青春勇者はここにいる!

極大級マイソン

第3話「人生二度目の学校生活」

 学び舎というのは、以前の俺なら煩わしくて仕方がないところだったが、こうして五年ぶりに通ってみると新鮮味があり、どこか雰囲気的に興奮させてくれる場所だと実感する。
 俺の学年は二年。二年一組の教室を潜ると、知った顔がチラホラ見えた。
 今、俺は非常に感動している。二十代前半の男が、五年前にタイムスリップして教室に入ったらこんな気分なのだろうか? というか、今の俺がまさにそれだが。

「よっ! おはよう!」
「おう、おはよう」

 かつてのゲーム仲間に挨拶すると、気怠そうに挨拶を返してくれた。
 感激だ。こんな美少女でもないフツメン男子でも久しぶりに出会うと感激するとは!
 ……でも、こいつの名前なんだったっけ? 森田だっけ? 森山だっけ?
 まあ良い。あとで思い出せば済む話だ。
 それはそうと、俺の席はどこだっただろうか? 教室の場所は憶えていたが、席までは忘れてしまった。
 魔法を使って記憶を漁れば、それくらい思い出せるのだが、こんなことで魔力を消費するのも阿呆らしい。魔力も無限ではないしな。それに、こうして自分の席を探すことも、何だか冒険してるみたいでワクワクしてくる!

「ん?」
「……………………」

 自分の席を探して周囲を見渡してると、一人の女子生徒と目があった。
 彼女は、俺と目を合わせた瞬間プイッとそっぽを向いた。読み掛けだったのであろう本を取り出して、ページをめくり始める。
 ……あの子の名前、何だったっけ?
 あまり印象に残っていない女の子だ。名前すら思い出せないところを鑑みるに、同じクラスでもそれほど接点は無かったのだろう。しかし、ゲーム仲間の名前も忘れている俺の記憶力だからなぁ……。
 ふんふん。無表情で愛嬌は無さそうだが、綺麗な顔立ちだ。それにスレンダーで抱き心地が良さそうなのも良い。……ただ、胸があまりないのが惜しいな。胸の有る無いで、抱いた時の感触が全然違うから。
 俺が読書中のクール少女を眺めていると、透明化中のエーデルが俺に突っかかってきた。

「むぅ、御主人。ワタシを差し置いてどこ見てるんですか?」
「ん? ……あの子よりエーデルの方が可愛いよなぁと思いながら見てたんだ」
「ふぇっ!?」

 俺の口説き文句に、エーデルは驚いた表情で赤面する。

「も、もう御主人ったら〜♪ こんな公衆の面前で「エーデルは世界一可愛い」だなんて……。ワタシ、そんな素敵なこと言われたら恥ずかしいですぅ♪♪」

 エーデルは、恍惚とした瞳で体をくねらせている。どうやら感極まっている様子だ。
 ふっ、ちょろい女だぜ。
 俺は改めて席を探す。
 ……そういえば思い出した。かつての俺は、授業中ずっと自分の机に落書きをしていたんだ。もしかしたら、その落書きが今も残っているかも知れない。
 その落書きを目印に教室の机を確認する。すると、右上の辺りに奇妙なキャラクターが描かれてある机を見つけた。間違いなく俺の机だ。
 ようやく席に座れた頃には、あと少しでホームルームが始まる時間になっていた。
 いよいよ、俺が帰還してから初めての学生生活が始まる。他の奴らにとってはなんて事ない普段の平日の授業なのだろうが、俺にとっては特別な瞬間だ。

「ワタシも授業を受けますよ、御主人!」
「エーデル。日本の学校生活というものをしかと見ておくと良い。最も、机も椅子も無いからシンドイかもしれないが」
「大丈夫です。欠席している生徒の席を使わせてもらいますから。ちょうど御主人の隣の席が空いています」

 エーデルの言う通り、俺の隣の席は、ホームルーム直前にも関わらず人の痕跡が見当たらない空席だった。
 えーっと、ここは誰の席だったかな?
 少し気になったので席を確認してみる。異世界から帰還後、思ったより生徒の名前が思い出せないので、せめて名前くらいは知っておきたい。

「うーん、私物は特に無いな。置き勉派じゃないのか? 真面目な生徒だぜ」

 俺なんて、五年越しで置き勉状態だったっていうのに。
 家に持ち帰って自習でもしているのだろうか? かつての俺なら信じられない勤勉さだ。

「……私の席で何をしているんですか?」
「おっと」

 そこで、この席の主人らしき人物が俺に話しかけた。
 というか、昨日出会った佐々江美典さんだ。

「佐々江さん。もしかして、ここの席だった?」
「……そうだけど。というか、一昨日も私達隣同士で話してたよね?」
「あ……ああ、そうだったっけ? えーっとあのその…………うん、そうだな! 確かにそうだったような気がする!!」
「御主人、誤魔化すのが下手くそ過ぎます」

 エーデルは俺の誤魔化し方に駄目出しを入れた。
 喧しいな。咄嗟に嘘を吐くの慣れてないんだよ。

「……それはそうとマチくん。昨日は何で欠席したの? 後、あの時のメイドさんのことも気になるんだけど」

 あ、マズイ。質問攻めだ。
 こうなるのが嫌で出来れば佐々江さんとは会いたくなかったんだが、仕方ない。今は適当にはぐらかして、あとで記憶を消すか。
 そんなことを考えていると、エーデルが横から俺の肩を叩いた。

(御主人御主人)
(……ん? 何だエーデル)

 俺にしか聞こえない声でエーデルが耳元で囁いてくる。

(御主人のことですから、今は適当にはぐらかして彼女の記憶を消そうと考えているのでしょう。しかし、日本という国で平穏に暮らしていく以上、不用意に魔法を使えば周りの要らぬ注目を浴び、トラブルの素になる可能性があります)
(……確かにそうかも)

 強者というのは、嫌でも人目についてしまうものだ。かつて勇者として世間の注目を集めていた俺だから、それはよくわかる。
 俺の正体を暴いた誰かが俺の脅威となって襲って来ないとも限らない。エーデルの言う通り、人前での魔法の使用は極力避けるべきだろう。

(だが、魔法の力を使わずどうやって誤魔化せば良い?)
(簡単です。今からワタシの言う通りに話してください)

 そう言って、エーデルは俺にレクチャーを始める。
 ……意図はよくわからないが、取り敢えず言う通りに話すか。

「佐々江さん」
「うん」
「昨日、君が出会ったあのメイドの子なんだが……実は俺の彼女なんだよ」
「…………え?」

 佐々江さんは、キョトンとした表情をする。
 ……うん、まあ間違いではないな。エーデルは俺の恋人として、うちに住むことになった。関係上はまるで違和感はない。

「その彼女は、家族公認で急遽俺の家に暮らすことになってな。事情は割愛させてもらうが、とにかく色々あって昨日は学校を休まなきゃならないくらい忙しかったんだ」
「……そう、だったんだ」

 あれ? もしかして納得してくれたの? 結構苦しい言い訳だと思うんだけど……。

「じゃ、じゃあ、あのメイド服は何の意味が?」
「……趣味だ」

 俺はあくまでエーデルの台詞を反復する。
 いや『趣味だ』じゃねえよ! どういう趣味だよ!? 確かにエーデル、『メイドは趣味みたいなものです』って前に言ってたけどさぁ!!

「しゅ、み……? へ、へぇーそうなんだ……。マチくんって、彼女さんにメイド服を着させるのが趣味なんだね……」

 ……………………。
 ん、あれれ? なんか誤解されてない? エーデルの趣味じゃなくて、俺の趣味だって思われてない?
 え〜〜っ、待ってくれよ! 確かにメイド服は嫌いじゃないが、俺はどちらかというと服装云々より中身を重視する男なんだって! 主に抱いた時の感触とかさぁ!!

「あの、佐々江さん? 少し誤解しているような……」

 その途端、キーンコーンカーンコーンとチャイム音が鳴り響いた。
 担任の先生が入ってくると同時に、他の生徒達が着席する。ホームルームの時間だ。

「御主人。今は授業に集中しましょう」
「ん、んん……。そうだな……」

 エーデルに言われるがままに俺は席に移動する。
 まあ、誤解はあとで解けばいい。取り敢えず真面目に授業を受けるとするか。
 椅子に座り、ちらりと隣の席を見る。
 佐々江さんは、俺のことをじっと見ていた。
『納得がいかない』。
 そう言わんばかりに疑問を含んだ表情で、鋭い視線だけを俺に向けている。

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