勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

お説教

「ソラ君――っ!!」

 冒険者ギルドに足を踏み入れた途端受付嬢に怒鳴られてしまった。
 顔を見せただけで怒鳴られると言う理不尽な目に合いつつも依頼を完了したいので
 取り敢えずカウンターに向かう。
 出来るだけ例の受付嬢とは目を合わせない様にしながら他の受付嬢の下へ向かう。

 何か凄い怒ってるし、今日は行かない方がよさそうだな
 きっと、あれだ、今日は女の子の日なんだ。そっとしておこう。

 そう思い別の受付嬢の前に行くと何故かニッコリと笑われ――

「ちょっと待ちなさい!貴方はこっちです!

「えぇええ!?」

 背後からがっしりと両肩を掴まれてしまいそのまま力尽くで向きを変えられ
 グイグイと受付嬢にあるまじき力で押されてしまう。
 周りの冒険者たちはこちらを不思議そうに見てくるだけで誰一人動こうとはしない。
 一体俺はどうなってしまうのだろうか……

 強制的に連行されたのはカウンターの奥にある部屋だ。
 中には長机と椅子がありお茶などが置いてあり、休憩室の様に見える。
 そこの椅子に力尽くで座らされる。

「ポチさんはどうしたのですか!!」

 長机を挟んで正面に座られ向かい合う形になったと思ったら
 突然怒鳴られてしまった。

「え、えっと、宿で休んでる……」

 凄く理不尽だが此処で強気で行っては更に怒られそうなので
 弱気で会話を進めて行く。

「そうですか、ならソラ君とみっちりとお話しできますね」

「お話し……」

 明らかに営業スマイルでも自然の笑みでも無い
 不気味で思わずゾワゾワしてしまう笑みを浮かべている。
 お話しとは一体何なのか。

「今までどこに行って居たんですか?」

 先ほど怒鳴ってきた受付嬢とはまるで別人の様に落ち着いた口調で質問してきた。

「えっと、森に行ったり砂漠に行ったり火山に行ったりしてました」

「ふんふん、そうですか、そうですか……ん?」

 一応正直に答えたつもりだったのだが、何かが突っかかった様で彼女は
 此方の事をギロリと睨んできた。
 何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと不安になる。

「良いですか、ソラ君。此処から一番近い火山に行くとしても往復で4日はかかるんですよ」

 本当に行って居たのであれば往復で4日掛かる事を指摘してきた。
 どうやら此方の発言を信じるつもりはない様だ。
 それも仕方がないだろう、相手は子供の姿をしているのだから揶揄っている様に聞こえるのだろう。

「そうなんだ」

「そうなんだ、じゃありません。私に嘘は通用しないので正直に答えてください。
 さぁ、今までどこに行って居たのですか?」

 正直に答えてくれと言われても……どうしたら良いのか。

「っ!?」

 ズゥーンと周囲が歪んだと錯覚するほどの魔力の塊を全身で感じ取る。
 これだけ大きな魔力ならば一般人でも容易に感じ取ることが出来るだろう。
 その突然巨大な魔力を感じ取り思わず振り返ってしまう。
 受付嬢も気が付いた様で立ち上がり結構な速さで俺の事を庇う様な位置に立っていた。

「「……」」

 此方としては何の問題も無いのだが、命の危機かも知れない受付嬢からは
 緊張感がビシビシと伝わって来て思わずこちらも緊張し沈黙の時間が流れる。
 向こうの世界で戦ったあの神よりも強大な魔力だ。
 誰かが止めなければ恐らくこの国は吹き飛んでもおかしくないだろう。
 いっそ俺自身が止めてやろうかと思った矢先――

「ソラ君は此処で待っていてください。絶対に動いてはいけません」

 巨大な魔力の塊が遠ざかっていくのを感じた。
 彼女もそれを感じ取ったのだろう外に様子を見に行くようだ。

「返事はどうしたのですか!」

「は、はい!」

 また怒鳴られてしまった。この受付嬢かなり厳しいかもしれない。
 彼女が部屋から出て行き取り残されてしまった俺は何をしようかと迷う。
 こっそりと後を付いて行ったとしても確実にお叱りが増えるだけだ。
 かなりの強さを持った相手だと思うが今は一旦彼女に任せてみよう。
 もし危ないと思えば即座に助けに入れるように意識だけは向けて置く。

 現在は先ほどの様な魔力を感じることが出来ない為、

 只々待っていると言うのも暇なので集めた魔石でも広げてみようか。
 どうせこの後お金にかえるのだから今のうちに種類を分けて置こう

 俺はポケットから中・小の魔石を取り出して、ケルベロスの魔石は袋から出して
 長机の上にずらりと並べてみた。
 スライムやらオークやらコブリンやら……大きさでなんとなく判断できるのだが、
 それ以外の特徴が無い為、少し分かりにくい。

「それにしてもやっぱり大きいな」

 前にも手にした事があるケルベロスの魔石だが、
 久しぶりに目の当たりにするとその大きさに驚く。
 良くも、昔の俺はこんな化け物みたいなの倒したなぁ……殆どヤミのおかげなんだけど。
 今頃なにしてるかな、ライラに頼んでるから安心――心配だな。

 そんな事を思っていると受付嬢が帰ってきた。

「ソラ君、良い子にしてました――かぁああ!?」

 お爺さんがたんを絡ましたかのような声が聞こえた。

「おかえりなさい。お外は大丈夫だった?」

「お外は大丈夫でしたけど、私の頭がおかしくなりました」

「それは大変、はやく治療しなきゃ!」

「はい……そうですね――って違う!その魔石どうしたのですか!?」

 この受付嬢意外とノリが良いのである。
 俺は指摘された魔石を手に取って説明を始める。

「これは多分ゴブリンの魔石かな、森の中で倒したはず」

「んんん、それじゃあなくてそのおっきいのですよ!それケルベロスの魔石ですよね!!」

 流石受付嬢だ。大きさだけでケルベロスと断定してしまった。
 俺は倒して魔石を回収した本人だからこれはケルベロスと分かるが、
 見ただけで分かるのは日々勉強をかかせていない証拠だろう。

「ああ、こっち。凄いでしょ!」

 子供が親に買ってもらった玩具を自慢するかのように魔石に手を置いて
 ムフーと鼻の穴を膨らませてどうだ、と見せつけてみる。

「確かに凄いですけど!私が気になっているのはどうしてソラ君がそんな物――
 って、ああああああ!ケルベロス討伐の依頼を受けて――倒したのですか!?!?」

「うん、そうだよお姉ちゃんが。凄いでしょ!!」

 あくまでポチがやったのだ。俺は一切手を出してないし関係ありません。

「ポチさんが……一体どれほどの力を――今度真剣に話し合う必要がありそうですね」

「ん、伝えておくね。じゃあまた後日依頼完了しに来るね!」

「はい、お待ちして――んなわけないでしょう。
 確かに驚いて気持ちが浮きましたけどソラ君、お説教は終わってないですよ?
 寧ろ始まってすらいないですよ。さぁ、座りなおしてください」

「え……」

 この後正座をさせられ優しく長々と怒られた。
 足が痺れ正座をやめようとしてもそれは許される事は無かった……

 散々説教された挙句、現在は痺れ切った足をいじめられている。
 お説教中に一度も反抗的な態度や口答えをしなかった為か少し物足りなさそうな表情の彼女だったが、
 今は痺れを通り越して敏感となっており、触るなと声を大にして叫ぶが
 そんな事を聞いてくれるはずもなく、楽しそうに俺の事をいじめてくるのであった。

「ふふふ、可愛い反応するのですね」

「いや、本当に待って駄目だって――あぁあああ!」

「ふふふふ」

 それから足の状態が回復するまで散々な目にあわされ、
 受付嬢の事を二度と怒らしてはならないと胸に刻むのであった。

「ひどい……代わりにこれ貰ってく」

 やっと解放された俺は長机に置いてあったバスケットに入った
 飴玉の様な物を幾つか鷲掴みにしてポケットに突っ込んだ。

「ふふ、飴ならいくらでも持って行って良いですよ。子供ですね」

 うるさい!子ども子ども言うな!と言ってやりたいところだが、
 そんな事を行ってしまえば再びお説教されそうで恐ろしいのでグッと抑える。
 初めて仲間以外の人間を本気で恐ろしいと感じたかも知れない。
 この受付嬢は悪い意味でずっと記憶に残っていくのであろう。

 そういえばこんなに話しているのにこの人の名前知らないな。
 敢えて言わないのかも知れないけど一応聞いておこう。
 受付嬢さんと言うのも悪くはないが長いし、若干言いにくいのだ。

「……受付嬢さん」

「なんですか?飴ならまだありますよ。それともジュースが欲しいのですか?」

 ……とことん俺の事を子ども扱いしやがって……地味に癖になりそうだからやめてくれ
 子どもだからと甘やかされ色々と良い思いをする一方で俺のプライドがズタズタになっていく。

「違うよ、受付嬢さんの名前知らないなって思って」

「ああ、そういえば名乗ってませんでしたね。私の名前はユリと申します。
 よろしくお願いしますねソラ君」

「よろしく!」

 無事相手の名前を知る事が出来た。これで受付嬢さんと言わなくて済む。
 ユリさんユリさん……うん、いい名前だ。

「所でソラ君」

「なんです?」

 突然改まって来たユリさん、一体どうしたのだろうか。
 まさか、女性に名前を聞くなんて失礼ですとか理不尽な理由を付けられて怒られるのではないか
 とそんな恐ろしい事が脳裏によぎった。

「物凄く失礼な事を言いますが、よろしいでしょうか」

「別に良いですよ?」

 どうやら失礼な事を言うのはユリさんの方だった。
 何を言うつもりなのだろうか、失礼な事……俺の身長が低いとでも言うつもりか?
 それだけは許さないぞ!俺は成長して180cmになる男なんだよ

「ソラ君とポチさんって本当の姉弟ではありませんよね?」

 まさかの姉弟関係の事だった。
 そっちを指摘してくるか、これは予想外だ。

「え……そうだけど、何で分かったの?」

「正直に言ってポチさんとソラ君、全然似てないですもの。
 それにソラ君のその首輪を見たらだれでも分かると思いますよ。
 良いご主人様に買われて良かったですね」

「ん~お姉ちゃんはご主人様じゃないよ。でも確かに良いご主人様に買われた」

 やはり姉弟設定と言うのは無理があったのか。
 そう思いつつ俺は自分の首元を触り首輪を確認する。
 今なら取ろうと思えばいつでもとれる首輪だが、そうしないのには理由がある。
 これはエキサラとの出会いの証の様なものだ。何があっても外すことは無い。

「そうなんですか、ご主人様は他に……」

「うん、何時か連れてくるよ!」

「ふふ、では楽しみにして待ってます」

 何時か、本当に何時になるのかは分からないが、そのうち連れて来よう。
 まぁ、覚えていたらだけど……多分忘れられないだろうなぁこの人の事……

「今日は十分にお説教をしました。本当はポチさんにもお説教をする予定だったのですが、
 ソラ君だけで満足したので今回は見逃してあげます。さぁ、暗くならない内に帰りなさい」

「は、はい、わかりました~」

 本当に急に変わる人だ。
 帰り際に更に飴玉をポケットに詰め込んで部屋を出る。
 カウンターの奥から出てきた為、冒険者たちの目線が刺さってくる。
 他の受付嬢さん達が何故が此方に向かって頭を下げてきた。
 お説教を受けていた事を知っていたのだろうか。

「では、ソラ君お気を付けて」

「はい、さようなら!」

 別れを告げて元気よく冒険者ギルドから飛び出した――が、
 その先には目を疑うような光景が広がっていた。
 何時も人でにぎわっている商店街がガラリとしている――いや、人はいるのだが、
 全員眠るようにして倒れている。一瞬死んでいるのではないかと思ったが、
 よくよく見ると呼吸はしっかりとされている様で動いていた。

 一体何があったのだろうか――っ!?
 そう思っていると商店街の奥から懐かしい魔力を放つ規格外の化け物がこちらに歩み寄ってきていた。

「おいおい、嘘だろ……」

 思わずそんな声を漏らしてしまう。

 異様な光景の中その女性の髪は輝いているかのような明るい銀髪、
 手入れがされており枝毛一本も無い長髪はこの数年間で
 バッサリと切り落としショートヘアになっている。
 そして見たものを魅了してしまいそうな紫眼をしている。

 最後のあった時と髪型は違うがそれ以外は俺が知っている彼女だ。
 あの禍々しい存在感、あの大魔王には似合わない美しい容姿。
 間違えるはずが無い。今の俺が生きているのは彼女のお蔭なのだから。

「……」

 口を開けるも肝心な声が出てこない。
 今すぐにでも声を掛けたいのだが、物凄く不安な事がある為それが出来ずにいた。
 此方は彼女の事を分かっているのだが、彼方は此方の事を分かるのだろうか。
 姿が全く異なっている俺の事を分かってくれているのだろうか。
 もし、声を掛けて首を傾げられたら――そんな不安が伸し掛かってくる。

 銀髪の女性は足を止め此方の様子を伺っている様だ。
 此処で声を掛けなければ何も進まない。
 そんな事分かっている、分かっているのだが――怖い。
 最悪、知らないと言われても良い、説明して理解してくれるのならばだ。
 説明しても信じてもらえない――そうなってしまえば恐らく立ち直る事が出来ないだろう。

 此処までの努力が全て無駄になる――そんな恐怖が襲い掛かる。
 目線は向けたままで動けないでいる俺とは裏腹に彼女はの口角は少し釣り上がっており
 此方に向かって歩き出した。
 それでも尚何もできずに只々棒立ちしている。

 彼女の動きを見て、やはりこの姿では分かってもらえてないのだろうと悟る。
 こうなったらもう選択肢は一つしか無い。
 ――もし、駄目だったら一生ポチと引き籠ろう。

「……え、エリル――っ!」

 覚悟を決めて思い切って声を掛けたのだが、それは既に遅かった様だ。
 俺の身体は彼女、大魔王エリルスに包みこまれた。
 一瞬で視界が真っ暗になった俺は状況が理解できずに混乱していた。

「おかえり、ソラ……」

 だが、彼女のその一言で全てが解決した。
 その瞬間、今までの記憶が全てフラッシュバックし、息苦しくなった。
 辛かった、寂しかった、悲しかった……身体に精神が引っ張られているのも原因の一つだろうが、
 思わず涙が溢れ出す。エキサラのお蔭で今までそこまで感じてこなかった疲労感などが
 此処に来てどっと襲い掛かってくる。

 だが、エリルスの抱擁がそれらを全て打ち消してくれる。

「頑張った、頑張ったんだよ……」

「うん、頑張ったね。偉いよ。必ず帰ってくるって我は信じてた」

「不安だった、怖かった、俺の事分からないんじゃないかって……」

「我がソラの事を分からない訳ないよ。もう大丈夫、不安にさせてごめんね」

 よしよしと頭を撫で全てを肯定してくれるエリルスに思わず
 今まで我慢してきた感情が爆発する。
 エリルスの服に涙が染み込むが今はそんな事を気にしている余裕はない。
 誰にも見せた事の無いような本当に子どもの様に泣く。

 泣き止むまで子どもをあやすようにずっと面倒を見てくれた。

「ありがとう、エリルス。大分落ち着いた」

「そう、でもまだ我は満足してないよ。暫くはなさないから」

 エリルスもかなり思う事があるらしくかなりの時間抱き合っていた。
 もし、彼女が周りの人間を眠らせていなかったらこんなことは出来なかっただろう。
 最初からこういった事を想定していたのだ。
 疑っていた自分自身を殴ってやりたい気分だ。

「うん~満足した~!」

 染み込んだ涙が乾くほどのかなり長い時間抱き合った。
 抱擁を止めると懐かしい彼女らしい口調に戻った。

「ごめんね~色々と話したいところだけど~今日は邪魔者が多いからまた今度にしよ~」

 色々と話したい事だらけだったが、何やら邪魔者がいるらしい。
 一体だれの事を指しているのだろうか。

「そっか……じゃあ次は魔王城で会おう」

「うん~そうだね~楽しみに待ってるよ~」

「絶対に行くからな――あとこれ上げる」

 先ほどの抱擁で我慢していたものを全て出し切ったので今の俺は清々しい程快い感じだ。
 別れもそこまで悲しくは無い。また会えることが確定しているのだから。
 俺はポケットからいくつか飴玉を取り出してエリルスに渡す。

「うわ~!飴なんて久しぶりだな~ありがとね~!」

「うん、じゃあ近いうちにまた」

「うん~ばいばい~」

 別れの挨拶を交わして彼女は天高く飛び立っていった。

「俺の為に来てくれたんだ……ありがとう」

 てっきりほかの目的があるのかと思っていたのだが、
 彼女の去り際を見る限り目的は俺だったようだ。

「さて、帰ろ――ん?」

 ポチが待つ宿屋に向かおうと足を進めると何かを踏みつけた様だ。
 足を避けてみてみるとそこには骨が転がっていた。

「骨……どこから見ても骨だな――んんん!?」

 骨を持ち上げて観察していると驚くことに見えない何かに骨をがっしりと掴まれて
 取り上げられてしまった。慌てて骨の行く先を見たのだがまるで
 空間に取り込まれるかのようにして消えて行った。

「こんなこともあるんだな~」

 そんな呑気な感想を述べて次こそ宿屋に向かって歩き出した――

「ソラ君!!」

 だが、次は物凄く表情で冒険者ギルドを飛び出して来たユリさんが現れた!

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