視える俺は苦労が絶えない

有賀尋

君の記憶の中へ

佑莉の海へ潜った奏が見たものは、ただただ暗く、浮かんでいるのか、進んでいるのか止まっているのかさえも分からなかった。
しばらく感覚に身を任せ、足が地面と思われる場所につくと、奏はしばらく佇んでいた。
全ての感覚を研ぎ澄ませる。すると、遠くから小さく泣き声が聞こえた。

泣き声のする方へ俺を引っ張って。

そう願うと、体が勝手に進んでいく感覚があった。
しばらく進む感覚に身を預けていると、途中で止まった。

「…こんなところにいたの?」

真っ黒なワンピースに白い素肌、栗色の髪の毛に今にも折れてしまいそうな華奢な体で、小さく丸まっている背中に優しく声をかけた。驚いて一瞬肩を揺らし、彼女が奏の方を振り向くと、泣いていたのか目を真っ赤にしていた。

「芦屋佑莉さん、だね?」
「…あなたは…誰?なんであたしの名前知ってるの…?」
「実はね」

事の顛末を説明すると、彼女は俯いた。

「思い出の場所…」
「そう。…ないのはどうして…?」

そう聞くと、彼女は泣きそうな声で「聞いてくれる?」と言った。

「あたしね、病気がちだったの。小さい頃から体が弱くて、病院にずっといたの。家にいた記憶もほとんどないし、遊んだ記憶もないの。毎日生きるか死ぬかの瀬戸際を綱渡りしてて、目が覚めて起きたら…あぁ、生きてる…って実感してた…」

彼女がそう言うと、目の前に病室が現れた。

「これは…?」
「今の私」

奏は目を疑った。
沢山の管と機械に繋がれた体は、生きているのか死んでいるのかさえわからない。辛うじて心電図が鼓動を検知していることから、生きているのだとわかる。
そして、ひとつ大きな確証を得た。

彼女の体は死んでいない、生きている。

彼女は死霊じゃない、生霊なのだと。

酷い体でしょ?と彼女は苦笑した。

「こんな体でよく生きてきたと思う…。死にたいってそう思うのも当たり前よね…」
「佑莉さん…」
「佑莉でいいよ、同い年でしょ?」
「…うん」

彼女は自分を見て泣きそうになりながら、必死に言葉を繋いだ。

「幽霊のあたしに…会ったんでしょ?」
「…道路に飛び込もうとしてた」
「止めて…くれたんだ…?」
「…うん」

そっか、と俯いくと涙がこぼれた。

「ありがとう…ごめ…なさい…」

溢れ出る涙が彼女の頬を伝って足元へ落ちると、落ちた先から色が付き始めた。

浄霊し始めている。

奏は佑莉の背中を優しくさすった。

「大丈夫、1人じゃない。俺がいる。ひとりにしてごめん、迎えに来たよ」
「…え…?」

驚いた様子で彼女が顔を上げると、奏は優しく微笑んだ。

「ずっとここに1人でいたんだろ…?辛かったよな」
「…っ、う…ん…」
「遅くなってごめん。…一緒に帰ろ…?」
「でも…あの体は…」

大丈夫、と奏は言った。

「今は霊でいていい。体はきっと治る。戻れるようになる。…だから」

今は俺と一緒に帰ろう?

そう言うと、佑莉は奏に抱きついて、泣きじゃくった。

「帰りたい…!あたし…もっともっと生きたい…!」

彼女が願うと、暗闇がどんどん明るくなり彼女の本当の海が見えた。
彼女は海ではなく、青空に大草原が広がっていた。

「…っ!」

彼女はあたりを見て驚いていた。

「君のは海は海でも草原の海なんだね」
「え…?」
「詳しいことは戻ってから話をするよ」

さ、帰ろう?

奏が手を差し伸べると彼女は心の底からの笑顔で手を取った。

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く