勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

的当てと新たな依頼

「ほれ、集め終わったぞ」

 二回目となれば覚えが良いポチはすっかりと手慣れてしまい、
 コアを破壊することなく短時間でスライムのコア10個を集め終わってしまった。
 明らかに不満そうな表情を浮かべてコアと魔石を手渡してくる。

「不満か?」

「当たり前だ。楽しみにしていたのに昨日と同じとはどういうことだ?
 それともこれからソラが楽しませてくれたりするのか?」

「まぁ、まぁ、落ち着いてくれよポチさんやい」

 色々と想定外の出来事が起きたが今回昨日同様にとても簡単な依頼を選んだとは理由がある。
 ポチがこの依頼を直ぐに達成してくれるのは想定済みだ。
 時間が余りにあまって仕方がなくなる事も想定内だ。

「あっちで良いのかな」

 適当に強い気配を探して指をさす。

「沢山いるな……もしかして、あれを殺してもよいのか!?」

「違う!」

 ポチの表情がパァっと明るくなり今日一の大声を上げて興奮していた。
 勿論、殺したりはしない。おそらくあそこには真の勇者がいるはずだ。
 今回の本当の目的はたまたま通りかかって石ころを投げてやることだ。
 ほんとは石ころにしたかったのだが、どうやらこの草原には石ころは落ちていない様だ。
 全てスライムが食べてしまっているのだろう。働き者だ。

「ポチよ、勝負をしないか?此処からコアを投げて的に当てられるかどうか」

「ほう、勝負か、悪くない」

「それじゃ、もう少しコアを集めてくれ」

「任せろ!」

 石ころが手に入らないのならばそこらへんに沢山あるコアを投げれば良いのではないか。
 ポチを上手い事話に乗せて大して楽しそうではない勝負を仕掛けスライムのコアを集めさせる。
 この世界に来て初めて攻撃を仕掛ける。相手はかなり強いらしい、正確な実力は知らないが相手にとって不足はない。

「さてさて、魔眼発動!!」

 ポチが一生懸命スライムをブチャブチャ潰している最中に
 俺は久しぶりに片手を目にやりクワッとヘンテコなポーズを決めてそう叫んだ。

――莫迦みたいなポーズですね

 頭の中に直接そう罵倒してくる魔眼さん。
 周りには聞こえていないため言い返せないため非常にたちが悪い。

「なにが居るのかな~」

 魔眼の力を使い気配のする方向を目をクワっと開いて凝らして見る。
 すると見る見るうちに目標の場所を視認することが出来た。
 そこには何故か倒れている大勢の冒険者の姿と尻もちをついてい勇者の姿があった。
 中には頭をつぶされたりしている者もいる。
 気の毒だが俺に出来ることは此処からスライムのコアを投げることぐらいだ。

 それよりも――犯人はあいつか

「って、うわ~、まさかの的は魔王さんですか……」

 倒れている冒険者たちを楽しそうに痛み付けているのはリリという魔王らしい。
 エリルスの記憶からは大した情報は読み取れないが、魔王と言う事だけ分かった。
 つまり、俺たちは今から魔王さん相手に石ころ改めスライムのコアを投げつけようとしているのだ。
 飛んだ命知らずだ……まぁ、命なんてないんですけど。

「ほれ、これだけあれば十分だろ?」

「うん、十分!」

 ポチが集めてきてくれたのは大体30個ほどのコアだ。
 プニプニとしており投げ難いが仕方がないだろう。

「ポチさんやい、あそこにいる楽しそうに踏み踏みしている女が見えるか?」

「ふむ、見えるぞ」

「良かった。あいつが今回の的だ。順番に投げて何発当てれるか勝負だ」

「ほうほう、楽勝だな」

「ほっほぉ~じゃあ俺から投げるぞ!」

 まずはコアに絶対防御を掛け、自身に身体強化を掛ける。
 そして強めに魔王に向かって投げつける。
 本気で投げてしまっては魔王だけではなく周りの冒険者も巻き込みかねない。
 一直線に飛んで行ってくれることを期待したのだが、少し右にずれてしまい
 コアは魔王の右腕にあたり綺麗に肩から下を吹き飛ばしてくれた。

「まぁ、当たったから良しとしようか。ほら、ポチの番だぞ」

「ふふふふ、喰らえ――っ!」

 加減を知らないポチは本気でコアを投げてしまい
 魔王に届く前にコアの方が消滅してしまった。
 ポカーンと口を開けその真実を受け入れたくない様で何度も瞬きをしている。

「な、なななな……」

 案の定、何の考えもなしに全力投球するだけの様だ。
 このままでは勝負にならない為、絶対防御を掛けたコアを渡す。

「これを投げてみろ、壊れないから」

「む、本当か!では、行くぞ!!」

 再び全力投球。
 一直線に飛んでいき周りも巻き込みつつ魔王の顔面にぶち当たる。
 激しい衝撃が起こっているのだろう。倒れている冒険者たちが吹き飛んでいく。
 そして肝心の的は首から上をなくし鮮血の噴水を出し直立していた。

「どうだ?」

「周りにも被害加えたから半分だな。じゃあ次行くぞ――」

「なんだ、そんなルールがあったなら先に言ってくれ」

 例え的の命が無くなろうとも的が無くなったわけではないのだからこの勝負は続く。
 当てる所が無くなるのが先かコアが無くなるのが先か――

 30発28中。俺が一発外し、ポチも一発外している為今回の勝負は引き分けと言う事になる。
 28ものコアをぶち込まれた魔王リリの身体は既に原型を留めていなく、
 右足のみが地面と垂直に立っており、辺りに色々なモノを撒き散らかしていた。
 冒険者たちも主にポチの所為で吹き飛ばされているが、命に別状はなさそうだ。

「ふむ、引き分けか」

「くそー!悔しい!!一回だけ力入れ過ぎたああああああ!!」

 ポチは引き分けでも気にしていない様子だが、俺は物凄く悔しがっている。
 加減が分からないポチなら何度も外してくれるだろうと甘い考えでいたのだが、
 物凄い集中で最初以外は外すこと無く見事に的に当ててみせていた。
 それを見て焦った俺は思わずコアに絶対防御を掛けようと握ったのだが、
 焦りからか力を入れ過ぎてしまいコアが潰れてしまったのだ。

「何をそんなに悔やんでいるんだ」

「ポチに勝ってどや顔を決める予定だったんだよ!!」

「ふっ、下らないな……まぁ、今回はなかなか面白い経験が出来て良かったぞ。
 ほら、何時までもグズグズしてないで帰るぞ」

「……はい」

 何だか最近ポチが物凄く大人に見えてしまう。
 実際は大人など優に通り越しているのだが、姿がお姉さんだからなのか、
 ポチが段々この世界の常識に慣れて来ているからなのか
 ……何時かポチに逆らえなくなりそうだ。

 何事も無く門を潜り余り活気のない商店街を進んで冒険者ギルドに向かう。
 殆どの冒険者が外でまだ倒れているだろうから、当然中はガラッとしており静かだ。
 そんな中を俺とポチは特に気にする様子も見せずに堂々とカウンターに向かう。
 此方に気が付いた何時もの受付嬢が一瞬だけ目をまんまると開いていたが、
 直ぐに今までに見せない様な鋭い眼つきに変わった。

「あっちいこうか」

「む、そうか」

 明らかに怒られる感じだったので俺はポチに言って
 隣の隣にいる受付嬢の下へ依頼完了の報告をしようとしたのだが――

「ちょっと!!二人ともこっちに来なさい!!」

 当然、獲物を捕らえた獣の如く鋭い眼は俺たちを見逃すことは無かった。
 無視する事も出来るのだろうが、これからの事を考えると
 こんなことで関係を悪化させるのは痛手になるだろうと仕方なく
 お怒りの受付嬢の下へ向かった。

「はい、まずは依頼完了ですね。お疲れさまでしたっ!」

 おっ?怒らないぞ??さっきの鋭い眼はなんだったのだろう。

「スライムのコア10個。初日は仕方がないとして、
 何故二回目なのにこんなに時間が掛かったのですか?
 別に怒ったりしないのでおしえてください」

「む、コアは直ぐに集め終わったぞ。ちょっとソラと勝負していただけだ」

「ちょ!?」

 ここにきてポチさんが気の利かない正直者になってしまった。
 これは口止めをしなかった俺が悪いのかもしれないな……
 次からは騎乗を発動しておくとするか。

「そうですか……」

 ポチの言葉を疑いもせず飲み込んだ様で受付嬢の眼をより一層鋭くなり、
 その目線の先には幼い姿の俺がいる。

「さぁ、ソラ君?君はなにをしたのかしらね。決して怒らないから
 お姉さんに詳しく教えてみなさい」

「え、えっと……えへへ」

 何とか誤魔化せないかと笑顔を浮かべてみるが、
 受付嬢も笑顔を浮かべだしそれがまた恐ろしい程笑っていないのだ。
 これはもう正直に言うしかないなと覚悟を決める。

「その、倒しすぎちゃってスライムのコアが余ったから……
 的当て勝負しちゃった……」

「コ、コアで遊んでたんですか!?勿体な――」

『無事魔王の消滅を確認しました。我々リーン王国の勝利です!
 怪我人が多数出ている模様、治癒が使える者は至急正門まで』

 彼女の言葉を遮るように外でそんなアナウンスが口中に響いていた。

「――っ!魔王を倒したんですか……やった、やりました!!
 ソラ君、お説教はまた明日です!私は正門に向かいます!!」

「は、はい」

 魔王消滅のアナウンスが余程嬉しかったのだろう。
 先ほどまで獣の様な眼をしていた彼女はいつもの優しい感じに戻り
 俺にお説教宣言をしてルンルンと一度カウンターの奥に戻り、
 準備をして来て正門へと向かって行った。

「……怒らないって言ったのに説教するんだ。ポチの所為だぞ」

「ふっ、我も共に受けてやるから安心するが良いぞ」

 結局今日も情報収集は出来なさそうだ。
 そんな事を思いながら冒険者ギルドを後にした。

・・・・

 正門に集まったのは40名ほどの治癒が使える者達だった。
 冒険者以外にもこれだけ治癒が使えるのはなかなか凄い事だ。
 城からも幾人かの治癒を使える者達が集まり全員で70名程集まり、
 門兵たちと共に動けない冒険者たちの下へ向かう。

「ひっ……」

 目的地に着くと誰かがそう小さな悲鳴を上げた。無理もないだろう。
 目の前に広がるのは幾つもの死体と動くことが出来なく倒れたままの冒険者たち。
 地面には殆どが魔王リリのモノだが臓器や血があちこちに飛び散っている。
 なんの訓練も体制もない人にとってはなかなか刺激の強い光景だ。

「何らかの拘束を受けている模様ですので、状態異常を解除出来る者は私に続いてください。
 その他の方々は負傷している冒険者たちを――」

 その声を聞いて、おどおどしていた者たちも動き出す。
 城から派遣された者たちは冒険者には目もくれず勇者達の下へ真っすぐに向かう。
 大して負傷はしていない三人だが、国にとっては冒険者よりも
 何十倍もこの勇者三人の価値の方があり、失う訳には行かないのだ。

「動けますか?」

「は、はい。ありがとうございます……」

 拘束を解除された三人だったが皆顔色が非常に悪く
 殺されてもおかしくない状況から助かったと言うのに元気がない。
 この世界になれていない三人にとって目の前で起こった出来事は余りにも刺激的過ぎたのだ。
 此処はそういった世界だと自分たちに言い聞かせて震える身体を抑え込む。

「まずは安全な場所に移動しましょう。歩けますか?」

 三人は頷きゆっくりと起き上がり出来るだけ周りを見ない様にしながら足を進めた。
 付き添いに三人の治癒士が付いている。
 無事勇者を助け終えた城から派遣されたもの達はやっと冒険者たちの下へ向かう。
 治癒に必死な者、助かったと胸を撫で下ろす者。

 そんな中、散らばっている魔王リリの欠片達が小刻みに震え徐々に一か所に
 集まろうとしている事に誰も気が付きはしていなかった。

 魔王リリ、彼女も魔王と言う名を持っているのだ。
 彼女が魔王と呼ばれる理由はあの性格だけではない。
 リリは生まれながら死ぬことが出来ない体質なのだ。
 魔王と人間の間に生まれた子が彼女。だが、人間が魔王の子を授かるのは不可能なのだ。

 魔力の差があり過ぎて子を宿したとしても産む前に身体が壊れて行く。
 リリの両親は当然そんな事ぐらい知っていた。だが、産むと言う道を選択したのだ。
 彼女の母親はどの道ある神から受けた呪いがありもう長くない事は分かっていた。
 魔王の力をもってしてもどうすることも出来ない理不尽な呪い。
 そんな母の最期の願いが子供を産むことだったのだ。

 魔王――神を殺し大魔王となった元魔王デーグはその約束を果たすため
 母親の身体が壊れて行く前にお腹の中にいるリリに不死の呪いを掛けたのだ――
 そしてすくすくと育ち色々と性格には難があるが魔王にまで成長したのだ。


 彼女は一時的に身体の自由はきかなくなるのだが、それは時期に回復する。
 腕程度の損失ならば数秒で回復するが全身となれば結構な時間を費やす。

 身体がばらばらになろうとも彼女の意識はしっかりと存在しており、
 今も尚自分の身に何が起こったのかを確認していた。
 そして彼女の目に入ってきたのは――スライムのコアだった。
 地面を抉るようにして埋まっているコア。

(わ、私が、こんなものでやられた?)

 余りにも屈辱的な真実に動揺し、怒りがわきでてくるのだが
 それは一瞬にして収まり彼女の心は快然たるものにかわっていた。

(たかがスライムのコアで私を倒すだなんて……あぁ、早く会ってみたいわ!
 敵としてだと少し分が悪いから、出来れば中立として色々と話してみたいわ!!)

 不死の呪いの影響で彼女は負けと言うものを体験した事が無かった。
 今回も命はある為正確には負けていないのだが、
 彼女は初めて自分が敗北したのだと悟った。
 例え正面からやり合ったとしても自分では勝てない、
 狂人染みた性格の彼女がそこまで思うほど今回の攻撃は圧倒的だった。

(取り敢えずこのことはお父さんたちに報告しないとけないわぁ、
 目的は一応達成できた事だし、人間たちは放っておいて帰ろうか~)

 彼女の肉片が一か所に集まり魔王リリが復活する。
 周りの誰もがその絶望的な光景を目を見開き口をパクパクとさせていたが、
 彼女はそんな間抜け顔に興味すら抱かず背中に翼を生やして大魔王たちの下へと戻っていった。

 大魔王達の下に戻ったリリから話を聞き誰もが信じられないと言う顔をしたが、
 デーグの娘は昔から自分に正直であり嘘など一度も付いたことの無い為、
 大魔王達からの信用度は高く、その情報は疑われることは無く、一度会議を開くことにした。
 エリルスは欠席だが、それでも問題ないと判断され会議は開かれた。

 議題は勿論リーン王国にいる謎の存在の事だ。
 それが真の勇者だとしたら納得がいくのだが、リリの話を聞く限りでは
 真の勇者全員の事を人質として捕らえていたのにも関わらず彼女はやられたのだ。
 前回召喚された勇者の仕業ではと言う声も上がったのだが、
 大魔王達が知る限り魔王を投擲のみで倒せる程の実力者は居ない。

 今回に限って何時も世界中を観察しているオヌブは何故か観察を中止してずっと寝ていたと言う。
 毎日世界を観察している彼女は眠る事は滅多になく
 エリルスを除く大魔王達は彼女が眠った姿を見た事が無い。
 そんな彼女が今回会議が開かれるまで円卓の上で寝ていた姿を見た時は全員が目を見開く程驚いた。

 オヌブは議題を聞いた瞬間にソラ達の事だと即座に分かったのだが、
 観察していなかった為確信を持てなく心の奥にしまっておくことにした。
 唯一の手掛かりも失い大魔王達は皆頭を頭を悩ます。
 そして悩み悩んだ末出てきたのが――

「全員で正体を突き止めに行くぞ」

 大魔王達からしてみれば散歩程度の感覚だがリーン王国からして見れば非常に迷惑な話だ。
 彼らはの目的は観察であって被害を与えるつもりはないのだが、
 そんな事知る由もない王国側からしてみれば気が気ではない。
 そもそも大魔王と言う存在はまだ明るみには出ていない為、
 大魔王が来たぞ!となる事は無いだろうが、
 それでも圧倒的なまでの力は隠しても隠し切れないため、
 正体が分からなくても禍々しい力を感じれば大騒ぎになるだろう。

 そんな大変な事が起きるとは知る由もないソラとポチは今日も今日とて冒険者ギルドへ向かう。

・・・・

「そういえば今日お説教されるんだっけ?」

「ああ、そう言っていたな。我も共に受けてやるから安心しろ」

 今日は受付嬢からお説教を受けるのだ。
 怒らないと言っていた為、軽い注意程度で済むのだろうと軽い気持ちでギルドへ向かう。
 商店街の活気はいつも以上に増している。恐らく魔王に勝った為皆気分が上昇しているのだろう。
 冒険者ギルドに入ると何時も程では無いが昨日よりかは確実ににぎわっていた。
 まだ治療中の冒険者たちもいるのだろう。

 中に入り酒場にいる冒険者を眺め、横目でちらりとカウンターにいる受付嬢を見てみると
 営業スマイルとは言えない程ニッコリと不気味な笑みを浮かべて糸目でこちらをみていた。

「はい、こんにちは」

「こんにちは……」

 取り敢えずカウンターに近寄ってみると挨拶されたのでマナーとして返しておく。

「……」

 これからお説教が始まるのだろう。そう思っていたのだが、
 一向にお説教が始まらない。それどころか言葉すら発してくれない。
 カウンターの前で受付嬢と見つめ合っている状態なので非常に気まずい。
 俺はポチに騎乗を使い魔力を繋げた。

 これどうしたら良いと思う?

『説教する気が無いんじゃないか?』

 ポチの言う通り確かにお説教する気が無いのかもしれない。
 ならばいつも通りに依頼を受けてさっさとおさらばしようじゃないか。
 そう思い掲示板の前に行き今日の依頼を選ぶ。
 昨日は余りポチの要望に応える事が出来なかったので、今回こそ応えてやりたい。

「アレが良いと思う!」

 選んだのはケルベロス討伐。

「ほう、楽しそうだな」

 一瞬ランク制限とかあった様ななかった様な気がするが、
 まぁ、もし駄目だと言われたら依頼は受けずにこっそりと倒しにいけば良い。
 魔石さえ取れればお金にかえることが出来る。

「これを受けたいのだが」

 ポチが堂々とケルベロス討伐の紙を受付嬢に渡し、内容を見て
 一瞬だけピクリと表情が動いた気がする。

「ポチさん、ソラさん?私を揶揄っているのですか?」

「む?そんなことは無いぞ」

「そうですか、私が昨日お説教をすると言ったからですか、そうですか……」

 何やら勝手に深読みをし過ぎて勘違いしている様だ。
 説教をすることは忘れてはいなかったらしい。

「別に良いですよ。ほら、行ってきなさい。
 帰ってきたら今回の件と共にお説教するので早く帰ってきてくださいね」

 いつの間にかに受付嬢の表情はいつも通りに戻っていて
 物凄く適当に依頼が受理されてしまった。
 この受付嬢、俺たちが揶揄うためにこの依頼を持ってきたと思っているらしい。
 昨日はあれだけ外に行くことを心配してくれていたのに
 ケルベロス討伐の際は全く心配してくれない……絶対に信じてないな。

 こうして俺たちの依頼は無事受理されて
 ケルベロスの居る場所へと向かうのであった。

「ケルベロスは何処にいるのだ?」

「かなり遠いぞ、急げば今日中で着くけど、どうする?」

 リーン王国からまず草原を超えて森を超えて砂漠を超えた先の火山地帯に奴はいるらしい。
 俺とポチが本気を出せば一日も掛からずとも行けるのだが、そこまで急ぐ理由も無い。
 ポチが良いのならばゆっくりと通常通り時間を掛けて行くつもりだ。

「別にゆっくりでも構わんぞ」

「よし、じゃあだらだらしていくか~」

 リーン王国を出て草原に足を踏み入れる。
 途中まではしっかりとした道が出来ている為迷う事無く真っすぐ進める。
 途中で冒険者とすれ違ったり、昨日の魔王が現れた場所を調査している兵士と出会ったりしながら
 まったりと歩いていくと、前方に薄っすらと森が見えてきた。

「ポチ、あそこの森から少し魔物強くなるぞ」

「ほう、それは楽しみだな」

 表面にはあまり出しては居ないが、ポチの心はもうウッキウッキとしており、
 今すぐにでも戦いたいと言う気持ちが痛い程伝わってくる。

「そういえば最近ポチの事をモフモフしてないな」

「ん、するか?この方が何かと便利だからしているんだが、
 我はいつもの姿に戻っても問題ないぞ」

「じゃあ帰ったらお願い」

 ふと思い出した事を口にしてみたのだが、まだ禁断症状的なものが現れないので大丈夫だ。
 今まで忘れていたのだが、口に出してしまった所為か今すぐにでも、モフモフしたい気持ちになる。
 我慢だ、我慢。
 森の中へ足を踏み入れると流石に草原の様に道が整備されているはずも無く、
 非常に足場が悪い為、何度も足を取られる。

「ポチ~おぶってくれよ」

 そんな事をすればポチがさらに足を取られてしまうのではないかと思うだろう。
 だがそんな心配はする必要ないのだ。
 ポチの足元を見てみるとまるで青い狸の様に地面から少し浮いているのだ。
 普段は地面に足を付いているポチだが、
 今回は場所こういった場所なので精霊の加護の力で浮いているらしい。

 本当に精霊なんでもあり過ぎて一匹ぐらい欲しいぐらいだ。

「精霊を喰らえばソラもこうなれるぞ」

 そう言いながら膝を折って姿勢を低くしておんぶの準備をしてくれた。
 俺は精霊を喰らうと言う未知の体験を想像しながらポチの背中にくっつく。
 そもそもポチの言う精霊とは俺の思っている小っちゃい妖精の様なものではなく、
 丁度今の俺位の身長で見た目は人間の子供と変わらず羽が生えているだけだ。

 つまりなんら人間とは変わりがないのである。
 そんな存在をもしゃもしゃと食べるなど、俺はご主人様ではないのだから
 それは不可能だ、可能でも絶対やりたくない。

「ちなみに、どんな味するんだ?」

「そうだな……精霊の種類にもよるが、基本的には甘い」

「甘いのか……」

 それが当たり前なのかポチの味覚が異常なのか分からないため何も言う事が出来ない。
 そんな野蛮な話をしつつ森の中を進んでいくと本日初めての魔物と遭遇した。
 懐かしの豚顔の巨人さんオークだ。

「あれはオークと言うのか。中々面白い顔つきだな」

「おいおい、ポチさんやいそれは失礼じゃないかな」

 例え相手が人ではなくても初対面の相手に面白い顔だな。とはかなり失礼な事だ。
 俺がそんな事言われた傷付いて一生外に出られなくなってしまうかもしれない。

「それは困るな、償いとしてアイツを倒してやろう」

 勝手に失礼な事を言って勝手に償おうとして……理不尽な理由を付けられ
 殺されるオークさんの身にもなってほしいものだ。
 徐々に近付いていき、此方の存在に気が付いた魔物は叫び声をあげ
 考えなしに巨大な棍棒を振り回しながら突進してきた。

「先ほどから木々が倒れていたのはこいつの仕業か」

「そうみたいだな」

 考えなしに棍棒をぶんぶん振り回していたら何時かこの森無くなってしまうのではないか。
 そんな可能性生じてくるのだ、早急にオークを倒さなくてはいけない。

「いけーポチ!」

 おんぶされながら腕を天に掲げポチに合図を出す。
 両手は俺の足を支えてくれている為、ポチは魔法を繰り出してオークを瞬殺する。
 ポチにしては珍しい地味な魔法で周辺の草が針の様に鋭く伸び、
 オークの全身を串刺しにすると言うものだ。

 刺されても尚、数秒間はこちらに向かって突進してくるのだが、
 やがて力尽き、それと同時に鋭く伸びた草ももとに戻る。

「流石ポチ、魔石回収忘れないでね」

「ああ、わかっている」

 魔石を回収して更に奥に進んでいき幾度とオークやゴブリンなどの魔物が現れたが
 指一本触れる事はなく全員無残な死を迎えていた。
 そんな感じに森の半分まで足を踏み入れ辺りは真っ暗になってしまった為、
 今夜はここで野宿をすることにした。

 魔物の襲撃などは勿論沢山あるだろうが、そんなものポチに掛かれば結界の一つや二つ
 簡単に貼る事が出来るので安心して眠る事が出来るのだ。
 開けた場所を探して、モフモフの絨毯をイメージして具現化させ地面に敷き、
 テーブルとも出しておく。

「結界貼り終わったぞ」

「ん、おつかれ。じゃあ休もうか」

 ポチの毛並みを再現した絨毯があればベットなど必要ない。
 俺とポチはゴロンと寝転がり食事をする事も忘れて眼を瞑った。

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