙に食いついている。

「こ、この手紙は何処で……」

「んとね、迷宮の行方不明者多数って看板が立ってる所。少し進んだらあったよ」

 あの迷宮の正確な名称が分からないため、あやふやな言葉で説明するしかない。
 それにこの方が子供らしくて良いのではないだろうか。
 
「め、迷宮ですね。ちょっとここで待っていてください!」

 そういって大急ぎでカウンターの奥に姿を消した。
 その行動を見た周りから更に視線が集まるが気にしない気にしない。

「まだか?」

「ん、ここで待ってろって言われたからもう少し待っておくれ」

「そうか、退屈だ」

 恐らくだが、ギルド長に手紙の事を話してたりしているのだろう。
 この後、詳しく話を聞かれそうな気もするが、少しぐらいなら協力してあげよう。
 と言ってもポチが機嫌を損ねない程度だ。
 そんなことを考えていると先ほどの受付嬢が息を切らしながら戻ってきた。

「え、っと。今、人を呼んだので、もう、少し待っていてください」

「わかったー」

 今回はポチも聞こえていたらしく、少し不満気な顔をしていた。
 そんなポチに近付いて手を握ってみる。

「む、どうしたんだ?」

「ん~これから人が来るらしいから、説明とかは任せたよ。
 俺はあくまで弟って設定でね」

「面倒だな……まぁ任せておけ」

 正直に言うと先ほどまで姉弟設定を忘れていたのだ……
 受付嬢に手紙を渡すのもポチがやった方がよかったかもしれない。
 本当に子どもの姿というのは不便だ……良い時もかなり多いけど……
 掲示板を眺めたり酒場で飲んでいる冒険者を眺めたりとしている内に
 ドタドタと騒がしく一人の騎士が冒険者ギルドに走り込んできた。

「レディアさん、此方です」

 その声にレディアと呼ばれた女性は物凄い形相でカウンターに向かい、
 その勢いのままドンと手を叩きつけた。

「さっきの話、本当なの?!」

「は、はい、本当です。これが手紙です」

 その勢いに受付嬢さんも動揺してしまっている。
 手紙を乱暴に取り目を血走らせて文字を追っていく。
 正直に言って魔物より怖いかもしれない。
 手紙を読んでいるとなると、俺たちは彼女の事を待っていたのだろう。

「……これを持ってきた人は?」

「あちらの子供です」

 二人の事を離れた位置で見ていたら急に指をさされてしまった。
 まったく、人に指をさしちゃいけません。と習わなかったのか。
 
「は?あの小っちゃい子が?冗談でしょう?」

「いえ、確かにあの子が手紙を持って私に渡してきました」

「はぁ……もしかしてあの隣にいるお姉さ――ってめっちゃ綺麗ね」

「ああ、多分ですけど、あのお姉さんがあの子どもに任せたんですね」

 かなり大きめの声でそう言っているため、すべて聞こえている。
 さらりとポチの事を褒めたり、俺の事を小っちゃいと言ったり……忙しい人だな。 
 そんな忙しい人が此方に寄ってきた。

「これ、貴女が持ってきてくれたんですって?」

「ああ、そうだ」

 ここはすべてポチに任せて俺は知らないふりをしよう。
 身体をポチの後ろに隠して怯えていますよとアピールをしてみたり。

「そうですか、では、どうやってあそこから出てきたんですか?」

「普通にだ」

「……普通に出られるような場所じゃないでしょ!
 貴女の様なひょろひょろの女性が普通に出られるぐらいなら!
 私のお父さんだって――っ……すいません、取り乱しました……」

 ああ、この人手紙に書いてあった娘さんか。

 確かにポチからしてみれば普通に魔法を使って出たのだが、
 この世界でその普通は通用しない。
 急に声を荒げたのだが、彼女に悪気があるわけではない。
 王国の騎士である父親、それにたくさんの人々があそこから戻ることはなかったのだ。
 それなのに見た目は普通の女性であるポチが普通にと言ってしまい、
 少し感情的になってしまったのだろう。

「あそこは一度入ったら絶対に出られない場所なんですよ……
 私の友人も父と一緒に入ったきり帰ってこなかったです」

「ふむ、正確には外側からの協力が必要だったな」

 お?ポチが珍しく気を利かせているぞ。

「え?」

「我は外側から内部にロープを投げ入れてソラを救出した」

「ろ、ロープですか?そんな簡単な方法で……」

 そういえば、なんでこんなに簡単な方法を試していないのだろうか。
 俺の様な馬鹿野郎でも思いついた方法なのだが……

「情報は与えた。我とソラはこれから用事があるんだ。
 此処までにしてもらおうか」

「え、ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 ポチは彼女を無視して掲示板の前に行き、目的の依頼の紙を手に取った。
 そして、ワーワー喚いている彼女の横を素通りしてカウンターに向かい、
 先ほどと同じ受付嬢に依頼の紙を差し出した。
 勿論、俺はそのあとをテクテクと歩いていくだけだ。

「こ、これは……本気ですか?」

「そうだ」

 きっとポチの心の中では、本気で殴らないと気が済まない。とでも思っているのだろう。
 手紙一つ、それも俺たち宛てに書いたわけでもないのに、大変なことになってますよ。
 王国騎士さん。天国で会おうとか書いてあったけど、これから貴方の身体は地獄行きです。

「そうですか……何があっても自己責任ですからね」

「ああ」

「は!?貴女正気なの!?貴女の様な顔だけ良い女が私の依頼を達成出来る訳ないじゃない!
 それに貴女にはその小っちゃい子どもが――」

 後ろからわきゃーわきゃーと言って来ていたのだが、急にポチが殺気を彼女に向けた。
 その凄まじい殺気に思わず周りの人々も唾を飲み込む。

「次、我のソラを小さいと言ったら殺す」

 そう一言だけ言い、静まり返った冒険者ギルドを後にした。

「ポチさんやい、なんかありがとな」

「何がだ」

 物凄く強引に冒険者ギルドから出て迷宮に向かう中、ポチにそんなことを言ってみた。
 小さいと言われただけで殺気を出すほど怒るのは過剰すぎる気もするが、なんだか嬉しいのだ。
 内容は小さなことだが、誰がか自分のために怒ってくれるというのは、
 改めて考えるととても幸せなことだと感じた。 

「色々と」

「そうか、まぁ、感謝するが良いぞ」

 本日二度目の迷宮に辿り着いた俺たちは早速中に入り込み
 看板など無視してガツガツと進んでいく。
 手紙があった場所には相変わらず散らかっているが、 
 すべて悪魔らしき魔物にやられたであろう人々の物なのでそう簡単に動かす勇気が出ないため
 踏まないように慎重に進んでいく。ちなみにポチは堂々と踏みつけているぞ。

「ん~」

 少し進んだだけでかなり雰囲気が変わった。煉瓦造りなのは変わっていないのだが、
 物凄く嫌な感じがする。特にイラついているわけではないのにイライラとする。
 これも最奥にいる魔物の影響なのだろう。
 と言っても支障が出たりするほどのものではないので無視安定だ。
 ここではスキルが使用不可のため、身体強化等は使えないが、
 エキサラやポチ、ヘリム相手に訓練していたのだがら生身でもなんとか行けそうな気がする。

 武器は勿論、具現化する。
 何時もの短剣をイメージして魔力を流し込み具現化させる。

「よし、何時でも出てくるが良い」

 準備万端。いつでも出てくるが良い。と意気込んだは良いものの、
 あの手紙を書いた人――お父さんと呼ぼう。
 お父さんが一体どこまで敵を倒しきれたのかが重要なのだ。
 流石にこんな序盤でやられたりはしていないだろう。
 現に魔物はいないようだし、一応警戒は怠らないが。

「ポチ、気配は感じる?」

「ああ、と言っても正確な位置までは分からない。
 この壁全体から気配が発せられているからな」

「なるほど……」

 手紙にも書いてあったように魔物は壁から生まれる。
 壁も魔物の一部と考えてよいだろう。
 警告された通り壁には近付かないようにしておくに進んでいくと、
 ポチが何かを感じ取ったようで足を止めるように言ってきた。

「来るぞ」

「お?」

 前方から身体をゆらゆらと揺らしながら全身が真っ赤で身体の彼方此方から
 目玉が覗いているなぞの魔物が現れた。見た目からしてかなり来るものがある。
 それに移動速度はかなり遅いのだが、動くたびにネチョネチョと不快な音を立てている。

「うへぇ……こいつと戦うのかぁ」

 ここで出てきたということはお父さんは此処で力尽きてしまったということだろう。
 最奥までどのくらい距離があるのかわからないため、中間かどうかもわからないが、
 取り敢えずお疲れさまでした。

「確か四肢と頭と心臓を一瞬にして切り離す……」

 よく考えると物凄い無茶を言っていないか?
 身体強化が使えていたのならば人外の動きで可能だったかもしれないが、
 今の俺の状態でそんなに素早く動けるのだろうか。

「取り敢えずやってみるか」

 やってみなければわからない。
 取り敢えず何の策も練らずに突っ込み、勢いに任せて頭を刎ねた
 見た目はグロテスクでもこの最高の切れ味を持つ短剣の前では関係ない。
 急いで四肢を狙おうとするのだが――

「は!?」

 刎ねられた頭が不気味に動き出しもう一体の化け物と化し、
 頭を刎ねられた個体は直ぐに復活していた。

「はやすぎる……」

 急いで距離を取る。

「これ、ちょっと厳しいかもしれないな……」

 そんな弱音を吐くとポチが肩にポンと優しく手を置いた。
 
「?」

「諦めるな。増えたやつは我が処理する。ソラなら出来るぞ
 まだ時間はたっぷりあるからな」

「……頑張る」

 流石ポチだ。諦めることを許してくれない。
 正直に言ってこのままだと何回やっても不可能だろう。
 このままだと。一応スキルを使わなくとも人外並みの力を得ることが出来る方法はある。

「ふぅ……」

 久しぶりにやる為、成功するかどうかはわからないが、
 後処理はすべてポチがやってくれるので安心だ。
 発動条件は……興奮することだっけ……本当にあの御婆さん適当だよなぁ
 とりあえず気分が高まるまで何度でも突っ込んでみるか――。

 ちなみに、ポチは四肢や頭、心臓関係なしに化け物の全体を一瞬にして消し去っていた。
 流石ポチさんだ。

 何回も何回も至近距離まで近づいて失敗し、離れて……の繰り返しをしている内に、
 色々と分かってきたことがある。まず、この化け物は基本的に動きは遅いが、
 攻撃する際にだけ覚醒し、素早い動きをする。攻撃力は大したことないのだが、
 当たってしまうと恐らくかなりの状態異常を受けるのだろう。

 ポチの加護、ヘリムの力によって何発か喰らっているがなんともないのだが、
 ポチ曰く、当たると面倒らしい。
 確かに、そうでもないとこんな攻撃力の低い相手に王国の騎士兼Sランク冒険者の
 お父さんやその仲間たちがやられるはずがない。

 そのほかに、こいつは見た目以上に硬いということだ。
 切れ味の良い短剣のため、特に感じることはなかったが
 一度距離を話すために化け物の事を壁代わりに蹴ってみると、驚くほど丈夫だったのだ。
 蹴った此方の方が怪我をしそうだった。
 人ではないが、見た目で判断するのは相手が何であれダメなんだと再び学習した。

 徐々に身体も温まってきた頃だ。あとは俺が如何にこの場を楽しみ興奮するかどうか。
 そもそも成功するかどうか分からない……わからないが成功させなければ進めないし
 諦めることはポチが許してくれない為どうにかして成功させなければなれないのだ。

 必死になって何度も何度も突っ込み、意識を集中させる。
 今大事なのはこの魔物を如何に素早く処理するかだ。
 徐々に動きが洗練されていき、今までよりも素早く動く。
 こいつから四肢、頭、心臓を切り離す。それだけだ。

 言葉では簡単だが、行動に移すとなると物凄く難しい。
 お父さんはよくここまで進めたな。素直にすごいと思う。
 その人はスキルを使わずに今の俺よりも強いということだ。
 向こうの世界でかなり頑張ったと思ったのだが、まだまだ足りなかったようだ。
 これからもっともっと強くなれなれば。

 ヤミたちを二度と悲しませない為に、もっと強くならないといけない。
 ならなければまだ会う資格はないのかもしれない。
 また悲しませてしまうかもしれないから。
 強くなるには強者と戦う必要がある。強者――それは今、目の前にいるこいつだ。
 こいつを倒せばもっと強い奴が待っている。

 早く――早く倒してそいつと戦ってみたい。
 もしかしたら俺では倒せない相手なのかもしれない。
 圧倒的な力でねじ伏せられ何度も何度も殺されるかもしれない。
 だが、その相手を倒せた時、それは非常に心地よい、達成感があるのだろう。

 それは、楽しみだ。ああ、本当に楽しい世界だ。
 もっと、戦って戦って戦って――強くなる。

「まずはお前だ」

 此奴を倒さなければ何も始まらない。
 だから早く殺されてくれ。温まっていた身体が冷たくなり、無気力な状態だ。
 頭の中は此奴を殺すことで埋め尽くされている。

「ほう……」

 ポチがそんな声を漏らしていたが気にする余裕はない。
 身体が勝手に動きだし――まるで身体強化を使っているかのような感覚に陥る。
 身体が軽い。距離を詰めてまるで流れ作業の様に頭、四肢、心臓を切り離す。
 一瞬だ。相手に何も感じさせない。

 化け物の体は液体となり、壁に染み込んでいった。

「もっとだ」

「そうか、なら進むが良い。沢山いるぞ」

 それからはもう、自分でも何が何なのか理解できなかった。
 目の前に化け物が現れたと思えば、次の瞬間には液体と化していた。
 それが何回も続き、気が付けば俺は巨大な扉の前まで来ていた。

「ん、あれ」

「む、戻ったか」

「あ、ああ、多分……状況説明頼む」

「突然、ソラの額に髑髏が現れたと思えば急に雰囲気が変わり、
 次々と敵を倒して行き、ここまで来たんだ。正直、我でも追いつくのが精一杯だったぞ」

 恐らくリミッター解除は成功していたのだろう。
 だが、途中で意識を手放してしまったようで記憶があいまいになっていた。
 ポチ曰く、俺が頑張ったらしい。

「どうせならこの先も行ってほしかったなぁ……俺」

「ふっ、それでは目的が果たせなかったかも知れないだろ」

「ああ、そういえばそっか」

 本来の目的、それは手紙を書いたお父さんに文句を言ったり一発殴ったりすることだった。
 リミッター解除状態だったら一発殴っただけでお父さんが豆腐の様に崩れてしまうかもしれない。
 危ない危ない。ナイス解除だ俺!

「じゃあ行くぞ?準備は良いか?」

「ああ、良い……が、ここから先は我も戦いに参戦するからな」

「うん、分かった」

 流石に俺の後処理だけでは暇すぎて仕方がないのだろう。
 この扉の先には一体どれほどの強者がいるのだろうか。
 それにポチの目的であるお父さんはまだそこに存在しているのだろうか。
 いろいろとワクワクしながら扉をゆっくりを開けた――

 扉を開けてまず目に飛び込んできたのは部屋の中央にある異質な物体である。
 その物体は人間の手足で構成されており、まるで心臓の様に鼓動を打っている。
 その異様な物体からは管の様なモノが伸び、その先には四肢を切断され首輪を付けられて
 地面に転がされている人間たちに繋がっている。

 そしてそれを観察するかのように部屋をの左右に二人の――人間が存在していた。
 本当は魔物なのかもしれないが、見た目は人間と大差ない。
 白衣を身に纏った科学者の様な中年の男二人だ。
 この場で平然としているのだから只の人間ではない事は明らかだ。
 それか頭のいかれれた糞野郎しかない。

 今回はポチも戦うと言うことなので魔法を発動し、ポチと魔力を繋げて
 意思疎通を可能にしておく。
 
『さて、どいつが手紙を書いた糞野郎だ?』

 ん~どれだろうね。まぁ、取り敢えずあの二人を片付けた後に
 一人一人確かめて行けば良いんじゃない?
 
『そうだな。じゃあ我は左を』

 じゃあ俺は右決定だな。
 
『勝てそうか?』

 わからないけど、勝たないと目的達成できないからな……
 またリミッター解除できるかどうかも不安だ。

 化け物の生みの親ならばあいつらよりも強いのだろう。
 リミッター解除をすれば恐らく倒せるだろうが、普通の状態では難しい。
 
『ソラの力は十分見せてもらった。もう一人で頑張る必要はないのだぞ?』

 我を頼れ!とは言ってこないのだが心の中では物凄く主張してきている。
 ポチがそういうなら一人で頑張らなくても良いのかな……さっきまで必死に頑張ってた俺、さようなら。
 まぁ、よく考えれば一人で強くなろうとしてたのが莫迦なんだけどね。
 
「ということで、骸骨さんアシストお願いね」

『おい!ソラよ!此処に最も頼りになる我がいるだろ!!』

 先ほどから心の中でうるさいほど主張してきた為、なんだか意地悪したくなったのだ。
 許せポチよ。後でなんか買ってあげる。
 そんなやり取りをしつつ俺とポチは左右に別れて進む。
 
『ふん』

 不機嫌になった様に感じるが、心の中ではルンルンしているのだ。かわいいやつめ。
 先ほどからずっと無言で此方を見つめている敵さんなのだが、
 近寄っても変わらないままだ。一体何を考えているのだろうか……

「どうも」

 とりあえず声を掛けてみることにした。

「何者だ貴様」

「あっ、喋れるんですね」

 てっきり何も返ってこないとばかり思っていたため、反応があり少し驚いた。
 見た目同様の声でなんだか安心した。
 
「どうやって此処まで来たんだ?貴様の中身は何だ?人間――違うな、魔物でもない。
 面白い存在だ。存在するだけで脅威となるか。ふふっ、本当に興味深い。
 今すぐにでも我々のペットにして調べつくしてみたい。さぁ、大人しく――」

 喋りだしたと思ったら一人で盛り上がってしまった。正直に言って気持ち悪い。
 そんなことを思いながら話を聞いていると、どうやらポチの方も同じようなことになっており、
 痺れを切らしたポチが、ついやってしまった様だ。ぐちゃりと。

「そうか、思い出した。貴様等が大魔王様が言っていた――そうか、そうか、
 良いモノを見れた。ふふふふふ、ふふふふふふふ――」

 不気味すぎる笑い声を出しながら身体が徐々に透明になっていき
 消えていくかと思ったのだが、此処で骸骨さんたちの登場だ。
 三人掛かりで身体を押さえつけ身動きを封じ地面に倒し捕らえた。

「ご苦労」

 何も指示していないのだが、本当に骸骨さんが働き者だ。
 もしかしたらポチよりも有能――次の瞬間、目の前で信じられない光景が起きた。
 三人の骸骨さんが木っ端みじんに砕け――取り押さえられていた中年の科学者も
 地面と上から襲ってくる圧につぶされ、真っ赤な絨毯と化した。

「それは無い」

 その絨毯の上に立っているのは、この悲惨な現状を作り出した張本人のポチさんだ。
 骸骨さんの方が有能との発言が気にくわなかったのだろう。
 これから話を聞き出そうとしていたのに……

「……はい、その通りです」

「さぁ、手紙を書いた愚か者を探すぞ」

「はい」

 結局二人ともポチによって瞬殺されてしまった。
 大魔王と発言していたため、本当に悪魔だったのだろう。
 一体何が目的でこんなことをしていたのか非常に気になる。
 
「ポチさんやい」

「知らん、ソラが悪いのだぞ」

 そういわれると何も言い返せなくなってしまう。
 骸骨さんたちにも非常に悪いことをしたと思ったのだが、
 砕け散った破片を見てみると、見る見るうちに再生していき、三人の骸骨さんが復活した。
 ペコリと頭を下げて姿を消していった。

「まぁ、いいや」

 何を企んでいようと、この世界にポチさんがいる限りどうにかなるだろう。
 そんなことを思いながら目的である手紙を書いた主を探そうとしたのだが――

「気を付けろ」

「え?」

 中央に置いてあった不気味な物体が膨らみ始めていたのだ。
 そして、次の瞬間――巨大な手足の塊は意思が宿ったかのように動き始めた。
 何本もの足で一歩進むたびに、繋がれている人間たちが宙を舞う。

『まさか、我々がやられるとはな。舐めていたぞ化け物ども』

 何人もの声が重なった様な音が聞こえる。
 どっちが化け物なのかは一目瞭然だ。

「ソラよ、こいつはソラがやると良い」

「あ、わかった」

 てっきりまた瞬殺するのかと思ったが、どうやら俺に譲ってくれるようだ。
 正直に言って相手にしたくないほど気味が悪いのだが、仕方がない。
 譲られた以上はやってるさ。

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