青春勇者はここにいる!

極大級マイソン

第13話「異世界勇者はサボりなさい」

 部屋の空気は一変した。
 平和な日本の学校内ではまずあり得ない殺伐とした空気が漂い、ここにいる全ての人が緊迫した緊張を感じただろう。
 俺はこの部屋で臨戦態勢をとっていた。さながら、勇者として悪魔と対峙していた時のような状態だ。
 心にあるのは敵意、そして殺意。
 佐々江さんが放った一言は、俺をそういう感情を宿らせるに十分な発言だった。
 別に、佐々江さん自体に文句がある訳ではない。
 だが、彼女の言葉には嫌な気配を感じたのだ。
『悪魔の気配』が。

「え、マチ……くん?」
「……佐々江さん。どうして、俺が勇者だって知ってるんだ?」

 俺は、惚けようとせず真っ向から尋ねた。
 でも失敗した。威圧感を抑えきれなかった俺を前にした佐々江さんは、気圧されたように押し黙ってしまったのだ。
 胸の中がザワザワする。武者震いか、はたまた恐怖からか。
 駄目だ。このままではロクに話を聞くことも出来ない。まずは心を鎮めなければ。
 俺は、出来るだけ優しい表情を浮かべて佐々江さんの顔を見据えた。誰と相対しても、愛想が良いと呼ばれる自負を持って佐々江さんに再び問う。

「俺が勇者だって知っているのは、俺以外にエーデルしかいないはずなんだ。なのに、何で佐々江さんが知っているのか不思議でならない。佐々江さん、その情報を手に入れた経緯を俺に教えてくれないかな?」
「……経緯、と言われても。私は、マチくんが勇者だって……アレ?」

 佐々江さんが答えようとした途端、不意に彼女の様子が変わる。

「お、おかしいな? マチくんが勇者だってことは知っている。……な、なのに、どうしてそれを私が知っているのかがわからない。え、何これ? まるで、この情報だけ、無理矢理頭に植え付けられたような……」
「…………」

 精霊の監視で得た情報と彼女の言葉を直に聞いた結論として、少なくとも佐々江さん自身は敵ではないと思う。
 但し、佐々江さんに干渉した第三者がいた可能性がある。

(まさか、悪魔? この現実世界に、あの悪魔が潜んでいるとでもいうのか?)

 悪魔とは、俺が勇者として活動していた頃の明確な敵だ。
 悪を為す悪魔は、異世界の人間を絶望と恐怖の闇に堕とすために悪知恵を働かせていた。そんな悪魔達の頂点に君臨していたのが、《魔王》。
 異世界の魔王は、俺と仲間達の手で確実に殺した。しかし、奴に従っていた悪魔の残党は、まだ異世界の何処かで今も生きているだろう。
 ……その悪魔の内の誰かが、現実世界に来ている?

(目的は、俺の命か? 元勇者である俺が悪魔に狙われる理由は幾らでもある。だがいつだ? いつどうやってこの世界に来ることが出来た? 仮に俺が現実世界に帰るという情報を奴らが持っていたとしても、移動する手段なんてそうそう手に入るはずがない! 考えられる手段はなんだ!? ……俺が使用した転移門、アレを使えば俺と同じ世界の同じ時代に来ることは出来るだろうが、この俺がそんな致命的なミスを犯したとでも言うのか? 異世界最強、対悪魔戦において無類の強さを持つはずのこの俺が? いや、待てよ……。悪魔に協力者が居たとすれば? そうだ、だとすれば……)



「ごしゅじーーん!!」



 突然、俺の頰が誰かの手でギューッと抓られる。
 激しい痛みと共に我に帰ると、俺を抓っている人物がエーデルであることに気づいた。

「え、エーデル!?」
「も〜う、御主人ったら! ワタシが呼んでいるのに何で返事してくれないんですかぁ!?」

 エーデルは、子供が拗ねたように頬を膨らませている。
 そして、両手でガシッと俺の顔を挟んだかと思うと、決して離さないと言わんばかりにガッチリ固定して俺と目と目を合わせるようにしたのだ。
 エーデルは言う。

「御主人はですねぇ! 偶にどーーーーーーーでも良いことでウジウジ悩む時があります! でも、そう言う時の御主人はすぐに顔に出ちゃいますからね! 黙っていてもわかるんですよ!!」
「ちょ、エーデル痛い! 顔圧迫するの痛いって!」
「御主人に悩みごとなんて似合いませんって!! いつも通り、適当に生きて好き勝手してワタシに甘えていれば良いんです!!」
「馬鹿か!? 敵が居るかも知れねーんだぞ!! 俺以外に誰が頭働かせるっていうんだ!?」
「御主人の考えていることは大体予想がつきます! でも全て杞憂です!! 何故なら、御主人に何一つ一切関係ないことだからです!! 悪魔が現実世界に来た!? だから何だって話です!! 御主人に降り掛かる災厄はワタシが何とかしますから安心してください!!」

 俺のメイドは、人の手で作られた従順なアンドロイドとは思えない無茶苦茶なことを言っている。俺は、反論しようとするが、エーデルはそうはさせないとばかりに腕に力を込めて俺の顔を押し潰す。
 リアルに万力で締められているかの如く想像を超える痛みが、俺の思考を著しく阻害した。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?!」
「頭の中で考えていることを今すぐリセットするんです!! 出来ないって言うならワタシは御主人の脳を砕きます!!」
「テメエエエエエエエエエエエエ後で覚えてろよおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 〜 五分後 〜


 ……主人に対してあるまじき奇行を働いたポンコツメイドは、部屋を出ていってもらった。
 一方、状況がまるで飲み込めていない『ARC』のメンバーは、終始ポカーンとしている。当然といえば当然だ。

「ま、マチくん……」
「悪い、何でもないんだ。ちょっと嫌なことを思い出してさ」
「嫌なこと?」
「ああ。出来ればもう二度と関わりたくない相手だな」

 いつの間にか流れていた汗を拭き取りながら、俺は呼吸を整える。そしてこの時になって、俺は自分の息が乱れていたことに気が付いた。
 ……何を興奮しているんだ? 俺は、悪魔が居るかも知れないと思った時、何を感じた?

「ハッ!?」

 何処からか、強い視線を感じる。
 この気配は……エーデル!? 馬鹿な! 扉は厳重に閉めたはずだぞ!?
 ……今は、悪魔のことについて考えないようにしておこう。

「なーなー! さっきから訳わかんねーんだけど。取り敢えず、お前が勇者だって話はどう言う意味なんだ?」
「ああっ? 俺が異世界最強の元勇者様だって意味だよ金髪」
「真面目に答えろ! こちとらずっとお前らのコント見せられて飽き飽きしてるんだよ!」
「信じねーならそれでも構わねえ。だがそうだな……、佐々江さん」
「あ、うん」
「事情が変わった。俺も、このメンバーの一員にしてくれねーか?」

 その言葉に、佐々江さんは目を丸くし、そして嬉しそうに微笑んだ。

「も、勿論! 歓迎するわ! でも、急にどうして?」
「……ちょっと思うところがあってさ。厄介ごとは早めにケリをつけたい」

 佐々江さんの『貴方、勇者でしょう?』発言からは、悪魔の気配を感じた。勇者時代に幾度も感じた、人間を悪に染めようとする不快な気配だ。
 俺の気の所為ならそれでも良い。でも、もし悪魔がこの世界に迷い込んで来たのなら、多くの人が傷付き、命を落とすかも知れない。その上、数を増やされでもしたら対処のしようが無くなる。
 佐々江さんが黒でないのなら、誰かが俺を勇者だと入れ知恵した者がいる。その誰かを探し出さなければ俺に安息はない。
 組織に加入し、暗躍者が誰なのかを探ろう。
 それが、青春を送る上で一番の近道のはずだ。



 *****



「組織に加入することが青春を送る一番の近道ぃ? 御主人、それ本気でおっしゃっているんですか?」
「……どういう意味だ?」

 部屋でのゴタゴタもあり、『ARC』との話し合いは中断して明日に持ち越すことになった。今回は、九割方こちらが発端なので少し悪いことをしたかな、と思っている。
 帰り際、俺とエーデルは不遜な表情で道を歩いていた。互いが互いの有様に納得していないと言わんばかりの様子だ。

「だって御主人。最初は、あの組織に入らないつもりでしたよね? 青春を満喫する妨げになると言って。なのに、何で結果的に入る流れになってるんですか?」
「それは、悪魔の気配を感じたからで……」
「勇者時代を過ごしてきた御主人の『感』は、確かに一考に値するものです。でも、今の御主人は勇者ではありません。学生です。普通の高校生です。そして普通の高校生は、事件が起こっても自分から足を踏み入れようとしません。それは、主人公のすることです」
「…………」

 そうだ。俺はもう主人公ではない。
 日本という平和な国で暮らす、ただの一般人。そうなることを望んで、俺は異世界から帰ってきたんだ。
 間違っていない。エーデルの言っていることは正しい。
 ……じゃあ、この胸の騒めきは何だ?

「単なる思春期特有の妄想です。痛い高二病です」
「高二病だと!? 何処でそんな言葉を覚えた!?」
「仮に悪魔が居たとしても無視すれば良いんですよ。絶望と恐怖? 大量殺戮? ハァ〜〜学生が出来るキャパシティを超えてますね〜。そういう事件は警察に任せましょう! 『日本の警察は優秀だ』って御主人のお母様がおっしゃっていましたよ?」
「お前……」

 魔王を倒すために生み出された、正義のアンドロイドとは思えない発言の数々だ。何が、こいつをそこまで駆り立てるのだろうか?

「……『大丈夫。お前が戦わなくなっても、他の誰かがお前の代わりをしてくれる』」
「えっ?」

 突然発した、エーデルが言った台詞。
 その台詞には、聞き覚えがあった。

「昔、御主人はワタシに言ってくれた言葉です。覚えていますか?」
「あ、ああ……」

 覚えてる。
 それは、俺とエーデルがまだ出会って間もない頃に言った言葉だ。

「……御主人は、戦闘用アンドロイドとして戦う生き方しか知らなかったワタシに、他の生き方を教えてくれました。当時は、よく意味を理解していませんでしたが、でも今はハッキリとわかります。……御主人は、ワタシを救ってくれたんです」

 ……大袈裟なことを言う奴だな。
 記憶を漁ってみるが、そんな大層なことをしたつもりはない。あの頃のエーデルは、本当に機械人形みたいに無感情で、退屈で、詰まらなかったから、人間らしい生き方を教えてやったんだ。
 サボっても良いんだって。
 代わりは幾らで居るんだって。
 だから、仕事を忘れて遊んでも良いんだって。
 ……今思えば、かなりとんでもないことを言ってるな俺。まあ当時は、ずっと自己鍛錬と悪魔退治の日々で、俺自身もサボって遊びたい気持ちで溢れていたんだろうなぁ。

「ずっと一緒に居てくれて、色んなことを教えてくれました。戦いに生きる日々だけでは、一生得ることが出来なかった経験を頂きました。……ワタシには、御主人に返し切れないだけの御恩があります」
「いや、恩なんてそんな……」
「ワタシは今、凄く幸せです。だから御主人には、ワタシ以上に幸せになって貰いたいんです」
「……エーデル」

 二の句が継げない。
 エーデルの言葉には力が込もっていて、そこから感じた本気さは俺を黙らせる程の強さだった。

「御主人、サボっても良いんです。だって、勇者の代わりなんて幾らでも居るんですから。きっと、この世界にも、ワタシ達が知らない勇者が何処かに居るはずです」
「…………」

 あまりに無茶苦茶な理屈だ。何の根拠もない。
 でも、その言葉に救われている自分がいた。

(……俺は、気が立っていたのか?)

 悪魔が居るかも知れないから、勇者だから、責任を感じていたのか? 
 俺が倒さなくちゃいけないんだって、不似合いにも頑張ろうとしていたのか?
 勇者なんて、ずっと辞めたかったのに?

「…………なあ、エーデル」
「何ですか?」
「これから先、たくさんの障害が俺を襲ってくるかも知れない。俺の青春の日々を邪魔しようとする不逞な奴らだ。俺は、其奴らに屈して、またあの嫌な時代に逆戻りされるかも知れない。……そんな時、お前は俺を助けてくれるか?」
「勿論です」

 一秒の間も無く、エーデルは答えた。
 彼女の瞳は純粋で、そこに映し出されているのは俺の姿だけだ。
 そしてエーデルは、メイドらしい丁寧なお辞儀をした。まるで、主人に仕える意思表示をしているかのように。

「この身は全て、貴方の物です。御主人が道を違えたくないと言うのであれば、ワタシは全力を持ってそれを止めてみせましょう」
「……そういえば、俺の専属メイドだったなぁお前」

 最近は自由奔放過ぎてすっかり忘れていたわ。異世界では、もうちょっとだけ自重していたと思うんだが。
 全く。普段はおちゃらけてる癖に、こういう時だけ言うことは言うんだな。
 誰に似たんだか……。

「あああああああああああああああああ!!!! 似合わねえ会話してんなぁ俺ら!!」

 気分を変えるため一発叫ぶ。近隣住民には御迷惑だろうが、俺のために是非とも耐えてもらいたい。
 いつの間にか、胸の中にあったグチャグチャが消えたような気がする。
 俺は、思いっきり伸びをして無理矢理に気持ちを切り替えた。

「よぉ〜し付いて来いエーデル!! お前に現実世界の名物、『カラオケ』に連れて行ってやるッ!!」
「おおっ! あの歌ってお喋りする若者の溜まり場のことですね!?」
「七、八年前に一人で行ったきりだが、今は妙に歌いたい気分だ!! 一曲付き合いやがれ!!」
「ふふっ、一曲とは言わず何曲でも付き合いますよ御主人っ!」

 俺のテンションは高い。今なら朝まで歌い続けられる気分だ。
 溜まったストレスを全部吐き出そう!! 
 それに、仲間と歌って気分良くするってのも、普通の高校生らしい発想じゃねえか!!

「走るぞ!! 汗を流すのも高校生の特権だぁああああ!!」
「アッハハハハハハハ!!」

 最早ヤケクソ。自分が何を言っているのかがわかっていない。まるで酒にでも酔っている気分だ。
 でも、今は何故かこれが、
 無性に楽しい!!



 *****



 結論から言うと、問題が発生した。
 俺とエーデルは、駆け足で街へ繰り出しカラオケ屋で歌いに歌いまくった。日本の歌など知らないエーデルだったが、元が優秀なだけあって歌詞もすぐに覚えて滅茶苦茶上手く歌ってくれた。俺も下手なりにそこそこ歌えていたと思う。
 楽しかった。現実世界に帰れて良かったと心から思った。
 そして問題はここからなんだが……。
 実は、カラオケに行った後の記憶が定かではないんだ。

「だから言ってるじゃないですか。御主人は、カラオケで何十曲と歌った後、疲れて寝ちゃったんですよ」
「それで?」
「このまま放置する訳にもいかないので、御主人を背負って店を出ました。辺りはすっかり暗くなっていて、早く帰ろうと思ったんですが……帰り道がわからなくて迷ってしまったんです」
「……それで?」
「帰る方法も思い浮かばずどうしようかと悩んでいるそんな時に、偶然日本の宿屋を見つけたんです」
「うん。ホテルだな」
「ホテルって言うんですね。で、」
「で、……一泊したのか?」

 俺は今、知らない天井があるホテルの一室に居た。
 因みに、現在の時刻は五時三十分くらい。
 誤解の無いように言わせてもらうが、『午前』五時三十分だ。

「あ、お金については御心配なく。フロントを飛ばして無断でドアの施錠を解いて入ったので実質タダです」
「犯罪じゃねーか! というか、そうする前に俺を起こすとかしろよ!」
「疲れて眠っている御主人がとても可愛くて、どうしても起こすのが勿体なかったんです」
「やっぱお前無能だわ!!」

 いや、それよりもどうする。このまま家に帰るのか?
 それって、世間一般で言うところの『朝帰り』だよな?
 仮にも恋人と一緒にホテルに泊まって朝帰り、だとぉ??

「……一応聞くけど。お前、俺が寝ている間に何もしなかったよな?」
「嫌ですね。ワタシが何度御主人と同じベッドを共にしていると思ってるんですか?」
「それもそうだな」

 要らぬ心配をした。どうやら俺は、少し動揺しているらしい。
 いけない、落ち着かねば。
 そうだ、何も慌てる必要はない。何故なら俺は普通の高校生だ。
 無論、恋人との朝帰りなど日常茶飯事……。

「なあエーデル。朝帰りって高校生らしいか?」
「さあ? ワタシ、日本の常識にはまだ馴染めていないものでして」

 ……どうやら俺は、普通の高校生とは何かを知るところから常識を学ばなければいけないようだ。


 かくして俺、待浩二は、今再び青春の一歩を踏みしめることを自らに固く誓うのであった。

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