勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

勇者は何もしなくても力を得れる。じゃあ、只の冒険者は――

「ここら辺で良いかな。」

 家から暫く歩き、訓練所の奥に広がっている森の中に来ていた。
 ここなら誰も居ないし、邪魔にはならない。

 生い茂った草が邪魔くさいので開けている場所に移動した。

「よし、此処に決定!」

 ……場所を決めたのは良いけど、何から始めようか。
 まずこの体に慣れる事からかな?
 いや、まずは体力を付けようか。

 訓練するにも体力が無かったら意味が無い。
 やはり、ここは基礎中の基礎として体力作りをしよう。

「さて、」

 ……体力作りって何やればいいんだ?

 前の体はエリルスの加護やスキルのおかげで体力の事を気にする事は無かった。
 実際の所、前の俺も体力は無かった。
 異世界に飛ばされる前は出来るだけ室内に居るようにしていた。

 故に体力の付け方何て知らない。
 知りたいとも思わなかった。

「……適当に走ってれば良いのかな?」

 良く分からないが、周りを軽く走ってみることにした。

・・

「はぁ……はぁはぁ――っはぁ」

 走り始めてから数分後……俺は地面に倒れていた。

「はぁはぁ――」

 やばい、死ぬ、絶対死ぬ。
 まさかこんなにも体力が無いなんて思わなかった……
 まだ1kmも走って無いぞ……やばいな……

 これはあれだ。
 毎日短い距離を走ってドンドン距離を伸ばしていく戦法で行こう。
 取り敢えず今日の体力作りは終わりだ。

「――ふぅ。」

 息切れも大分収まって来たし、次は戦闘の訓練をするか。
 まずは、武器だな。
 武器はそこら辺に落ちてる木の枝で良いかな。

 俺は地面に落ちている木の枝を拾い上げた。

 あの模造刀より軽いな……
 まぁ、木の枝だし当たり前か。

「よし、やるか。」

 戦闘訓練。
 取り敢えず距離感を掴む事からだな。

 ……そうだな、あの木を的としてやるか。

 目の前に生えている大きな木だ。
 物凄く立派だ。

「ごめんな、大きな木さん。でも、優しくするから許してね。」

 一応、木にそう言って俺は距離感を掴む練習を始めた。

「ここら辺で振れば届――かないか……」

 んー、難しい。
 10回に1発位の確立で当たってるけど……
 100発100中じゃないとな。

「はっ!」「ふっ!」「よいしょ!」「おらっ!」「はい!」「うおおお!」「ぱい!」「当たれっ!」

 そんな声を出しながら俺は一生懸命に木の枝を振るった。
 その結果、10発6中位の確立まで行くことが出来た。

「結構成長したな……」

 ああ……疲れた。
 彼是何時間木の枝振っていたんだろう……
 たまに魔法で体力回復しながらやってたけど疲れる物は疲れるな。

「また明日も頑張ろう。」

・・・・

「うわぁ……」

 朝食を食べ終わり俺は昨日に引き続き、森の中に来ていた。
 昨日訓練していた場所に行くと、
 まず目の前に入って来たのは彼方此方に傷が付いた大きな木だった。
 この木は昨日、俺が距離感を掴む練習をしていた時に的になってもらった木だ。

 自分でやっといて何だけど俺、酷い事してるな……

 そんな事を心の中で思い、俺は決意した。

 ――自作の的を作ろう。

 そうすれば、この木はこれ以上傷つくことが無い。
 少し面倒だが、作るしかない。

 もし、この木が実は魔物だったりして怒りが爆発して暴れだしたら嫌だからな
 ……まぁ、そんな事は無いと思うが。

 俺はまだこの世界に付いて知らないことが多すぎる。
 何があるか分からない、念には念を。

 そんな事を自分に言い聞かせながら、
 俺は近くに落ちている少し太めの枝と草とツタを集めた。

「よし。」

 まず、拾ってきた少し太めの枝を十字架見たいにに重ね合わせて、ツタで固定する。
 そして、その枝に拾って来た草や落ち葉を盛り付け、それもツタで固定する。

 一見簡単そうだが、これがまた中々難しい。

「っ!」

 枝を十字架の様に固定する所は何とか出来たが、
 そこに草などを盛り付け固定する所が難しい。
 何処かを縛ろうとすると何処かの草が落ち、
 また何処かを縛ろうとすると何処かの草が落ちる……

「あああ――っ!やってらんねええ!!!」

 数時間苦戦し、俺のイライラは遂に爆発した。

 あー、こんな事しなきゃ良かった!
 ……そもそも、俺は何で木に草何て付けようとしているんだ?
 このままで良いじゃん。

「はぁ、」

 本当に馬鹿だ……。
 時間を無駄にしたな。

 まぁ、やってしまった事は仕方ない。
 時間は戻らないし。
 さっさと、的を地面に刺して訓練に入ろう。

「よっ!」

 俺は木で作った十字架を地面に刺した。

「……」 

 地面に刺さった木製の十字架……お墓みたいだ。

 ……見た目はどうでもいいや。
 訓練の的になってくれれば十分だ。

「さて、一発斬りかかってみるか。」

 昨日と同じ枝を拾い上げ、俺は的に近付き枝を大きく振るった。

――カーン

 と音を立て、枝は的に命中した。

「おお?」

 的には傷一つ付いていない。
 耐久力は大丈夫の様だ。

「よし、これなら行けるな。」

――ガサガサ

 俺が訓練を始めようと思った矢先、
 俺の背後の草むらが何やら動生きだした――

「何だ?」

 後ろでガサガサと動いている草を警戒しながら近づいてみる事にした。

 蛇か鼠か?
 いや、そもそも蛇とかこの世界に存在するのか?
 ……モンスターだったらどうしよう。

 そんな事を思いながら恐る恐る近付いた。
 俺の心臓の鼓動はドクンドクンと速さを増していく。

――ガサガサ

 そんな俺と同じように草の揺れの速さを増していく。

 大きく深呼吸して――

「――ふぅー」

 よしよし、3、2、1のタイミングで枝で突っ突くぞ……
 3、2、1――だ、よし、行くぞ。

 3、2、1――

「えい!」

――ブニュン

 と、音がした訳ではなく、枝を伝ってそんな感触が伝わって来た。
 やばい、と思い咄嗟に後ろに飛んだ。
 飛んだと言っても大して離れる事が出来なかったので、
 着地した後直ぐに距離を取った。

 やばい――さっきの感触は……

 俺は知っている。
 この世界に来る前ほぼ毎日俺の近くに居てくれた、あの子。
 あの感触は間違いなく――

「スライム――ッ!」

 俺がそう言ったと同時に先程の草から黒い物体が飛び出してきた。
 黒い液体状の体に、不気味で狂気すら感じる大きな口。

 そんな化け物が俺の目の前にベチャリと飛んできた。

「うっ……」

 気味が悪い……こいつがスライム?
 本当にスライムかどうかは知らないが、
 取り敢えずスライムって事にしておこう。

 今なら図鑑に書いてあった事が分かる。
 こりゃ、一人じゃ勝てる訳ねぇ……

 あぁ……スラは何て可愛かったんだろう。

 ……って、これどうすればいいんだ?
 スライムさんは何かジーとして動かないし……今のうち逃げちゃうか?
 でも、もし此奴が追っかけて来たらお父さん達を巻き込むことになっちゃうよな……

 戦ってみるか……いやいや、ダメだ。
 勝てるわけがない。

 逃げるのもダメ、戦うのもダメ。
 じゃあ、どうする?

 考えて考えた結果、俺は一つの案が浮かんだ。 

 ――話し合おう。

 そう、話し合えば大抵どうにかなるものだ。

「あの、スライムさん?」 

「……」

 うん、知ってた。
 スライムが会話出来るわけ――ん?
 確かスラに話しかけた時って最初はスライム語で話しかけたよな……

 俺はスラと初めて出会った時の事を思い出し、
 もしかしたらこのスライムにも通じるかもと思い、
 スライム語で話しかけてみることにした。

「あの、スライムさん?」

――ビクッ!

 スライムがほんの少しだが、驚いたように飛び上がった。

 おお?少しだけど反応したな。
 これは通じてるって事で良いのかな。

 さてさて、次は交渉してみるか。

「あの、俺なんて――ッ!?」

 交渉に入ろうとした瞬間、スライムは俺の言葉を遮るかのように
 勢い良く此方に向って飛びかかってきた。
 俺は間一髪の所で右に転がり、スライムを交わすことが出来た。

 あっぶねぇ……これ絶対通じて無かったよな。
 例え通じててもえものの話なんか聞く訳無いよな!

 話し合えばどうにかなる?
 なる訳ないじゃん。

 ……くそっ!もう逃げるにも遅いし――戦うしかないか。

 戦う。
 でも、どうやって戦うんだ?
 こんな枝でどうにか出来る相手ではないんだぞ……

 俺がどうしようか迷っている中、
 攻撃を交わされ地面に激突したスライムが再び此方を向いてきた。
 スライムは体を小刻みに動かし今にでも飛び掛かってきそうだ。

 ……っ!ゆっくり考えてる暇は無い。
 取り敢えず、家とは逆の方向に走るか。

「こっちだっ!化け物!」

 俺が全速力で走ったとしてもこのスライムには一瞬で追いつかれるだろう。
 そんな事は分かっている。

 分かっているけど、ここは訓練所の近くだし
 お父さん達に迷惑を掛けない為にも少しでもいいから離れた方が良い。
 走れ、走れ。

 俺は無我夢中になって走った。
 蜘蛛の巣らしき物が顔に掛ったがそんな事を気にしている暇は無い。
 今は兎に角走れ。

 あいつに追いつかれたら、
 間違い無く俺は死ぬだろう。
 あの口で捕食されるか、あるいは酸でも吐かれて溶かされるか……

 どちらも嫌だな。
 つか、俺はこんな所で死ぬ訳には行かないんだよっ!
 しかも、スライム何かに殺されたくねぇ!

「……はぁ、はぁ」

 ……やばい、忘れてた。
 疲れた、もう限界……

――バタンッ

 体力的に限界が来た俺は地面に倒れてしまった。
 大した距離は走っていないが、体力の無い俺には限界だった。

 くそっ、嘘だろ……
 ここまでこの体は貧弱なのかよ。

 これは本格的に終わったかもな……
 ここであのヘリムが助けに来てくれる――なんて都合の良い事は望むだけ無駄だよな……
 つか、あいつ何処にいるんだよ。

 出会う前に再び俺は死ぬのか。
 一度目の死に方と言い、今回の死に方も何かださいな。

――ズルズル

 微かだが、何かが地面を擦れながら此方に近寄って来る音がする。 
 正確には何か、では無い。
 あのスライムだ。

 ああ……このままヤミ達に会えないまま死ぬなんて嫌だ。
 こんな所で死んでたまるか――っ!

「はぁはぁ――くっ、はぁ――」

 俺は残り少ない体力を振り絞って起き上がろうと、
 手に持っていた枝を支えにして起き上がった。

 枝がメキメキと音を立てていたが折れる事はなく俺の支えになってくれた。
 だが――

――バキッ!

「えっ?」

 何かが折れる音と共に、
 背後から物凄い勢いでスライムが俺の目の前に飛んできた。

 折れた――いや折られた。
 何が?枝か?
 いや、違う。

 俺の手には確りと枝が握りさっており、
 今も尚俺の体を支えてくれていた。
 枝は確りと支えてくれていたが、何故か俺は再び地面に倒れ込んで、
 いや、崩れ落ちてしまった。

「あ゛あ゛!?」

 突然、激痛がした。
 俺は一瞬、パニックになりそうだったが直ぐに冷静に状況を把握した。

 足が…折れてる…

 一瞬だった。
 只、背後から飛んで来たと思ったが、実際には俺の右足を折って居たのだ。
 余りにも一瞬の事で、状況を把握するまで痛みを感じなかった。

「う゛……」

 痛い……魔法で治すか?
 いや、無駄か。
 今の魔力量じゃ浅い傷なら治せるが、
 骨折何て無理だ。
 それに俺の体力はもうゼロに近い。

 積んだ。
 俺の二度目の人生は此処で終わりだ。
 もう、どうしようもない。

 ああ……今だから分かるけど、本当に勇者とか召喚される奴はチートだったんだな。

 普通の冒険者とかは、
 愛する人を守る為、お金の為、国を守る為、モテる為、
 とか色々な理由があって、魔物と戦う道を選ぶ。

 普通の冒険者は初めから強くは無い。
 だが、強くならないと行けない。
 その為には強くなる必要がある。
 だから、死ぬほど努力して努力しまくって力を手に入れる。

 それに比べて勇者とかはどうだ?

 異世界に召喚されて、
 最初は怖がって帰りたがってる最弱だけど、
 自分に力が在ると分かった途端に目の色を変え、
 最強の勇者になりやがる。
 そして、その力を使って世界を救ったり女の子とイチャチャしたり
 ……中には例外もいるけど。

 何の努力もしなくても最強になれるんだ。
 本当にチートだ。

 はぁ、何の加護も持っていないと俺はこんなにも、
 脆いんだな……

――ズルズル

 そんな音を立てスライムが真横までやってきた。

 ああ、此処で終わりなんだな。
 結局この世界では何もできなかった……

「……なぁ、ヘリム……俺には無理……う゛……そうだ……」

――ネチョォ

 俺を食べようとスライムが大きな口を開いた。
 口を開くと只でさえ大きい口がもっと大きくなった。
 音だけでも汚いと分かってしまう。

 ああ、汚い。
 嫌だな……

 そして、スライムは大きな口で俺の体を包み込んだ。 


――ブェエ

「?」

 スライムは確かに俺の事を食べた。
 だが、スライムは何故だか俺の事を吐き出した。

 ネバネバした俺は地面に転がり、
 状況が分からず只呆然として居る中、
 スライムは何があったのか森の中に消えて行った。

「えぇ……」

 生きて居る。
 俺は生きて居る……

 それは物凄く嬉しい事だ。
 だが、少し凹む。

 俺ってそんなに不味かったのかよ……
 まぁ、なにはともあれ――

「生きて……るって素……晴らしい……」

 くそっ、痛くて真面に発言できないじゃないか……
 はぁ、これからどうしよう……

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