勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

待つ大魔王と食べ歩く二人

 ポチが真の勇者を宿に連れて行く前に遡り、
 リーン王国の人形がまだ存在している頃、大魔王達は王国からかなり離れた丘に集合していた。
 デーグをはじめ、計8名の大魔王が勇者パレードに送り込んだ人形が引き起こす予定の
 ある出来事を早く起きないかと楽しみ遠目でリーン王国を見ている。

 その中に姿が無いのは大魔王オヌブとエリルスだ。
 オヌブは結果が見えているから行かないと言い、自分の城に籠ったままだ。
 その発言を聞いていた誰もがリーン王国が消滅することが分かり切っており、
 そんな結果が見えているのに態々行く必要がないと捉えたのだが、
 それは違って、オヌブは知っているのだ。

 たった数時間前にこの世界に降り立った真の勇者とは違う存在を。
 一瞬で力を抑えた様だが、オヌブはその異質過ぎる存在をしっかりと観察していた。
 その力は真の勇者と比べるとまさに天と地の差がある程だ。
 流石にその異質に危機感を覚えたオヌブだが、直ぐに理解した。
 あれがエリルスの言っていた彼なのだと。

 エリルスが言う様に、あれほどの力を持っているのならば大魔王すら倒すことが出来るだろう。
 真の勇者の力を警戒している自分たちが恥ずかしくなる程だ。

 だが、同時に疑問が生まれた。
 彼の隣に居るのは一体誰なのか。そして彼の背後に無数に広がる存在は何なのか。
 隣にいる犬なのか人なのか生き物は力の推測すら不可能な異質な存在であり、
 背後に無数に広がる存在はもはや姿を把握する事すら出来ず
 当然、力の推測すらできない。

 だが、彼の近くにいると言う事はそれなりに力を持っていると言う事だ。
 オヌブは思わず唾を飲みこむ。
 もし彼らが本気で暴れるのならばあっけなく大魔王達は滅ぼされてしまうだろう。
 そんな事を思いつつも彼らの観察を続けると直ぐに理解不可能な光景を見てしまう。

 一瞬にして複数の生命体の命が消えたのだ。文字通り一瞬でだ。
 どんなに素早い攻撃をしようが世界を観察している彼女には
 その手口が糸も容易く理解できるのだが、今回のは全くと言って良い程理解できなかったのだ。
 ほんの刹那、目を逸らしたわけでもなく、瞬きをしていた訳でもなかった。
 本当に、次のコマに切り替わった時にはもうすべてが終わっていたのだ。

 ありえないと思いつつもその光景を信じざる得ない状況に思わず唾を飲みこむ。
 そしてリーン王国へ向かう彼らを見て今回の作戦は必ず失敗するのだと悟った。

 同時に彼女はその二人達を観察するのを止めた。
 これ以上観ていたら確実に自分の常識が覆させられ自信を無くす。
 彼の事はもうエリルスに任せよう。
 震える体をそっと抱き落ち着かせ、彼女は目を閉じる。

 一方のエリルスは当然ソラ達が帰ってきた事に気が付いており、
 今すぐにでも会いに行きたい気持ちがあったのだが、
 彼女は彼女なりの出迎え方を考え、その気持ちを抑え、
 エリルスもまた魔王城に籠るのであった。

 二人ともリーン王国に送り込んだ人形は失敗に終わると分かり切っていた。
 ソラがリーン王国に向かった時点で大魔王達の作戦は失敗なのだ。
 だが、そんな事は知らない大魔王8名はまだかまだかと爆発を楽しみにしていた。
 起こるはずも無い爆発を――。

・・・・

「ここで良いんじゃないかな」

 エリルスの記憶を頼りにしてみたのだが、あの人が宿になど泊まるはずも無く、
 大した情報が得られなかった為、探すのに結構時間を費やしてしまった。
 辿り着いた宿は大して立派でも無く、ボロボロでもない普通の宿だ。
 お金があるからと言って無駄に高い宿にするのは勇者達にも申し訳ないし、
 そんな高級な場所だと逆に落ち着けずに休めない可能性がある為、普通の宿を選んだのだ。

 周りに人がいないことを確認してからポチに時間停止を解除してもらう。

「「「!?」」」

 当然の事だが、気が付いたらいきなり見知らぬ場所に移動しており驚きの表情を隠せずにいた。
 変に取り乱して騒ぎ、周りの人々が寄ってきたら面倒な事になるので此処でもポチに頼る事にする。

「言いたいことがあるのは分かるが、知らない方が良い事もあるのだぞ……ふっ」

「は、はぁ……」

 もう少し別の言い方は思いつかなかったのだろうか、
 若干ひかれている気がする。

「取り敢えず黙って着いてこい」

 三人に有無を言わせずに宿の中に連れて行く。
 受付の人に色々と聞き、部屋がかなり余っている様なので
 二人部屋、一人部屋、一人部屋、一人部屋と贅沢に部屋をとった。
 パレードの為、部屋が埋まっている可能性も考えていたのだが、此処は広場から結構な距離があり、
 見た目も古いため、あまり人が来ていない様だった。

「あの、勇者パレード行きました?」

「ああ、少しだけだが行ったぞ」

 部屋に案内しながら受付人がそう尋ねてきた。
 一生に一度行けるかすら分からない貴重なイベントの為、
 この人も宿など放っておいて行きたかったのだろう。
 見た感じ、下っ端の人の様だから留守を任されているのだろう。

「噂の勇者たちはどんな感じでしたか!?」

 目をキッラキッラと輝かして仕事を忘れたかのように
 ぐいぐいと興味津々に聞いて来る。
 余程勇者パレードに行きたかったのだろう。

「そうだな、我からしてみれば雑魚だが、一般人からしてみればかなり強いんだろうな」

「そうなんですか!!やっぱ強いんですね勇者って!!」

 若干ポチの本音が漏れているが、興奮している受付人はそんな事耳には入ってこない様だ。
 噂の勇者三人が後ろに居ると言うのにポチは容赦がない。
 確かに一般人からすれば真の勇者はかなり強い部類に入るが、
 ポチからしてみればミジンコ程度の力だ。

 まだレベル1の為これからどうなるか分からないが……
 あれ?つまり俺がレベル1だった頃……つまり真の勇者以下の力だった俺は
 ポチにとってミジンコ以下の存在だったと言う事だ……

 そう考えると物凄く自分が惨めな存在に思えてくる……

『……勝手に思い返して傷つくな』

 部屋に着き取り敢えず一旦解散し、後で一番広い俺たちの部屋に集合する事になった。
 部屋の中は至ってシンプルで必要最低限の家具しか置いていない。
 何泊もする予定はないのでこれだけの設備があれば十分だ。
 ベットに腰を下ろしてゆっくりとしているとノックが部屋に転がり込んできた。

 三人を部屋に迎え入れて開いているベットに腰を掛けてもらう。
 特に話すことは決めていないが、一応自己紹介からはじめよう。

「まずは自己紹介から始めようか。我はポチだ。
 そしてこの可愛いのがソラだ」

 まるで俺の事を人形の様にひょいと持ち上げて膝の上に座らせてきた。
 そしていつもとは真逆に頭をなでなでとされている。
 これはあくまでも子供の姿だからまだ許されていることだ。
 今の姿ではあまり恥ずかしくは無く寧ろ撫でられるのは嫌いではない。

 三人の自己紹介は既に魔眼で知っている事ばかりだった為、
 聞いているふりをして適当に相槌を打って流しておいた。

『自己紹介をするかと振っておいてそれは酷くないか?』

 まぁ、まぁ、そう言うなって。ここからは俺に任せてくれ

「ねぇ、ねぇ!三人は魔王倒すの?」

 まずは何が目的でこの世界に召喚されたのかを確認しておきたい。
 ま~た、魔王を倒してくれ~倒したら帰してやる~だとか言っていたりしてな。

「魔王……確かに僕たちはそれを望まれて呼ばれた様ですが……
 正直魔王って本当に悪い人なのか、倒す必要があるのか……」

「魔王が何をしても、どうでも良い……私には関係ない」

「魔王かぁ、きっとかなり凶暴でバシバシ叩いてくるんだろうなぁ……
 いっそ捕虜として捕まってビシビシ――」

 どうやらこの三人は一応魔王を倒す目的で呼ばれているらしいのだが、
 誰一人とも本気で倒そうとは思ってはいない様だ。
 それにこの様子からして大魔王の存在は伝えていない様だ。

「魔王を倒さないなら何をするの?」

「取り敢えずはこの世界について色々と調べて、誰かの為になりたいですね」

「満足に寝られる場所探す」

「女王様を探そうかな」

 物凄い個性が強い人たちだが、誰一人とも帰ると言う言葉は発しなかった。
 最初からあきらめているのか、それとも帰りたくないのか。

「元の世界には帰りたいと思わないの?」

「思わないですね」「無い」「こっちの方が快感が得られそうだし」

 三人とも即答だ。
 一人を除き何かしらの事情を抱えている様だ。
 これ以上踏み込むのは失礼だし大して興味も無いのでここらへんでやめておこう。
 まぁ、こいつらはなかなか面白い奴だ。
 こういった思考をしているならまだ救いようがあるというモノだ。
 と言っても、まだお互いが信頼していないこの状況で真実を伝えたとしてもあまり意味がないだろう。

 もし、洗脳とかされて俺の目の前に現れた時には一度ぐらい助けてやっても良いかもな。

「そうなんだ、じゃあずっとこの世界に居るんだね!
 皆の活躍を聞ける日を楽しみに待っているよ!」

 そんな思ってもいない事を無邪気な笑顔を浮かべ口にする。
 三人は複雑な笑みを浮かべてそれぞれ頷いた。

 それから三人から愚痴を聞いたり宿で共に食事をしたりと、
 久々に他人と有意義な時間を過ごした。
 一日中繋げていた騎乗を解いてから俺たちは眠る事にした。

「んっ……」

 何事も無く翌朝を迎え、窓から差し込む暖かい日の光で俺は目を覚ました。
 初日にしてはなかなか良い目覚めだ。
 ベットの上で縮まった筋肉を思いっきり伸ばしながら
 ポチが寝ているベットの方に視線を向ける。

「やっと起きたのか、遅いぞ」

「……おはよ」

 起きて早々に怒られた。
 既に身支度を済ませてベットの上で胡坐をかきながら此方の事をジーと見つめている。
 何時からそんな男らしい座り方をしながらこっちを見ていたのだろうか。
 もし俺の寝顔を観察していたのならばそんな変態染みた行動は止めて
 さっさと起こしてくれればよかったのに。

 そんな事を思いながら顔を洗ったり歯を磨いたりと朝の身支度をする。

「ポチさんやい」

「なんだ」

 歯を磨きながら少し気になる事がありポチに聞いてみることにした。
 それにしてもこの宿の歯磨き粉は少し辛い……

「真の勇者ってまだ部屋にいると思う?」

「ソラが起きる数時間前に一度部屋に来たぞ」

「えぇ!?起こしてくれれば良かったのに」

「気持ちよさそうに寝ていたからな、用件は聞いておいてやったぞ
 ゆっくりと休むことが出来た礼とまた何時か会おうと言っていたぞ」

 大した用ではなかったらしい。
 寧ろ礼を言いたいのはお金を払ってもらってるこっちなんだが……
 何時か会おうと言う事はあいつら城に戻ったのか?

 そんな疑問を抱きつつ水を口に含みグチュチュペッと口の中を洗い流して
 軽く寝癖を直し朝の身支度は完了した。
 ポチが作ってくれた完璧の服は加護のお蔭で常に綺麗な状態で
 取り換える必要が無い為非常に便利だ。

「さ、金稼ぎに行くか」

 金づると言ったら聞こえが悪いが、真の勇者さんたちが居なくなってしまった以上、
 これからは自分たちでお金を稼ぐ必要がある。
 取り敢えずは、今日の宿代ぐらい稼ぎたいものだ。

「ああ、そうだな。楽しみだ」

「そうか?」

「ふふ」

 金を稼ぐなど面倒なことだと思っている俺からしてみれば
 一体何が楽しみなのか分からないが、よくよく考えてみると、
 長年生きているポチだが、お金を稼ぐと言う事はしたことが無いのかもしれない。
 あくまで予想だが、初めてと言うのは何でもワクワクするものだ。

 宿を出て冒険者ギルドに向かうのだが、一応姉弟と言う設定なので、
 それっぽく手をつないで歩いている。
 道行く人が微笑ましい笑みを浮かべて此方を見てくるのが、
 何だかだましている様で申し訳ない。

 冒険者ギルドに入り次は周りの目など一切気にせずにガツガツと掲示板に向かった。

「何が良いんだ?」

「ん、狩りとか護衛とか……何がやりたい?」

 掲示板に貼り出されている依頼には様々なものがある。
 此処はポチがやりたい依頼にしてあげよう。

「無論、狩りだな」

「それじゃ、あれかな」

 指をさしても目当ての紙には届かないので、
 ピョンピョンと跳ねて必死にアピールする。

「ほう、これで良いのか」

「うん!」

 ポチが必死な俺とは裏腹に楽々に紙を取ってくれた。
 その内容はスライムのコア10個を集める依頼だ。
 分かりやすく言えばスライムを倒して心臓の様なものを剥ぎ取れば良いのだ。
 最低ランクに似合っている。

「依頼受けるんですか?」

 カウンターにいる昨日と同じ受付嬢に紙を渡すとそう言われた。

「ああ、金が無いのでな」

「そうですか……」

 受付嬢が怪しいものを見るような目でこちらを見てきた。
 まぁ、無理もないだろう。金がないと言いつつも二人とも恰好だけは金持ちの様なのだから。

「もしかして弟さんも行くのでしょうか」

「そうだ、何か問題でもあるのか?」

「いえ、問題は無いのですが……まだ幼いので心配です」

 良心で言ってくれているようだが、そんなのは無用だ。

「大丈夫!僕のお姉ちゃんは強いから!!」

「そうですか、でも無理はしないでくださいね」

「うん!」

 ポチは強いぞ。
 この受付嬢が思っているよりも遥かに強い。
 恐らくこの国にポチを超える物は居ないだろう。
 少々戸惑ったが無事依頼を受けることに成功した。

 ギルドカードを門兵に見せ用件を言うとすんなりと通る事が出来た。
 流石に国付近では魔物は現れない為、草原を暫く歩くと目的のスライムが現れた。
 プルプルと形を留める事無く忙しい魔物だ。

「あれがスライムなのか」

「そうだ、随分と違うだろ」

 向こうのスライムはこんなに可愛らしい魔物では無かった。
 鋭い口があり、動きも素早く力も桁外れで……一度俺の足もやられている。
 何だか思い出したらイライラしてきた。
 帰ってくる前に一発殴っておけばよかった。

「何だか弱そうだな、試しに一発殴ってみるとしよう」

 ポチがそう言ってスライムに近付いて行く。
 スライムがポヨヨンと身体を震わせて威嚇の様な行動をしているが、
 そんなのはお構いなしにポチの拳は振り下ろされる。
 流石に手加減するのだろうと思っていたのだが、現実は無慈悲だ。

――ドォオンッ

 と激しい音を立てポチの拳は地面にめり込み、辺りをクレーターの様にし、
 砂埃と少し遅れて衝撃破がスライムの一部であったであろう冷たい何かが
 俺の顔を掠り抜けて行った。

 当然、ポチが拳を上げた跡にはスライムなど存在していなく、
 目的物であるコアも回収する事が出来ない。
 魔石すらも砕いてしまった様で、その場には何も残っていなかった。

「手加減を知らんのか」

「思ったよりも弱いな……」

 流石にもう少し耐久力があると思ったのだろう。
 まぁ、向こうの世界のスライムを知っていればそう思っても仕方がない事だ。
 ポチは何だか不思議そうに手を開いたり閉じたりとしていた。

「何してるんだ?」

「拳に当たった瞬間溶けた様でな、初めての感触だったぞ」

 拳に当たった瞬間溶けるとは一体どういう事なのか。
 いや、言葉のままの意味なのだが、そんな経験した事が無い為、理解に苦しむ。

「次からは手加減しろよ?」

「ああ、任せろ!」

 このままだとスライムが幾ら居ようとも全て消滅してしまい、
 コアどころか魔石すら回収できない。
 手加減に自信があるのだろうか、ポチは何やら胸を張りながらそう言った。

「ほら、あそこにいるぞ」

「行くぞ!!」

 指さす方向にいるスライムに飛び出して行ったは良いものの、
 ポチは本当に手加減出来るのだろうか。
 そんな不安を胸にポチの事を見ていると――ドォン!
 案の定、力の加減が分からない様で、先ほどよりも規模は小さいが地面に穴を開けていた。
 当然、スライムは消えている。

「次!」

「はいはい、あそこにいるぞ~」

 力の加減を間違っても立ち止まらないその姿勢は大切だが、
 圧倒的な力に消滅させられるスライムさんの気持ちも少しは考えてあげて欲しい所だ。
 その後も幾つものスライムさんが消滅させられ――遂に――ブチャ……
 と少々汚い音を立てつつも、スライムは消滅することは無く倒すことが出来た。

「遂にやったぞ!どうだソラ!!」

 ん~何だか強敵を倒したかの様な顔をしているが、
 相手はこの世界では最弱の敵スライムさんだぞ……まぁ、素直に褒めるけど

「凄いぞ!ポチよ!その調子でどんどん倒すのだ!!」

「はっはっははは!行くぞ行くぞ!!」

 褒めると直ぐに調子に乗ってしまうタイプのポチは
 次々とスライムをブチャブチャと倒していく。
 その間に俺は無残にやられているスライムに近寄り
 魔石と青いジェル状のコアを回収する。

 流石にすべてのコアが無事と言う訳では無く、幾つか割れていたりしていたが、
 魔石の方は無事なので良しとしよう。
 目標の10個に辿り着いたのだが、ポチは未だに楽しそうにスライムをブチャブチャしている。
 そんなに倒してしまっては絶滅してしまうぞ。

「ポチさんやーい、もう集まったから回収手伝ってくれ~」

「分かった」

 俺とポチが集めた魔石の数は42個だ。
 これだけあれば宿にも食事には困らないだろう……持って二日と言ったところだが。
 もしこれを一人でやるとしたら面倒だったのだろうが、
 ポチと一緒だと無邪気に魔物を狩る姿を見れて癒される。
 これなら毎日金稼ぎをやっても良いかもしれない。

「楽しかったか?」

「新鮮で良いな。でももう少し骨のあるやつと戦いたいぞ」

「なら、次はもう少し強い魔物にしようか」

「ああ、楽しみだ!」

 帰り道にそんな会話をしながら何事も起きることなく歩み続けた。

・・・・

 爆発するはずの予定から数時間が経過して既に一日経とうとしていた頃、
 大魔王達は未だにまだかまだかと丘で待っていた。
 数時間程度ならまだ仕方がないと待てていた大魔王達だが、
 流石に一日も待たされ痺れを切らした。

 と言っても流石に大魔王自ら出向くわけにはいかないので、
 魔物を召喚し国を偵察してきてもらおうと考え、
 大魔王達全員の特性を持ったスライムが生み出された。
 他の魔物の候補もあったのだが、一番安全に国まで行けるのはスライムだと判断された。

 最弱でどこにでもぽんぽんとわいてくる為、
 冒険者たちも態々スライムを倒したりはせず大体が素通りしていくのだ。
 そのことを知っている大魔王達はそれを利用して上手い事国にスライムを
 忍び込ませて送り込んだ人形がどうなっているのか確認する事にしたのだ。

 生み出されたスライムは見た目は本当にそこらへんに居るスライムのままなのだが、
 大魔王全員(この場にいる)の特性を持っており、全てのステータスがずば抜けて高い。
 例えSランクの冒険者が数十人掛かりでも体力を半分に持っていけるか怪しい程だ。
 万が一潜入が妨害される場合は即座に無力化しスムーズな行動が可能だ。

 スライムを草原に放ち、みんなワクワクしながらスライムの報告を心待ちにしていた――
 化け物級のスライムならば何の心配も無く報告を持って帰ってきてくれると信じ切って。
 だが、その頃リーン王国付近の草原ではそのスライムすらミジンコ程度の存在に扱ってしまう
 化け物がスライムの事を楽しそうに潰しているのだ。

 そして大魔王の特性を持ったスライムも最弱スライムのついでに潰されていた――
 そんな事知る由も無い大魔王達はまだかまだかと待ち続けている。

・・・・

「依頼完了したぞ」

 魔石とコアを両手一杯に持って冒険者ギルドに向かい、
 周りに目をくれる事無く真っすぐカウンターに持っていく。
 まずは依頼のスライムコアを剥ぎ取れた分だけドンと置く。

「はい……随分と集めましたね」

 受付嬢は依頼のスライムコアを一個ずつ丁寧に見て行き、
 20個を超えたあたりから適当に流していき、そんな言葉を漏らした。
 これがスライムではなく別の魔物だったのならばこんな雑な扱いはされないのだろうが、
 まぁ、最低ランク依頼なので仕方がない。

「僕のお姉ちゃんは凄いんだって言ったでしょ?」

 そうやって言ってポチの株を上げてから少しどや顔をしながら
 精一杯背伸びをしてカウンターに取れた魔石を置いてやった。

「ず、随分と集めたのですね……今換金しますね」

 スライムの魔石だからそこまで期待はしていないが、記憶通りの値段だと助かる。
 もしも値段が下がっていたのならばまた外に行かないと行けなくなる。
 数分後、換金を終えた受付嬢が戻ってきた。
 その手にはパンパンに中身が詰まった布袋。

「はい、どうぞ。スライムの魔石事態は大した金額にはならなかったのですが、
 一つだけとても強力な魔石が混ざっていたので小金持ちになりましたね」

「?」

「そうか」

 一体なんの魔石が混ざっていたのだろうか。まぁ、混ざっていたと言っても
 王国付近の魔物からとれる魔石は限られている。
 そこまで珍しいものではないだろう。
 ポチが布袋を受け取り、依頼完了の手続きを終えて俺たちは冒険者ギルドを出て
 今日の宿を探しに街中を歩く。

「ねぇ、ポチ」

「なんだ」

「ちょっとその袋の中身見して」

「ほら」

 小金持ちと言っていたが一体いくら程になったのだろうか。
 気になった俺はポチから布袋を受け取って中身を見てみた。

「おぉお!?」

 袋の中には大量の銀貨と少しだけ金貨と銅貨が混ざっていた。
 銅貨が大量で銀貨が少しあるぐらいだと思っていた為、
 この信実には驚いてしまい思わず変な声を出してしまった。
 これなら暫くお金を稼がなくても済むぞ……

 そう思ったのだが――それは止めよう。
 楽しそうなポチが見れなくなるのはいやだ。

「どうしたんだ?」

 俺の変な声に反応したポチが心配そうに声を掛けてきた。

「ん~、思ったより少なかったなぁって」

「また明日も稼げば良いだけだろう?」

「そうだな」

 楽しむポチを見る為にそんな嘘を平然と付いて宿探しをする。

「ふぃ~結構良い所だな」

 お金に余裕が出来たので少し良さそうな雰囲気がある宿を取った。
 前回同様に受付は全てポチに任せている。
 覚えが良いポチはもう騎乗を使って心を読ませなくても
 戸惑うことなく受付を済ませる事が出来た。

 ふっかふっかのベットにダイブしてゴロゴロとする。
 流石は少し高めな宿だ、身体が包み込まれて行く。

「今日の頑張りのおかげだな。感謝するが良い」

「ははぁ~ポチ様ありがとうございます」

 そんな心のこもっていない礼をしつつベットに身を包み少々身体を休める。
 今日の目的はこれで終了としてこのまま寝ていたいのだが、
 今日の目的は実はもう一つあるのだ。
 正確には今日と言うより今後の目的なのだが。

「さて、行くか」

 ほんの少しだけ身体を休め俺は素早く立ち上がった。
 ゆっくり立ち上がるとベットの誘惑に負けてしまいそうだからだ。

「何処に行くのだ?」

「情報探し、ついでにご飯食べようか」

 ついでにご飯と言ったのだが、本当はこっちがメインなのかもしれない。
 ヤミたちの情報がそんな簡単に集まるとは思っていない。
 一日や二日でどうにかなるものではないと端からわかっている為、
 ご飯をメインにしつつ気になる情報があれば少しだけ聞きこんだりしよう。

「いつまでもゴロゴロするな、行くぞ!」

「仕方がないな……」

 外に出て向かうは商店街。
 ガヤガヤと賑わってる商店街をはぐれない様に手をつないで回る。
 相変わらず凄い人の数だ。

「ん?」

 ふとポチの顔を見上げると何やらモグモグと食べていた。
 何時の間にそんなものを買ったのだろうか。
 串なのだが、刺さっているモノは何やら透明で様々な色に染められたスライムの様なものだ。
 エリルスの記憶を辿ってみるが、そのような串の情報は無い。

「何食べてるの?」

「む、良く分からんが一銅貨だったから買ってみたぞ」

「ん」

 怪しいものを買ってしまったのではないかと少し不安になったが、
 差し出された串に恐る恐る食らいつく。
 スライムの様なものを口の中に入れ噛み砕くと膜の様なものが割れ、
 凝縮された林檎の様な味がブシャーと溢れ出し口の中を蹂躙していく。

「どうだ?」

「これ凄いな……ジュースみたいだ」

 他にもいろいろな色があるが、恐らく味によって色が違うのだろう。
 分かりやすく良い。これが一銅貨ならまた買ってみても良いかもしれない。

「これも食べてみろ」

 そんな事を思っていると、ポチが新たな食べ物を差し出して来た。
 ずっと俺と手を繋いでいるくせに一体どんな仕組みなのだろうか……

「何時の間に買ったんだよ……」

 差し出されたのは袋に入った無数の薄い皮を揚げたようなものだった。
 そーっと袋の中に手を入れて一つだけ摘まんで口に運ぶ。
 かりっと心地の良い音がなり、ほんのりの振られた丁度良い塩。
 油は大した事無く、これならバクバクとお菓子感覚で食べれそうだ。

「美味しいな」

「我の目に間違いはないな。次はあれだな」

 一体どの店の事を言っているのか分からないが、
 良く見るとポチの手にはお金が握られており、
 一瞬、瞬きをしただけでそのお金は消えており代わりに串が握られていた。
 推測するに店を通り過ぎる時に一瞬でお金を置いて商品を貰っているのだろう。
 確かにこの混雑の中ではゆっくり買い物をするのは難しく、立ち止まったりしたら迷惑が掛かる。
 だが、目にも止まらぬ速さでお金を置かれて商品が
 取っていかれる店の人の気持ちを考えると非常に心臓に悪く申し訳なくなる。

「うむ、これも美味いぞ。ほら」

「どれどれ」

 お金は払っているようだし、別に注意はしない。
 差し出されたのはサンドイッチの様なものだ。
 パンに様々な明るい色の野菜が詰まっていて健康に良さそうだ。
 一瞬ポチと関節なんたらになるのではないかと思ったのだが、
 よくよく考えればそんなの今更なので、気にしないで食べ掛けをもぐもぐする。

 シャキシャキと一つ一つの野菜に歯ごたえがあり、
 噛めば噛むほど味がにじみ出てくる。
 あまり野菜は食べない方だが、これならば一日一回は食べても良い。

「うん、美味しい」

「だろ!じゃあ次は――」

 気が付けばずっと食べてばかりで辺りはすっかり暗くなっていた。
 何時間食べ歩きをしたのだろうか、そこまでお腹は膨れてはいないが、結構な量を口にしたと思う。
 ポチが選んでくれるのはとてもバランスが良く、少し重たいものを食べると次は軽めのサラダや、
 飲み物、甘いものと、結構気が利いている。

 情報は一切仕入れる事が出来なかったが、こういうのも悪くは無い。
 明日冒険者ギルドで少し情報を探してみれば良いや……
 そう考え、俺はポチと手を繋ぎながら宿に向かった。

・・・・

「ふわぁぁ……おはよ」

 翌朝の俺は早起きだ。
 昨日ポチに良いだけグチグチと言われたから今日は逆にグチグチ言ってやる
 と思い早起きをしたのだが……

「早いな」

「……」

 だが、現実はそう簡単には行かない。
 まるで頑張って早起きした俺を嘲笑うかのようにポチは既に起きていて、
 俺のベットに入り込んでいた。
 しかもムカつく事に布団から顔だけをだしてニタニタと笑ってやがる。

「――!」

 非常に可愛らしいのだが同時にムカついたので両頬をぐに~と抓ってやった。
 グニグニと左右上下に引っ張り思う存分楽しむ。

「あにおしいている(何をしている)」

「さっさと準備していくぞ!」

 最後の最後に思いっきり引っ張り解放してやった。
 当然痛がる様子は見せないのだが、頬に手を付けてさすさすとしている姿を見て
 本当に憎めない奴だなぁ可愛い奴め……なんて思っていた。

「全く、早起きだなと感心しておったら何をするんだ」

「うるせ、今日も金稼ぐぞ!」

「ふむ、そうだな」

 早く狩りをしたいのだろう、平然を装っているが
 地味に口角が上がっているのを俺は見逃さなかった。
 何時もなら戦闘狂めと思っているのだが、状況が全く違って、
 今のポチは生まれて初めての経験を楽しんでいるだけなのだ。
 その姿を隣で見ていると、とても快い気持ちなる。

「ん~」

 支度を済ませて外に出る昨日とは違って朝っぱらから何やら騒がしい雰囲気だ。
 賑わっているとかではなく、何やら皆焦っている様だ。

「なんか知ってる?」

「さあな、何かイベントでもあるんじゃないか?」

「イベントね……」

 明らかにそんな楽しいようなムードではない。
 寧ろドンヨリと暗い雰囲気だ。

「どうでも良い事だ。早く行くぞ」

「そうだな」

 ポチの言う通り、確かにどうでも良い。
 今はそんな事は気にせずに冒険者ギルドに向かえば良いのだ。
 何だか嫌な雰囲気だ。騒がしいはずの冒険者ギルドの扉の前まで来たのだが、
 中から何時もの様に酒場で騒いでいる者たちの声が聞こえてこない。

 思わず唾を飲みこんでしまう。
 ゆっくりと扉を開けて中に足を踏み入れる。
 ドゥーンと重たい空気に押しつぶされるような感覚を覚える。
 目を疑うような光景が広がっている。
 掲示板の前にも酒場にも冒険者の姿が無いのだ。

 カウンターには何時もの様に受付嬢が居るのだが
 とても重たい表情をしている。明らかに異常だ。

「何があったの?」

 受付嬢の下へ行き何があったのか事情をきいてみる。
 俺たちが入ってきた事すら気が付いていなかった様で
 声を掛けられはっとして此方の顔を見ていた。

「そうでしたね、貴方たちはまだ最低ランクでしたね。良かったです……」

「む?どういう事だ」

 貴方たちは最低ランク。言っている事は真実なのだが、
 そう直球で言われてしまうと少し心が痛い。

「実はですね、F以上の冒険者は皆緊急依頼に行ってしまいました。
 近くに途轍もない力を持った魔物が現れたと報告が入り、国の精鋭達は壊滅状態。
 真の勇者たちは人質に取られているらしいです……」

 非常に悔しそうな顔をして状況を教えてくれた。
 ……かなり深刻な事態だな、緊急依頼か。
 冒険者の替えはいくらでもいるが真の勇者を失っては替えはいないからな、
 国も必死なのだろう。だから異例のFランク以上の冒険者は強制招集。
 ある程度の力がある者たちを集め少しでも戦力を集めたい様だ。

「ふむ、そうか」

 かなり深刻な事態。だが、ポチにとってはどうでもよいことだ。
 冒険者がどうなろうと真の勇者がどうなろうと――
 実際俺からしてもどうでもよい。ヤミ達さえ無事ならそれでよいのだ。
 だけど、同じ故郷の好だ。
 たまたま通りかかって石ころを投げるぐらいしても良いだろう。

「今日は大人しく国の中に居た方が良いですよ――って、話聞いてますか!?」

 受付嬢はそう声を掛けてくれるのだが、ポチはテクテクと掲示板の前に行って
 今日はなんの依頼を受けようかと選んでいた。

「ソラ、どれが良いのだ?」

「ん~これ!」

 前回同様ピョンピョンと飛び跳ねて指をさす。
 この間にも受付嬢はギャーギャーと何かを言っているが無視だ。
 今回選んだ依頼はスライムのコア10個。

「昨日と同じ気がするのだが?」

「ん~気にするな。それはとっておきの依頼だ」

「ふむ、そうなのか。なら別に良いが」

 受付嬢に依頼の紙を持っていくが、当然良い顔はされない。

「お姉さん、スライムなら近くにいるから安全でしょ?
 大丈夫、直ぐに戻ってくるからさ!」

 此処は子供の笑顔パワーで解決させる。

「うっ……本当に直ぐに帰ってくるのですよ。絶対に遠くに行ってはいけません」

 この受付嬢さんは子供の笑顔に非常に弱い様だ。

「うん!」

 まぁ、遠くに行くんだけどね。

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